おのぼりさん日記〜札幌のJKが大都会東京を歩いた話〜

私は鴨のワルツ、札幌に住む大学生。東京が好きで、半年に1回長期休みを利用してよく1週間ほどの東京旅行に行きます。今でこそ大都会にも一人旅にもある程度は慣れた私ですが、初めて東京に降り立った時は緊張と不安でぐちゃぐちゃになっていたのを覚えています。
初めての東京旅行へ行った高校3年生の終わりの春から、もう2年になります。当時書いた旅行日誌?が出てきたので再掲してみました。拙い文ですが良ければ見ていってください。

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「じゃあまた」
「うん、またあとで」

先に食事を済ませた友人が席を立つ。その姿が自動扉を通り過ぎ駅の改札に入るのを見届けると、私は残っていたスコーンを口に詰め、アイスティーでグッと流し込んだ。大きめに息を吸い、ふーっと吐く。

私は鴨のワルツ、3月末までギリギリ高校生。今月の初めに通っていた高校を卒業して、今は大学入学までの間残されたLJKを楽しんでいる真っ只中だ。


あれは1ヶ月とちょっと前のことだった。北の街でのうのうと暮らしていた私の耳に、「3月に推しのいるグループが東京でポップアップストアをやる」というニュースが飛び込んできた。

ポップアップストアとは、常設ではなく数日から数週間程の短い期間限定で開かれるお店のこと。   アニメやアイドルなどのコンテンツが小さなイベントとして開催することが多く、近年の推し文化普及に伴い多く見られるようになった。
私が行きたいのはとあるVTuberグループのポップアップストアだ。そのメンバーのうちの一人に私は(現在受験生であるにも関わらず)絶賛ハマり中。ストアではそこでしか買えない推しのグッズが売られるだけでなく、サインが展示されたりパネルが設置されたりとかなり楽しいこと間違いなしのイベントとなっているらしい。行きたい。ものすごく行きたい。

ここで突然だが私の友人Kの話をしよう。彼女は中学からの親友で、顔のいい変人だ。立てば芍薬座れば牡丹、黙っていれば百合の花。そんな彼女には、東京に住む彼氏がいる。ネットで知り合った年上の大学院生との遠距離恋愛だ。友人は前々から、「卒業したら東京に彼氏に会いに行きたい」と言っていた。東京で開催するイベントに行きたいぼっちヲタクな私と、東京に住む彼氏に会いたいリア充な友人。どちらにしろ目的地は一緒なわけだから、

「ねえ…私たち卒業したら、東京行かない?」

とさも逃避行かのように誘いかけるのに迷う理由は無かった。

そんなわけで2月の初めに飛行機やホテルを先に予約し、しばらく勉強に集中した後、受験が終わると私たち二人は旅行計画を練った。日程は4泊5日。基本は二人で行動し、一日だけ自由行動日を設けることにした。その一日でKは彼氏に会いに行き、私は推し(のパネル)に会いに行く。


話は冒頭に戻る。旅行3日目、自由行動日だ。
友人は朝からずっとテンションが高く、化粧をしたり鼻歌を歌いながら髪を巻いたりしていた。対する私は、起きがけからずっと緊張で上手く笑えない。
彼氏と会うのは昼からでそれまで一人で街を歩くという友人に、緊張しないのか、と聞いた。すると彼女は「全然?」と答えた。私とは真逆だ。

東京という見知らぬ大都会で、守ってくれる大人もいない。助けてくれる知り合いもいない。誰にも見つからないこの街で、一人今日息をして過ごさねばならない。誰に何も言われないのは確かに自由ではあるけれど、自由には責任だって伴う。何かあったら自分で何とかしなきゃ……と思うと、何だか私は息苦しく感じる。自由故の閉塞感だ。

とはいえこれが必要な経験であることも私は知っている。大人になれば必ず、一人で知らない街を歩かなきゃいけない機会が絶対にあるから。出張だったり研修だったり、あるいは一人旅をするようになるかもしれない。3月が終わる前に、本当に『大人』になる前に、この一人の孤独と不安に慣れておかなくちゃならない。今日一日を乗り越えることは、私が大人になるための大事な一歩だ。

残りのアイスティーを全て飲み干し、トレーを持って席を立った。片付けを済ませて店を出ると、スマホがピロンと鳴った。
『何かあったらLINEしなよ、いつでも泣きついてきていいから』
「泣かないって笑笑」
返信する代わりにそう呟いた。適当なスタンプを送って、スマホを閉じる。
目的地は、渋谷。

ー・ー・ー

自由故の閉塞感、だっけか。数分前にそんなこと言っていた自分が恥ずかしくなるくらいに、今の方が閉塞感を感じている。

アナウンスと同時に扉が開き、人がどっと降りてどっと乗ってきた。八時半の銀座線。朝の札幌の南北線くらいはいるであろう電車の中。ラッシュだなぁと思ってスマホの地図アプリを開くと、『現在の銀座線:あまり混んでいません』の文字。文化の違いに気持ちが悪くなる。

どうにもやることがないので色々と考え事をする。扉が開く度に大勢の人が出てそれよりも多くの人が入ってくる様を見て、頭の中に「痴漢」と「スリ」という言葉が浮かび上がる。それと連動するように、札幌でJKをやっていた頃の教室の光景が思い浮かぶ。

『東京ってスリとかひったくり多いらしいよ』

クラスメイトとした、くだらない会話。今思えば、人が多いんだからその分悪い人も多いってだけで、割合的には地方と変わらないんだろう。あの頃の私はきっと、周りが見えていなかっただけ。だから大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。そう心に暗示をかけながら私は、胸の前に抱えたリュックサックをギュッと抱きしめた。

終着の渋谷で降りた。東京初日に「IKEAに行きたい」という友人たっての希望で訪れて、帰りに銀座線の乗り口が分からなくなって二人して雨の中半泣きで迷って以来だ。
駅を出るとあまりの人の多さに圧倒されそうになる。何となく立ち止まっちゃいけないような気がして、せかせかと足を進めた。何となくキョロキョロしてもいけない気がして、空を見上げるフリをして周りの景色を確認した。目的地は『magnet by 渋谷109』というビル。
交通整理のおじさんの大きな声にビビりつつ、歩道橋のデカさに驚愕しながら、なんとか歩を進める……もののスクランブル交差点で人間の多さに酔ってギブアップ。逃げるように地下に潜った。

地下は地上の人混みが嘘のように空いていて、早朝の札幌駅コンコース程度の人の量だ。まだ半分くらいのお店のシャッターが閉まっているせいかもしれない。開いている店を巡りつつ、小さなペットグッズのショップで飼い猫用のお土産を漁った。おもちゃと猫缶を買ってほくほくとした気分になった所ではっと我に返る。何をやっているんだ。これじゃあアリオに行ってテンテンでおつかいして帰ってくるのと変わらないじゃないか。しっかりしろ、私。

意を決して地上に出ると、人数がさっきの1.5倍くらいになっていた。11時を過ぎて109を含む周りの店が開き始めたからだろうか。或いは土曜の昼前だからかもしれない。前後左右が全て人で頭が痛くなる。こんなの雪まつり開催期の大通公園でしか見たことないぞ。

人の流れに沿って、目的の場所へ向かう。ショップは開いたばかりでそこまで人もいなかった。無事にグッズを購入して一安心。副交感神経が優位になったからか、お腹がぐーっと鳴った。

まだこれで終わりではない。駅の方へ戻り、今度は『ヒカリエ』へと向かう。昨日のうちに目星をつけていた、パフェ屋さんへ行くため。
お目当てのお店はこれまたそこまで混んではおらず、すぐに入れそうだった。名前を書くボードの上には、「係員が案内しますので入り口でお待ちください」の文字。よし、待とう。
………なかなか気づいて貰えない。存在感が薄いのだろうか。不安になって入り口でオドオドしていると、しばらくして店員さんがようやく私を見つけてくれた。

「申し訳ありません。一名様でしょうか?」
「はい」
「お席ご案内します」

席に通され、出されたメニューは面白いくらいにどれもお高い。出せないお値段では無いけれど……。
QR決済が使えるのかどうなのか、それによって予算が変わってくるのでレジの辺りを見ようとキョロキョロしていると、注文が決まったのだと勘違いした店員さんがやってくる。

「ご注文お決まりでしょうかー」
「あ、はい」

条件反射ではいと言う癖をやめたい。

「あ、えっと、あの、これで」

慌てて、一番気になっていた美味しそうなパフェをぱっと指さした。

「かしこまりましたー」

まずい。あのパフェいくらだ。出せるのか私。メニューを回収されたので、スマホで公式サイトから自分の選んだパフェの値段を確認することにした。
「……わあお…」
値段、そして画像を見て私は驚きの声と深いため息を同時に出す。理由は三つある。ひとつは普通に高いこと。2400円も持っていかれる。もうひとつは、多分恐らくきっと絶対アイスが入っていること。寒いのに。そして最後がーー

「お待たせしましたミックスベリーパフェでございます」

目の前にどんっとフルーツ盛りだくさんのパフェが置かれる。むかし友人と雪印パーラーで食べたやたらとデカいパフェを思い出す。三つ目の理由は、大きくて食べ切れない、だ。
雪印のジャンボパフェほどではないものの、少食の私にとってはかなりボリューミーなパフェ。どこから食べていいのか分からないフルーツたちを一つ一つ刺しては食べ刺しては食べを繰り返す。さすがは2400円、とてもおいしい。果実一つ一つがみずみずしく糖度も高い。
パフェを着飾っていたフルーツが胃の中へと消えると、可愛らしい色合いで可愛くないボリュームのアイスがいくつか顔を出した。
三分の一くらいを胃に詰め込んだ頃合いで、お腹が警告を出してくる。通称『腹六分目警報』だ。今六分目、もう少しで腹八分目ですよーという警報。構わん、と更にスプーンを進めると、今度は皮膚が赤ランプを点滅させる。通称『鳥肌警報』。「アンタ今寒いと思ってるよ」という警報というか報告だ。東京の三月は札幌に比べてずっと暖かい。ところがその分暖房設備が脆弱だ。室内がなんとも言えないくらいに肌寒い。暖房ガンガンの部屋で18年間育った私は、室外で寒いのには慣れているけれど室内で寒いのには慣れていない。
震える体で、スプーンを握る。寒さが回ってきたあたりで遂に『腹八分目警報』が鳴る。パフェは残り三分の一まで減っていた。幸い、アイスゾーンが終わり残りの部分は9割がフルーツとソースなのでまだ希望はある。
そこからはもう、どうしたか覚えていない。気がつけばはち切れそうな腹と、えも言われぬ幸福感と、空になった器が目の前にあった。満身創痍で私は、2400円を支払った。QR決済は使えた。良かった。

グッズを買う及びパフェを食べる。この2つの目標を達成した私にもうこの地への未練はないーーのだが、渋谷を去る前に実はもうひとつやりたいことがあった。

それはおのぼりさんの夢、『渋谷109』に行くこと。

最初に行ったポップアップストアがあるのは昔『渋谷109メンズ館』と呼ばれていた場所らしく、厳密には109とは違う…らしい。なので109に行きたい。そして地元の友達に「私109行ったぜ」と自慢したい。ドヤ顔で。
二度手間になるが、私はもう一度スクランブル交差点の辺りまで向かうことにした。

お昼を過ぎ、人の数は先程の更に3倍ほどに増えていた。こんなの嵐のコンサート終わりの福住駅でしか見たことないぞ。
遠くにある「109」の文字を目標に、人波に流されないように必死に歩く。道端にある『公衆喫煙所』で葉巻を吸っているイカついおじさんを見かけた。タバコじゃなくて葉巻。あと、「それ防御力大丈夫ですか?」ってくらい露出の高い服を着た髪色がピンクの女の人が私の横を通り過ぎていった。右から、左から、後ろから、前から、初めて見るようなタイプの人たちが歩いてくる。それらを目にする度、次第に私の中の「平気」が「怖い」に置き換わっていく。

信号待ち。人混みの中で小さく深呼吸をした。私はきっとこの人の多さに対する驚きを恐怖と錯覚しているだけ。でも実際は何も怖くなくて、ただ人が多いだけ。恐るべきことは何も無いはず。
信号が青になる。勇気を出して一歩踏み出す私の肩が、後ろから追い抜いていく大柄の男性の肩とぶつかる。

「…チッ」

喉がひゅっと鳴る。ごめん、やっぱり怖い。


何とか渡りきり目的地へとたどり着いた。交差点を渡った人の半分以上が109の建物へと吸い込まれていく。こんなに入って、この建物は大丈夫なんだろうか。潰れたりしないだろうか。
要らぬ心配をしながら、自分も中に入る。何か韓流アイドルのイベントでもやっているのか、辺りは自分と歳の近い若いおなごばかりだった。似たような歳の人が多くて安心ーーはしないしそれどころかむしろ緊張がより一層増している気がする。きっとここの娘たちは東京に住み東京に慣れている人間なんだろう。私が土日に友達とサツエキに買い物に行くように、この娘たちは家を出て待ち合わせをして渋谷109に来ているんだ。でも私はおのぼりさんだから、道も地図アプリを見ないとよく分からないし、店内マップがないと何の店があるかも分からないしーーまあいっか。

緊張がバーストしたのか、109は逆に何故かのんびりと見て回ることができた。かわいい雑貨やオシャレな服を見るうちに少しずつ心は落ち着いていく。

「いい天気…」

109を出たのは14:00近い頃。そのまままっすぐ渋谷駅へと向かう。相も変わらず人は多く、相も変わらず銀座線の乗り口が分からず、焦りと連動して少し鼓動が速くなる。
と、ウロウロ歩き回っているうちにウクライナへの募金を募る団体をみかけた。募金だ、入れようかな、なんて思っていると、近くを歩いていたサラリーマンがスっと近づいて千円を入れに行っていた。それを見つめる私の横を、白杖をついている人とその方を道案内する男性が通り過ぎていった。

「東京は危ない」
「東京もんは薄情だ」
「東京では人を見たら鬼と思え」

そんなことを考えていた自分が、少し恥ずかしく思えた。

「少しだけ東京を、好きになったかもしれない」

気がつけば『銀座線』と書かれたオレンジ色の出入口が目の前にあったーー。

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