見出し画像

どうして?

____________________________
YouTubeに朗読をアップしました。
https://youtu.be/Cmii-h1FfaQ
____________________________

私にはお気に入りの喫茶店があった。
昭和の雰囲気を纏った味のある喫茶店だった。
大きな梁が剥き出しの天井につけられた、
木目のレトロな扇風機が優雅に回っていて、
店内にはずっとクラッシックが流れている。
ジャズではなくクラッシックなのが気に入っていた。

私はフリーのWEBデザイナーで、
ノートパソコンさえあれば仕事ができる。
集中するときは自宅で缶詰作業になるけど、
仕事が一段落して、
メールやチャットでの指示のみの段階になると、
その喫茶店に行き、アイスコーヒーを飲みながら、
ゆったりと仕事をするのがルーティンだった。

先週も私は大きな仕事をほぼやり遂げ、
喫茶店でメールのやりとりをしていた。

大体いつもその喫茶店には私一人しかおらず、
どうやって生計を立てているのか不思議なほどだったけど、
この日はめずらしく髪の長い女性が一人、
カウンター奥の席に座っていた。

私からは死角になっていてよく見えなかったが、
女性は電話をしているようで、
ところどころ言葉が聞こえてくる。

「昨日はどこにいたの」
「ずっと待ってたのに」
「誰と一緒にいたの」
「どうして?」

話の詳細はよくわからないけど、
あまり楽しそうな話ではなさそうだった。
彼氏とうまくいってないのかな?
そう思いながら私は仕事のメールの返信をしていた。

大きな仕事が終盤に近づき、
担当者たちもメールの端々に余裕が現れる。
軽口をたたいたり、今度みんなでランチに行こうとか、
仕事とは関係のない話題にクスリとしながら返信をしていると、
いつの間にかカウンター奥の女性は消えていた。

私もその日は仕事を終えて自宅に帰った。
その日はもう女性のことを思い出すことはなく、
そのまま眠った。

翌日、私はまた喫茶店にいた。
もうメール作業すらポツポツとしかなかったが、
私はその喫茶店の佇まいが気に入っていたので、
この日はリラックスするために喫茶店に行った。

喫茶店でアイスコーヒーを飲んでいると、
またカウンター奥に人影を感じた。
あれ?いつのまに?
初めからいたっけ?
昨日電話で話していたあの女性の声だった。

「昨日はどこにいたの」
「ずっと待ってたのに」
「誰と一緒にいたの」
「どうして?」
「どうして?」

気のせいだろうか。
話の内容は昨日とほとんど同じな気がする。
ぽつぽつと話す言葉の途中途中に入る、
「どうして?」
「どうして?」
が気になった。
そんなふうに追い詰められたら彼氏も大変だろうな。
そう思いながらもゆっくりとした時間を過ごした。
いつのまにか女性はいなくなっていた。

翌日も喫茶店に行った。
この日パソコンを開くと知らないアドレスから、
メールが届いていた。

タイトルは「お疲れ様です」
本文には私が仕事をしたサイトのURLが貼られており、
「どこですか?」
とだけ書かれていた。
どういう意味だろう?
いたずらだろうか。
でも私が作ったサイトが書かれているから、
関係者なのは間違いないのか?

私は
「どちら様ですか?どういう意味ですか?」
と返信した。
すると「昨日はどこにいたの?」と返ってきた。
ますます意味がわからない。

やはりこれはいたずらなのかもしれない。
そう思って返事をせずにいるとまたメールが届いた。
「ずっと待ってたのに」

嫌な予感がした。
このやりとりを私は知っている。
次に来るメールはきっとこうだ。
「誰と一緒にいたの?」

このメールはあの女性からだ。
ゆっくりとカウンターの奥に目をやると人影が見えた。

メール着信音が鳴った。
「どうして?」

立て続けに着信音が鳴った。
「どうして?」
「どうして?」
「どうして?」
「どうして?」
「どうして?」
「どうして?」
「どうして?」

私は怖くなって立ち上がった。
静かなクラッシックの流れる店内の空気を切り裂くように、
椅子を引く音が響いた。

カウンター奥に恐る恐る目をやると、人影はなかった。
どこに行ったんだ?
息を飲んで固まった。

1分くらいそのままの状態で固まっていたように思う。
周りには誰も私を好奇の目で見るものはいない。

私は深呼吸をしながら緊張を解き、
勢いよく後ろに下がった椅子を戻そうとした。

しかし椅子が動かない。
何かに引っかかっているのかと、椅子下の床に目をやった。
髪の長い、目が真っ黒な女性が、
椅子の足を掴んで私を見上げていた。
「どうして殺したの?」

私はあれからあの喫茶店には行っていない。
あの後どうやって帰ってきたのかも覚えていない。
あの女性はこの世のものだったのだろうか。
だとしても私にはどうすることもできない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?