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役者な先輩。

僕は、先輩を尊敬していた。

今は尊敬していない、というわけではない。自分のことを棚にあげたいわけでも、先輩が僕の所まで下がってきた、と言いたいわけでもない。その線引きは変わっていない。ただ位置付けが、少し変わったに過ぎない。


先輩はスポーツができた。

私の10歳近く上だが、年齢を感じさせない若さがあった。会社のスポーツイベントやゴルフコンペでは、いつも無邪気にはしゃぎ、容赦なく活躍していた。周りの人も、つられて活躍する。そういうスター性を備えていた。

先輩はモテモテだった。

豊富な話題と、人懐っこさとで、人の視線をたちまち絡めとってゆく。そのくせ、絶対に靡いていかない。猫のように気ままな足取りに、どこか陰がつきまとい、みんなが無自覚に飲み込まれていく。「ずっと、独身でいて欲しい。」なんて時代にそぐわない要請を、いつも軽くいなしては笑っていた。

先輩は仕事ができた。

たくさんの仕事を抱えても、飄々としていた。日中、「大変ですね。」と声をかけると、「別にー、そうでもないよ。」と気怠そうに笑い、タバコを一服していた。乾燥した葉は、フィルター越しにゆっくりと煙に変わり、あたりにぼんやりくゆっていく。先輩は雑談の輪をするりと抜け出し、人知れず仕事へと消えてゆく。

花形部署で活躍し続けた先輩は、当時、社運をかけてプロジェクトに抜擢されていた。後任として関わったプロジェクトは、当時、空中分解寸前。潰えつつある変革の火を、今一度燃やしていく切り札として、日々2つのオフィスを行き来する。先輩が一体、何をしているのか。理解している人はわずかだった。


定時を過ぎ、18:00、19:00、20:00と針が進む。21:00頃には、もうオフィスに人影もない。机とイスと静けさが、オフィスに異空間を創り出し、元の姿に戻ってゆく。そんなことをぼんやりと考えていた。

当時の僕は、身の丈を遥かに超える大きなトラブルの対応に奔走していた。入社2年目にして午前様。約3ヶ月、土日も出ずっぱりだった。

寝る、食べる、働く、勉強する。無駄のない、受動的ルーティン。あらゆるカロリーを「仕事」と「勉強」に変換し、じたばたと過ごす日々。壊れた蛇口から垂れ続ける何かを、自分という小さな器の表面張力で均衡させる行為。

次第に質量を増す天秤の、もう片一方にも何かを入れなくては。そうやって、今度はあらゆるものを前向きに捉えて、乾いた笑いをカラカラと貯めていく。寝る前に「お気に入り」だったお笑い動画を見ては、また無理やり笑顔を作る。人工甘味料のような空しい快楽で、心のバランスを何とか保つ。


21:00を回った頃、今日もオフィスのドアが開く。僕を見つけても、先輩に驚く様子はない。僕も、モニターから目を離さない。

「○○君って、ゲームとか好き?これ面白いよ。最近はまっているんだよね~。」

僕は、モニターから目を離さない、ぎりぎりの注意力を向けて、

「最近やってないですね~。」
「それより大変ですね。いつも遅くまで。それに、いつも笑ってますし。僕にはできないです。」

と応じる。

とりとめもない会話。先輩は、いつも通りの気楽なフレーズを放って、あの車で家に帰ってゆくのだろう。


「○○君。僕はね。」
「演じているんだよ。そういうキャラクターを。」


僕は、思わず視線だけをゆっくり右側にずらす。電灯も消えた駐車場に目をやる先輩の顔が窓に映る。笑いながら放った声が、孤独な表情に溶け込んで、独特の雰囲気を醸している。

少し経ってから、背中越しに「役者ですね。」と笑いかけてみる。


「そういうの得意だから。」

にやっと笑いながら、こちらを振り返る。僕も立ち上がり、談笑する。


互いに、「この仕事がさ。」と、中身のある言葉を発しはしない。けれど、今日、確かに感じたことがある。僕たちは仲間になった。年齢や境遇、物事へのアプローチを越えて、いつか一緒に戦うだろう、仲間に。

少なくとも、僕はそう感じていた。今につながる太い線の1つの起点。私にとって、その点が打たれたのは、間違いなくあの夜だ。


それから7年近く経つ。別部署になっても、時折見覚えのある番号からプライベートの携帯電話に着信がなる。


「社長…ちょっと良いですか。」

ニヤニヤしながら話す先輩。今日も、あの日と変わらない。砂時計のように少しずつ、何者かに変わりつつある私の心。遠く離れた地から、今も先輩が時間を戻してくれる。だからこそ私は、今日も「私」を演じることができるのだと思う。



つづく。











noteを書く上で参考になりそうなコツみたいなものを書きました。

「文章とは」から始まり、
・アイデアの探し方
・つまづきやすいポイントの乗り越え方
・リズミカルな言葉の選び方
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