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#27.二人の歩幅

夫が少し前を歩く。妻が後ろからついてゆく。少しずつゆっくりと差が開いてゆく。5mほど差が開いたところで夫が花を見つけ立ち止まる。

妻はゆっくり夫に追いつき、花には目もくれずまた歩き始めた夫のあとをついて行く。


数十年前。夫は、家族の先頭をただ走っていた。お金を稼ぐために目の前の障害物をはねのけ、後ろを走ってくる家族の邪魔にならないように。どんなに理不尽なことが起きようとも、弱音を吐かず走り続けた。

妻も子供を引き連れながら夫に合わせるように走る。前を行く夫が障害物をどけてくれているので幾分楽に進める。しかし、子供が愚図り、世話をしながら走り続けるのは難しい。夫は、待ってくれない。後ろを振り向くことはしない。一人でなんとかしなければ。

昭和初期。世界大戦を経て高度経済成長を生きた世代は何もかもが必死だった。それが当たり前だった。現代のように二人で手を取り合い、二人で障害物を乗り越えるようなことはしない。それがこの頃の普通だった。

しかし、二人は歳をとった。

走ることはできなくなり、ゆっくりと歩くだけ。障害物は避けて進む。後ろを振り向く余裕もある。
妻の歩は夫にも増して弱っている。

妻に悟られないように後ろを横目で確認し距離を測る。あからさまな立ち止まりは不自然だ。花でも見ていることにしよう。


やっと妻が追いつくと、夫はふいっと前を向き歩き出す。さっきよりペースを落としてゆっくりと。それでもまた1m、2mと差が開く。さぁ今度は何を見つけて立ち止まろうか?

妻はわざとゆっくり歩き夫との距離を楽しんでいるように見えた。

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