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好きな人の本を読みながら、私は昔好きだった人のことを考えている。

過去に付き合ったことのある、いわゆる元カレや元カノという存在は少なくとも一定期間の間、私やあなたの理解者だった。共通の趣味や、共通の話題があり気づけば口癖が似ていたり、相手から受ける影響が少なからずあっただろう。



だから、こんなことはあって然るべきなのだ。



インスタグラムで過去に交際していた男性のストーリーに綴られた日常の些細な出来事に、文章の秀逸さを感じてしまったり、「この言い回し好きだな。」と不本意にも思ってしまうのだって別段、特別でもなんでもない。


そんなところも「好き」だったに違いないからだ。


”女性に花の名前を聞くと、その花を見るたびにその女性を思い出してしまう。“

なんて言うけれど。



あなたの影響で聴き始めた歌やアーティストはいまでも大好きだし、
あなたの影響で読み始めた作家の新作が出るといまでも私は本屋へ行く。

あの頃読んでいた本が文庫本になったよ。
直木賞を受賞したんだってよ。
毎週ラジオ聴いてる?
よく車で流して二人で笑っていたよね。
今週のアレはさ、まじ神回だったよね。

と、いまでも思う。ただ心の中で思うだけだ。



あなたから盗んだこれらはもう私の一部になっていて、いちいちあなたを思い出すこともない。
「きっかけは?」と聞かれた時と、妙にセンチメンタルな時によぎるくらい。



ああそういえばあの頃、駅前のビルの地下にあった本屋にさ、『あなたの誕生日に出版された本』っていう本棚があってさ、私は迷わずあなたの誕生日の日付を探したんだ。その本棚にはルールがあってさ、全ての本に茶色の紙でブックカバーがされていて本のタイトルも作者も買って開けるまでわからないようになってた。なんて面白いんだろうと思って私、あなたの誕生日のプレゼントはこれにしよう!と意気込んでたけど、そううまくはいかないもので。

いざ誕生日が近くなりその本屋にもう一度行ったら、本屋自体無くなっていて、カラフルなポップアップの店にかわっていた。私はそれがすごく悔しくて今でも覚えている。


こんなことあなたは知らないだろうけれど、実はね、こんなことがあったのよ。知らないわよね。
そりゃあそうだ。誕生日プレゼントひとつにこんなに葛藤していては記念日の度に私は頭を抱えていただろう。


だけどこうやって思い出すたびに、あの時あなたの誕生日に出版された本のタイトルが一体なんだったのか、あの時それを渡せていたら、あなたはどんな顔をして喜んでくれたんだろうとか、そんなことを今になってもグズグズと想う夜がある。


もっとたくさん思い出すべき幸せなエピソードも、消えてくれない悲しい出来事もあるはずなのに、
思い出すことといえば、わたしがあなたのいないところであなたを想った時間ばかりで、なんて自分勝手なのだろうと思う。



この先、私たちの関係が再びつながることはない。
だけど私が好きになったあなたのかけらや、あなたの一部が私の人生の糧になっている。
いま現在あなたが幸せなら大手を振って喜ぶだろう。



たくさんの「好き」の形の中にあなたは一生そこにいて、夏の夜にサンダルを履いてコンビニエンスストアへ歩いた空気の匂いや、LとRで音楽を聴きながら散歩した春の涼しさも、時折その小さな引き出しの中から取り出して、懐かしがったりしている。
よほど大切だったに違いない。





さあ、はてさて、このへんにしておこう。
お互い歳をとりましたね。
残りの人生もどうかお元気で。



最後まで読んで頂きありがとうございます。
またいつか。

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