見出し画像

ムイネーパスポート監禁バイク疾走事件

世界のあちこちに住む物書きたちがおこなっているリレーエッセイ企画『日本にいないエッセイストクラブ』。リレー企画第6回目のテーマは「冒険」。各走者の記録をまとめたマガジンはこちらです。

ぜんぜんイージーじゃないライダー

2018年8月31日、広大な砂丘に挟まれながらバイクを飛ばしていた。

二人乗りで、運転手は昨晩泊まったホテルのベトナム人男性フロントマン。60kmは出ているのでは、散った砂が頬にぶつかる。ヘルメットが飛ばされないよう割れたバックルを必死に掴みながら後ろ手で突っ張る。乗りなれないバイク初心者は宇宙空間に放り出されるかの如く後ろに飛んだに違いない。

「日本はどこ出身なのー!?」

それまでの経緯もあって気まずさを紛らわせるためか、男性が外国人間コミュニケーションで1~2位ランクな質問を振ってくる。「大阪ー!!」と答えるが、時速60kmの中にいる完璧な共通言語がない二人は「えー!?」「えー!?」とお互いに聞き返すばかりで、再び風を切る音だけ虚しく響いた。

俺はスケジュールガチガチ人間

「ベトナムに8年もいたならいろいろあったんじゃないですか?」

と聞かれることはままある。そりゃあもちろんいろいろあったが、たいていその聞きっぷりは話のネタ、言ってみれば『冒険的な話』を期待されていたりすると思う。だが残念、いや俺自身も残念なのだが、「冒険したなぁ」という思い出はそれほどないのだ。8年間もライフワークが取材だったのに。

なんでかなと思って振り返ると、自分は冒険=トラブルと捉えている節があり、そこでライターという仕事柄か、自慢じゃないが不測の事態も踏まえてめちゃくちゃスケジュールを固めてから行動する派、ある意味では非常に日本人的な進行人間。予定通り消化していくことに喜びすら覚える、目的を忘れた訳ではないつもりだが、手段は手段で楽しんでしまっている俺なのだ。

自分が出会ってきた海外に望んで居る人は、過去にバックパッカーなども経験していて、そういった方は行き当たりばったりに強くてそのあたりのマインドがだいぶ違うなと感じるし、また同時に敬意の念を抱いている。だからこそ不測の事態をよほどのトラブルと捉えてしまうのだろうか、『冒険』をテーマに出てきたものが、二年半前、ムイネーという街での出来事だった。

ムイネー滞在最終日、一転して。

ムイネーは、ホーチミンからバスで4時間ほどで行ける、南部に位置する、砂丘がアイコンの街だ。その景観からベトナム人にはたいてい知られた街なんだけれど、空港がないため地上だけ、往復8時間もかかるので、貴重な週末を使い遊びに行く日本人(外国人)は多くはない。あのー、失礼だったら申し訳ないけど、景観的にも国内における知名度的にもほんと鳥取に近い。

画像1

そして自分もたぶんにもれず存在だけは聞かされていながら、在住7年目にしてはじめて行った。結果、大満足!中心地にほど近いながら楽しめる『黄の砂丘』、砂漠と見違うほど広大な『白の砂丘』、素足にふれる砂の水のサラサラとした感触が心地よい『妖精の渓流』、レベルが高く多国籍な料理が楽しめるフードコート『Đông Vui Food Court』など、満足度は高かった。

画像2

アクセスの微妙さで遅れをとっているだけで、いやむしろそれゆえに「通」な外国人在住者が商売していたりして、ここはポテンシャルがかなり高い。近い将来、確実に頭角を現していくだろうなと思った。実際、その2年後に国家観光区に認定され、今後投資が進むと思われるがそれはまた別のお話。

そんなムイネーを離れるタイミングで『冒険』ははじまった。

俺のパスポートがホテルの金庫から出てこない

楽しい街だったなぁ、満足感に浸りながらチェックアウトを済まして、預けていたパスポートを出そうと素朴そうなフロントマンが金庫に手をかける。

これからバスで『ベトナムの軽井沢』とも呼ばれる高原の街ダラットへ。そのあとは飛行機でダナンへ。最後にハノイ。よし、いつも通りスケジュールは完璧で安全進行!ダラットでは何しようかな~、コーヒーの街だしやっぱりカフェめぐりかな。ダナン楽しみだな、あの人とこの人にも再会したい。ハノイはやっぱりフォーの本場だけあっておいしいんだよな、名店フォーティンは絶対行こう。あぁ、お腹減ってきた………あれれ、パスポート、まだ?

ガチャガチャガチャと金庫のダイヤルを回しながら、1分以上に渡り背中を見せつづけるフロントマン。理解。あぁ、なるほど、なるほど、開かないのね。でも自分(あなた)、ここのフロントマンだろ、どういうことだってばよ。まぁ、まぁ、バスの出発まであと20分はあるから。あと10分のうちになんとかしてくれたらそれでいいから。とりあえずバスが待ってると伝えて釘は刺しておいたよ、いいね。だがしかし、そのまま10分が過ぎてしまった。

まずい、まずいぞ、まずくない?三段活用?いやいやいや。落ち着け俺よ。

えっと、このあとすべての宿とエアチケットとってある。日程変えられないチケットだし、けっこうな金額飛んでしまう。や、でも、しかし、うぅん、焦りながらバス出るぞと伝えたら、スタッフがある提案を持ちかけてきた。

「パスポートは後日送るから、あなたは早くバスに乗って!!」

えぇ!?パスポート送るの!?でもそれって怖くない!?いやーでもビザ申請とかで預けるパターンもあるからいいのか!?間に合うか!?でもぶっちゃけ紛失怖いんだけどあーでも背に腹は代えられない!べらぼうめいが!!

「わ、分かったそれでよろしく!!」

バイクに乗せてもらってバス会社までひとっ飛び。パスポートがないとダメだよという至極まっとうな正論をぶつけてくるスタッフを、ホテルのスタッフと二人がかりでゴリ押しして、半ば強引に乗り込んだ。うへええぇぇぇ…罪悪感がやばいよぉ…でもパスポートが返ってこないのは俺のせいじゃないんだよぉ…。そもそもちょっと遅れ気味に乗り込んでるだけでも肩身が狭いのに、先のことを考えると不安しかない。でもとりあえずこれでダラットには行けるし、そのあと飛行機に…待てっ!待て待てーーーーい!!!!飛行機は!!さすがに無理だろ!!ダラットは泊まらない!俺!ダラット行く!すぐ空港行く!パスポートがなかったら!!外国人は!!搭乗無理だろ!?

「お、俺、降りる!!」

慌てて乗り込んで慌てて飛び降りる訳のわからない迷惑な日本人ということは重々承知の上で、ホテルに戻る。もしこの行為がイメージダウンにつながったのなら、許してほしい日本人。あっぷあっぷになると人は本当に正常に頭が働かない。あ、こういう精神状態で高速道路とか慌てて飛び出しちゃってはねられてしまうんだなー、とまったく関係ない妄想を頭の隅で浮かばせながら、そのへんにいたタクシーの運転手をつかまえてホテルへ。こんなときにもボッてくる姿勢に商売っ気に苛立ちながらも、彼の生活と俺の緊急事態は関係ない。「その金額でいいからとにかく行ってくれ!」とホテルへ。

「え、なんで戻ってきたの!?ダラットは!?」とスタッフびっくり。

そもそもこうなってんのはおまえらのせいじゃ!!という汚い言葉を喉元で抑えながら(それ以前に言語的に言える気がしない)、戦場カメラマン渡部陽一ばりにゆっくりと、しかし片言で事情を説明、出してください、早くパスポートを出してください、と懇願する。懇願してもしょうがないのは分かってるけど、懇願する。その思いが通じたのか、通じなかったのか、分からないけど、金庫が開いたのはそれから10分後のことだった。ちなみに開けたのはあとで来た別のスタッフ、俺にはひと撫でしただけで開いたように見えて、これまでなんやってんとイラッと。基本、多様性の寛容や相互理解を大事に考える自分でもこれは違う話だと思ったね、社内教育!って思ったね。

もちろんバスは出発したあとだった。

(さぁどうしましょう)

気まずい空気がしばらく流れたあと、フロントマンが言う。

「バイクでバスを追いかけるわ!」

え、間に合わないでしょ。

「待ってもらうから大丈夫!」

マジで??

「すぐに準備して!」

マジ?

そうして冒頭の状況である。

画像5

▲ガソリンを補給するフロントマン、背中かゆいのか。

なんだかんだでマジありがとうって言っちゃうよね

30分経ってなおも走りつづけるバイクに、「まさかこのままダラットまで行くつもりなんじゃ」…と途中ミスコミュニケーションの可能性を感じて不安に駆られながらも(車で行っても4時間かかる距離)、本当にバスが待っていた。もともと予約していたバスではなく、小型のバスであるあたり、どうも地元民御用達のバスを待たせてくれていたらしい。いったいどれだけ待たせてたんだ、さきほどとは比べ物にならない肩身の狭さで奥のシートにちょこんと座ってひと息つき、小便漏れる勢いで脱力した(漏らしていない)。

画像3

パスポートが返ってこず、不安に駆られながらバスに乗り込んで、慌てて飛び出して、タクシーにボられながらホテルに戻って、自分で言うのもなんだけど大変な目に遭ったのに、でも、それでも、電話してバスを止めて、バイクで全力疾走して送ってくれたというだけで、許してしまうというか、むしろ感激してお礼を言ってしまった。「ありがとう!ありがとう!」と強めに言ってしまった。人がいいのか?チョロいのか?でも、それはそれでいい。

少なくとも、パスポートがなかなか返ってこなかったことには当たり前ながら一切の悪意はなくて、一方でバイクで送ってくれたことに責任とそして善意があったのだ。そんな思いを天秤にかければお礼を言うのも当たり前か。

この出来事を境に、スケジュールはもっとゆとりを見るようになった。あと、パスポートは最後の最後まで手離さないようになったのは間違いない。そのあたりからベトナムの法律か習慣が変わったのか、徐々にパスポートはコピーを取るだけで預けないで済むようになったから、肩透かしだけども。

画像4

▲気圧でパンパンに膨らみ、高原の街ダラットへの到着を知らせる菓子袋。

前回の走者は武部さん。

あたしゃ武部さんの書く文章が好きでねぇ。シリアスさとファンキーさのブレンド加減が肌に馴染むんですわ。うん、うまく言えてる気がしないぞ俺。

ヒクマット氏の漢字当て字もおもしろいながら、その本人の口からあの作家さんの名前が出てくることにちょい驚いたとともに、彼が見た景色が文章を読む私にもオーバーラップしました。「幻灯の世界」って、いろんな人がそれぞれ持っているような気がします。ベトナム中部の街ホイアンの夜、あと意外な?ところで、おきのえらぶ島の電照菊の夜間はまさしく幻灯の世界。

次の走者はスズキケイさん。

上の記事はリレーエッセイではないんですが、バズっていたのでこちらとともにご紹介します。タイトルで十分伝わるので、説明は不要ですね。こういう、その国で食べられる日本食の情報ってめちゃくちゃ価値高いですよね。まぁタラコは日本食というよりロシアとの共通食とも言える訳だけれども。

ベトナムでいえば、エースコックさんが出している袋麺のUdonが現地在住者には有名ですね。中身はほぼどん兵衛(の麺とスープだけ)です。こんなに似てていいのってくらいどん兵衛です。それがひとつ1万ドン(50円)以下で買える。ビックマック指数じゃないが、私がいた8年間の中でだいぶ価格が変わっていた印象があるから、ひょっとすると今は1万ドン超えたかな?


ハッシュタグで参加募集!
固定メンバーで回してきた企画ですが、海外での話を書きたいな、とお思いの方!ぜひぜひ「 #日本にいないエッセイストクラブ 」というハッシュタグを付けてお気軽にご参加ください。招待させていただくこともあります。

ぜんぶうまい棒につぎこみます