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SMしてる人への恐らくの疑問「痛いのが気持ちいいのか?問題」

やぁどうも。
朝ごはんにファストフードを選びがちな女、猫背だよ。今日はマクドナルドを食そうと思う。私のお気に入りの朝食の中のひとつさ。

って、チョット洋画ぶるのはこの辺にしといて。

道行く身長1メートルにも満たないキッズたちを眺めながら、可愛いなぁって思うわけなんだけど、昨日の私はどちらかと言えばハードなSMプレイをしてきました。どちらかと言えばね。私の中でね。

いやぁ、巨体から繰り出されるグーパンチとビンタは強烈でしたわよ。なんていうかもはや暴力。でもそれが好き。暴力は愛。

で、早速本題なのだけれど、SMが好きだよ。って打ち明けると、痛いことって気持ちいいんですか?とたまに聞かれます。

結論から言うと痛いです。痛いもんは痛いです。人間ですもの。ちゃんとみんなとおんなじ痛覚は備わってます。だから叩かれたら痛いし、引っ掻かれてみみずばれになったり、血が出たりします。超人ではございません。

しかしながら、ちょうどいい痛さみたいなのはあります。感覚的に言うと強めのマッサージみたいな。いや、それでも痛いんだけど。痛いのだけれど、痛覚と快感を同時に押されるみたいなレベルの痛さ。
これは気持ちいいです。とっても気持ちいいです。私は気持ちよくて身体がビクビクと動いて、しまいには果てます。最高。

それよりも強くなると、次は絶望を感じる痛さになります。痛いです。超痛いです。身体が強張り、時には無意識に逃げてしまうでしょう。脳味噌の中が痛覚と絶望に満たされて、ビリビリとショートします。必死です。終わって早く褒められたい、褒めて欲しい、だからもう少し頑張る。とかも思います。
痛くて痛くて仕方が無くて、もうやだ、もう無理、とも思いますが、一打一打に相手からの想いを感じます。ああSMもセックスとおんなじでコミュニケーションだわ。と思います。だからそれに応えます。

そこから先は、自分の体調だったり、相手の体調、気分、波長が合うかどうかで変化します。これの二倍、三倍と耐えられる日もあれば、そこまで耐えられない日もあったり。気持ち良さのレベルも上下したり。セックスといっしょ。

SM、加虐をされる醍醐味というのは、私の中では罰せられている感です。
生きているだけで罪深い私を、裁いてくれる優しいサディストさん。有り難い。あなたが罰してくれるから、私は明日も笑顔で生きていける。そんな気持ち。

広義での自傷。拗らせた構ってちゃん。極度の寂しがり。一人でいるときも、動く度に痛む痣や傷にひとりでないことを知る。

だから、気持ち良くなる感覚、痛さで絶望する感覚、どちらも好き。どちらも心地がいい事なのだけれど、ベースとしては罰。
だから、お相手にあれしてこれしてと言わない、言えないし、私も言われたくない。

その辺の話はこちらで。

そんな私の「痛みについて」なのだけれども、ここの全ては私にしか当てはまらないし、みんながみんなこんな感じかどうかというのはまた違うので、色んな人のSMに対する想いを聞き回ってみるのも、それはそれで楽しいかも知れません。

因みに、私のSMの目覚めは、4歳か5歳くらいの頃、テレビで流れていた「妖怪先生ぬーべー」で、人間の女の子が雪女に、氷の十字架に磔にされているシーンでした。
それからというもの、拐われて囚われるシーンに憧れを抱き、夜中、ひっそりと、自分の手足をタオルで縛って眠りにつく日々。

「たすけてください、ごめんなさい、ゆるしてください」これが私の好きな言葉です。

今日もがんばろ。

猫背

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