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とても割に合わない仕事


深夜のサービス残業。
研修中のレジ打ちバイト。

世の中には、割に合わない仕事が沢山ある。拘束時間とお給料が、正しく比例しないお仕事だ。

それらを時給換算すると、時に時給500円を下回る。中には時給が300円にも及ばない、納得できない仕事もあるだろう。


やってられません。

思わず文句が溢れ出す、最高に割に合わない仕事。ただそれはお金だけでなく、多数の刺激を貰える時間だった。

これは通算二回目の、塾講師時代のお話。
少しだけ、小話をさせていただけるだろうか。

聞く耳を持たない塾長


話にならない。


私の勤める塾には、会話ができない塾長がいた。分かりやすく言えば、まったく聞く耳を持たない人だった。

インド人だとか、そういうことではない。ただ全ての会話が一方通行なのだ。

ねこやま先生、
数Ⅲ・C できる?


数Ⅲ・C。

それは主に理系の受験生が必要とする、高校三年生で履修する数学の分野。文系出身の私は、数Ⅱ・Bまでしか学んでいない。

そのため言葉を選び、丁寧に返答する。入社半年ということもあり、塾の権力ピラミッドの最下層の講師だったから。


「 いやぁ、数Ⅱ・Bまでなんです。申し訳ありません 」


そう答えると彼は、私にそっとファイルを手渡した。

「Ⅱ・BもⅢ・Cも同じだよね。来週水曜の授業、担当してね。」


いやいやいや。
全然違う。

ラグビーとアメフトくらい違う。
オーストラリアとオーストリアくらい別物である。

塾長は、いつもこう。講師が教えられるかどうかよりも、塾全体の授業構成を最優先する。

とりあえず聞いただけ。私にこの授業を担当させることは、彼の中で最初から決まっていた。

ただ恐らく、塾業界では当然の話だろう。完璧に教えられる先生が、必ずしも生徒に充てられるとは限らない。

そう、これは無茶ぶりだ。
そして無茶ぶりをされた講師の行く末は、僅か二種類である。


(1)使えないレッテルを貼られる
(2)死に物狂いで乗り切る


これはこの塾で生きるなら、全ての講師が通る道。この無茶ぶりを生き残ることこそ、初年度の講師のお仕事である。


(1)使えないレッテルを貼られるか。
(2)死に物狂いで、乗り切るか。

まず(1)は、絶対にダメだ。
使えないレッテルを貼られた講師の行く末を、私は知っている。

ずばり、幼稚園児の担当になる。もしくは非受験生専門の講師にされる。

失礼ながら、これは事実上の死刑宣告だ。なぜなら我々講師は、上位校に合格させてなんぼの人種である。

つまり園児や非受験生専門の講師になるいうことは、その戦場にも上がれないということ。いくら一生懸命走っても、誰も記録係がいないレースのようなものである。

しかし(2)の、「死に物狂いで乗り切る」。

こちらにも、バッドエンドとハッピーエンドが待ち受ける。ただ乗り切れば良い、そういうものではない。


なぜなら生徒のネットワークは凄まじい。


もし授業中に、講師が生徒の質問に答えられなかったら。そしてそんな状況が、何回も繰り返されたら。

生徒は確実に気付く。
あ、こいつ教えられないな」と。

するとその生徒は容赦なく、仲間の生徒の元に走っていく。てぇへんだ!てえへんだぁ!と、号外を知らせる瓦版屋のように。


とんでもないヤツ(講師)がいるぞ!と。
教えられないのに、授業をするヤツ(講師)がいるぞ!と。

そして翌日になれば、その情報は一気に拡散される。「ねこやま偽講師説」が、インフルエンザの如く教室内を駆け抜けるのだ。


終わりである。


これもまた、事実上の死刑宣告。高校生の信頼を失った講師など、ポケットのないドラ〇もんと同じである。

そうなれば、遅かれ早かれ非受験生専門の講師にされる。進学塾とは、かくも非情な世界なのだ。

つまり残された道は、最初から一つ。


完璧に演じ切る。

これしかない。

数Ⅲ・Cが、三度の飯よりダイスッキ。そんな理系講師を、演じ切るしか道はない。

しかし、問題は山積みである。

まず来週の水曜日まで、たった5日。あの永世竜王・羽生善治でも、5日でⅢ・Cをマスター出来るわけがない。

いや問題は、それだけではない。
最も重要なのは、その生徒の志望校だ。

もしその生徒が、ゴリッゴリの理系大学志望だったら。必要になる数Ⅲ・Cのレベルも、志望校のレベルによってピンキリである。

しかし同時に、まだ希望もある。もしかしたらその生徒は、内部進学狙いの数Ⅲ・Cではないだろうかと。

もし内部進学狙いなら、受験用の数Ⅲ・Cより遥かに簡単。中には〇海大付属高校のように、数Ⅲ・Cと言いながら数Ⅱ・Bの範囲を扱っている可能性もある。

もしそうならば、根本的に解決だ。いやむしろ、絶対にそうとしか思えない…!

そうか…。
内部進学用の数Ⅲ・Cか…!

いくら塾長が悪代官でも、文系講師に受験用の数Ⅲ・Cを担当させるわけがない。私はそう思って、渡された生徒のファイルをパラリとめくった。


ゴリゴリの受験数学だ。


しかもあろうことか、バリバリの上位校である。ぶっちゃけ東京薬科大学なんて、今から一年間勉強しても落ちる自信がある。

よりによって、なぜこんな受験数学を…。一瞬でも希望が見えたのは、目の錯覚だったのだろうか。

しかし、これが現実。この試練を乗り越えない限り、私に未来はない。

ついでに言えば、昇給もない。餓死しちゃう。

割に合わない万全の予習


20時間予習した。


決してこれは、頑張ったでしょアピールではない。ただ単純に、全く理解できなかったのだ。

そもそも入社してから、数Ⅱ・Bの授業すら久しぶり。そのため数Ⅲ・Cの指導には、数Ⅱ・Bの復習から助走をつけて学びさなければならなかった。

わずか90分の授業に、20時間予習する。時給に換算するのも恐ろしいが、ずばり時給は180円だ。

もはや沖縄のマックで働いた方が、確実に儲かる。最高に割に合わないとは、まさにこのこと。


ただそれでも、予習は万全ではない。何故なら個別指導とは、授業内容の変更も珍しくないためである。

生徒が模試結果を持って来たならば、その反省と解説を。どうしても解けない問題があるというならば、その解説を。

どんな要望にも、臨機応変にお答えします。これが個別指導、最大のメリットである。


しかし、逆もある。


生徒が「英語を教えて!」と言うかもしれない。もしくは「女子との話し方を教えてくれ!」と懇願されるかもしれない。

そんな要望なら大歓迎だが、その可能性はとても低い。「実家への仕送りのねだり方」なら教えてあげられるが、必ずしも自分に有利な授業になるとは限らない。

そのため、どれだけ予習をしても完璧ではない。時間さえあれば、私が塾に通って学びたいくらいだ。

そして当日。


あっという間に5日が過ぎた。忘れもしない、真夏の水曜日の授業。

真夏の高三年の授業、つまりそれはガチガチの受験対策だ。あらゆるブースから怒号が飛び交う、地獄の夏期講習中である。

講師たちも体力を使い果たし、全員体力は赤ゲージ。誰一人仕事終わりに飲みに行こう!と言い出さない、限界突破の超繁忙期だ。


でも私は、とっても元気。
何故なら本日、レッドブル3本目だったから。

このテンションなら、絶対に乗り切れる。今なら数Ⅲ・Cと言わず、数Ⅳ・Dくらいイケそうだ。



さぁ、開戦だ!


私は予習資料を小脇に抱え、教室に突撃した。するとそこには、意外と大人しそうな男子高生が既に座っていた。

いきなりガン飛ばしてくることもなく、極めて平和な授業の開始。宜しくお願いしまぁす!と声を張る高校生は、天然記念物並みに貴重である。


思わずホッと胸をなでおろし、宜しく宜しく!と講師ぶる。しかし実際の数Ⅲ・C力は、間違いなくこの生徒の方が上である。

しかしその事実は、絶対に悟られてはならない。生徒に舐められた講師など、寝起きのナマケモノより無力だから。

私はあたかも数学マスターかのように、強気に振舞った。面白いよね逆行列!などと、心にもないセリフをバンバン言った。

何が「面白いよね逆行列!」だ。モンハンの方が面白いに決まっている。


最初はお互いに自己紹介をし、ありきたりな質問を軽く交わす。パソコン部なんだ?などの、極めてどうでも良い会話である。

すると突然、生徒の表情が険しくなる。そして突如、強めの口調でこう言うのだ。


先生、早く授業始めましょう!


( ゚Д゚)!?

なるほど。
生粋の理系タイプだ。

もちろんそれは、悪いことではない。しかし最初の挨拶すら必要ない、馴れ合いを全く好まない生徒である。

この手の生徒は、無駄話を極端に嫌う。僕お金払ってるんですから!と、正論を容赦なくぶつけてくるタイプなのだ。

これはまずい。
想定した中でも、最悪のパターンである。

もし一度でも質問に答えられなければ、一瞬で塾にクレームが入る。恐らく語尾がザマスだと思われるご両親から、抗議の電話が鳴り響くだろう。

プランBである。

彼に見せつけるのは、知識だけは物足りない。理系の生徒が好むのは、自分と同じ系統の上位互換だ。

彼の思考を全て観察し、質問の答えを先回りで提案する。ただ答えを教えるだけではなく、解答に辿り着くまでの過程を彼に示さなくてはならない。

最初にそれができたなら、この授業内における彼の信頼を勝ち取れる。それまで私は、一瞬の隙も見せてはならない。


ここは戦場だ。


何度も辛辣な質問を受けながら、冷静さを装いながら応答する。正直もはやギリギリだったが、予習の成果が発揮された。

残り時間が刻々と減る中で、一瞬も止まらぬ理系生徒の怒涛の質問。一体この子の幼少期は、どれほど激しいなぜなぜ期だったのだろう。

繰り返される怒涛のなぜなぜに、もはや予習の壁も崩壊寸前。あんなに万全だと思っていたにも関わらず、見ると教えるとはえらい違いだ。

そしてもはや精も根も尽きた頃、遂にその時がやってくる。天使のベルが鳴り響くのだ。


授業の終わりだ!!


や、やったぁぁぁ!!!

授業中でなければ、泣いてた。それほどキツく、心を削る理系の授業。

優秀な同僚に理系が多いのが、今なら痛いほど良く分かる。文系に逃げた過去の自分に、抗議文の一つでも書きたい気分だった。

もしも塾長が許すならば、もう二度とやりたくない。講師も生徒も得をしない、それが「授業のミスマッチング」。

もちろん生徒は、全く悪くない。

悪いのは、保身に走った私と塾。

いつの日か、この日のことを私は彼に謝罪しなければならない。心の底から、そう思った。


そして昨年。

私は別の生徒に呼ばれた結婚式で、その彼と再会した。立派に成長した彼は、東京大学の研究室で働いているらしい。

立派になったなぁ!と挨拶をかわし、酔った勢いで当時のことを切り出してみる。実はあの時、数Ⅲ・Cできなかったんだよねと。

すると生徒も、真っ赤な顔でこう言った。

「知ってましたよ。」
「だって先生、ドモアブルの定理のことドアモブルの定理って言ってましたよ」と。


おわり。

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