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初めて大人が怖いと思った日


先生なんて怖くない。


子供の頃、やたら強がっていた。
大人でもなんでも、かかってこいと。

『自分は特別なんじゃないか。』
そんな良くある、謎の無双感。

でもその強がりも、あるお爺さんに砕かれた。
公文式帰りに起きた、本当のお話。

少しお話をさせていただきたい。
小学校低学年の頃の、ちょっとしたお話を。


学校で禁止された自動販売機


あの自動販売機はダメです。


小学校の頃、先生が「終わりの会」でそう言った。あの自動販売機には、近づかないようにと。

その自動販売機とは、通学路に設置されているオモチャの販売機のこと。今はもう見かけない、ジュースではなく銀のキーホルダーが買える自動販売機のことだ。

その銀のキーホルダーとは、こんな感じ。


カッコいい。

まさに子供心を鷲掴みにする、強烈なデザイン。修学旅行でバカ売れしそうな、幼い購買意欲をそそり倒すビジュアルである。

私もその自販機を見かけたことがあり、通学中に友達と噂していた。あれなんだろうね?と。

あぁ、あれはキーホルダーの自販売だったんだ。そんな納得と同時に、次第に気になってくる。


絶対に買ってはいけません!


担当の金田先生が、何度も釘を刺す。どうやらその自販機で、買い食いならぬ買いキーホルダーをした不届き者がいるらしい。

そしてそのことが、親から学校へ通報された。結果的に今、我々への厳重注意となっている。

買い食いすら許されぬ、小学校の低学年生。それがキーホルダーを買うとは何事かと。

しかもお値段も、確か500円程度と結構高い。そんなものにお小遣いを使っては、絶対にダメですよ!と


欲しい。


そう言われたら、絶対欲しい。
ダメと言われたら、100倍欲しい。

むしろこれがないと、もう生きていけないレベル。しかも学校の先生がこれほどダメと言うなんて、何かあるに違いない。

きっとこれは勇者的なもので、絶対に重要な何かなんだ。本来は大人になるまで買ってはいけない、何か特別なブツである。


しかし先生は、しつこいくらいに買うな!と念を押す。どうやらかなり問題になっているらしく、いつもの笑顔が全くない。


あの自販機に近づいてはダメですよ!
買うなんて、もっとダメです!


分かりましたかっ!

分かりません。


小学生が、そんな注意でひるむわけがない。行くなと言われて行かない小学生は、もはや小学生ではない。

むしろ、これは良い事を教えてもらったぞと。
絶対帰りに行って、あわよくば聖剣を手に入れるぞと。

教室を見渡しても、友人達が同じくソワソワ動いている。どうやら皆が同じ気持ちらしく、最悪の場合は取り合いになりそうだ。

しかし低学年の私に、お小遣いなどあるわけもない。当然買えないことは分かっていたが、とりあえず現場に行ってみよう。

もしかしたら、落ちてるかも。


そんな小学生らしい期待を抱きながら、「終わりの会」の終わりを待つ。ソワソワソワソワ、不審な動きで。

すると当然、担当の先生は異変に気付く。プロから見ると「あいつら行くな?」と瞬時に見破ったのだろう。


先生たち、見張ってますから!

( ゚Д゚)!!
見張ってる!?

まさかの事態に、動揺を隠せない。見張りまで付けるとは、一体どれだけ重要なブツなのか。

すると周囲からえぇー!と文句の声が上がり、買いキーホルダーの容疑者候補が一気に摘発される。このタイミングで文句を言うなんて、アマチュアにもほどがある。

案の定、行くつもりでしょ!と釘を刺され、より一層行きづらい雰囲気に。なんと愚かな者たちなのか。


へ―そうなんだ。


こんな時は、興味がないフリをするのが一番なのに。そうすれば話も直ぐに終わり、監視の目が光ることもなかったのに。

しかしどうやら、今日は無理そうだ。先生自ら見張りとは、なんと屈強なセキュリティーなのだろう。

きっと自動販売機は、いつまでも待っていてくれる。なるべく早く行きたいが、今日はとりあえず諦めよう。

私はしかたなく、塾に行くことにした。毎週月・木で通っている、みんな大好き公文式に。


一旦家に帰り、バックに塾の道具を詰め込んだ。家庭科の授業で作った、手作りの布バックに。

そして冷蔵庫のジュースを少し飲み、公文式へと出発する。行ってきます!と玄関で言うが、返事はもちろん返ってこない。

鍵っ子ゆえの、悲しい出陣である。


そして塾への道で、噂の自販機のそばを通る。すると先生たちが数人おり、本当に見張りをしているようだ。

やはり今日は、近づけそうにもない。銀行の下見をする銀行強盗も、こんな気持ちなのだろうか。

再度諦めて、重い足取りで公文式に向かう。これから約2時間ほど、みっちりお勉強させられるのだ。


国語のプリントを受け取り、先生に採点をしてもらう。しかし頭の中は、剣のキーホルダーのことばかり。

もし誰かが先に買ってしまい、売り切れちゃったらどうしよう。そんなマイナス思考に包まれて、いつもの解答力が発揮できない。

いや待てよ…。
むしろ見張りをしている、先生が買っちゃったら…!

そんな有り得ない想像ですら、小学生の心にはグサリと刺さる。今なら分かるが、大人が聖剣キーホルダーを買う可能性はゼロである。

そして、そんな中。
一つの発想が、頭をよぎる。


もしかしたら…。


私は慌ててプリントを終わらせ、急いで塾の先生に持っていく。早く早く!と採点を急かし、カバンに荷物を詰め込んだ。

そしてお利口さんにさようなら!と挨拶をして、慌てて塾を飛び出した。誰も解けない難問に閃いた、数学者のように。

もしかしたら…!
今なら、いないかもしれない…!

先生たちは、自動販売機で見張っていると言った。でも彼らも、いつまでもそこにはいないはず。

もしかしたら、もう帰っているかもしれない。もしそうならば、今なら僕が一番乗りだ。

私は慌てて自動販売機の場所に走った。まだ自転車に乗れなかったため、漫画のように足を回転させながら。


誰もいない!!!

誰もいない。
先生も友達も、そこには誰もいなかった。

私はお金を持っていないことも忘れて、狂喜乱舞した。これであの聖剣が、自分だけのものになるのだと。

もちろんお金がなければ、この資本主義国家では無力である。でも何とかなると考えるのが、低学年生の特徴だ。


わぁぁぁ(*´Д`)!!!


カッコいい。
聖剣のキーホルダー、なんてカッコいいんだ。

もはや学校のテスト結果など、なんの意味もない。この聖剣を持っているか否かで、この世は全てが決まるのだから。

しかしボタンを押しても、当然うんともすんとも反応がない。何十回押そうと、「しかたないなぁ…」と自販機が聖剣を出してくれることはない。

でも、もしかしたら…。

あり得ない発想に期待を抱くのが、小学生の習性だ。私は自販機の全ボタンを、100回近く猛プッシュした。


出してください!


何度懇願しても、結果は同じ。どのボタンをどのタイミングで押しても、キーホルダーは私の元に現れない。

まるで気分は、聖剣が抜けなかった村人A。選ばれし者でない敗北感に、思わず泣きそうになった。

自販機の下も見た。
近くのゴミ箱も見た。
でもなかった。

よく考えたらゴミ箱にある聖剣は、もはや聖剣ではない。ゴミである。


そして周囲も次第に暗くなり始め、気分もなんだか沈んできた。もはやここまでなのか。

これ以上粘っても、きっとどうしようもない。明日友達と一緒に、もう一回同じ時間に来てみよう。

そろそろ家に帰ろうかな。

そう考えて、地面に置いたリュックを背負った時だった。
いきなり背後から、大人の声がした。


こらぁっ!!!

(; ゚Д゚)!?

見つかった…!

これは絶対、学校の先生だ!
見回りに戻ってきたんだ!

何という失態。

聖剣探しに夢中になり過ぎ、周囲への警戒心が薄れていた。私は慌てて振り返り、その声がする方に目をやった。

一体私は、何先生に怒られるのだろう。どうか神様、担任の金田先生だけはお許しを…。

神に祈りながら、振り返る。


………。


…だれ?

そこに居たのは、全く見覚えのないお爺さん。恐らく70歳くらいの、少し怖そうな初老の男性だ。

一瞬、知らない先生かと思った。

しかし雰囲気的に、何かが足りない。失礼ながら、何かを教える側の人には見えなかった。

ただいずれにしても、私はきっと怒られる。こんな遅い時間まで遊ぶな!と、怖いお爺さんに叱られるのだと覚悟した。

しかしお爺さんは、なんだか近づいてくる。何も言わず怖い顔で、どんどん私に歩み寄るのだ。


…コロちゃんか?


…へ ?


お前…
もしかしてコロちゃんか!?


……?
もしもし?


一瞬何を聞かれているのか分からなかったが、彼は確実にそう言った。今もなおハッキリ記憶に残る、泣きそうな震える声で。


お前、コロちゃんだろ!?
コロちゃんコロちゃん!!
俺だよ俺だよ!!


もちろん私は、コロちゃんではない。そしてこんな年の離れた友達も、当然いない。

ただもしかしたら、私がそのコロちゃんという人に良く似ているのかもしれない。お爺さんだから、もしかして間違えちゃったのかも。

私は自分の名前を告げ、彼の誤解を解こうとした。私はコロちゃんではなく、ねこやましゅんという名前だと。


しかしお爺さんは、全く気にしない。むしろ声まで似ていたのか、より私がコロちゃんであると確信したようだ。


コロちゃんコロちゃん!
俺だよ、俺だよ!
生きてたのかぁ!


…ん?
生きてた?

どゆこと?
コロちゃん、死にかけたの?


いつ帰ってきたんだよ!


いつ戦争から戻ってきたんだよ!

……?

戦争…?


その瞬間、私は理解した。

このお爺さんは、前に辛いことがあった人なのだと。そして何かの拍子に、記憶が少し混ざっちゃったんだと。

そしてその原因は、きっと戦争だ。

正直、こういった方は初めてではない。田舎では意外と多く、前にも下校時に話しかけられたことがある。

きっとこのお爺さんは、僕とは少し違う。そして僕を誰かと勘違いするほど、辛いことがあった人なんだ。

昔、父親から言われたことがある。辛いことがあった人には、絶対に冷たくしてはいけないと。

そしてこのお爺さんは、その辛いことがあった人だ。優しくしなければいけない人だ。


そうかそうか…。
元気だったのか…。
良かった良かった…。


戦友と思われる、コロちゃんとの再会。
何度も頷くお爺さんは、凄く嬉しそうだった。

なんだか良く分からないけど、これは良いことなのかも。私はコロちゃんじゃないけれど、お爺さんが嬉しいならそれで良い。

そして私もまた、叱られずに済んだ。皆が笑顔の、ピースフルワールドである。

その時、もう恐怖心はあまり感じなかった。全くないと言えば嘘になるが、恐怖は全体の20%といったところだ。

ただこのまま、コロちゃんを演じ続けるわけにもいかない。私に戦争の記憶はないし、他の戦友の事を尋ねられても答えられそうにない。

私は一度置きかけたバックを再度背負い、その場を立ち去ろうとした。しかしもう行くのか!とお爺さんに止められ、思わず躊躇してしまう。


そしてその時だった。


そのお爺さんが、私の後ろの自販機にふと気付く。それは先程まで私の興味の中心だった、キーホルダーの自販機だ。

もしかして、お孫さんとの記憶が出てきたのかもしれない。お爺さんが、そっと私に尋ねてきた。


コロちゃん…。
それ、欲しいのか…?


まさかの事態である。

いきなり訪れたチャンスに、私の鼓動は高まった。もしやこのお爺さん、私にキーホルダーを買ってくれようとしているのか…?


欲しいのか?
どれが欲しいんだ?

このお爺さんの頭の中のコロちゃんは、一体どんな姿なのか。孫なのか戦友なのか、やはり少し混乱されているのだろう。


しかし、流石に戸惑った。
もしここで買ってもらうと、私は更なるカルマを背負ってしまう。

それはもはや、先生の言いつけを破ったという罪だけではない。知らない人に物を買ってもらうという、小学生にはSクラスの悪行だ。

ただこのお爺さんには、確実に私より経済力がある。聖剣のキーホルダーなど、恐らく楽勝で買えるだろう。


私は悩んだ。


こんな一大チャンス、二度と訪れるわけがない。目の前の優しいお爺さんが、私に聖剣を授けてくれるというのだ。

もしかして、これも運命なんじゃ…!
もしそうなら、買って貰わないと逆に良くない気がする…!

今考えると、とんでもない発想である。しかしどうしても手に入れたい私は、買って貰う屁理屈を考えていた。

そしてひたすら悩んでいると、お爺さんが自販機に近づいた。そして商品のキーホルダーを、じっと観察し始めたのだ。


しめたっ!


私の心は高まった。

もしお爺さんが勝手に買って、勝手に僕にくれたなら…!僕には一切、罪はないっ!

これはあくまで一方的な贈り物で、僕は一度もねだっていない!それなら、何も問題はないはずだっ!

…もう最悪の発想である。
思い出しながら感じたが、私はなんてクソガキだったのだろう。

でも、神は見ていた。

こんな少年に、天罰が落ちないわけがない。

この発想が原因か、私は恐怖のどん底に落とされる。じっと聖剣のキーホルダーを見つめていた、この優しいお爺さんによって。

剣かぁ!!
剣はええなぁ!!!

こうやって構えてなぁ!
こうやって刺してなぁ!!

剣なら○○兵も一撃じゃあ!
全員ぶち〇したらええんじゃ!!
うひゃひゃひゃひゃ!!

!?!?!?


何という豹変っぷり。
さっきまで優しかったお爺さんは、もう修羅の顔だった。

そこには戦争を思い出した、機敏に動くお爺さんの姿。何かをひたすら切り倒す、恐ろしい動き。


私は号泣した。
そして逃げ出した。


しかし後ろからは、お爺さんが追撃してくる。ま゛て゛こ゛ら゛ぁ゛!!と鬼の形相で、死に物狂いで追いかけてくる。

もう無我夢中で逃げ回り、お爺さんが完全に見えなくなるまで逃げ続けた。周囲は完全に日が沈み、その恐怖心は計り知れなかった。


死ぬかと思った。

こんなに人を怖いと感じたことは、過去にもない。表現できない大人の恐怖を、今でも鮮明に覚えている。

そして同時に、戦争が人を壊してしまう何かだと怖いほど感じた。当時はただぼんやり感じたが、今ならその意味が良く分かる。

きっと私の悪しき欲望が、彼に何かを思い出させたのだろう。そう考えると、怖さと同時に謝罪の念が生まれてくる。


家に帰ると、両親が帰っていた。
当然、なぜ泣いているのか尋ねられた。

ただそこは、語彙力の足らぬ低学年。
お爺さんに追いかけられたと、自分の非は完全隠ぺい。

結果しばらく近所の話題となり、お爺さんの肩身を狭くしてしまった。子供ながらに、再三に渡り申し訳ないと反省した。

ただ不思議なことに、そのお爺さんを見たものは誰もいない。
学校の友人も近所のおばちゃんも、誰も彼の存在を知らなかった。


もしかしたら…。
彼がコロちゃんだったのかも…。


それっぽい感じで、このお話は終わり。
ここまでお読みいただき、本当にありがとう。

おわり。
良かったら、いいねしてね。

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