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拝啓 笑わない君へ

長く一緒に暮らしているからなのか、それもと君の性質なのか、もしかしたら僕のせいなのかわからないけど、君はあまり笑わない。


もともとよく笑う人じゃなかったけど、僕に向かって笑顔で笑うことがほとんどなくなっている気がする。

僕がお風呂に入っていたり、2階で仕事をしていると、君が娘たちと一緒に笑う声が聞こえてくる。

ああ、楽しそうだなと思って心が暖かくなるけど、僕との会話でそんな声が聞こえることはもうずいぶんない気がする。

いつまでも付き合っていた頃みたいに、お互いがニコニコと目をキラキラさせて見つめ合うなんてことがないのはわかっている。すでに結婚して25年が経過しようとしているのに、そんな状態であったら逆におかしいよね。それは、君がいつも言っていることだ。

僕たちは年齢を重ね、ある程度まともな大人として生きているし、熟練の夫婦といっていいだろう。

そんな二人の間に、いつまでも20代前半のような甘やかな時間が流れているはずがない。その面では、僕たちは夫婦としてとても正しいステップを踏んでいると思う。

でも、僕は君の笑顔を見たいと思っている。そう思って、日々を生きている。

アラフィフの男の願いとしてはいささか気持ち悪いと思うし、自分でもそう感じるけど、本当にそう思っているんだ。

君はそれを笑うだろうけど、僕にとってはとても大切なことなんだ。



僕はアニメのSPY×FAMILYが好きで、これまで全て見ているし、コミックスも全巻揃えている。

とても良くできたお話だと思うし、登場人物も魅力的だ。とくにアーニャの可愛さは、娘たちの小さい時を思い出して胸がソワソワしてしまう。

君は僕がSPY×FAMILYを好きだということは知っているかもしれないけど、好きになった本当の理由を知っているだろうか。

SPY×FAMILYを見るとき、君はとても自然な顔で笑うんだ。暖かな、穏やかな笑顔で笑う。

僕は、君のその笑顔がとても好きだ。だから、一緒に見るようになった。

日曜の朝、朝食を食べて二人でSPY×FAMILYを見る。その時間帯には次女は起きてこないから、二人だけの時間になる。

君が自然に笑っている。僕は、その顔をチラチラ見ている。

同じものをみて、君が笑うのが嬉しい。

僕が君を見ていることを察すると、「何見てんの?」と怪訝な顔をする。僕はあわてて画面に視線を戻す。

日曜日の朝の、僕にとってとても大切な時間。

アニメの力を借りてでも、君の笑顔の時間に僕が居たいと願っているんだ。



僕たちは他人から恋人になり、夫婦になり、そして親になった。それぞれのステージをそれなりにクリアしてきたと思う。まあ子育てはまだ途中だけど。

君は自分をしっかりと持った人だから、あまり変化しないと思っていた。でも、振り返ってみればステージに合わせて変わっていったと思う。

特に、子供ができてからは母親になっていった。当たり前の話だけど、その変化は大きい。

よく、妻が母親になったことで、父親になりきれない旦那が寂しくなる、という話を聞くけど、まあそれはあったと思う。

でも、子育ての最中はお互いに必死で、子供に君を取られたなんて感覚は全くなかった。

それどころか、子供たちと君が楽しそうにしている姿や、君に甘えている姿をみていると無上の幸福感に包まれた。

「ああ、いつまでもこの素晴らしい景色が続いてほしい。君と子供たちが笑顔で笑い合っていてほしい」

それは、僕のささやかなれど切なる願いとなっていった。

君の人生を、より笑顔にあふれたものにするには、どうしたらいいのだろう?



本当にたまにだけど、君と二人だけでお出かけするときがある。

子供たちに予定があったり、勉強があったりしたとき、僕たちは二人でおでかけする。おでかけといってもショッピングくらいのもので、なにも特別なものじゃない。

車の中では、子供たちのことばかり話している。君は僕の事業について興味がないから、話す意味はない。自然と、子供たちの話になっていく。

子供たちの話をしている間は、僕らは父親と母親の顔をしている。どうしてもそうなってしまう。そこには、親としての緊張感が伴うことになる。夫婦としての甘やかさは介在しない。

でも、目的地について歩き出すと、徐々にその緊張感も解けていく。

変わる季節に翻弄され色づく木々、少し先の未来を先取りしたお店のディスプレイ、誰も知り合いのいない解放感。そんなものが、僕らを少しづつ親から夫婦へ戻していく。

君の表情が、変わっていく。母親から、僕の大切な人へと変化する。

君の声が、変わっていく。落ち着いたトーンから、すこしだけ上がっていく。

そして、ささやかに、わずかに笑顔が感じられるようになっていく。

二人で生活していた頃の二人に、一時的に、ほんの少しだけ戻っていく。

二人にしかわからない親密さが、音もなく周りを包む。

僕は、その時間が大好きだ。

君は、どう感じているのだろう。



今年の僕はとても忙しく、しょっちゅう家を開けていた。これほど出張の多い年はなかった。

また、出張のない休日は2階にこもって仕事ばかりしていた。

振り返ってみれば、2023年は僕にとって大きな飛躍の年であり、文句のつけようのない1年だったけど、家庭は後回しになっていたと思う。

もちろん、僕たち夫婦はそれくらいで疎遠となるようなうぶな・・・関係性ではなくなっている。やるべきことがあるなら、それに干渉せず、自分ができることをやる。そんな暗黙のルールがすでに確立している。

そんな状態が続く中、君に変化があった。

一人で遠出するようになった。

これまでなら僕が運転しなければいかなかった距離でも、自分で運転していくようになった。

スマホで面白そうな場所を見つけ、一人で出掛けていく。

正直、最初は驚いたけど、いきいきと出掛けていく様をみて嬉しくなった。もちろん一緒にいければいいけど、そうもいかない。

もしかしたら、僕の影響かもしれないと思った。

出不精で旅嫌いだった僕が、信じられない頻度で、信じられないくらい遠くへ行っている。ほとんど人が変わったように。

「あの人だけずるい」

君はそう思う人じゃない。だから、行動的になった動機は「私もいろいろ行ってみようかな」というものだと思う。

僕たちは子供につきっきりという人生のステージをすでに終え、それぞれ時間が生まれてきた。その時間の使い方を、模索しているのかもしれない。


行動の変化は、人生の選択肢も変える。

君ははっきりと「この地を離れて生きてみたい」と言うようになった。

もちろん、僕はそれを受け入れる。

それを実現するために、僕がなんとかしようと思う。もちろん君だって頑張る必要があるだろうけど、これは僕がなんとかすべき課題だと直感的に思ったよ。

君の移住は、君の人生にとって重要な意味を持つ。

この選択が、これからの君の笑顔の総量を左右する。

そんなことを、まるで天啓のように感じたんだ。

移住が君を幸せにするかはわからない。

でも、ここで暮らし続けるより、間違いなく笑顔は増えるだろう。

であれば、そうしてほしい。そうあってほしい。

そうなれるように、僕は人生をかけるよ。

君が日々、笑顔と共に納得して生きられる未来こそ、僕が望むことだ。

たとえ、一緒に暮らすことがなくなったとしてもね。



君は僕に笑顔を向けない。

離れて暮らすようになれば、アニメの力を借りて笑顔を見ることもできなくなる。

二人でお出かけするときの、とびっきりの親密感に包まれることもほとんどなくなるだろう。

それは僕にとって、決して喜ばしい状態なんかじゃない。

でも、君は自由に生きていい。

より笑顔の総量が増える選択をしてほしい。

そして、選択できるようにするのが、僕の役目だ。

その役目を、どうか僕にやらせてほしい。



離れて暮らして、本当に久しぶりにあったとき、君は手を振りながら真っ直ぐな笑顔を僕にくれるだろうか。

どうか、僕に笑顔を向けてくれないか。

愛しい人の笑顔ほど、自分の人生を肯定してくれるものはない。

どうか、僕の人生を肯定してくれないか。

僕に本当の幸せをくれるのは、君しかいないのだから。



君と生きてこれて本当によかった。笑顔にしたいと思える相手と一緒になれて、本当によかった。

僕の人生に光をくれてありがとう。

さらに笑顔までほしいなんて、少し贅沢なのかもしれないね。


〇〇より


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