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早朝

少しづつ明るくなっていく。洗濯したてみたいな空気。鳥の声。車も無く、どこかでバイクの音が聞こえる。聞こえては止まるを繰り返しているからおそらく新聞配達だろう。私はこの時間が好きだ。夜から朝に変わる空色を見ながらのランニングが好きだ。自分自身も洗いたてになるみたいで気持ちがいいし、誰にも会わない。早朝すぎてみんな寝ているから犯罪に会う危険も少ない気がする。

公園の木の間を飛ぶ野生化したインコを見ながら走っていると、道路の真ん中に何かが落ちている。だんだんと近づいていくにつれハッキリとしてきた何かは…靴だ。シンデレラみたいに片方だけ、ガラスでは無いが綺麗なヒールの靴。よく見ると足首に巻くベルト部分がちぎれ、ヒールもポッキリと折れている。何故壊れた靴が片方だけ、道路の真ん中に落ちているんだろうかと考えながら通り過ぎると、足が見えた。

きちんと揃えられた両足。片方は先ほど見たのと同じ靴を履いている。靴を履いていない方はストッキングが破れ、怪我をしているように見える。怖くなって一度立ち止まったけれど、もしかしたら事故にあった人かも知れないと思い直し、ゆっくりと近づいてみる。足は車道に並んでいるが、歩道に植えられた低木の向こうにスカートも見えてきた。良かった、ちゃんと上半身もあるみたい。バラバラ殺人とかじゃなくて良かった。と安心したのも束の間、上半身は半袖から伸びた両手を胸の上に組んでいる。まるで、お祈りしてるみたいだ。事故でこんな風に手を組むはずはない。誰かが組ませた?歩道の淵に乗せられた頭部を恐るおそる覗き込む。二十代後半くらいの女性が目をつぶっている。横向きになっている頬と口には血がついていた。綺麗に寝かせられた身体とは対照的に、車道から歩道にかけて女性の物と思われる鞄や携帯電話が散乱し、買い物帰りに事件にあったのかビニール袋、水、お菓子なども点々と落ちている。

あぁどうしよう。事件だ。なんだっけ、警察!いや救急車?どちらかに連絡したら連携されるのかな?両方かけるべきなの?ていうか…私、第一発見者ってやつ!?あたふたと慌てながら携帯電話を出そうとするが慌てすぎて落としてしまった。

「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。」急に声をかけられて飛び上がりそうになった。早朝なので誰もいないと思っていたが、いつのまにかすぐ横に白い車が止まっている。その窓から声をかけられたのだ。

「あの、そこに女性が血を流して倒れているんです。死んでいるみたいなんですが、私は救急にかけますから、警察に電話してもらえますか?」と、言ってからふと思った。こんな早朝に爽やかに声をかけてきた男。もしかして犯人じゃない?犯人は現場に戻るって聞くし。

「あ、やっぱり私が警察に電話します!」急に怖くなったのと緊張感で声が裏返ってしまった。白い車の男は笑った。

「だから慌てないで。警察に電話しなくても大丈夫ですよ。」女性が死んでいると言っているのに、落ち着いた様子で、しかも笑顔だ。ますます怪しい。私の怪訝そうな顔を見ても落ち着いた様子のまま男は話し続けた。

「そんなに警戒しなくても、犯人じゃありませんよ。それに、その女性は生きています。」

「なぜ分かるんですか?車に乗ったままで。」降りてきたらどうしよう、と思いつつも聞いた。念のためすぐに電話をかけられるように携帯を握りしめる。

「車から見ただけでもわかります。道路に急ブレーキなどの痕跡が無い。自転車や車との接触事故らしき破片も見えない。事故なら身体は投げ出されているだろうし出血ももっとあるはずだ。」私が通る前に犯人のあなたが片付けたかも知れないじゃない。それに事故じゃなくて事件かも。靴が壊れてたし。私の考えを見透かしたように男は続ける。

「もしも事件なら、道路に寝かせたりするでしょうか?靴が脱げているほかに着衣に乱れは無いし、彼女の持ち物もそのままだ。鞄や携帯は放ったらかしなのに両手を組ませて歩道を枕に寝かせる犯人像…ちぐはぐでしょう?もし僕が犯人ならそれぞれ別の場所に遺棄します。」確かに、そうかも知れない。けれど事実として女性が血を流して死んでいる。真実は1つなのだ。

「そもそも、女性は死んでいるんでしょうか?近くで見てみましたか?声をかけてもいないんじゃありませんか?」確かに、怖くて近づいてはいない。だって死体発見なんて初めてだもの。

「でも…血が…」私は訴えるように言った。男は女性が倒れている低木の根元を指差して言った。「まぁ僕の推理を聞いてください。」

「そこに、袋が落ちているでしょう?濃厚苺アイスだ。僕も食べたから知っているが、袋に書かれているとおりゴロゴロ果肉と苺ジャムたっぷりだった。女性の顔についているのはその苺ジャムですよ。僕が思うに、女性は恐らくお酒を飲んだ帰り道にコンビニに立ち寄った。そこで水やお菓子とアイスを買った。月明かりの中を良い気分でアイスを食べながら歩いていると、酔ってふらつく足元がぐねって転び、片方の靴が壊れてたので投げ捨て、転んだ時に座ったことで家に帰った気になって歩道を枕に寝てしまった。まぁこんなところでしょう。」

まさか、そんなに酔う女性がいるはずない!と反論しようとしたその時、女性が「うーん、」と声を上げて伸びをした。

「あぁ、よく寝たぁ。…あれ?」キョロキョロと辺りを見回し、私と目が合う。しばらく私の顔を見てから「あ!やだ、家じゃない!」と言うと鞄や携帯や水をかき集めて歩き出した。片手に靴をぶら下げてヒョコヒョコと。

呆気にとられている私に、白い車の男性は「ほらね」と言ってウィンクした。「では失礼。」と一言だけ残して白い車ーそう言えば左ハンドルだったから外車だーは走り去っていった。

飲み過ぎた女と車に乗ったままの男。これ以上変な人に会わないように今朝はもう帰ろう。私はそこで折り返して何も無かったかのような静かな道を家へと走り出した。


え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。