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ミノビのミニトマト

ずっと憧れていた、ベランダで家庭菜園、という趣味。半年前の引っ越しで、ついに理想的な広さと環境のベランダを手に入れた。

さっそくホームセンターで道具や腐葉土を選んだ。初めて育てる野菜の種は、特に慎重に。悩み抜いて、家庭菜園の王道、ミニトマトに決めた。

夏の気配を感じ始める頃、種を植えた。すぐに芽が出て、嬉しくて写真を撮った。それから毎日、世話をした。

風通しが悪くならないように、多すぎる葉は取り除く。タイミングと量に注意しながら肥料と水を与え、しっかりと支柱を立てて。

二ヶ月ほど経って、ついにやってきた収穫の時期。しかし。

「……やっぱりこれ、変だよなぁ」

真っ赤な小さい球体に育つ、一般的なミニトマトの種だったはず。しかし私が育てたミニトマトは、想像とはかけ離れた、複雑な形をしていた。

そして、異様なほど硬い。ついさっき水洗いして、かじってみたが、プラチックの塊のようだった。人差し指と親指で掴み、あらゆる方向から観察する。

「あっ!『炎』だ!」

まさに漢字の「炎」という形だった。初収穫のミニトマト、十五個を全て確認する。見事に、すべて「炎」の形をしている。パズルを解いたような達成感と、なぜ炎?という疑問が湧き上がった。




あれから、たくさんミニトマトを収穫した。しかし、どれも「炎」のミニトマト。どうにか食べられないかと煮たり焼いたり、凍らせたりしてみたが、硬いままだった。

そして、どういうわけか腐らない。もう丸一年間、私の冷蔵庫は奇妙なミニトマトのタッパーに占領されている。

もう考えないようにしていた。

だが一週間前、真夜中に喉が渇いて冷蔵庫を開けた時、ミニトマトたちがタッパーから飛び出し、身を寄せ合いながら「寒い―!」と叫んでいるのを目撃してしまった。

最初は悪夢か幻覚だと思っていたが、六日連続で同じ光景を見て、現実だと認めた。そして今夜、ついにミニトマト問題を解決する。

今後の安眠のため、と自分に言い聞かせながら、冷蔵庫のドアを開ける。

まず最初に、寒い、と大合唱するミニトマトたちを落ち着かせるため、手ですくって冷蔵庫の外に出した。

出した瞬間から静かになったミニトマトたちは、不思議そうに部屋の中を見渡していた。ミニトマトたちを全員救出してから、一番手前のミニトマトを手のひらに乗せ、話しかけてみる。

「あの、私、あなた方を収穫した者です。寒い思いさせてすみません。ミニトマトだと思っていたもので……その、あなた方は一体どういう……?」

「ふぅ、寒かった。助けてくれてありがとう。私どもは『ミノビ』です。ああ、でも本当は、違う名前かもしれません。遠い昔、人間にそう呼ばれていたような気がするだけです。……本当は何者なのか、分からないのです。皆、元の姿を忘れてしまったから」

ミノビたちは、部屋の中でも身を寄せ合っていた。寒いのではなく、不安なのだろう。なんだか不憫ふびんだ。とりあえず全員を膝の上に乗せて、温めた。




「調べ物お手伝いカウンター」と書いてある場所で、緊張しながら担当者の到着を待つ。

ミノビのことを誰に相談したらいいのか分からず、ヒントを求めて国内最大の図書館に来た。過去数千年分の先人たちの記録の中になら、あのミノビたちに関する情報があるだろう。

「お待たせしましたー!すみません、妖怪の資料の整理に時間かかっちゃって」

元気そうな女性の司書さんが、息を切らしてやってきた。息が整うのを待ってから、切り出す。

「あの、変な生物を見つけまして、その生物の名前が知りたいんです。状況が複雑というか奇妙で、上手く説明できないかもしれないのですが……」

「あら!私、奇妙なものが大好きなんです!どうぞどうぞ、ゆっくりお話しください」

「そ、そうなんですね……。では、あの、去年ベランダでミニトマトを育ててまして……」

話し始めた時、私のショルダーバッグから一匹の「ミノビ」が飛び出し、机に着地した。驚いて声を上げてしまったが、なぜか司書さんは驚かない。

出かける前に点呼をとって、お留守番を頼んだのに。一匹だけ、付いてきてしまったらしい。司書さんがミノビを優しく捕まえた。

「あ、あの、これは、て、手品の道具で……」

ごにょごにょと苦しい言い訳をしている間に、司書さんはキラキラした目で「ミノビ」を見つめている。もう駄目だ。正直に言おう。

「あの、それが収穫したミニトマトで、この通り、妙な生物なんです。名前は『ミノビ』らしいのですが、本人たちも記憶があやふやで、元々は別の姿だったかもしれないと」

司書さんの顔が、さらに輝いた。

「ミノビ!ついさっき整理してた資料にありました!ちょっと待っててください!」

司書さんは素早く席を立った。ミノビを握ったまま。



司書さんは古い和紙の本を持ってきて、ペラペラとめくり始めた。

「あっ!この妖怪です!」

示されたページには、「蓑火みのび」という言葉と、何かが燃えている様子が描かれていた。

「昔、雨具や日除けとして使われていたみのに、赤い火の玉がまとわりつくという怪談があります。その火の玉が、蓑火という妖怪なのです」

司書さんの肩に乗っていたミノビが、机に飛び降り、食い入るように妖怪の姿を見つめた。そして、嬉しそうに飛び跳ねる。

「ふふふ、正解のようですね。蓑を使う人がいなくなってしまったから、本当の姿を忘れてしまったのでしょう」

「そうか……また人間に見つけてもらおうと、赤いミニトマトになったのか……」

指先で撫でると、ミノビはまた元気に飛び跳ねた。



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