ピース、スパーク、リープ
もし突然、目が見えなくなったら。
子供の頃、気楽に想像したことが、突然、重苦しい現実になるとは。
漆黒の中で、担当医の淡々とした言葉に耳を澄ます。
遺伝的な原因。回復は見込めない。
不思議なほど冷静でいられる。検査の間、淡い希望を抱いているのも辛かった。医師のハキハキした声に止めを刺されて、暗い心の底で、少しほっとする。
今日も、指先で小さいピースの凸凹を探る作業に集中する。
右手でピースを探りながら、おそらく3割ほど完成しているジグソーパズルを左手で探る。右手の手の感触で、ピースの形をイメージする。その形がはまる場所を、左手で見つけるのだ。
凸凹が多い。難しいピースだ。
唸りながら、右手と左手を忙しなく動かす。嵌りそうな場所を見つけかけた時、扉が開く音がした。
「お、もうパズルやってるんですね。お手紙ですよ。えーと、ま、まご、ひだり?」
「ああ、孫左近から?まごさこん、って読むんだ。大体の人は、最初、読めない」
「へぇー。珍しい苗字ですね。初めて見ました」
最近、私のサポートをしてくれるようになったヘルパーの大学生さんは、感心した声を上げた。
「幼馴染というか、まぁ、兄弟みたいなものか。全部真逆だけど息が合う奴で。私は写真家、あいつは量子物理学の研究者になってね。通う学校も別だったのに、偶然も重なって交流が続いてて。今に至る」
「大人になっても手紙を送り合えるなんて、すごい友達じゃないですか」
「目が見えなくなったって伝えたら、お見舞いだって、こんなでかいジグソーパズル贈ってくるし。電話で済むことも、わざわざ手紙で言ってくるし。嫌味な奴だよ」
「きっと、ツンデレってやつですよ」
「ツン、デレ……?うえぇ。まぁいいや。読んでくれる?」
「はい。では、失礼して」
ハサミで紙が切られる音。広げられる薄い紙の音。そして、大学生ヘルパーさんの透明な声。
”パズルは進んでいるか?お前に、面白い話を教えよう。量子跳躍だ。原子核の周回軌道上には、電子がある。その電子は、ある時突然、別の軌道に飛び移る。眩く光りながら。ちなみに、パズルの絵の花は千日紅だ”
約10秒の静寂。
「あ、これで終わりです」
「え、そう。相変わらず変な手紙」
「千日紅かぁ。祖父の家にたくさん咲いてるんですよ。小さい毬みたいな、可愛い花です。意外と可愛らしいものがお好きなんですね。まごさ、まごさこん、さん」
孫左近のイメージと、可愛いイメージが、どうしても脳内で繋がらない。きっと、何かしらの意味がある。無意味なことは、しない奴だ。
中指と親指で挟んだピースを人差し指でくるくると回す。跳躍。量子跳躍。光を放って。飛び移る。別の軌道へ。千日紅。丸い花。丸。サークル。
「あ、調べてみましたよ。花言葉は、不朽、不死、終わりのない友情……」
響く言葉が落ちるように消えた。
回していたピースを握り込む。花言葉なんて。無粋なあいつが。ぷっと吹き出してしまう。なるほど。このジグソーパズルを完成させる頃には、光の跳躍がお前にも起こる。その後も友情は続くと。そういうことか。
左手でパズルの凸凹を探る。見せてやろう。もう少し力を溜め込んで、パズルを完成させたら。私なりの眩しい跳躍を。