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かぼちゃカチューシャの日

「いらっしゃいませー!風船たこ焼き、できたてでーす!」

恥ずかしさを振り払おうと、大きな声を出す。店内にいたお客さんが、ちらちらと私の頭を見た。

私は今、カチューシャを頭に付けている。不気味な笑みをたたえる大きなカボチャが2つ付いたカチューシャだ。手早くたこ焼きのパックを並べ終え、バックヤードに逃げ帰った。

今日はハロウィン。この総菜屋では、従業員全員がなんらかの仮装をしなくてはいけない。私は仮装グッズを持ってくるのを忘れた。それで急遽、同僚から仮装グッズを借りたのだが、絶対に似合っていない。しかし、貸してもらった手前、外すわけにもいかない。

「ふふ、鈴原さん、似合ってるじゃない。ちっちゃい頃の孫みたい。こういうの、好きだったのよねー」

「倉橋さん、貸してくれて本当に助かりました。でも、私には似合ってないですよ……。こういうのは、可愛くて若い子が付けないと。倉橋さんのお孫さんみたいな」

「もう孫も中学生だから、こういうの付けてくれないのよ。鈴原さんに付けてもらえて良かったわ。こちらこそ、ありがとう。本当に似合ってるわよ」

頼れる先輩である倉橋さんは、この総菜屋のベテランパートだ。何か困っていると、さりげなく助けてくれる。



「いらっしゃいませー。濃厚お豆腐チーズサラダ、できたてでーす」

お客さんが減ってきたので、サラダのパックをゆっくり並べる。毎日お昼時には、客足が減る。所謂、アイドルタイムだ。この時間に突入すると、いくさが終わった、という感覚になる。気分は手負いの侍だ。

「どうぞごゆっくりー。……ん?」

バックヤードに戻る前に、店内をゆっくり見渡していた時。気になるお客さんを見つけた。

頭からシーツを被っているような、奇妙な出で立ち。ジーパンを履いている足が、にょきっと生えている。頭には眉毛と目と口らしき黒いパーツが付いていた。困った表情で、カボチャコロッケの近くをウロウロしている。

ハロウィンの仮装だろうか?1人で総菜屋に来る時に仮装?声をかけるべきだろうか?怖い人だったら、どうしよう。

3秒ほど迷い、バックヤードに戻った。他の従業員にあのシーツお化けのお客さんについて聞いてみる。しかし、誰もそんなお客さんは見ていないと言う。同僚数人を、バックヤードのドアの窓近くに集めた。売り場にいるシーツお化けのお客さんを指差した。

「え?どこ?」

「あのカボチャコロッケの前にいる人ですよ!ほら、シーツお化けみたいな恰好の」

シーンと、皆が押し黙った。

「誰もいないけど……」

「鈴原さん、ずっと連続でシフト入ってたから疲れてるんだよ。明日は代わりに僕が出るから、しっかり休んで。店長には、後で僕から言っとく」

呆然としている間に、皆は持ち場に戻っていく。倉橋さんが近づいてきた。

「どうしたの?」

「……倉橋さん、あの人、見えますか?見えますよね?どうか見えると言ってください」

もう一度、シーツお化けの客さんを指差す。本当にお化けだなんて。そんな。

「うん。いるわね。あの人が、どうかしたの?」

心底ほっとして、泣きそうになった。



「お客様、どうかなさいましたか?」

倉橋さんは堂々とシーツお化けのお客さんに話しかけた。私は倉橋さんの背中に隠れる。

「あの、カボチャコロッケ、買いたいんですけど……僕、両手が不自由なので、落としてしまいそうで」

下がり眉がさらに下がっていく。眉毛は可動式らしい。

「ああ、では私がレジまで持っていきましょう。1個でよろしいですか?他に買いたいものはございます?」

「コロッケ1個だけで大丈夫です。ありがとうございます」

ぱっと嬉しそうな表情に変わった。黒丸の目がキラキラ輝き、頬が少し赤い。どういう仕組みの仮装なのだろう。



「あ、ちょうどあります。よいしょ」

シーツが盛りあがり、お金を入れるトレーがシーツで覆われた一瞬。チャリンという音がして、お金が現れた。そのお金をレジに入れて、出したレシートを袋に入れる。

「ふふふ、カボチャ、可愛いですね」

「あ、あはは。似合わないでしょう?お客さんも、ハロウィンの仮装ですか?よくできてますね。可愛いです」

「ありがとうございます。そんなとこです。ハロウィン、好きで。普段は勇気がなくてできないことも、ハロウィンの日には思いきって挑戦できます。今日やっと、このお店のカボチャコロッケが買えました」

「……ありがとうございます。ぜひまた、来てくださいね。いつも美味しいカボチャコロッケ、用意してますので」

じんわり感動していると、倉橋さんがバックヤードから戻ってきた。

「大きなクリップ、ありました~。これでコロッケの袋の持ち手、シーツに留めちゃいましょうね。そうしたら帰り道も安心でしょう」



「ありがとうございましたー」

シーツお化けのお客さんは、何度もお礼を言って帰っていった。

「ふぅ。怖がることなかったですね。普通のお客さんで良かった」

「あら、あの人はきっと本物のお化けよ。鈴原さんも見えるなんて、びっくり。もしかして、カチューシャのせいかしら。私の手作りなのよそれ。こういう力って、物を介して移るのかしら。うーん、ハロウィンだから?」

「へ?え?ええぇぇぇ!」

倉橋さんの不思議そうな声で、また泣きそうになった。


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