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ダストトレイル・ツアー

夜の砂浜を歩いていた。海には、漁船が灯す漁り火いさりびが、ちらほら。眺めていたら、突然、海が消えた。広すぎる空洞に怖気づいていると、地面さえも消えた。

落ちてしまう、と身構えたが、落ちない。少しずつ目を開けると、宇宙空間に立っていた。足元には、宇宙の果てまで続いていく、砂の道。頭上では、彗星が行き交っていた。

上を見ながら、とぼとぼ歩いた。だんだん、お腹が空いてきた。ああ、肉まんの香りもする。食べたいなぁ、ほっかほかの肉まん。



「あ、起きた」

鼻先には、肉まんの断面図があった。湯気が立っている。思わず手に取ろうとしたが、肉まんは横に引っ込んでいった。

「売店で売ってたよ。今週は中華フェアなんだって。姉さんの好きなゴマ団子もあったよ。毎週、色んな国の料理が食べられるなんて、贅沢だよねぇ」

弟は肉まんを頬張り始めた。私に肉まんを半分譲ってくれる気は無さそうだ。起き上がり、倒していたリクライニングシートを元に戻す。

「ふー、よく寝た。あれ?まだ次の星に着かないんだ?」

「まだ5時間かかるって。お次は地球から一番遠い星、エアレンデルだからね。129億光年の距離は伊達じゃないよ」

「ふーん……」

窓の外には、今さっき夢で見た光景が広がっていた。彗星が砂塵のラインを残して、通り過ぎていく。飛行機雲みたいだ。

「あの塵が、流星物質。彗星の置き土産だよ。それが重なって、確かな道になるんだ。今僕らが乗ってる真空チューブ列車は、その道を頼りに星の間を進んでる。信じられないよね。あんな心許ない砂と塵が、線路になるんだから」

弟は、興奮したように説明し始める。窓に、皺だらけになった私と弟の顔が映り込んでいる。似ているが、弟の方がずっと若々しい気がして、ちょっと悔しい。

ついこの間まで、宇宙飛行士だった弟。私はついこの間まで、故郷で漁師をしていた。私と弟の間にいたもう1人の弟は、ついこの間、急病でこの世を去った。

突然のことで、お葬式後は2人でしばらく呆然とした。遺言は何も残されていなかった。本人にとっても、突然の出来事だったのだろう。

3人とも、ずっと独り身。その上、若い頃に両親を亡くしたものだから、三兄妹の絆は強かった。さらに、ちょうどそれぞれ仕事を引退した直後。これから、3人で旅行にでも行こうかと話していた所だった。

2人で、ぼうっとした。気付けば、1人になって。目の前に、「ダストトレイル・列車ツアー」という冊子が置かれていた。

そして、次男の弟が真剣な眼差しで「行こう、宇宙旅行。兄ちゃんと一緒に」と言ったのだ。


「兄ちゃんも、きっと喜んでるよ。ずっと宇宙に行ってみたいって、言ってたもんね」

「そうだね……」

私と弟の首元では、長男の弟の遺骨を納めたペンダントが揺れている。しんみりした雰囲気になるが、肉まんの良い匂いで、お腹が鳴ってしまった。

「ふふっ。姉さん、あははっ!」

「ふふふ、ごめんって。さて、肉まん、私も買ってこようかね」



「ダストトレイル・列車ツアーの終点、エアレンデルに到着です」

アナウンスが流れると、カメラのシャッター音と歓声で何も聞こえなくなった。

目の前には、強烈に光り輝く星。この長い宇宙旅行ツアーの最後に相応しい豪華さだ。今まで巡ってきた星々を思い出した。

最初は、火星と木星の間にある小さな惑星、ケレス。重力が安定しているので、地表に降り立つこともできた。氷を吹き出す雄大なアフナ山の姿は、忘れられない。

ケレスの次は、カペラ。金色に輝く恒星だった。冬に特に輝く6つの星を結んでできる、冬のダイヤモンド。その中で、特に目立つ星らしい。本当にダイヤのようだった。

その次は、ディオネ。土星の衛星。月のように、土星を優しく見守る星。しかし、地表は氷の断崖だらけの厳しい環境だった。拒絶されていると感じるほど。それでも、あの青白い大地は、美しかった。

そして、最後がエアレンデル。時間を忘れて、煌々と輝くエアレンデルを見つめる。

唐突に、漁り火が脳裏を過った。暗闇の海で、漁船が放つ光。宇宙からも見えるともしび。故郷の港町で、3人で幼い頃から見続けてきた。

漁り火は、これほど派手には光らないのに。なぜか、エアレンデルと漁り火が重なる。

止まない歓声の中、耳元で小さい嗚咽が聞こえた。横を見れば、弟が泣きじゃくっていた。ペンダントを握り締めながら。

ああ、泣かないでよ。私も泣いてしまうよ。ああ、ほら。エアレンデルの光が、宇宙の漁り火が、滲んでいく。



ダストトレイルを辿る列車は、地球へと帰っていく。隣の弟は、ぐっすりと眠っていた。窓の外には、無数の小さな星の光。

「漁り火みたいだねぇ」

呟いて、眠りに落ちた。




★このお話は「連なる漁火ノスタルジー」の続編っぽくなっております。


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