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はじまりの時(3) 【連載小説・キッスで解けない呪いもあって!❄︎ボッチ王子の建国譚】



「君達がいつも見ているオーロラはね、暗闇の中で光る事から、暁の女神アウロラの名前をつけられたんだ。希望の光って意味だよ。そしてあの有名な童話・眠り姫のオーロラも、国の希望の光になります様にって意味で、その名前がつけられたんだ。素敵だよね。僕はね、お伽話のなかで、眠り姫が、一番、好き、なん、だっ」
 ようやく喧騒から逃れ、遠くで聞こえるケルトのリズムに乗りつつ、たまに雪にはまる足を引き抜きながら時生は前進していた。が、息が切れてハッとする。手にあの半分になった本を持ち、それを読み聞かせながら無意識にペンギン達に話しかけていた。
「あー、もうっ! だからチビは嫌なんだっ!今は誰よりも早く王冠に辿り着かなきゃいけないのに!」
 時生は可愛い動物を見たりすると、十三歳の無邪気な自分が顔をだす事がある。最近特に頭と心のアンバランスでイラつく事が増えてきた。
――後ちょっとで着く! 誰にも負ける訳にはいかない。特にあの……
「お前、本気でオーロラ公国の王子になりたいの?」
 ギョッとしてフードの横から覗くと、ジャケットを着こなし遥か上から時生を見下ろしているタカフミが隣を歩いていた。時生と同じ癖のある黒髪、白いソバカスの肌、緑の瞳。なのにどうしてこうも仕上がりが違うのか? 向こうの方でさっきの女子アナが、二人の身長差をクスクス笑っている様に見える。なんだってイケメンのコイツが僕を構いたがるんだ?お願いだから撮らないで!
「そ、そんなの当たり前だろ!お、お前はなりたくないの、かよ?」
「なりたくない。皆んな世界一の金持ち国が南極に連れてってくれるって言うから応募したんだろ」
 時生は一刻も早くこの場を離れようともがいていたが、あまりの朗報にすっ転んだ。だってそうだろう。見た目に王子候補ナンバーワンが、あっさり戦線離脱したのだ。
「え?本当に?本当に皆んな王子になりたくないの?君も?」
「お前さぁ、この現代に女神の生まれ変わりなんていると思うか?なのにその生まれ変わりのお姫様が見つかるまで、王子は国民が一人もいない一人ぼっち。と言う事は、一生ボッチ王子って事だぞ。誰がなりたいんだよ、そんなの。お前もやめとけよ。ほら、手、つかまれ」
 その時の時生は王子が近づいた興奮に、浮かされていたのだろう。あんなに嫌がっていたタカフミに助け起こされるのも構わず、気づけば普通に喋っていた。
「ボッチ王子だって全然いいよ。僕は『眠りの呪い』を解いて大きくなりたいだけなんだから」
「……」
 ハッとして雪まみれの手袋で口を押さえたが、もう遅い。一瞬止まったタカフミの顔が、みるみる歪んで今や真っ赤だ。
「お前……まさか、自分が呪いにかかってるって思ってるの? まさか、チビなのが呪いのせいだと思ってるとか?」
 時生と同じ様に手袋で口を覆っていたタカフミは、ついにこらえ切れなくなり、大爆笑した。
 いつもなら、無視して我慢出来たはずだ。
 でも今日は、オーロラ、南極、氷点下、雪、女の子の声、ペンギン、そしてジャケットを着こなす健全に育った十八歳の姿――。いつもとは、全く違う。
――もう、嫌だ!誰か……
「そうだよ! 僕がチビなのは呪いのせいだ! 見ろよ!」
 そう叫んで手袋を脱ぎ捨てポケットからキャンピングナイフを取り出すと、前髪を掴んでナイフで思い切り切り取った。前髪で隠れていた眼鏡とつぶらな瞳があらわになる。
 ドサリ! と尻もちをついたのはタカフミだった。が、ザマアミロという気持ちにはならない。こんなの見たら、誰だって気味悪がるのだから。
「――ゴメン。最近すごくイライラして……。その、怖がらせるつもりじゃなかったんだけど」
「お前……切った髪、手に持ってるのに……」
 タカフミが尻もちをつくほど驚いたのは、時生が髪を切ったからではなかった。。時生の眼鏡と瞳は再び前髪に隠れていた。
「僕ね、映像記憶能力っていうの持ってるんだけどさ、一度だけ記憶を失くした時があって……。その時からその時の体のままなんだ。成長もしないし、怪我してもすぐ治る。こんなの、皆んな怖いだろ? 今はまだ若いから良いけど、僕が三十とか四十とかになってもこのままだったら……。だから僕は呪いを解かなきゃ、居場所が無いんだ」
「……どうやって解くんだよ?」
 目を逸らし、ブツブツと呟くように説明していた時生は、思わずタカフミを凝視した。映像記憶能力とか成長しない体とかを全無視して、まさかそんな事聞かれると思ってなかったから。
「え、えっと、王子になったらイギリス国が封印している『眠りの書』が授与されるんだ。それに呪いの解き方が書いてあるはずだから、それで」
「ふーん。そんな誰も知らない情報まで調べあげてる訳だ。じゃあ、後は実行するのみだな」
「……え?」
「手伝ってやるよ。お前が王子になるの」
 時生は言葉の意味がわからず、口をポカンと開けてタカフミを見ていたが、「じゃあ行くぞ」とタカフミが歩き出してようやく我に帰った。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って! 何で君が僕を手伝うんだよ? 関係ないだろ?」
「は? じゃあ聞くけど、お前こそ何でさっきのアレ、俺に見せたんだよ?」
「それは……、イライラしてて、つい、その……」
「俺には、お前が『助けて』って言ってる様にしか見えなかったけどね」
 ――助けて? 僕が?
「そ、そんな事言ってないだろ! 君の気のせいだ!」
「はいはい。あ、お前こそ、オレはさっきのアレ、怖がってなんか無いからな! お前の気のせいだぞ! いいな! ほら、早く行くぞ」
 いつの間にか時生の本を手に駆け出したタカフミの後を、ペンギン達がパタパタついて行く。今度はタカフミの行進だ。その後ろ姿を見ながら、ふとジャケットの中の何かが熱を持った気がして、時生は手をそっと当てた。と、それは突然起こった――
 
 ロープ クレバス ペンギン 行進
 
 突如これらの言葉が頭の中で交錯し、時生の記憶からペンギンに関する記述の一ページが取り出された。
『ペンギンが一列になって行進するのは被害を最小限にする為。先頭のペンギンが犠牲になる訳です』
 そしてもう一枚。
 取り出された映像記憶は、ツアーがここに着いた時のロープの位置。光のシンボルを囲むように、すぐ側に張られていた。シンボルの位置は変わってないのに
 ――ロープの位置が遠くなってる。
「タカフミ止まれ、クレバスだ!!」

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