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牛鬼(2025年4月7日STFドラマ祭配信予定原作)


スタンドFMで開かれるボイスドラマ祭
STFドラマ祭にて参加している作品の原作です。
以下の内容はネタバレになるので
ボイスドラマを聞かれたい方は
その旨ご承知おきください。
配信URLは4月7日お知らせいたします。

◆1.霧浜

 

 あの恐ろしい出来事があった当時の者で、生きている者は、私(わたくし)めくらいしかおりますまい。ご要望とあれば、詳しくお話し申し上げましょう。

 数十年前、鳥居左門(とりいさもん)という浪人者が、旅をしており、この村のそば、霧浜という所に通りかかりました。左門は、時刻が遅くなってしまい、次の宿場(しゅくば)まで間に合いそうになく、民家に宿を借りることも、考え始めておりました。

 そこで、左門は、赤ん坊の泣き声を聞いたのでございます。

 もうすでに、太陽が、遠くで海に沈もうとしていました。そこで、左門は、ふと、女が砂浜に立っているのを見つけたのでございます。

 霧浜は、左門が歩いていた道に面している海と砂浜であり――その砂浜に一人の女が、海の方へ向かって立ってて後ろ姿が見えておりました。

 女は子どもを抱いている様子で、赤ん坊の泣き声は、そこから聞こえるのでした。

 時刻も時刻なので、左門は女の事が大層、気にかかりました。

 

夫(つま)は どこかへ行ったのか

魚(とと)を食う子は 大きくなりて

人(ひと)を食う子は、歩いて泳ぎ

牛に乗る子は 永遠(とわ)につく

 

と、女は奇妙な子守歌を歌い、海の方へ歩いていくのでございます。

これは、身投げかと思い、左門は走って呼び止め、女の肩をつかみました。

こちらを向いた女が抱いていたものを見て、左門はぎょっといたしました。

 それは、まったくの異形(いぎょう)のものでした。体は黒く、頭からは角が生えて、蟹のような足がたくさん生えています。異形のものは、一声叫ぶと、左門に飛びつこうとしました。

 左門はとっさに脇差を抜いて、異形のものを刺し貫くと、異形のものは悲鳴を上げて、浜辺に落ちて息絶えました。しかし、奇妙なことに、異形のものを抱いていた女も、口から血を吐いて死んでしまったのでございます。

 左門が事の異様さに、驚いていると、小さな鯨でもいるように海面が盛り上がるのに気がつきました。そして、海から、さきほど殺した異形のものの百倍もの大きさの同じ形をした化け物が、現れました。

 頭から出た二本の大きな角、黒い頑丈そうな体、蟹のような四対の足、光る両目と大きな口と牙。その怪物が、左門に襲い掛かったのです。

 左門は、これは敵わぬとみて、脇差を捨て、逃げ走りました。

が、異形のものの足は、さほど速くないのにもかかわらず、左門に追いすがってきて、左門は不思議に思いました。左門は、速駆けには自信があったからです。

左 門は、ふと気づきました。化け物の足が速いのではなく、自分の足がもつれて速く走れていないのだと。

 左門は腰の大刀も捨てて、必死に逃げ、霧浜から離れた岡に辿り着くと、異形のものは、もう追ってきておりませんでした。

 左門は岡に座り込みましたが、泥のように体が重くて動けません。ふとみると、飛びついてきた小さな化け物に引っかかれた爪痕が、左腕にあり、腫れておりました。さては、毒爪(どくづめ)かと思いましたが、左門は気を失ってしまいました。

 

◆2.牛鬼

 

 左門が目を覚ますと、彼は、自分が一件の粗末な家に寝かされていることに気付きました。若い女が自分を覗き込んでいて、突然、声を上げました。

「お侍さんが、目を覚ましなさった!」

 気が付くと、初老の男も、同じ部屋にいて、驚いている様子でした。

 幸いなことに、毒は体に多くは入らなかったと見えて、左門は体を動かすことができるようになっておりました。

 会話を交わすと、彼らは父と娘で、名は吾平(ごへい)とお陽(およう)と名乗り、左門も、自分の名前と、霧浜で怪物に襲われた顛末(てんまつ)を話したのです。

 吾平は、驚いて言いました。

「お侍さんを襲った怪物は、ここいらでは、牛鬼(うしおに)と呼ばれているものです。よくぞ生き延びられたものだ……」

 吾平は、「この村の海辺には人を食う怪物が出て、十数人もやられてしまいました。そして、面妖(めんよう)なことには、若い娘は生きたままさらわれて、手下にされ、化け物の子どもを生まされてしまう」というのです。手下にされた娘は、「濡れ女」と呼ばれ、怪物の子どもを抱いて海辺に現れ、怪物の子どもは人間の赤ん坊の泣き声に似た声を上げて、事情を知らぬ人間を誘うのだと。

 左門が、あまりに酷い話に言葉を失っている間にも、吾平は話を続けました。

 また「この辺にいる者たちの生業は漁師であり、船が襲われて人が海中に引きずり込まれることもあります。しかし、生活のためには、漁師をやめるわけにもいかず、大層難義しています」と。

 そこに隣家の者が訪ねてきて、霧浜で一人の娘の死体が見つかったと告げました。その娘は、昨日、左門が怪物と共に出会った女で、そして、数か月前に行方知れずになっていた、お陽の幼馴染みだということでした。

 吾平は、うつむき、お陽は泣き崩れました。

 お陽の幼馴染みの骸(むくろ)が村へ運ばれてきたとき、その哀れな様子を見て、左門は怒りに震え、この村のために怪物を退治しようと決心したのでございます。

 左門がその気持ちを、二人に告げると、吾平は反対いたしました。

「お気持ちは嬉しいのですが、怪物はたいそう強く、お侍さまでも、太刀打ちできるとは思えない。村の若い衆が怪物を倒そうとして、銛(もり)を持って夜回りをしましたが、かえって返り討ちにあいました」と。

 しかし、お陽は、「お侍さまと一緒に、お菜(さい)の仇を討ちたい!」と言いました。

 三人は、村長(むらおさ)の所へ行きましたが、村長もまた、反対いたしました。

「怪物は、体が硬く、刃物が通らず、毒爪があり、手の打ちようがない」と。

 

◆3.洞窟

 

 これには、さすがの左門も困惑いたしました。毒があるだけでなく、刃物も通らず、また海からやって来るのでは、人数と武器を揃えても、手の付けようがありません。しかし、ふと左門は思ったのでございます。怪物の手下にされている濡れ女たちは、どうしているのだろうと。

 左門は、この村でさらわれた娘は、何人かと、村長に尋ねました。

「三人でございます」

と、村長は答えました。

「そのうちの一人は、昨日、死んだ。あと、二人、どこかで怪物に囲われているに違いない。その人たちだけでも、助け出せないだろうか。人の身であれば、海では生きられない。海岸近くの洞窟にでも隠されているのではないか?」と、左門は言いました。

 吾平は、自分は長年漁師をやっていて、思い当たる洞窟をいくつか知っていると言ったので、皆で一緒に、洞窟を探そうと、左門は呼びかけました。しかし、村人のほとんどは、怖気づいてしまい、力を貸してくれません。二人の男だけが、名乗りを上げました。

 その二人は、さらわれた女の夫たちで、名を加助(かすけ)と藤吉(とうきち)といいました。左門は刀、吾平と二人の村人は、銛(もり)を持って、洞窟を見て回りました。

 ついに、ある洞窟で、ぼろぼろの服の女が、化け物の子どもをあやしながら、過ごしているのを見つけたのでございます。そばには、犠牲者の肉片や骨と思われるものも、転がっております。左門は素早く刀を抜いて、他の者も銛を構えました。

「お計!(おけい)」

と、加助が呼び掛けましたが、女は、加助のことなど正気を失い忘れた様子で、

 

夫(つま)は どこかへ行ったのか

魚(とと)を食う子は 大きくなりて

人(ひと)を食う子は、歩いて泳ぎ

牛に乗る子は 永遠(とわ)につく

 

と奇妙な子守り歌を歌い、化け物の子どもに笑いかけるのです。

 加助が女房に近づこうとしますと、また、小さな化け物が飛び掛かってきました。左門は加助を突き飛ばし、小さな化け物を素早く刀で切り伏せ、女は、また血を吐いて死んでしまいました。

左門は言いました。

「どうやら、化け物の子どもを殺すと、母親にされた女も死んでしまうらしい。なんと、惨いことだ!」

 加助は、歯ぎしりして悔しがり涙を流しました。

 また、四人は、いくつかの洞窟を調べましたが、ある洞窟に、今度は、女だけでなく、あの巨大な怪物もいたのでございます。

 加助は、左門が止めるのも間に合わず、咆哮して、怪物にかかっていきました。が、彼の銛は、化け物の硬い体に跳ね返され、逆に、怪物の鋭い足の方が、深々と加助の胸を刺し貫いてしまいました。しかし、加助は、息絶える前に、銛を短く持ちかえて、「お計!」と叫び、力の限り銛を怪物の目に食い込ませ、怪物は、大声を上げ、加助の体を抱えたまま、海の中に消えていきました。

 藤吉は涙を流しながら、洞窟に残っていた怪物の子どもを銛で突き殺し、彼の正気を失った妻も血を吐いて死んだのでございます。

 怪物の子どもたちは退治できたのですが、怪物の親玉をどうしたらよいのか。人々は、頭を抱えました。そこで、左門がまた、ふと次のようなことを言ったのです。

「そもそも、あの怪物は、昔から、この地域におったのか?」と。

 人々が、また、ざわざわと、顔を見合わせて、何か事情がありそうな様子です。何かを知っているのに、話そうとしない村人たちに、左門は腹を立てました。

「これだけ犠牲者が出ているのに、はっきりと言えない理由とはなんだ!」

 村長が、うつむきながら答えました。

「お恥ずかしい事をお話しなければなりません」と。

 

◆4.漂着船

 

 村長が話したのは、次のようなことでした。

 数か月前のある日、大きな廻船(かいせん)が、霧浜に流れついているのが、発見されました。調べてみても、人はいません。船には、銛や刀、弓などが転がっていて、血の跡がありました。どういうわけか、帆布(ほぬの)も無事で、船が損傷した形跡が無く難破したにしては不自然な様子でした。

 海賊にでも襲われたのかと思われましたが、たくさんの積み荷は残っていました。大量の米俵があり、どこかへ送られる年貢米のようでした。そこで、村人たちは、仔細(しさい)もわからぬのに、悪い心を起こしてしまったのです。流れ着いた船のことを、お上(おかみ)に届け出ることもせず、積み荷を、皆で山分けし、流れ着いた船は壊して沈めてしまったのです。

 その時から、この怪物が、この海辺に出るようになりました。恐らく船員たちを殺した怪物が、船と共にこの村に流れ着いた。そして、船から怪物が降りてきて、この付近に居座るようになったに相違ありません。

 しかし、漂着船の積み荷を、横領してしまっているので、領主に怪物の事を報告し、怪物退治の支援を願い出る事ができないのだと。 

 村長が、このような告白をすると、別の村人が、今度は、次のような告白をしはじめたのでございます。

 船が漂着する数日前に、浜の別の場所に流れ着いていた人を助けたのだそうでございます。その男を家に運んで、介抱しましたが、時間が経つにつれて弱っていくばかりで、もう長くない様子でした。

 その男は「死ぬ前に伝えなくてはならないことがある」と、言ったのだそうです。

 その男は、廻船の乗り手で、ある日、その船は、海上で霧に遭ったのだと言いました。この時期に霧など、不思議なことだと思いましたが、操船していると、霧の中で、別の大きな船に出会いました。今まで見た事が無い作りで、どうやら、異国の船のようでした。

 その船は帆も舳先(へさき)も、ボロボロで、いくら呼んでも誰も出てきません。さては、難破船かと思い二人の船員が小舟で、近づいてみると、船から二匹の怪物が現れて、小舟の船員をたやすく殺し、泳いできて大船に登ってきたのです。

 海の男たちは、怪物たちと、果敢に戦いました。恐ろしい事に銛で突いても、跳ね返され、怪物たちには、通じませんでした。しかし、一匹の怪物は、船上へと登り切る前に、船員たちによって、銛で目を潰され、怪物は大声を上げ海に沈んでいきました。しかし、もう一匹の怪物は、船上にまで登ってきてしまいました。年貢米を守るために乗っていた、武士たちも応戦しました。しかし、やはり怪物の体は、いくら刀で斬りつけ、弓矢で射ようと、攻撃を跳ね返してしまいます。そうこうするうちに、爪をかけられたものは毒で身動きができなくなり、次々と殺されていきました。

 こうなると、どうにもならず、やむなく男は海に飛び込んで逃げ、浜に漂着したそうでございます。

「恐ろしい怪物が乗った船が流れ着くかもしれない。くれぐれも気をつけるよう付近の者たちに知らせてくれ」

 そう言い残すと、男は息を引き取りました。しかし、あまりに恐ろしい話で信じたくなかったから、黙っていたと申します。

 男を看取った村人に、村長は「なぜ、そのような大事(だいじ)を黙っていた!」と、怒りだしました。

 村長と村人が言い合いを始めた時、左門は、それを制してから言い放ったのでございます。

「今の話を聞いていても、この化け物の急所は目しかないようだ。普通の獣でも、目の穴から深く何かが刺されば、命を失う。加助が、一矢報い、化け物の片目を潰してくれた。
容易なことではないだろうが、あの化け物の残り一つの目を突けば、あるいは退治できるかもしれない」

 

◆5.天狗台

 

 村長が言いました。

「怪物の巣を残らず潰していただきましたのは、まことにありがたいことでございます。あのままでは、怪物が、二匹、三匹と成長しては増えてしまうところでした。しかし、逃げた親が、今どこにいるのか、あるいは、これから、どこに現れるのか、まったく見当がつきませぬのも困ったことです」

左門は言った。

「現れる場所も問題だが、この化け物のやっかいさは、硬い体や毒爪だけではない。船に上がってきたり、人を海中にひきずりこんだり。異常な腕力があることだ。なまじの手段では、奴の動きを止めることができない。さて、どうしたものか……」

と、左門が言うと、皆、静まり返ってしまいました。左門がしばらく思案して言いました。

「何かほかの武器……弓矢などはないだろうか。それと、海辺に狭まった高い地形は無いだろうか?」

 村人の一人が、「流れ着いた船に、転がっていた武器が、まだ残っている。その中に弓矢があったような気がする」そして「霧浜の端に、天狗台という切りたった大岩がある」と、言ったので、左門は天狗台に自分を案内させました。そして、断崖のような大岩によじ登って、その上から周りを見てみたのです。

 天狗台の上は比較的平らでしたが狭く、四方は切り立っていて、見晴らしが良い場所でございました。そこから、恐ろしい事が起きているとはいえ、美しい霧浜と海の景色が見えていました。

 そして、天狗台の周りは、石畳みのような岩場になっております。

 左門は、この地形を見て、まことに天の助けと思ったそうでございます。

 

◆6.左門

 

 村人たちに、化け物を退治できるまで、浜辺に近寄らず、漁にも絶対に出ないで欲しいと伝えました。

 左門は、流れ着いた船にあった弓矢を村人から譲り受け、薪を背負って天狗台に登り、篝火(かがりび)を焚いて(たき)夜通し待ち受けましたが、化け物は現れません。

 それで、昼は村で休み、夕刻から夜が明けるまでは、天狗台で怪物を待つことにいたしました。

 三日経ちましたが、怪物はいっこうに現れません。

 そこへ、あの、お陽が口をはさんだのでございます。

「左門さまだけでは、事を怪しんで化け物は、来ないのかもしれません。あたしも、左門さまと一緒に天狗台に登らせてください。怪物は、囲った女と子どもたちを殺され、また、子どもを産ませる女を是が非でも捕まえたいはずです。私が行けば、あるいは、おびき寄せることができるかもしれません」

 左門が言った。

「わしが、しくじれば、そなたは、化け物の奴婢(ぬひ)にされ、子どもを生まされるのだぞ! 自分の言っていることが、わかっておるのか?」

「あたしは、どうしても、お菜の仇を討ちたい! 万が一にも、失敗しても悔いはありません。もし、怪物に捕まりそうになったら、自害いたします!」と、お陽は申しました。

 左門は、口を酸っぱくして、何度もよせと申しますのに、お陽は、頑固に言うことを聞かず、結局、左門は弓を持ち、お陽と一緒に、天狗台で、怪物を待つことになりました。

 化け物が来ない間、お陽と左門は、天狗台の上で長い時間を過ごすことになり、お互いの身の上を話すことも多くなりました。

 

 お陽は、こんなことを話しました。化け物に殺された幼馴染みのお菜は、幼い頃に亡くなった妹と歳が同じで、本当に仲良くしていたこと。

 お互いに、母親が幼い頃に、亡くなっていたので、女同士、助け合って成長していったこと。

 それが……化け物にさらわれ、正気を失わされた挙句、子どもまで生まされ、他の人を殺める手伝いをさせられていたなど、あまりにも、酷過ぎる。あの鬼畜を絶対に、許せないと。

 

 お陽は、なぜ左門は旅をしているのかと尋ねました所、左門は、次のように答えました。

 

 彼は、若い頃から、武勇の誉れ高く、特に弓術に長けていて、さる大名に仕えていた。

 しかし、ある合戦の折に、手ごわい敵将と組み合っていて危うい戦友がいた。その戦友は親友であり、是が非でも助けたかった。しかし、駆け寄ろうにも、あちこちで乱戦が起こっている上、距離があり、容易に近づけない。彼は、自分の弓術に自信があったので、戦友を助けようとして敵将を狙って矢を射掛けた。しかし、誤って戦友の方に矢が当たり、敵将は、親友を討ち取って、その首を挙げてしまった。砂を噛む思いで、二射目、三射目を放ち、敵将を討ち取った。

 主君は、手厚い恩賞を与えようとしたが、左門は辞退して、主(あるじ)のもとを去り、旅をしていた。

 その旅の途中にこのようなことになり、自分の命が、少しでも、人々に役に立つならばと思った、と。

 

◆7.祭り

 

 五日経って、それでも、化け物は、現れません。

 漁に出たい村人たちは「もう、化け物は、よそに行って大丈夫なのではなかろうか」と言い始めましたが、左門は聞かず、お陽と一緒に、天狗台に登り続けました。

 抜かりなく見張っていた、左門とお陽は、七日目の夜、音もなく、熊よりも大きな化け物が天狗台の近くに現れたのに気づきました。残った隻眼(せきがん)の目をらんらんと輝かせながら、怪物は、天狗台にゆっくり登ってきたのでございます。

 左門は申しました。

「化け物……大船を登ってきた話を聞いて、お主は、この崖も登って来れると思っておったぞ!」

 左門は登ってくる怪物を十分引き付けてから、力いっぱい弓を引き絞りました「新兵衛……許してくれ、力を貸してくれ!」、と祈ると、化け物の目にめがけて、弓を放ちました。矢は違わず怪物の目に刺さり、化け物は大声を上げて、下に落ちていき、鈍い大きな音が聞こえてきました。

 天狗台は、こののち、鬼落ちの岩と呼ばれるようになりました。

 怪物が落ちていったあと、恐る恐る、お陽は、頭を出して崖の下を見ました。

 怪物は、はるか下の方で、弾けた石榴のようになっておりました。

 お陽は頭を引っ込めると、呆けたように座り込みました。

 お陽は、気丈な振りをしていましたが、実は、天狗台に登り続けていた時、いつも、尿を漏らしそうなくらい、ずっと怖くてたまらなかったのでございます。しかし、はたと気づき、左門の袖をしっかりとつかんで、「左門さまがいなくなっては、困ります!」と下を向いて繰り返し言いましたので、左門は、大きな笑い声を挙げて「怪物が、またやってきたときのために、備えねばなるまいな」と申しました。

 

……左門……夫は、生涯、この村に留まっていてくれました。

 幸いなことに、もう二度と、あのような怪物が霧浜に現れることもありませんでした。

 

 その後、村では弓を射る祭りが、毎年、行われるようになり、それが、今日(こんにち)でも、鬼弓(おにゆみ)の祭り、と言われ、受け継がれているのでございます。

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