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猫に導かれて

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
フリーで朗読・声劇で使用できる物語です。
配信などでご利用される場合は文末の規約に従ってご利用ください。
HEARシナリオ部公式(他の部員の作品も読めます。現在、150本以上)
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 ■ 登場人物

 ◆ガラーホワ
喫茶店の主人。行き場のないカオルを保護する。

 ◆カオル
元犯罪者の青年。

 ◆クラサワ
教会の司祭。ガラーホワの紹介で、カオルを引き取る。

 ◆先生
大道芸人。

 ◆雑木林の男

 ◆フール
ガラーホワの飼い猫?

  

■1.

 

ガラーホワ: ほらほらー

 フール(猫): うにゃ! にゃ!

 (SE) お皿とスプーン、カチャカチャ、スープをすする音。

 語り: 僕は、スープを食べながら、猫じゃらしを振り回して、――フールという名前の――灰色の猫と遊んでいるガラーホワさんを見ていた。食事が摂れなくなって、僕は衰弱していたが、少しずつ、食べられるものが増えてきた。ありがたい。体重も少しずつ戻ってきた。食べ物があるのに、食べることができなくなることがあるなんて想像もしなかった。

ガラーホワさんは、僕の命の恩人だ。見ず知らずでしかも前科者の僕を助けてくれた。

その一方で、ガラーホワさんの容赦ない側面も、僕は知っている……

 ■2.

 ピエロ: はーい。ここにトランプがありまーす! トランプといっても、激しいことをいう偉い人ではありませーん!

 語り: そのとき、僕は、公園で、ピエロのマジックを見ていた。ここは、僕の本格的な転落が始まった場所だ。

僕は役者で食べていけなくて、無気力になっていた。ほかにアルバイトもやっていたが、ヤケになっていたせいかどれも続かなかった。結局、向こう側の人間しか、幸せになれないのだと思った。

ぎりぎりの生活が続いていた。

そんなとき公園でぼんやりしていたら「スカウトの男」がやってきた。いいアルバイトがあるという。公園でぶらぶらしていたほかの無職の男たちが「そのスカウトの男」についていって、面接を受けた。機転を利かせないと答えられないような問題がいくつも出て、大半が落とされた。採用された四人の中に僕も残っていた。随分と高い時給をくれるという。

 ピエロ: (カードをシャッフルしながら)お金を増やしまーすっていうマジックやったら、警察の人が来たことがあったので、今回は、それはやりませーん!(ざわざわ)

 語り: おかしいとは思いつつも、行く当てもないので、男の誘いに乗った。

貸し切りの別荘みたいな所で、採用された者たちと、特訓をさせられた。グループで話し合い、台本を何度も書き、電話をかけるロールプレイをし、相手を見極め、お金を騙し取る方法を。

■3.

 ピエロ: はーい。どなたか、一枚引いていただけませんか?

ほら、どれを引いても……

 語り: ピエロから客の一人が、カードを引くと、全部、ハートのエースばかりだった。

 引いた客: 全部、同じじゃん(苦笑)。

 ピエロ: あらら? 本当だ。同じカードの奴持ってきちゃった。…………どれを引いても、同じなら当たり前だと思うでしょう? でも、こうやって、シャッフルして、と。はーい、また、引いてみてー?

 語り: 客がカードを引くと、どれを引いても違うカードが出て来た。

 (SE) 数人が驚く

  ■4.

 語り: ぼくたちは、常にグループで動いていた。演技には、自信があり、仲間には重宝がられた。今までのようなどうでもいい存在としての扱いではない。アホみたいに安い給料ではなく、報酬がきちんとあり、何よりもやっている事に手ごたえがあった。必要とされている充実感があった。

しかし、ある男性を騙したときに、仲間がミスをし、僕も逮捕され、服役した。

 ピエロ: 普段は、トランプは僕に忠実なんです。ほら。

 (SE) ぴゅんという音

 カオル: (ピエロが、カードを一枚自分の斜め上に投げた。

え? ブーメランのようにカードがピエロに戻ってきた。

ほかの客も、とても驚いていた。

確かに、こんなマジックは見たことがない。

凄い……とは思えるんだけど……なんか、すべてが、透明の膜ごしのように鈍く感じる……)

 語り: 刑務所に服役中、その騙した男性の弟という人物が、しきりに、面会を求めてきた。もちろんそのたびごとに断った。

すると、今度は、手紙が来た。こんな内容だった。

■5.

 手紙: ……面会してあなたに直接言いたいことがありました。しかし、あなたは、会うことを拒否してしまう。それで、手紙で伝えることにしました。あなたは、自分のしたことを、どこまでわかっているのでしょうか。

あなたの架空投資話で、なけなしの貯金とあなたに投資をするためにした借金を全て兄は奪われました。ギリギリの経営をしていた兄の工場(こうば)は倒産し、兄は自殺してしまいました。兄は、良くない筋からお金を借りていたので――あなたの仲間が紹介してくれたのだそうですね――奥さんや子どもたちも、その借金取りから隠れるために、私に連絡先を残さず、どこかへ行ってしまいました。今、生きているのか、死んでいるのかすらわかりません。

特殊詐欺のグループリーダーのことを、番頭というのだそうですね。刑事さんに聞きました。グループメンバーの大半は、捕まえたけど、肝心な、番頭は逃がしてしまったし、金も戻ってこなかったと。

本当は、メンバーの全員を八つ裂きにしたくてたまらないです。

 優しい兄は、病弱な私を、経済面だけでなく、声をかけ、子どもたちと共に遊びに来てくれたり、いろいろな面で援助してくれていました。兄がいなかったら、病気で死ななくても、人生に絶望して私は自殺していたことでしょう。その兄を、こういう形で殺された私の気持ちが、あなたにわかるでしょうか。

本当は、詐欺グループ全員に言ってやりたいのですが、私の兄を騙す担当者であったあなたにしか、連絡が取れないので、あなたに、この気持ちをぶつけたいと思います。

私は、体も心も、あまりに苦しく、死にたくてたまらなかったのですが、兄の死で、私は泥水をすすってでも、生きようと思うようになりました。ここで自殺したら、あなたたち裏社会の人たちに兄弟そろって、負けたようで、あまりにも悔しいからです。その点では、感謝しています。憎しみは、とても不健康な気持ちですが、人をより強く生かすこともあるのですね。

もう一つ、あなたに言いたいことがあります。刑事さんは、こういうことも言われました。詐欺は、再犯率がとても高い犯罪であると。

たぶん、スリルと利益がたまらないのでしょうね。でも、その先には、生身の人間や家族がいる事を忘れないでください。

あなたにも、両親や兄弟姉妹がいたでしょう? いや、刑事さんは、こんなことも話してくださいました。犯罪者は、崩壊した貧困家庭の者も多くて、子どもの頃から信頼できる人間関係が一人もいない状態で育った者も多いと。あなたも、そういう人なのでしょうか。でも、どんなに悲しい境遇であっても、人を傷つけていいわけがありません。

もし、あなたが、兄や離散した家族のことに対して、少しでも良心の呵責を感じるのならば、二度と「人を不幸にする仕事」に就かないでほしいのです。まっとうに生きてください。私の心からの願いです。

 

■6.

 語り: 僕は、自分の仕事を「金を無駄に余らせてる奴から奪い、有効活用してやっている」くらいにしか、思っていなかった。

自分は、間接的にかもしれないが、人を殺し、いくつもの家族を壊したのだろう。父が違う形でやったようなことを。

 ピエロ: トランプは、常に僕に忠実でーす。

 ピエロはハサミを取り出した。

 ピエロ: しかし、ときどき反逆することもありまーす。(ピエロがカードを投げる)

 カオル: あ!

 (SE) カードを投げる音。返って来たカードをハサミで受け止めて、ピエロが切った音。

 語り: 返ってきたカードは、ハサミで切られて、地面に落ちた。

 ピエロ: また、ツマラヌものを斬ってしまった……このネタ。古過ぎるかなー?

 (SE) たくさんの笑い声

 (SE) ピエロがカードを切る音に合わせて、クロスフェードで子どもを平手打ちにする音。子どもが泣く声

 ■7.

 回想

カオルの父: なんで、酒買ってこねえんだよ! クソが!

 回想終わり

 語り: 僕の父親は、酒に酔っては、母を殴っていた。父も母も、僕や弟をどなったり、殴ったりした。

どんなふうに家でふるまっていても、突然、両親に発作的な怒りが起こり、ひっぱたかれる。だから、いつもピリピリしながら、家で過ごしていた。ちょっとした両親のふるまいや表情で前兆がわかると、すぐに弟と一緒に逃げたり隠れたりするようになった。

そんな暮らしの中で、人間観察を養う目が育ったのだと思う。ちょっと見では、僕は演技がうまかった。僕は、漫画のヒーローやお洒落に生活している人たちに憧れた。よく、その漫画の台詞や動きを真似して、空想に耽った。

 カオル: 「海賊王に俺はなる!」

 語り: 一刻も早く家を出たかった。役者になりたいと思った。しかし、世の中は、そんなに甘くはなかった……

遺族の手紙を読んでも、涙は出なかった。親とか兄弟に、温かい気持ちなんて感じたことが、無かったから。でも、自分のやったことに対して気持ちの悪さは、感じた。

放浪生活になっていた僕になついてくれていた野良猫がいた。はじめて、温かくて可愛いと思える存在に出会えた。しかし、ある日、猫は突然、車に轢かれて死んだ。

 (SE) 急ブレーキの音

 語り: 少しだけ、ああ、これが、悲しいという気持ちなんだとわかった。

 ■8.

 ピエロ: 地面に散らばったカードには、いつの間にか、僕のサインと、名言が書いてありまーす。よかったら、記念に持ってかえってくださーい。ぼくは、その筋では有名人だから、オークションでは高く売れるかも。ぐふふ。それでは、今日のマジックは終わりでーす!

 語り: ほかの見物客が、カードを拾って驚いているので、僕もカードを拾ってみた。

地面に落ちたカードは、トランプのカードだったはずなのに、記号や数字、絵札ではなく、猫のイラストが描いてあった。猫は「実感の無い言葉は人の心を打たないわよ」とすまし顔で呟いていた。見物客は、散っていっき、僕もまた歩き出した。

 語り: ……ああそうか。自分の演技は、まともな人の精密なコピーではあるけれど、実感が伴っていなかったんだ。だから、僕の演技は、違和感があり本当の意味で、人の心に響かない。はめられて平静さを失った人に、しか……

多分、自分は、死んだ猫への思いの何百倍も酷い気持ちを、いろんな人に与えたのだと思い当たった。そういうことは、考えられるけれど、どこか、虚ろで、遠くで反響しているみたいな感じだ。

何度も吐いて満足に食事がとれない。

自分の存在自体に反吐(へど)が出そうだった。

この苦しさから、解放されたい……違う生き方をしたいと思った。

でも、前科者には、生活できる場所も仕事も、世の中には無い。親がどうこうと書いてあったけど、親も実家もクソだし、弟もさっさと家を出ていって、連絡も取れないでいる。自分の行けそうな場所で思い当たる場所は、あの業界以外思いつかなかった。

反社会的集団の要員募集は、リアルでもネットでも、たくさんある。それに乗れば、裏社会の要員として、再び生活の場所と仕事を得ることはできるかもしれない……しかし……

そんなことを考えながら歩いていた。

 ■9.

 猫: にゃあ!

 語り: 灰色の猫が、鳴きながら、こちらに近づいてきて、僕の足に体を摺り寄せた。そして、すぐに少し離れて、また鳴いた。

 猫: にゃあ!

 語り: 猫はすり寄っては離れ、を繰り返した。何だか猫は、僕をどこかに誘っているみたいだった。

 語り: 僕は、猫についていくことにした。しばらく歩くと、一件の喫茶店があった。ツタが壁を這っていて、ちょっといい感じの店だった。そこのドアを猫が、すり抜けた……

僕は、目を疑った。ドアが空いていたわけでもなく、猫用のドアがあったわけでもない。猫は、閉まっているドアをすり抜けていったのだ。僕は、吸い寄せられるように、その店に近づいて通りに面したガラス窓の中を覗いた。そうしたら、中から外国人の女性が、笑いかけた。そして、その姿が消えたかと思ったら、窓のそばのドアが開いて、彼女が笑顔で僕に声をかけたのだ。

 ガラーホワ: いらっしゃい!

 語り: その喫茶店には、「ブリーミャ」という名前の看板がかかっていた。それがガラーホワさんと僕との出会いだった。



猫に導かれて(後編)

 ■1.

 カオル: あ!

 (SE) ガシャン!(お皿を割ってしまう音)

 ガラーホワ: (ほかの客に、コーヒーを運んでいたが、カオルの方を向いて)もういいわ。カオルくん、休んでて。

 カオル: (ため息と、顔を振る)……すみません……(やっぱり、自分は使えない……)

 ガラーホワ: 気にしない! 気にしない!

 語り: ガラーホワさんの喫茶店を手伝いたいと言ったのだけれど、お金の計算も間違ってばかりだし、すぐコップや皿を落としてしまうし、本当にに自分は使えない…

 ―――あの時、ガラーホワさんに店の中に通されて……

 

■2.

 (回想)

 カオル: あ!

 ピエロ: あ、公園のお客さんだねー。何してるのかなー?

 カオル: (なんで、ピエロが?)

 ピエロ: そんな顔しないでー! ピエロだって、喫茶店くらい行くんだよー?

 ガラーホワ: あら、先生とお知り合いなの?

 ピエロ: 僕のマジックを見てくれてた、お客さんさー

 ガラーホワ: あらあら! 先生のマジックって凄いでしょう?

 ピエロ: あんなの練習すれば、簡単だよー

 ガラーホワ: カードを投げたのにブーメランみたいに戻ってくるなんて……あんなの無理よ(笑い)

 ピエロ: あー、あれは、もう練習あるのみだねー

 語り: ガラーホワさんと、先生と呼ばれていた、ピエロが勝手に話していて、僕はどうしたらいいのかわからなかった。が、ピエロが、突然、話すのを止めて、立ち上がった。そして、僕に近づいてきて。

 カオル: え?

 ピエロ: この椅子に座ってねー

 語り: ピエロの目は、異様に静かで有無を言わせぬ迫力があった。僕は、言われた通りにした。ピエロも、店の別の椅子を運んでくると、僕のそばに座った。

 ピエロ: 両方の手首を出してくれるかなー?

 語り: 僕は、両方の手を差し出した。ピエロは、両手首をつかんで、しばらく脈を取った。

カオル: (え? 今度は、服の中から、聴診器? )

 語り: ピエロは僕に服を脱ぐように言い、聴診器を僕の左胸に当てた。

 ピエロ: はい、大きく息を吸ってー 吐いてー

 語り: ピエロは、深呼吸させては、左胸、右胸そして、左の背中、右の背中と聴診器で音を聞いた。変わった方法だと思った。

 ピエロ: 顔色も悪いけど、かなり、ボロボロだねー。ヤバイかもー。体も冷たいし、食事自体が取れてないかなー 電解質も足りてないし、下痢も酷そうねー

一番ヤバイのは、体が死にたがってることだねー

 ■3.

 ガラーホワ: うちの仕事は、ちょっと無理そうだから、クラサワさんのとこに行ってみたら?

 語り: ガラーホワさんが、紹介してくれた所に僕は行った。クラサワさんは教会の司祭さんで……それがまた、やたら迫力のある人で、ボスというか、ドンというか、影の総帥というか、そんな感じの人だった。

勘は、ある程度当たっていた。クラサワさんは、裏社会の元締めだったが、いろいろ考える所があって、この道に進んだという。

僕は信じられなかった。裏社会の、しかも、捜査の手が絶対及ばないような雲の上の人が、改心するなんて……僕は、自分の状況をクラサワさんに、話した。クラサワさんは、丁寧に話を聞いてくれた。

 クラサワ: それは、本当に辛いことですね。そして、体調も悪そうなので、少し休まれた方がいいと思います。

 語り: 僕はガラーホワさんやクラサワさんの親切に深く感謝しながらも、なんか、気が抜けてしまった。ここまで、自分が使えない奴になっているとは……

最初は、教会の敷地の草取りなんかをしたが、すぐに息切れしてしまったり、体力があまりにも続かない。ピエロ先生が言うように、まるで、体が死にたがってるみたいだった。

相変わらず、食事をとっても、戻してしまう事が多いし、下痢が続いていた。

やりようがなくて、ぼんやりと何もできずに、何日も過ごしていた。日曜日、教会の礼拝堂で、ほかの信者さんと一緒にクラサワさんの説教を聞いたりもした。

 クラサワ: 「光あるうちに、歩め。そうすれば、暗闇につまづかない(※)」という言葉があります。

暗闇の中にいると、自分が、どこへ行くのか、行けるのかもわからない。私たちは、とかく、暗闇に追いつかれがちです。だから、何かを信じて、歩き続ける必要があるのです……

 カオル: (そんなこと言ったって、最初から、暗闇の中にいる奴は、どうすりゃいいんだよ……)(ため息)

 ■4.

 語り: 僕は礼拝堂を出て、庭のベンチに座っていた。そうしたら、いつの間にか、あのガラーホワさんの所の猫が近寄ってきた。

 カオル: (お前か……確か、ガラーホワさんは、フールという名前だと言っていた。なんか、変な名前だな……)

 猫: にゃあ!

 カオル: お前は、いいよなー。ただ、生きてるだけでいいから……

 猫: にゃあ!

 語り: なでようとしたら、猫は、すっと、離れていって、距離を置いて、座った。

 猫: にゃあ!

 カオル: (なんか、この感じ、覚えがあるぞ……)

 ■5.

 語り: 僕は、フールについていった。そうしたら、雑木林に通じる道に入っていく。

名前のわからない鳥が鳴いていた。ざわざわと、風で枝葉が鳴っていた。

 カオル: (ああ……)

 語り: 僕はいろんな事を忘れて、風の音を聞き、いろいろな事を数分間忘れて過ごしていた。そして、少しぶらぶら歩いた。

 カオル: (え?)

 語り: 少し離れた所に、男がいて、こちらを、ちらっと見ると、逃げるように走っていった。何か男から嫌な感じがした。帰ろうと思って、辺りを見回したが、フールがいない。僕がぼんやりしている間に、どこかに探検に行ったのだろうか。それとも……

僕は、男がいた方へ歩いていった。

 カオル: うああ!

 語り: 地面に、切断された猫の首が置いてあった。

 ■6.

 語り: 僕は、あのあとは走って教会に戻り、三日間、自分にあてがわれていた教会の一室に閉じこもって過ごした。

その後、ニュースであの雑木林だけでなく、あちこちで、バラバラになった猫の死体がいくつも見つかったことを知った。ますます、食事が摂れなくなった。クラサワさんも心配してくれたが、お粥がやっと食べられる程度だった。

 カオル: (こんなことになるなんて……)

 語り: 子どもの頃、食べ物を置いていかないで、親がたびたびいなくなるから、いつも空腹だった。お店のゴミ捨て場を漁ったりした。

 (回想)

 店員: こらあ!

 語り: ある日、店員に見つかって、慌てて逃げた。そうだ……あの猫の首があった雑木林に似た所に、僕は逃げ込んだ。

 カオル: はあ……はあ……

 語り: 捕まるのはヤバイ。捕まって、親に通報が行ったら、死ぬほど殴られる。

なんか、役所の人たち――大人になってから、あれはたぶん、児童相談所の人だったんだとわかったけど――彼らが、来たりときもそうだった。役所の人たちに父が怒鳴り始めて、彼らが帰ったら、また、殴られた。なんかあるたびに、殴られる。もう、どうせこんなことになるなら、ほおっておいてほしかった。逃げたい……でも、家出しようにも、食べ物が……

 カオル: (ため息)

 語り: 店の人は、僕を見失ったようだ。

静かだった。そうだ、あの時の雑木林には、川というか、湧き水みたいな所が確かあったと思う。その音を聞きながら、ずっと、座り込んでいた。そこへ、トンボが飛んで来た。僕は、なんとなく、手を出してじっとしていた。

トンボが、指先に止まった。

僕は息を殺していた。僕は……ゆっくりと、もう片方の手を近づけた。トンボは、動かない……あともう少し。

 カオル: (捕まえた……!)

 語り: 僕は、そのトンボを……

 (回想終わり)

 語り: 僕は、そのことを思い出して嘔吐した。せっかく、お粥を食べられていたのに。僕は雑巾で、自分の吐いてしまったものを始末すると、また、ぐったりと、床に寝転んだ。

 ■7.

 語り: また二日くらい経ったとき、ガラーホワさんが教会にやってきて、クラサワさんと一緒にお茶を飲みながら、話をしていた。僕も呼ばれて同席していた。雑談の最中に、ガラーホワさんが話題を変えた。

 ガラーホワ: 何日も、フールが帰って来ないの。

 クラサワ: それは心配ですね。変な事件も起きていますし。

 ガラーホワ: まあ、あの子は、まったく大丈夫なんだけど、ちょっと気になって。教会の敷地で遊んでることもあったみたいだけど……カオルくんも、見かけたりしなかった?

 カオル: …………いえ。見かけませんでした。

 語り: 僕は嘘をついた。

 ■8.

 クラサワ: また出かけるのかい? 大丈夫か?

 カオル: …………あ、ええ。なんか、このごろ無性に散歩したくて。

 語り: 僕は、教会を出た。コンビニで、ジェル状の栄養補助食品を買って摂った。実は、なぜ歩けてるのか、不思議なくらいヘロヘロだ。でも、僕は歩き続けた。

 カオル: (フールはどこに行ったんだろう)

 語り: 手遅れかもしれないけど、探さないではいられなかった。でも、やみくもに探していても、見つかるはずもなく、三日目になってしまった。

 カオル: (猫の首は、フールではなかった。でも……)

 (回想)

 警官: なんだ前科(ぜんか)がある奴か。

 (回想)

 語り: ……不審な男と猫の首のことは話せなかった。警察に関わりたくなかった。前科者というだけで、自分とまったく関係無い事件なのに、警官に物凄くしつこくいろいろ取り調べを受けたことがあった。仕方ないのかもしれないが、そういう扱いは、とにかく嫌だった。

また、胃から込みあがて来るものを無理やり飲みこむ。

 猫: にゃあ

 カオル: へ?

 語り: いつの間にか、フールがいて、僕に声をかけるように鳴いた。そして、また、とっとっとと歩いていって、振り返る。まただ……僕は慌ててついていった。

 語り: フールが立ち止まった所には、一件の大きな家があった。敷地が全部コンクリートに覆われている変わった家だった。

 カオル: あ!

 語り: フールは、塀に飛び乗ると、その家の敷地へと飛び降りていってしまった。

 カオル: ああ、どうしたら……

 語り: ぼくは、うろうろした。そうしたら、その家の出窓の所に、フールが姿を現した。敷地に入っただけでなく、室内にまで入ってしまったのか?

僕は、チャイムを鳴らした。返答は無い。

 カオル: くそっ!

 語り: ついに決心して、僕は、ガラーホワさんのお店に行った。

 ガラーホワ: いらっしゃい! あら、カオルくん!

 カオル: あの……

 ガラーホワ: どうしたの?

 カオル: 僕、謝らなきゃいけないことがあります。

 ガラーホワ: え?

 カオル: 五日くらい前に、フールが教会の敷地で遊んでいるのを見たんです。そしたら、フールがこっちを見ながら、歩いて行くから、ついっていったんです……

 語り: 僕は、全てをガラーホワさんに話した。雑木林で切断された猫の首が地面にあったこと。そこで、フールを見失い、不審な男が逃げていったこと。前科者ということで、自分と関係無い事件なのに、警察に厳しく取り調べられたことがあって、このことを言い出せなかったこと。フールに出会うことはできたけれど、また、大きな家に入り込んでしまって連れ戻せなかったこと。

 ガラーホワ: うーん……まあ、絶対大丈夫なんだけど……

 カオル: あんな事件があってるのに、なんで大丈夫だって、そんなにはっきり言えるんですか!

 語り: ガラーホワさんはしばらく考えていた。

 ガラーホワ: ちょっと二日ほど待ってくれない? そしたら、私も一緒にその家に行くから。

普通のやり方だと、その住人は、ドアを開けないと思うのよね。だから、その家の郵便受けにお手紙を入れておくという仕込みをしておいてね……

 ■9.

 語り: 二日後。

 ガラーホワ: 約束の時間っと……

 語り: ガラーホワさんは、スマホの時計を見ながら言った。僕とガラーホワさんは、その大きな家の前に立っていた。

ガラーホワさんが、チャイムを鳴らす。ドアが、開く。

 カオル: (ガラーホワさんは、何を書いたのだろう……)

 語り: 僕は、出て来た男を見て驚いた。あの猫の首があった所にいた男だ。男も、少し、眉をしかめた。僕が声を上げようとしたら、ガラーホワさんが手を挙げて制した。

 ガラーホワ: すみませーん。うちの猫が勝手に入っちゃったみたいで……この子が、お宅の窓越しに、うちの猫を見たというものですから。なんか、チャイムを鳴らしても、出てきていただけないから、仕方なく、お手紙を出させていただきました。さすがに、警察沙汰にするのもご迷惑かと思いましたので。

 カオル: (ガラーホワさん……「猫が殺される事件が起こってるので、このまま会うのを拒否し続けたら、警察に相談しますよ」とでも書いたのか? でも、この男は、本当に……)

 ガラーホワ: あ、フール!

 カオル: あ!

 語り: フールが、ドアから顔を出したら、また、家の中に入っていってしまった。

 男: ちっ(舌打ち)

 ガラーホワ: すみません。すぐ捕まえて帰りますので、上がらせてもらってもいいですか?

 語り: 男は、今にもキレそうな顔をしながら、僕たちを室内に入れた。家の廊下を少し歩くと、またすぐフールがやってきて、ガラーホワさんに向かって一声鳴いた。

 男: なんなんだ、その気味悪い猫は……捕まえられないし、そいつがすり寄っただけで、テレビやパソコン……いろんなものが次々と壊れたぞ。

 ガラーホワ: それは、お気の毒……

……それにしても……ずいぶん……いるわね……

 カオル: え? 

 語り: ガラーホワさんが、男に向かって言った。

 ガラーホワ: 随分と、弄んで殺したのね。なんで、こんなことを?

 語り: 男が急にぞっとする笑顔になった。ぴくぴくした狂気を宿した笑顔……男は、いつの間にか、手術用のメスのようなものを持っていた。

 男: ……楽しいからに……決まってるだろうがッ!

 語り: 男は、ガラーホワさんに襲いかかった。

 (SE) 猫の威嚇の声

 語り: フールが凄い勢いで男に飛びついた。男は、標的をガラーホワさんから、フールに変えて、メスでフールを突き刺した……ように見えたが、途端に火花が飛んだ。

 (SE) 電気がショートするような音

 男: うおお!

 語り: 男は倒れそうになったが、壁に手をついて耐えた。

 ガラーホワ: フールってやっかいよね。通常の武器や武術による打撃……物理的攻撃が一切、効かないから。

なぜ、フールはこのお馬鹿さんを、さっさと焼き殺さなかったのかしら……

……そうね……フールとしては、このお馬鹿さんを、瞬時に殺すより、長い時間じわじわいたぶりたかったのね……猫が獲物を弄ぶように……

 語り: 男はパニックになっている表情だった。

僕も、ガラーホワさんの言ってることが、さっぱりわからなかった。

だけど、僕は、初めてフールに会ったとき、フールはドアをすり抜けていったことを思い出した。

 ガラーホワ: ……ほらっ……あなたが、殺した子たち……

 語り: ガラーホワさんが、右手の手のひらを上に向けて前へ差し出した。

 (SE) 邪悪な音

 カオル: え?

 男: あっ!

 (SE) 猫の威嚇の声

 語り: ガラーホワさんが、差し出した手の上には……そこには、猫のたくさんの首が……たくさんの猫の首が潰れてもつれるようにくっついた大きな塊が……浮かんでいた。それらの顔は、目を見開き、口を開け牙を見せ、声を上げている。ガラーホワさんが、何かを呟いた。

 ガラーホワ: дать наказание(罰を与えなさい)

 語り 「それ」が、ガラーホワさんの手の上から、男の方へ移動しはじめた。

 カオル: あ!

 語り: 男は、ふわふわと近寄って来るそれを、慌ててメスで薙ぎ払ったが、また、電気がショートするような音と光がして、男が倒れた。男の服が破れていた。そして……

 (SE) 複数の猫の威嚇の声。服が破れる音。

 男: ぎゃあああ……

 語り: 男の上半身の服がもっと破れて、「それ」が盛り上がるようにして顔を出していた。胸、腹、背中、両方の脇腹、五匹の猫の顔が、男の体に張り付いていた。それらが、凄まじい表情で、威嚇の声を上げているのだ。

 カオル: ガ、ガラーホワさん、これは……

 ガラーホワ: 「皮膚にデキモノができて、それが人間の顔のようになった。それが、しゃべりだして、害をなした」そういう古い記録があるわ。それを「人面(じんめん)瘡(そう)」と言ったそうよ。「人面瘡」の言うことを聞かないと、取りつかれた人は、激痛に苦しんだというわね。

まあ、今回のは、さしずめ、「猫面(ねこめん)瘡(そう)」といったところかしら?

 男: うおおお、くそっ!

 語り: 男が、自分の腹にある猫の顔にメスを突き立てようとした。

 (SE) 猫の威嚇の声

 男: ぐああ、うおおおおお!

 ガラーホワ: あらら、だから、そういうことをすると、お仕置きされちゃうんだってば。

 語り: 男の顔が歪んだが、ふいに、また笑った。

 カオル: あっ!

 語り: 男は、メスの向きを変えると、今度は、自分の首筋を深く切った。僕は、血しぶきを被るのを覚悟したが、しかし、血は出なかった。

 男: ……なんだ?

 ガラーホワ: だから、そういうことをすると……?

 語り: 切った男の傷口からは血が出ないどころか、すぐに傷は塞がって治ってしまった。

 (SE) 複数の猫の威嚇の声

 男: うあああああああああ!

 ガラーホワ: 学習能力無いのね? 簡単に死ねるとでも思ったの? この子たちが、ちょっとでも気に入らないことをしたら、容赦なくお仕置きされるわよ?

 男: はあ、はあ、はあ、これが……ずっと……俺に……こんな……こんな……いつまでこんなことが……(泣き声)

 ガラーホワ: 猫は九回生まれ変わっても祟るっていうわね。

あなた、猫が好きなんでしょう? 

до свидания(さよなら)

 ■10.

 語り: 僕は、スープを食べながら、猫じゃらしを振り回して、灰色の猫と遊んでいるガラーホワさんを見ていた。

 ガラーホワ: 何を考えてるの?

 語り: 僕がぼんやりしていると、いつの間にかガラーホワさんとフールが、僕の顔を覗き込んでいた。

 カオル: いや、フールも、そういうふうに遊ぶんだなって……あのときが凄かったから。

 ガラーホワ: あー。あのお馬鹿さんの時のことね。フールが怒ると、私でも手に負えないの……(笑う)

 カオル: あれでよかったんでしょうか。

 ガラーホワ: それは、わからないわね……でも、何かを殺傷するのが快感になってしまった人は、もう、どうにもね……ねえ、カオルくん……

 カオル: はい……

 ガラーホワ: 罪悪感を感じるのは、無理のないことだと思うけれど、あなたは、生きていていいと思うの。あなたは、見て見ぬ振りをしなかった……

 カオル: はい……

 ガラーホワ: 誰だったか……大昔の詩だけど「みんな破滅的に酔っぱらっていて、目が覚めない。自分だけ、酔えないで醒めている。とても辛い」みたいなのを読んだ事があるんだけど。

破滅したとしても酔っぱらっていた方がある意味幸せで、目覚めた方が、はるかに辛いと思う。

カオルくんは、どこか死にたがっているように見えるの。

 カオル: はい……

 ガラーホワ: でも、償いをする意味でも、生きているべきだと思うの。

 カオル: わかってます! わかってますよ!

……だから……こんなに……苦しいのに……死にたくてたまらないのに! 食べることすら、うまくできないのに! 生きてるんじゃないですか!(嗚咽)

 ガラーホワ: うん……今のは、ちょっと酷だったわね。ごめんなさいね。

あなたは、あの男みたいに、開き直って、酷い事を続けなかった。こんなに、ボロボロになる代償を払ってまで……

 語り: ガラーホワさんは、僕が泣き止むまで、抱きしめていてくれた。

  

※………………光は、いましばらく、あなたがたの間にある。暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい。暗闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのか分からない。光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい。

『ヨハネによる福音書』第12章35節・36節

 

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