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竹のかけら ~燕の場合

私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
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 この物語は、古代中国、紀元前300年頃に起きた出来事です。まだ、紙すら発明されていなかった、ずっと、ずっと昔のこと。中国の長く続いた春秋戦国時代と呼ばれる時代。当時、中国は、いくつもの国にわかれて、数百年も戦争が続いていました。

 

◆1.

 

どうしたらいいのか、おいらは、考え続けている。

おいらが、町に行っている間に、先生は、捕まってしまった。

先生は、この国で最高の偉いお客さんでは無かったのか?

大人がやることは、わけがわからない……

とにかく、おいらは、浮浪児になりながらも、先生の教えを守って、盗みをしないで、鳥を捕まえながら、なんとかしのいでいた。おいらが、盗みを働いて捕まった時と違って、おいらには、知り合いがたくさんいたので、食べ物を恵んでくれる人がいた。ちょっとしたお手伝いで、お金をくれる人もいた。だから、何か月も先生がいなくても、生き延びられた。

最初は、安邑(あんゆう……地名、当時の魏の都)中を探し回っても先生を見つけられなかった。

偉い先生だったのに、気が狂ってしまった人がいるという噂が流れてきて、ようやく先生の居場所に辿り着いた。あばら家に閉じ込められているようだった。

わけのわからない大声が聞こえて来る。先生は狂ってしまったのか。おいらは、泣きたくなったが、警備もゆるかったので、おいらは、夜中に、その家に忍び込んだ。

酷いあばら家だ。改めて思った。先生が、前にいた宿舎は、壁が白く、柱や窓に飾りがあって、立派で綺麗だった。それが、藁ぶきで今にも壊れそうな家だ。臭いも凄い。

おいらに、最初に気付いたのは、その顔に大やけどのあとがある、女の人だった。その女の人は、おいらに気付くと、先生を揺り動かし、先生は目を覚ました。女の人は、先生を助け起こして座らせた。

何か、先生の動きが変だった。足を自分で曲げられないような……

先生は、おいらに気付いて小さく叫んだ。

「燕(えん)! 燕! よくぞ、生きていた!」

先生は、涙を流しながら言った。

「先生……お怪我をなされたのですか?」

先生は、目を閉じ、顔をしかめて、下を向いた。

「私は、斉の国に魏の情報を流していると、無実の罪を着せられたのだ。首を刎ねられる所だったが、両足の膝の骨を削る刑罰で済んだのだ」

「そんな! どうしてそんなことに!」

「私の弟弟子が、この魏の国で出世していて、私を魏の王様に紹介したのは、前に話したな?」

「うん……」

「私は、王様に気に入られた。それを弟弟子が妬んでこんなことが起きたようだ。偽の書簡を作って、私に罪を着せたのだ。弟弟子なら、私の筆跡も知っているから、まず、間違いない……」

「そんな! くそっ! ぶっ殺してやる!」

先生は、そっぽを向いて左の手のひらを、向けて振った。

「ダメだ! ダメだ! お前が殺されてしまう。うまくいったとしても、わしもただでは済まんだろう」

先生は泣いていた。そりゃそうだ。最高のお客だったのが、罪人にされた上、両足まで削られて……酷過ぎる。

「先生が捕まってる時、おいら、町に行っていて……先生を助けられなくて、ごめんなさい!」

「いいんだ! お前が捕まらなくて本当に良かった!」

「いや先生! 命に代えても、絶対に、先生を助け出します!」

「無理をするな! お前は子どもだ! 今、生きていくだけでも、大変なはずだ! 絶対に無茶をしてはならん!」

 

◆2.

 

 おいらのお父(おとう)は兵隊に取られて帰って来なかった。お母(おかあ)も、病気で死んだ。先生に出会う前、おいらは盗みを働きながら生きてきた。

 おいらは、生まれつき素早く動けて、鳥を捕まえることすらできた。

 先生に、それを見せたら、先生は驚いていたっけ。

 先生は、なぜ盗みをするのか、なぜ猟師にならないのか、と言った。

 鳥や獣を捕まえても、以前のおいらは、ちょっと難しいことになると、うまく話せなかった。文字もわからない、簡単な算術もわからない。

 そんなおいらには、簡単な取り引きすらできなかった。それに、悪い大人もいっぱいいて、孤児は、人買いに捕まって奴隷として売られていくことも多かった。

ある日、おいらは、芋畑に盗みに入った。そしたら、畑の持ち主が隠れていて、「わっ!」とおいらを脅かした。

少し驚いたけど、あんな男から逃れるのは、わけないと思った。だけど、芋の葉っぱの中に縄が張ってあった。おいらは、足を引っかけて、転び、捕まってしまった。

男は、おいらを縛り上げて、思いっきり、棒で叩きまくった。骨が砕けそうな、そんな叩き方だった。

ああ、おいら、死ぬんだな、と思ったら、旅をしていた先生が……大声を上げて、男を止めた。先生は、持っているお金の半分を男に渡して、おいらの命を買ってくれたんだ。

 男が言っていた。

 「なんと物好きなことだ! なあ、先生。こいつを買った所で、何になる。こいつは、殺した方が、世の中のためになるぞ? そして、その方がこいつも楽になるように思うんだが」

「楽になる?」

「先生には、わからんか……おい、ガキ、先生が、お前を買ってくれるそうだ! 先生に、感謝するんだな。今度、お前が盗みを働いたら、手足を切って、晒しものにしてやる!」

おいらは、先生についていった。先生は、困った顔をしていた。せっかく先生に助けてもらったんだけど、おいらは、もう行くあてが無かったんだ。

仕方なく先生は、おいらを連れて魏の国にやってきた。先生は、いい人だっていうのは、わかっていた。

だけど、王様にお客として呼ばれたりするような人だとは、思いもつかなかった。

おいらは、先生と一緒に、立派な宿舎で暮らし始めた。

先生は、何を考えたのか、おいらを奴隷扱いしないで、文字や算術を教え始めた。本当に変な先生だと思った。文字も算術も、おいらにとって、初めて触れるものだった。

「お前が身を立てられないのは、あまりにも、文字、言葉、算術、ものの考え方がわからないからだ」と、先生は言った。

「文字や学問は、自分を助けてくれる。いろいろなことを理解できるようになれば、人と折り合えたり、関われるかもしれない。身を立てることもできる。絶望するような厳しい状況でも、乱暴な考えを持ってはいけない。きっと、お前にも、出番が回って来る」

はじめ、おいらは先生が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。でも、生まれて初めて、なんか気持ちが安らいだんだ。

 

◆3.

 

おいらは、いろいろなことを学んでいった。面白かった。言葉を与えられて、身の回りのことには、みんな名前がついているのがわかった。

草木にも名前が、道具にも。そして、自分の気持ちにも名前がついていて、それを、人に伝えてもいいんだって、わかった。今までは、なんか、良い気持ち、悪い気持ち、くらいしか、自分にはわからなかった。

おいらは、寂しくて、苦しかったんだなって、わかった。

おいらは、今、楽しくて、しあわせ、っていう気持ちになっているんだってわかった。

 おいらは、暇な時間に町に出て、悪くなさそうな人と話をした。変な奴もいたけど、普通に話してくれる人もいた。

 ああ、大人も、良い人はたくさんいるんだってわかった。

 世の中で、人々が、どんなふうに暮らしているのか、おいらにも、少しずつわかってきた。

 すげえ。おいらにも知り合いや友だちができたんだよ!

 そんなとき、先生が捕まった……

 

 おいらは、先生の居所を探し当ててから、そこへ通い続けた。

悪い弟弟子は、先生が、知っている、「孫子兵法」とかいう、凄い術(じゅつ)のことについて、聞き出したいらしい。それを聞き出しさえすれば、足を削るどころか、先生を殺してしまうかもしれなかったという。

 だから、狂った振りをして、悪い弟弟子の目を誤魔化していたんだと先生は、教えてくれた。先生は、なんて頭がいいんだろう。こんな酷い状況でも、そんな知恵を思いつくなんて。

 おいらの頭は、先生の頭の百分の一ほども良くないけど、何とか先生を助け出す手立てを考えたかった。

 ある日、劉順(りゅうじゅん)の奴が、「面白い噂があるぞ」と言った。

「斉の国から、段維将軍という人が、この魏の国に外交のために向かって来ている」というのだ。段維将軍って、先生が話していた段維将軍のことだろうか。

おいらは、気持ちがざわざわした。斉の国って、先生の故郷だよな……段維将軍っていう人に助けを求めたら……

こんな酷い扱いの国より、先生は斉の国に行った方が絶対にいい。

でも、外国から来た偉い人に、どうやって、この状態を伝えて、助けを求めたらいいのか、まったく思いつかなかった。

 

◆4.

 

おいらは、その後も、先生の所に、こっそり出入りし続けた。

緩くても警備がいるから、何も持って来ることができなかったけど、おいらが行くだけで、先生は喜んでくれた。

その間、いろんなことを聞いた。

先生のお世話をしている彗さんは、故郷を魏に攻め滅ばされて、奴隷になったと言っていた。

なんで、偉い人って、戦争ばっかりするんだろう?

戦争で、たくさんの人が死んだり、奴隷として売り飛ばされたり。ちっともいいことなんかないじゃないか。

偉い人は、頭の悪いおいらよりも、大馬鹿なんじゃないだろうか、とときどき、思うことがある。

おいらが、段維将軍が魏の国にやってくる話をしたら、先生は驚いた様子だった。

先生が、おいらに出会う前、山の中で、虎に遭ってしまって、命が危なかった時、段維将軍は、虎を殺して先生を助けてくれたという。

それを聞いていた、彗さんが、こんなことを言った。

彗さんは「そんな事ができる人は、恐らく天下に何人もいない。段維は、おそらく私の兄だ」って。「私の故郷が、魏軍に攻め滅ぼされた時、兄は戦死したと思っていた。しかし、生きていた」と。

「落ちのびて、なお将軍にまでなられていたのか」と、先生が言うと、「ありそうなことだ」と彗さんは言った。「兄は、皆の想像を超えた武術の達人で、こんな事があった」と。

「近所の家の鶏たちが、野良犬に追われて逃げ出した。その家の者は、どうしていいかわからなかったが、兄は、まず犬を打ち殺し、鶏たちも蹴りや拳で、動きを止めていった。兄は、犬は殺したが、鶏には、寸止めやあるいは、紙一重でかすめるように、衝撃を与えて、みな傷つけずに気絶させて捕まえた」

それで、兄は、禽獣(きんじゅう……鳥と動物の意味)の禽に、滑るという字を当てて、禽滑(きんかつ)、と若い頃は呼ばれていた」と。

そして、彗さんは言った。「私の本名は、段琴(だんきん)というがそれを、隠していた。私は、子どもの頃から、綺麗好きで、こまごまと掃除ばかりしていたので、兄は彗(ほうき)の意味の「彗(すい)」と呼んでした」と。

 

◆5.

 

段維将軍は妹の彗さんが、ここで奴隷になっているとわかれば、どんなことをしてでも、助け出すはず。もちろん、先生がいるとわかれば、先生も一緒に。

段維将軍に、伝えることさえできれば……

でも、罪人と奴隷と浮浪児じゃ……偉い人にどうやって伝えたらいいんだ?

会うことすらできないよ……

しかも、外交で来てるんなら、そんなに長いこと、魏の国にいないだろうし、警備が厳重だろうから、移動中のわずかな時間しか機会はない。

警備兵をすり抜けて、段維将軍の所まで行く自信はある。でも、問題はそのあとだ。今は、本当にぶっそうな時代だ。事情を話す前に、刺客だと思われて、殺されてしまうだろう。

どうしたらいいんだ……

ん? でも、待てよ?

おいらは、文字を習った。直接、段維将軍と話さなくても、何か、文字で伝えられないだろうか。

壁に落書き……ダメだ。段維将軍が、どこの道を通るか、なんて、前もってわからないし、消されたり咎められたりしてしまう。

大きな布に書いて、旗みたいに見せるとか。

ダメだ。悪い奴らにも、先生が逃げようとしてるのがわかってしまう。

おいらは、考え続けた。先生は、あんなに頭のいい人なのに、いつも勉強していた。先生が、いつも、竹簡(ちくかん……竹の板に、記録したもの)を開いては、勉強している様子を思い出した。

竹……竹の小さなかけらを、たくさん用意して、それに事情を書いて、伝えられないだろうか。

段維将軍の前で、斬られて、おいらの体から、竹のかけらが、たくさん転がり出したら、それを段維将軍は、読んでくれるんじゃないだろうか。いい所まで来たような気がした。

ダメだ。もし運悪く段維将軍の所に、おいらが辿りつけなくて、悪い奴に捕まったら、やっぱり、その書いたものから、先生が逃げようとしているのがわかってしまう。

 

◆6.

 

おいらは、考え続けた。ふと、思いついた。おいらの本当の名前は、信(しん)だ。すばしこいからツバメの意味の燕(えん)と呼ばれていたけれど。

段維将軍は、若い頃、「キンカツ」と呼ばれていたって、彗さんは、言わなかったっけ。彗さんも、本当の名前は、段琴だけど、あだ名で彗って呼ばれてたって言っていた。

魏の国の奴らは、段維将軍の若い頃のあだ名や、彗さんの名前の由来なんて、わからないはず。あだ名で、事情を書けば、万一、魏の国の奴らの手に渡っても、意味がわからないんじゃないか……?

それに、あだ名で伝えたら、なおさら事情をよくわかっている者の書いたものだって、段維将軍に伝わる。

彗さんに「段琴」と「禽滑」という字をどういうふうに書くのか、おしゃべりのついでを装って教えてもらった。

 できた! 先生、頭の悪いおいらが、先生を救う計略を考えついたよ! おいら、ひょっとして先生よりも凄い作戦を思いついたんじゃないか?

先生は褒めてくれるかな……先生に言うわけにはいかないけれど。

……でも、この計略を実行すれば、おいらは斬られるんだよな……

痛いだろうな……痛いだけじゃない。

先生とも、彗さんとも、もう会えなくなる……

おいらは、最後に先生の所へ行った。

先生はまだ「せっかく段維将軍が来るというのに、連絡方法が無い」と彗さんと相変わらず泣き言を言っていた。

おいらは、静かな気持ちで、先生と彗さんのことを見ていた。

先生がいなかったら、おいらは、あの芋畑で叩き殺されていた。

ただの孤児(みなしご)に、しかも盗っ人のおいらに、先生は、衣服や食べ物だけでなく、学問まで教えてくれて、本当に良くしてくれた。

人間として扱ってくれたんだ。

その日。おいらは、見物人と一緒に「斉」の旗を立てながら移動している、段維将軍の一行を見ていた。

見物している人々の間から、おいらは、機会を伺っていた。大きく息を吸って吐いて、気持ちを静めた。

おいらは、同じ文字が書かれた竹のかけらをたくさん懐に持っていた。

 

禽滑

我ここに在り

救いたまえ

琴 記す

 

書き方が変かもしれないけど、これで絶対に伝わる。

 

先生、さようなら!

 

もうちょっと先生と一緒に暮らしたかったな……

 

ようやく、おいらにも出番が回ってきたよ!

 

おいらは、見物客の中から、飛び出し、段維将軍の乗っている輿(こし)の方へ走り出した。

 

 

ある歴史書にこんな記述がある。

 

古代中国三世紀ころ、孫臏(そんぴん)という兵法家がいた。彼と一緒に学んでいた龐涓という者が、魏という国で、出世して、孫臏を呼び寄せた。

しかし、孫臏は、主君である魏王に気にいられ、龐涓は、孫臏が、自分を追い抜いていくことを恐れた。龐涓は、孫臏に無実の罪を着せた。孫臏は、刺青を入れられ、足を切る刑罰を受け、閉じ込められた。

孫臏は、狂ったふりをして、龐涓を油断させて、巧みに脱出し、斉の国の軍師として仕えた。

その後、孫臏は、斉軍を助け、馬陵の戦いにおいて、龐涓率いる魏軍を大いに破り、龐涓を討ちとった。

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