横田と高木、あごの肉。


「自分が言われて嫌なことは、人に言っちゃだめだよ」


と小学生のころ横田に言われた。


横田は真面目な女の子だった。ノートを書くのも丁寧で、絵を描くのも上手だった。テストの点数も良いし、運動真剣も抜群だった。そんな才色兼備の彼女が言うのだから、横田の言うことは聞いておいたほうがいいと思い、僕はなるべくその教えを守って生きてきた。

「太ったね」


結婚して2年目に入り、歯に物を着せぬ言い方を覚えた妻の高木に言われた。


高木は真面目な女の子だ。仕事はしっかりこなすし、家事もちゃんとやっている。家計の管理に関しては完璧だ。同じ屋根の下で暮らす限り、高木の言うことは聞いておいたほうがいいと思い、僕はなるべく高木の言うことに口を出さずに生きてきた。


「あごの肉が、出会ったころよりついたね」


腕に筋肉がついたね、と同じようなトーンで高木は言う。でも高木が指摘しているのは僕の顔、特にあご周りについた肉のことである。人間誰でも欠点はあると思うが、それを指摘されるのは、なかなか堪える。

「あのね、言われて嫌なことはね、人に言っちゃだめなんだよ。君だってさ、太ったって言われたら嫌でしょ?」


僕は高木にそう語りかけた。これ以上、僕のあご周りについた、いや僕と同化した、このニューフェイスを指摘されるのはたまらなかった。


「え、わたしが太ったってこと?」


高木が怒った形相でこちらを見ている。


いやいやいやいや。僕はそんなことを一言も言っていない。自分が言われて嫌なことは、人に言ってはいけないのだ。僕が伝えたいのは、ただそれだけなのだ。


「もう、ダイエット頑張ってるのにさ。ひどいこと言わないでよ!」


高木は怒って寝室に向かった。そもそもの発端は君なんだけどな、と僕は思う。


今度、横田にあったら教えてあげたい。「自分が言われて嫌なことは、高木には絶対言っちゃだめだよ」と。


そんなことを考えながら寝室に向かい、僕は高木に土下座をした。玉座(ベッド)にいる高木が笑いながら僕に言う。


「太ったよね、やっぱり」


(おしまい)

この記事が参加している募集

最近の学び

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。お代(サポート)は結構ですので、スキやコメント、シェアしてもらえると嬉しいです^^