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文豪のBL 歌人の熱狂に親しむ

8月に入りましたね。なんと今日はヤオイの日だそうで、Renta!からBL特別メルマガが届きました。すごい表紙の漫画の数々を、ここで紹介できなくて残念です。

「週刊BLマガジン」の表紙絵を更新しました。

BL2008文字なし

高二の夏休み。4人で旅行へ。着ているのは旅館の浴衣。あっちーと言いながら寝転んでうちわをあおいでいた悠也が、いつのまにか寝てしまった。木村と山口が「そいつは置いといて3人で射的行こうぜ」と誘うのを翔太は断って部屋にいます。悠也の半開きの口から静かな寝息が聞こえてくる。じっと見つめる翔太。やわらかそうなくちびる。さあどうする。ふすまが少し開いています。覗いているのは女中の私。

今日は1冊の本を紹介します。これ。

こないだぶらりと大型書店に入りまして、表紙だけ見てまわるつもりが、うっかり買っちゃいました。「文豪たちの口説き本」。太宰治、芥川龍之介、国木田独歩、谷崎潤一郎など名だたる文豪が、かつて意中の相手に送った麗しき恋文の数々。その内容の一部が活字になって公開されるという、選ばれし10人にとっては悪夢のような編纂本です。

あまりにも愉快なので一人一人の手紙をじっくり紹介していきたいのですが、中でも強く印象に残ったものをいくつか取り上げますね。

1.太宰治

最後の愛人、富栄に宛てて。太宰は妻帯の身で、富栄と半同棲していました。

"僕のために苦労することをうれしいと思ってくれよ。"
"僕の妻じゃないか。"
"サッちゃん、ご免ね、君をもらいますよ。"

サッちゃんとは富栄のこと。太宰は彼女にいくつもあだ名をつけて喜んでいたそうです。


2.芥川龍之介

婚約者、文への手紙。

”僕のやっている商売は、今の日本で、一番金にならない商売です。その上、僕自身にも、碌(ろく)に金はありません。(中略)
僕は、文ちゃんが好きです。それだけでよければ、来て下さい。”

のちに二人は結婚します。お金より愛を選んだ文ちゃん。


3.石川啄木

啄木が撰者をつとめていた詩歌雑誌に送られてきた歌をきっかけに、啄木は芳子に恋をします。啄木には妻子あり。

”君よ、なぜ一日も早く君の写真を送ってくださらないのでしょう。逢いたい気持ちを耐えられない夜、君と抱きあって一夜でも深い眠りに入りたいと思う夜、私はその写真を抱いて一人寝しますものを。
乱れたる心をもって 啄木”

このあと同封されてきた芳子の写真を見て一気に冷める啄木。文通終了。


4.中島敦

代表作「山月記」。

隴西(ろうさい)の李徴(りちょう)は博学才穎(さいえい)、天宝の末年、若くして名を虎榜(こぼう)に連ね、(後略)

許婚であるたかへの手紙がこちらです。

"お前は、いつも、淋しい淋しいって、ばかり云ってるね。僕も淋しいさ。逢いたいな"

二人は結ばれ、最後まで仲睦まじく暮らします。


5.谷崎潤一郎

大阪の豪商の夫人だった松子(30歳)をご主人様とあがめるバツ2の谷崎(46歳)。

"先達、泣いてみろと仰っしゃいましたのに泣かなかったのは私が悪うございました。東京者はああいうところが剛情でいけないのだということがよく分かりました、今度からは泣けと仰っしゃいましたら泣きます、その外御なぐさみになりますことならどんな真似でもいたします、(後略)"

あくまでご主人様に仕えたい谷崎は、高尚すぎる潤一という名を奉公人らしく順市と改め、ついに松子と三度めの結婚を果たします。日夜涙を流して奉仕したことでしょう。

とまあ、どれも甲乙つけがたい作品の数々。さすが文豪と拍手を送りたくなりますが、こんな男女の恋愛ばかりにフィーチャーした本を、私が手に取りレジまで持っていくはずがない。もちろん混ざっているのですよ。行き過ぎた友情の手紙がこの中に。さあ、ここからが本題です。


6.萩原朔太郎

朔太郎といえば室生犀星との友愛話が有名ですが、ご存知でしょうか?
これは犀星が朔太郎に書いた詩です。

君だけは知つてくれる
ほんとの私の愛と藝術を
求めて得られないシンセリテイを知つてくれる
君のいふように二魂一體だ
(室生犀星「萩原に與へたる詩」)

「君のいふように」とあるので、互いに二魂一體と認め合っているわけですね。

この二人の師が北原白秋なわけですが、ずっと憧れていた白秋にようやく会えたあとの、朔太郎の熱狂ぶりがものすごいのです。

”わずかの時日の間にあなたはすっかり私をとりこにされてしまった、どれだけ私があなたのために薫育(くんいく)され感慨されたかということをあなたには御推察出来ますか。朝から晩まであなたから離れることが出来なかった私を御考え下さい、一日に二度も三度も御うかがいして御仕事の邪魔をした私の真実を考えて下さい、夜になれば涙を流して白秋氏にあいたいと絶叫した一人のときの私を想像してください。”

この手紙を読んでいる白秋氏の気持ちを、みなさん想像してください。続きます。

”今では室生君と僕との仲は相思の恋仲である、こんな人はもはや二人とはあるまいと確信して居たのがあなたに逢ってから二度同性の恋というものを経験しました”

このころ朔太郎は、友人の妹を彼女の洗礼名エレナと呼んで慕っていました。白秋への手紙の続きです。

”僕があなたをしたう心はえれなを思う以上です”

朔太郎は白秋恋しさのあまり、毎日涙にむせびます。白秋の家を訪れたときも泣いて、きまりが悪いのでそっと立ち去ったり、会いたい気持ちを抱えながら訪問するのを遠慮したり。そのくせ編集の仕事が終わったらぜひ会いに来てくださいと乞うたりします。

”北原さん、僕んとこへ来てください、やっぱり女より男がいい、男の方がすきだ、僕は哀しくて仕方がないんです、あした朝一番で前橋へきてください。僕は少しもよ(酔)って居ません、本気です”

才能ある後輩にこうまで言われては白秋も無下にできなかったようで、銀座の帰りにふらっと朔太郎を訪ねたり、泊まったついでに連れ立って銭湯に行ったりしています。そのたびに朔太郎は狂喜し、白秋に手紙を出す。二日や三日では帰さない、あなたのポーとしたところがたまらなく好き、あなたなら僕を狂死させることもたやすい、など。

これは行き過ぎた憧れでしょうか。

もう恋でいいよね?

本に載ってた写真です。

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左から、朔太郎、白秋、尾山篤二郎。みんな歌人。

尾山が白秋の腕を取っているのには、なにか意味があるのでしょうか。
白秋のジャケットのヨレ具合から判断するに、朔太郎は明らかに白秋に体を押しつけていますね。なれなれしい尾山をぜったい怒ってる。ものすごい怒ってる。

モテモテの白秋は、このころ人妻と絶賛熱愛中です。泣かないで、朔太郎。

以上、「文豪たちの口説き本」の紹介でした。

全体を通しては、やはり谷崎のぶれないフェチマゾヒズム性が群を抜いて印象深く心に残っています。73歳のときに書いた、連れ子の嫁(40歳以上年下)への恋文も掲載。この体験が「老人瘋癲(ふうてん)日記」に昇華されます。

「老人〜」をもとにしたラジオドラマがありましてね。谷崎本人が老人役で出演、連れ子の嫁役は淡路恵子という豪華さです。谷崎が大ファンだった淡路さん。彼女の声の演技がめちゃくちゃいいんですよ。我儘奔放なお嬢さんっぽさが実によく出ています。谷崎は声もねちこい。

なんでそんなことを知っているかというと、ドラマCDを持っているからです。新潮の付録だったの。「文豪たちの口説き本」とセットでオススメです。


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