人生初デートの思い出
人生で初めて デートらしいデートをしたのは、大学1年生の夏休みだった。
相手は、同じ大学の1年生。
天文サークルの新歓コンパで出会った男の子だ。
ケイン・コスギを文化系にした感じの、真面目そうな子だった。
私はコンパに参加しただけでサークルには入らなかったのだけれど、彼は春が過ぎてサークルの勧誘活動が終わってからも熱心に連絡をくれた。
学部も違ったし、サークルの新歓コンパ以外の接点は無かったから、ただ何気ないメールをやりとりするだけ。
今思えば、共通の話題も無いのにどうやって仲良くなったのかよくわからない。
でも、気がつけば 連絡手段はメールから電話に変わっていた。
彼から電話がかかってくるのは、決まってよく晴れた夜だった。
今夜は星が綺麗だよ、と毎回同じ台詞から始まる電話。
今日は1限目の必修講義に遅刻しかけたとか、学食の新しいメニューがいまいちだったとか、実家から野菜が送られてきたとか。
他愛無い話を一通りしたあと、彼はよくご飯に誘ってくれた。
「どうしてもカレーラーメンを食べたいんだけれど、来週の火曜に一緒にいかない?」
彼のお誘いを何度断ったことだろう。
覚えているだけでも5回はお断りしたと思う。
予定が合わないとか急にバイトが入ったとかいろんな理由をつけて断ってはいたけれど、男の子と二人きりで出かけるなんて、当時の私にはとてもハードルが高く思えて怖かったのだ。そこが一番の理由。
でも彼はめげなかった。
前期試験の最終日だったと思う。1日だけでいいから夏休み中に時間を作ってほしいという熱烈なメールをいただいた。
そろそろ断ることに罪悪感を覚えていた私は、もう逃げられないと腹をくくり、9月の半ばにデートの約束を入れた。
デート当日、彼の希望で 大学から少し離れた街を散策した。
商店街をあてもなく歩き、たまに気になるお店があれば立ち止まって、満足したらまた歩き出して。
ただひたすら歩いていたような気がする。
こんなに歩くとは予想もしていなかった私は、少し高いヒールのあるサンダルを選んだことを激しく後悔した。
途中、どうしても足が痛くて立ち止まってしまったのだけれど、その時 一緒に足元を覗き込んできた彼の一言が今でも忘れられない。
「あれ、足の親指よりも人差し指が長いんだね。
・・・え?すごく長いね」
忘れらない、というのは、もちろん悪い意味で。
今でこそ開き直ったけれど、私の足の指は父親譲りのギリシャ型だ。
しかも、右の足は何故か親指が少し短めなので、ただでさえ長い人差し指との差が一関節分もできてしまう。
当時18歳の私はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
一番のコンプレックスだった。
だったらサンダルなんて履いてくるべきではないのだけれど、でも夏だしお気に入りのサンダルが履きたかったわけで。
多分その日の朝の私はきっと、私の足元なんて誰も気にしてないはず!と自分に言い聞かせてサンダルのストラップをパチンと留めたのだろう。
彼の一言に恥ずかしくなった私は 咄嗟にしゃがみ込んで自分の足の指を両手で隠したのだけれど、彼はとても不思議そうにしていた。
「あれ?なんか嫌だった?ごめんね」と、けろっとした顔で謝ってきた。
たしか彼は帰りの電車の中で、靴下をはいた時の足の指の形について話をしてくれた気がする。
彼なりのフォローだったのかもしれない。
もしかしたら、足の指の長さを指摘されたあたりから 私の機嫌が悪かったのかもしれない。そうだとしたら申し訳ない。
突然だけれど、私の初デートの思い出はここで終了する。
もう憶えていないのだ。
正直、足の指のことしか記憶にない。
待ち合わせの場所も、昼食に何を食べたのかも、彼と何を話したのかも、さっぱり思い出せない。
きゅんと胸が高鳴るようなシーンも、あったかなかったかすら憶えていない。
むしろ、初デート=足の指についてのトラウマ的な記憶、になってしまった。
ただ、後になってから何度かこの記憶を思い返してようやく学んだのは、「足の指が長くてもあまり気にしない人もいるんだな」ということだった。
その後、天文サークルの彼とはいつの間にか連絡を取らなくなった。
疎遠になった経緯すら憶えていないのだから、私は本当に失礼な奴だ。
今となっては、彼にはありがとうと言いたい。
あの日の出来事のお陰で、自分の足の指と向き合うことができた。
今ではもう、相手に指摘される前に 自ら足の指の長さをアピールすることを覚えた。
私、実は足の人差し指がすごく長いんですよ!ほら!
・・・ね?結構な長さでしょう?
これでもう、コンプレックスではない。
今は私のチャームポイント。
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