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【小説】チョコをもらわない理由〜楢山賢太郎〜

「ただいま…」

雪深い札幌地方検察庁へ赴任して2年。

雪道にようやく慣れてきた賢太郎は、コートに付いた雪を玄関で払いながら帰宅の言葉を口にすると、パタパタと2つの足音が、自分を迎える。

「お父さん!お帰りなさい!!」

「パパ、お帰り!!」

2人の娘…洋子と長子に出迎えられ、賢太郎はニコリと笑う。

「ただいま。良い子にしてたか?」

「うん!宿題もう終わったのよ?だから遊んで?お父さん!!」

「あー!お姉ズルい!!アタシがパパと遊んでもらうの!!」

「あら、長子は宿題まだじゃない。充くん達と雪合戦なんかしてるからよ。自業自得。諦めなさい。」

「いーやーよ!パパと遊ぶのは私!!」

「ダメよ。ワタシ。」

自分を挟んでそんな口喧嘩を披露している娘2人を、賢太郎は苦笑しながら見つめる。

「分かった分かった。なら、3人で遊べることをしよう。ただし、長子は宿題終わらせてからだぞ?」

「はーい。」

プウっと頬を膨らませながらも返事をする長子の頭を優しく撫でていると、洋子が自分に向かって手を広げる。

「じゃあお父さん。鞄とコート貸して?私寝室に持っていく。」

その言葉に、賢太郎はギクッと肩を震わせる。

「い、いや…コートだけでいい。鞄は…お父さんの大事なものが入ってるからな。」

「そう?」

そう首を傾げる洋子にコートを渡すと、賢太郎はリビングへと向かう。

「ただいま。」

「あ!お帰り楢山君!!」

「パーパ?」

リビングに居たのは、積み木で遊ぶ…札幌に赴任して間もなく授かった三女の波子と、妻の抄子。

「外寒かったでしょー。田所さんの奥さんから石狩鍋教わって作ってみたから、食べよ?」

「あ、ああ…そうだ。弁当箱…」

そうして鞄を開けた瞬間だった。

バラバラと、可愛いラッピングの施された箱が溢れ出たのは。

「あ…」

「ん?」

しまったと狼狽する賢太郎に対し、抄子はそのうちの一つを手に取り、メッセージカードに目を走らせる。

「「楢山検事、いつもお世話になってます。感謝の印です。」」

「あ、いや…」

「こっちは…「楢山君、こないだは公判代わってくれてありがとう。助かった。受け取ってね❤︎」かぁ〜…なるほどねぇ、どーりで最近、帰りが遅いわけだ。」

「いや。だって…周りみんな俺より年上だし、困ってたから…」

「だからって、こんなにチョコレート貰うほど仕事肩代わりしてたら、その内倒れるわよ?って言うか、今日2/12じゃん。…ああ、今年のバレンタイン日曜日だからか。それにしてもよくもまあ…ホイホイ軽々しく貰ったわね。子供3人もいるのにさ。」

「す、すまん…」

小さくなる賢太郎に、抄子は小さく笑う。

「まあ、そう言う不器用だけど真面目で優しい所が、楢山君の…良いとこなんだけどね。」

「抄子…」

「でもさ。こーゆーの、妻としては複雑だからさ。あんまホイホイ貰わないでよ?義理ならともかく、本命混じってたら、困るじゃん?ま。どんな相手が来てもアタシ、負けるつもりはないけど?」

「当たり前だ!俺だって君を」

「ハイハイ。そーゆーのは、私達が寝てからにしてくれない?お父さん、お母さん。」

「!」

慣れているのか、賢太郎の言葉を遮るように、洋子が2人の間に入る。

「って言うか、パパもママもさ。子供の前でイチャイチャし過ぎ。少しはこっちの身にもなってよ。あと、波子には目…と言うか耳の毒。」

「く?」

キョトンとする波子を抱き上げながら、長子は床に散らばったチョコレートを眺める。

「ま。うちのパパ…そこいらのパパよりは見た目いいから、仕方ないか。けど、娘的にも気持ちのいいもんじゃないから、今後はあんまり持って帰らないでよね?パパ?」

「す、すまん…」

「じゃあ…これはみんな、私達のオヤツね。お父さんの口に入れるなんて言語道断でしょ?お母さん?」

「ん?うーん…まあ…そう…かな?」

「じゃあ決まりね。長子、行きましょう?」

「ハイハイ。ったく、ホント、我が両親ながら世話焼けるんだから…じゃあ、アタシ等退散するから、あとごゆっくり。…ただし!ご飯の時間…忘れないでよ?!」

そう言って、子供部屋に撤収して行く娘達を呆然と見つめる2人。やや待って、抄子が盛大に笑い出す。

「お、おい。近所迷惑…」

「だって、なにあの分かったような口振り。ホント…誰に似たんだか…」

「俺だって言いたいのか?!」

「だって、アタシあんなに嫌味ったらしい皮肉、言ったりしないもん!」

「そんなことあるか!大体君だって…」

そう言って口を尖らせる賢太郎に、抄子は勢いよく抱きつく。

「抄子…」

「ねぇ、聞かせてよ。さっきの続き。俺だって君を…なに?」

「そんなの…言わなくても分かるだろ?」

「嫌よ。ちゃんと言って。でないと日曜日、チョコレートあげないわよ?もらったやつは洋子達に没収されたし、今年は0個で良いの?楢山君?」

「……そう言う駆け引きは、ズルいぞ?」


「ズルくて結構。ね?だから聞かせてよ。お願い。」

その言葉に、賢太郎は観念したかのように、彼女を強く抱きしめて囁く。

「俺だって君を、愛してる…」


「困ったな…」

それから月日は流れ、京都地方検察庁楢山検事室。

目の前に置かれたチョコレートと睨めっこをしている賢太郎の元に、調書らしき書類を持った藤次が現れる。

「なんや楢山。今年も大漁やなぁ〜。……おぉっ!!総務の涼子ちゃんからもあるやん!えぇなぁ〜。ワシなんて見向きもされんかったのに…やっぱイケメンは違うのぅ〜」

「…そんなに欲しいなら、やるぞ?」

「はあ?!」

瞬く藤次に、賢太郎はズイッと、チョコレートの山を彼に渡す。

「ちょっ、ちょっ、楢山!ワシかて少ないけど貰ってんで?!食い切れんわ。」

「なら、他の奴や事務官…お前の飲み仲間にでも配ってやってくれ。どうせ今日、やけ酒、行くんだろ?」

「そらそやけど、少しは懐に入れとけや。総務の涼子ちゃんなんて、かなりの別嬪やで?逃すには惜しい魚やぞ?」

問う藤次に、賢太郎は瞼を伏せてクスリと笑う。

「俺だってそうしたいさ。けど、ウチでチョコレート用意して待っててくれる、嫉妬深い女が4人もいるんだ。そんなところにこんなものおいそれと持って帰ったら、命がいくつあっても足らん。」

その言葉に、藤次はハッと声を上げて笑う。

「そらぁまた、随分な鬼の棲家やな。分かった。ありがとう頂くわ。おおきに。せやけど、ワシが涼子ちゃんモノにしても、恨みっこナシやで?」

「ああ…好きにしろ…」

「よっしゃ!ほんなら早速、連絡してみようかのぅ〜。アドレスは…」

そうして、用事もそこそこ部屋を後にして行く藤次を見つめながら、賢太郎はスマホを取り出し、とある人物に電話する。

「…今終わった。これから待ち合わせ場所行くから、待っててくれ。抄子…」


そうして検事室を後にする賢太郎を、窓から覗く、雪で白く化粧された銀杏の木が、静かに見つめていた。


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