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死花-第3話-①

「(なんや。特捜部の楢山君やん。お前と同期かいな…プレッシャーやなぁ〜)」

焦るわぁと茶化すこの男。確か…

「(そう言う君は、京都地検の鬼の南部君だろ?)」

「(ありゃ。親父のこと、知ってんねんな。光栄やわ。)」

「(そりゃ。有名だからね。)」

京都地検の南部憲一郎と言えば、被告人を人とも思わない厳しい訴追をする事で有名な、剛腕辣腕検事だったが、目の前にいるこの男は、どう見ても軽薄そうな…お調子者にしか見えない。

「(ま。せいぜい親の名前使って、楽しようや。行くんやろ?検察。)」

「(まあ、縁があれば…)」

「(縁もへったくれもあるかい。ワシなんか早速声掛けられたで?君なら特捜も夢じゃない!ゆうて…アホらし。あないキツイとこ、行ってたまるかい。折角の公務員や。ゆるく行きたいやん?)」

「(お前…好きで検察目指すんじゃないのか?)」

その問いに、確かアイツは…

「(ワシは検察…いや。親父の事、嫌いやねん。)」

「…以上の観点から、被告人には完全責任能力があったと認定し、検察としては懲役12年を求刑いたします。」

京都地方裁判所の321号法廷に、楢山賢太郎はいた。

目の前にいる被告人は、口論の末に妻を刺し殺した殺人犯。 

弁護士は犯行時の心神耗弱を理由に、減刑、無罪を主張していたが、鑑定留置の末、責任能力はあったと認定され、今日の求刑に至った。

弁護士の最終弁論が始まる。

内容は、寛大な処置をと言う、情状酌量。

被告人と言えば、良心の呵責か、それとも懲役への恐怖か、小さく震えている。

「(ま。せいぜい塀の向こうで、反省する事だな…)」

心の中で呟き、賢太郎は傍聴席を見やる。

すると、傍聴人の1人が、自分に向かって手を振るので、賢太郎は慌てて視線を外す。

「奥さん…今日も傍聴来てるんスね。」

「まあな…」

事務官笹井稔(ささいみのる)の言葉に、賢太郎は平静を装うが、妻…楢山抄子(ならやましょうこ)は、相変わらずこちらに向かって手を振っている。

「傍聴人。静粛に。」

…言わんこっちゃない。

抄子が傍聴に来る度に、こうして裁判官に嗜められるのは、最早通過儀礼のようなもので、賢太郎は小さく溜め息をつきながらも、傍聴席で自分を見守ってくれている妻にそっと、笑顔を向けた。

「ん?」

午前中の裁判を一通り終えて、京都地検に戻って来た賢太郎は、ゼリー飲料を口に咥えて、ぼんやりと中庭の長椅子に座る藤次を見つける。

時刻は正午。いつもなら手弁当持参で検事室にいる人間が珍しいと思い、自販機でコーヒーを買って、彼の元へと行く。

「どうした?谷原と一緒に、寝坊でもしたのか?」

「なんや。楢山かいな…別に、何でもあらへん。」

言って、藤次は口に咥えていたゼリー飲料を一口吸って、口から離す。

「いや。あったっちゅーかその…告られてんねん。真嗣に…」

「へえ。アイツ、ようやく言ったのか…」

意外に早かったなと感心する賢太郎に、藤次は瞬く。

「おまっ…なんで…」

「側から見てたら丸わかりだったし、修習生時代に打ち明けられた。大体、俺や他の同期の奴には未だに苗字に君呼びだが、お前はどうだ?」 

確かに。言われてみればと藤次は目を丸くした後、天を仰ぐ。

「なんや…ワシが鈍チンなだけやったちゅーことかい。」

「ま。そう言うことだな。で、どうするんだ?谷原と付き合うのか?」

「アホ良いなや。ワシは…真嗣をそないな目ェで見たことあらへん。それに……」

頬を染め、不意に自分との距離を詰めてきたので、何事かと賢太郎は眉を顰める。

「内緒やで?ワシ、結婚考えてる娘…おんねん。」

「ああ…例の映画の相手か。上手く行ってるのか?」

「まあな。ちょっと前から、一緒に暮らしとんねん。せやから近々にプロポーズして、籍入れるつもりや。」

写真見るかと言うので、差し出されたスマホを見ると、幸せそうに笑う…美人と言う言葉がよく似合う女性に、賢太郎はポツリと呟く。

「美女と野獣だな。」

「誰が野獣やねん。失礼なやっちゃな!」

頬を膨らませて拗ねる藤次を一瞥して、賢太郎はその場から立ち上がる。

「惚気も良いが、谷原…大事にしてやれよ?アイツ相当前から、お前の事好きだったみたいだぞ?」

その言葉に、藤次の表情はまた翳る。

「大事にするも何も、居なくなってもうたわ。荷物送ってくれ言う連絡きたきりで、それっきり…なんも言うてこんねん。せやからワシも、なんか、言えへんくて…」

しょげる藤次に、賢太郎はスケジュール表を開いて一瞥する。

「今度の木曜日の夜なら、付き合えるが?久しぶりに飲みに行くか?3人で。」

「せやけど、ワシの誘いに、真嗣乗るかいな。」

「俺が連絡するよ。3人なら、谷原もお前も、少しは緊張解けるだろ?」

「せやけどワシ…なんて言うたら…」

その言葉に、賢太郎は僅かに笑みを浮かべてこう返した。

「いつも通りで良いんだよ。谷原もきっと、それを望んでいるさ。」




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