ショートショート『まぼろし飛行』
ショートショート
『まぼろし飛行』
何処か遠くへ行きたくて、バイクに乗った。
そうして無我夢中で走りに走り、軍港近くの見知らぬ田園にたどり着いた。
あぜ道の傍らに珈琲焙煎所というのぼりが見える。
店を覗くと、工場を思い起こさせる無骨な焙煎機器が並んでいた。
珈琲豆のテイクアウト専門の店のようだが、ちょっとした立ち飲みスペースがありカフェもやっているようだ。
──いらっしゃい。
珈琲を注文し、店の前をウロついていたら草木に覆われた蒲鉾型のドームが見えた。それは凸型に穴が穿たれていた。
「あれ、何すか?」
──掩体壕。
「えんたいごう」
──飛行機専用の防空壕。戦争遺構だよ。
「ああ」
──出るよ。戦闘機の幽霊。
「え?」
──夜中にね、エンジン音が聞こえて
「へぇ」
飛行機だったらバイクよりもずっとずっと遠くへ行けるな……。
そんな俺のうっとりとした空想を遮るような爆音が轟いた。
ブロォオオォオオォン。
──驚いた?
店主はにやりと笑うとこう言った。
──いいでしょ。焙煎機の音。
「……」
──ひひ。お待ちどう。
淹れたての珈琲の味は風を切るように爽やかで、沁みた。
ぼんやりと掩体壕を眺めながら、俺はここ数日間の事を思い出していた。
恋人、突然死、通夜、葬式……渡すはずだった指輪。
──幽霊のエンジン音かと思った?
嗚呼。それはいい。
俺は飛行機の幽霊に乗って、どこまでもどこまでも飛んで彼女に会いに行きたいと思った。
(了)
#エンジンがかかった瞬間
#ショートショート #短編小説 #不思議な話 #恋愛
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?