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ショートショート『人魚飴とおしゃべりな姫』

ショートショート
『人魚飴とおしゃべりな姫』

如月きさらぎってさ、喋らないと美人だよな」

──なんというタイミングの悪さだろう。
忘れ物をとりに学校に戻り、まさに教室の扉を開けようとしたその瞬間、クラスの男子の雑談が聞こえてきたのだ。

そして私の想い人である小林渚こぼやしなぎさくんが、私、如月真帆きさらぎまほの事を「喋らないと美人」と言っていた。

──美人。褒められているようだが全くそんな事は無い。しっかりと「喋らないと」と釘を刺されている。

そう、私はお喋りだ。
更にいうと“無口な美人”は私が最も忌み嫌うタイプの女だった──。

私は教室に入ることはなく、逃げるように学校を後にした。

**

幼い頃から本を読むのが好きだった。
絵本、童話、図鑑、小説──何でも読んだ。どれも私の世界を広げてくれて楽しかった。

ただ、所謂いわゆる”お姫様もの”は好きになれなかった。
ヒロインがどれもよく言えば奥ゆかしく、悪く言えば受け身で人任せだったからだ。

私が海町に生まれ育ったせいもあるだろう、人魚姫には嫌悪感すら抱いた。

なぜ人魚姫は一言「王子様を助けたのは私であって、通りすがりの姫君ではありません」と言わなかったのだろうか?

その後、自らの髪と声を引き換えに城に忍び込むガッツがあるのであればせめて筆談で真相を伝える事は出来なかったのか?

何も言わず、ただ熱い想いと優しさだけ抱いて泡になり消えてしまう。

幼い私は人魚姫が可哀想で可哀想で泣いた。
それこそ泡になって消えてしまいそうなほどに。

哀れな人魚姫。
優しくて奥ゆかしくても自己主張しないと幸せにはなれないんだよ。

それからだと思う、私がお喋りになったのは。

でも……。

”喋らなければ美人”

小林君の声が蘇る──皮肉な事だ。あれほど哀れみ嫌っていた人魚姫に今頃になって共感めいたものを抱くだなんて。

ほんの少し、ほんの少しだけお喋りを控えておしとやかになってみようかな……。

          **
「でね。小林君ったらひどいんだよ私の事”喋らないと美人”だってさ」

「あはは。小林君ったら真帆のことよく見ているねぇ。その通りじゃない」

「お母さん! ひどい」

はっ! ──ダメだ。やってしまった。
ムリ。ムリだよ。十五になるまでずっとお喋りだったんだもん。
急におしとやかになんてなれないよ。
現にこうしてお茶の間で自分の恋バナをネタとして喋りまくっているくらいだもん。
今更おしとやかで無口になんてなれるはずがない!

「ねぇ、真帆。そんなに好きな人が居るならダメ元で縁結えんむすび屋さん行ってみたら?」

「ダメ元とか言わないでよ──でも、”縁結び屋さん”って何?」

「ほら、海に行く途中の神社の境内にいつもお店を出しているじゃない」

「ええ? そんなお店あったっけ?」

「ほら、縁結びの桜の木のそばよ」

「ああ! あの占い師みたいな人がやっている小さなお店! あそこ縁結び屋さんて言うだ。御守りか何か売ってくれるの?」

「ううん。お母さんも詳しくは知らないんだけれどその人に合った恋愛成就の品物をくれるんだって」

「ふぅん」

縁結び屋さんが居るという神社は海そのものを神様としてまつっている。

とうぜん海の側にあり、縁結びの桜の大樹があるのが有名で、春ともなると青い海、紅い鳥居、満開の桜が揃う絶景スポットとなり、SNS映えを求め観光客が押し寄せたりもする。

私も勿論何度も行った事があるし、夏祭りも毎年楽しみにしている。
しかし縁結び屋さんには行った事は無かった。何となく怖かったからだ。

久しぶりの神社には縁結び屋さんが記憶と変わらない様子で居た。

改めて見ても失礼ながら男なのか女なのか若いのか年をとっているのか判別がつかなかった。
その不思議な容姿から私はただならぬ気配を感じ畏怖の念を抱いていたのだろう。

どうやって声をかけようか、遠まきに店の周りをウロウロしていたら──フン。と縁結び屋さんの鼻が鳴った。

「お嬢ちゃん。見せ物じゃないよ」

「す、すみません」

「こっちにおいで──お嬢ちゃんが欲しいのはコレだろう」

「え……?」

私はおそるおそる縁結び屋さんに近づいた。するとグイと飴玉の入った袋を渡された。

透明なパッケージの表には『人魚飴にんぎょあめ』と書かれていた。

人魚飴にんぎょあめ──その飴はビー玉くらいの大きさで、真夏の海の如き鮮やかな青の中に鮮血のような赤い雫がポツポツと煌めきながら浮いていてとても綺麗だった。

うっとりと日に飴を透かして眺めている私に縁結び屋さんは言った。

「好きな人、憧れの人が出来るというのは良いことだよ。自分をもっと素敵な人間に変えようと心身が動くからね」

全てお見通しだと言わんばかりの口調に心が騒いだ。

「今回は特別だ。お試し価格で千円だよ」

私はたったこれっぽっちの飴玉に千円は少し高いなと思ったが、せっかく来たんだし自力でお喋りは止められそうも無いので素直に購入することにした。

「毎度あり」

私はドキドキしながら人魚飴の袋を受け取ると、何気なく裏をかえした。
そこにはこんな説明書きが書いてあった。

【効用/用法】
十五歳から一日一粒。
一粒舐めると一定時間、声が出なくなります。
所作しょさが水の中の魚のようにしとやかになります。
瞳が濡れてうるうるとなんとも愛らしい顔つきになります。

【副作用】
息苦しくなることがありますが、水にはいると落ち着きます。
脚が火照ほてって痛くなる事があります。

          **

くして人魚飴の効果は抜群だった──お喋りをしようとすると喉がつかえて息苦しくなるのだ。

私は学校の机の中に人魚飴を袋ごと押し込むと、毎日授業が始まる前に口に含んだ。

急に無口になった私を友人達は当然いぶかしんだ。

「最近どうしたの?」

『喉が痛くって、声が出せないの』と、私はノートに走り書きをする。

「大丈夫? 真帆が無口だとつまんないよー」

「そうだよ。早くよくなるといいね」

『ありがとう』

──私はにっこりと微笑む。

困ったのは授業で先生にあてられた時だったが、喉がいたいジェスチャーをしたり、筆談や板書で何とか回避した。

二週間もすると私が無口な事に友人たちも慣れ、会話をしても相づちを求める程度になってきた。

ちょっと寂しいし、凄く凄く喋りたい! 
──けれどしとやかに笑ってやり過ごす。
お陰で男子からの評判は上々だ。

「何か最近さぁ、如月いいよなぁ」

「あー。わかる。あいつおしとやかにしているとさ、アイドルのまややんに似てない?」

「似てるにてる! お姉さん系美人。俺、告っちゃおうかなー」

生まれて初めてのおしとやかキャラの評判が上々で、私は浮かれた。

評判が少しづつ広がっている。
このまま小林君にもおしとな子だと認知されるといいな。

          **

今日も今日とて飴を舐め、授業に臨むべく机の奥の飴の袋に手を伸ばす。

──あれ? 

指先が空を掻く。

飴が無くなっていた。
人魚飴のお試し期間が終わったのだ──。

次の日、私はお母さんに無理を言ってお小遣いを前借りし、学校が終わるやいなや縁結び屋さんへと走った。

「人魚飴、一ヶ月分下さい!」 

「はいよ。五千円」

「えっ──!? この間は千円だったのに?」
「あれはお試し価格さ、それに一番小さい袋だったからねぇ。一月ひとつき分はホレ、この大きい袋。大入りだからねぇ。どうしても高くなるんだよ」

それにしても中学生には高すぎる! 
金額を前にふと私は冷静になった。
果たして一ヶ月分のお小遣い全てを人魚飴に費やしていいものか?

いや、そもそもあと一月ひとつきで済むわけがない。
根っからのお喋りを抑えるために残りの人生、飴を舐め自分を偽りながら生きていくのだろうか?

私の迷いを見透かしたかのように縁結び屋さんは言う。

「人間っていうのはね、慣れや習慣づけに一月ひとつきは掛るんだ。せっかく自分を変えつつあるのなら安い投資さね」

「そ、そうですね……」

人魚飴の大袋に手を伸ばしかけたその時である。

「おい!」

小林君が怖い顔をしてこちらを睨んでいた。

「どうして……? どうして小林君がここにいるの?」

行くぞ──そう言って小林君は私の手を引いて縁結び屋さんの前から引き剥がすと、きびすを返してずんずんと海の方へと歩いていく。

どうしよう。手をつないでいる。
どうしよう。それに何だか怒っているみたいだ。

浜辺まで来てようやく小林君は止ってくれた。
そして真剣な目で私を見つめて言った。

「如月、何か悩みあるのか」

「へ? ど、どうして……」

「いや、最近さ急に大人しくなったから心配で……気になってさ。それで今日、様子がおかしいからあとをつけてきた」

──小林君が私の事を気にしていてくれた?

「そもそもさ、あんな怪しげな店で胡散臭うさんくさい商品買うだなんて、そんな根暗な奴だったっけ」

「胡散臭くないよ! 現に私、お喋りじゃなくなったもん」

「お喋りでいいじゃん!」

「でも、だって……小林君、私のことを”喋らないと美人”って言っていたじゃない」

「え! あれ聞いていたの? ってか、最後まで聞いてた? 俺は『如月は喋らないと美人だけれど、お喋りで良く笑う如月は可愛い』って言ったんだよ」

「うそ」

「本当だって! 如月ってさぁ。ムードメーカーっていうか、いつもニコニコしていて裏表なくて俺は好きだなぁ」

「え……好きっていった?」

「うん。言った。好きだ」

「私も……! 私もずっと前から小林君のこと、好きだったんだよ!」

それからの私はいかに小林君が好きかということ、お喋りを我慢していたこと、そして人魚姫が可哀想で嫌いだと思っていたけれど恋をして気持ちが少しわかったということをエンジン全開で喋った。喋りまくった。

小林君は笑って聞いてくれた。

私も笑った。
そして体中の水分が流れてしまうのではないかと思うほどに泣いたがもちろん泡になって消えることは無かった。

もう、縁結び屋さんへ行く事も人魚飴を使うことも無いだろう──。


          (了)


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