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極東から極西へ18:カミーノ編day15(Hornillos del Camino〜Castrojeliz)



前回の粗筋
ミュージックアワーを楽しんだ。
一方で、Sさんはゴールのサンティアゴ・デ・コンポステーラへ急いだらしいが?

前回


今回は、カストロへリスまでのお話。
事件は未だに続いていた。



・Hornillos del Camino〜Hontanas

 オルニジョスの村をやっぱり早くに出発する。朝ごはん付きでも良いのだけれど、暗い内から段々と明るくなる景色と気温が好きなのだ。
 下のベッドの、ネザーランドのマリンカさんはもう既に出発した後だった。
 前日に、ショルダーベルトの下にタオルを挟んで歩いている人を見かけたので、試してみる。これが中々に快適だった。

 さっさか歩くと、オンタナスのカフェが開いていた。入り口にカリフォルニアの男性が(早く名前、聞かなきゃ)。


月の光を頼りに歩く。


十字架がちょいちょいある。
偶に名前が書かれたのがあるのは、
殉教したのか寄付したのか。

「おはようございます」
「おや、また会ったね!」

 カップを軽く持ち上げて挨拶してくれる。
 中で、カフェコンレチェとナポリターナを頼んで、男性の隣に座った。

「僕は君のトライアンフに興味があるんだ。スクランブラーが好きでね。どんなのに乗ってるんだい?」
「えっと……こんなのです」

 写真を見せると、うん、と頷いてくれる。私がボンネビルに乗っている経緯は複雑すぎて伝えられなかった。だって、日本語でも難しい数奇な運命を辿って私の元にいる。

「いいバイクだね」
「でしょう〜」

 日本食は案外恋しく無いけれど、愛車に触れないのが中々辛い、そんなカミーノ。あのツルツルのタンクやピカピカにしたホイールを見られないし、今はまだ乗れない。スペインはすごく良い気候なだけに、思い出すのはバイクの事だった。ここを走ったらきっと、すごく気持ち良いだろうな。
 
 短い会話の後、男性は先に出発した。
 ナポリターナをお腹に詰め込んで、食器を返して私も歩き出した。


入り口が開いていたので入った教会。
棺が置いてある横にスタンプが……。
棺に手を合わせて外に出て、スタンプは忘れた。

 日が昇ってきている。
 明るくなったし、Sさんに連絡を取ってみよう。ブルゴスの、私が震える程感動したカテドラルさえきっと彼女は観る余裕なんてなかったのだろう。心細いかもしれない。

「もしもし? 無事に着いてる?」
「あー、はい。着きました。やっぱり遅れて23時になっちゃって」
「ホテルは取れたの?」
「やー、取れなかったんで、駅のベンチで寝ました」

 待てこら。
 本当、良く不審者に間違えられなかったな。前日の会話で、外務省推奨の「たびレジ」(領事館に連絡がとれたり渡航先で災害やテロがあった時に通知が来る)や、HISの海外保険LINEサービス(海外で困った事態になったら相談できる)に入っていない事は知っていた。
 特に「たびレジ」は、航空会社からもHISからも、なんなら空港でも、入るように書かれていたのだが。

「危ないよもー……二度とやらんでくれ。スーツケース、見つかりそう?」
「事務所に行ったんだけど、分からないって……なんか、三人くらいずつ別の言葉で受け付けてるとこだったんですけど」

 三人くらいずつ、別の言葉で?
 
 くらくらした。
 それってあれだ。我々が最後に行くはずだったところじゃない? 本来であれば感動(するのかな。まだ分からないけど)一杯で事務所の人と話すところじゃないかな。突撃系巡礼者すぎる。

「そこ……多分、コンポステーラ(完走証明書)発行してくれる、最後の巡礼事務所……」
「そうなんですねー」
「うぅ……そこじゃなくて、街のインフォメーション行きなさいな。それかブリコのホームページ検索して!」

 本当、知らないとか全巡礼者に怒られるから。怒られはしなくとも、本当に巡礼者なのかと疑問は抱かれるはずだ。
 私だって思った。何故知らないのか。
 本は渡していたし、「最後にコンポステーラもらう時、事務所で巡礼理由聞かれるから答えられるようにしておいて」とは大事な事だから、何回も言った。

 分からない。
 何故、知らないのかが分からない。

 でも後はスーツケースをピックアップすればSさんは帰れるのだ。もう少しで彼女の巡礼は終わる。途中から一人旅で疲れているだろう。両脚もきっとまだ痛いはずだ。ひょっとしたら、ご飯だってちゃんと食べられていないかも。
 
 日本に帰って、ちゃんと湯船につかって、美味しいご飯を食べて、慣れた布団で寝て欲しい。


家の壁にこんな風に絵が描かれている。
古の巡礼者はひょうたん水筒を持っていたらしい。
道の途中、こんな大きな建造物が!
実はドネーションのアルベルゲだったらしい。
雰囲気抜群なのだが、ハエが多いのが難点。
というか、ここに限らずハエはどこでも多い。

・Hontanas〜Castrojeliz


 さくっと午前中にカストロへリスに着いてしまった。坂の多い村で、丘を囲うようにして家々が建てられている。
 丘の上には、崩れた古城が佇んでいた。

 まだ11時半。アルベルゲが開く時間ではなく、カフェで定番のオレンジジュースを頼む。オレンジジュースを飲みながら、家族にLINEをしておく。
 ちゃんと元気に旅してますよって伝えるのは、結構巡礼者の間でも当たり前みたいだ。

定番になったオレンジジュース。


 やっぱり幾つかのアルベルゲが予約で一杯だったので、少し外れの所を狙って行ってみた。

 そしたら、ここが大正解の宿。
 ベッドは一人一つ。古民家を改築したらしく、建物内部もとても素敵だった。
 気がつけば、追いつき追い越ししていたブラジルのご夫妻に、マリンカさんと知った顔も集まっていた。


こんな感じの素敵な部屋。
ただし、天井が低いので頭をぶつけないように!

 Sさんに連絡を取ってみる。

「それが、保管してるホテルは見つかったんですが、スーツケースが無いって」
「無い?」
「ここで合ってます?」

 送られてきた画像を見ると、そう確かにこんな名前の所だった。
 私はザックをひっくり返してブリコのチケットを探し当てた。ザックの背中側が二重になっていて、そこに無くしたくないものを入れたのを思い出したのだ。間違いなく、控えていた通りの番号だ。写真を撮り、Sさんに送信して気付く。

「……10月3日着だ」
「言われました。常さんスーツケース送ってくれませんか?」

 そう、まだスーツケースはサンティアゴにゴールインしていなかったのだ。
 で、なんだって?

「……どうやって」
「郵便局からで」

 そりゃ分かるけども。
 国外に送る方法なんて知らない。多分送料に加えてインボイスや保険料がかかるし、書類の記載もしなくてはならない。
 というか、ゴールした後自分のスーツケースとザックを抱えた上で更にもう一つ運ぶなんて曲芸みたいな技だと思うのだけど。

「私かて初めてのスペインだわ。送る方法調べて! 多分送料100€以上するし、いやまて、やっぱり私にはハードル高すぎるわ!」

 そんなやり取りをしたのだった。
 もうスーツケースの件は私では荷が重い。家族に助けを求めるように言って会話を切った。というか二択しかない。
 その一、スーツケースが要らないなら処分してもらうように誰かに伝える。
 そのニ、10月3日まで待つ。より簡単なのは、3日まで待つ方法。

「航空券予約取れました」

 時間が経ってから届いたLINEには、明日の日付の航空券の写真。我々の航空券は、日付変更出来るのに、やっぱり新しいのを取っていた。
 良かった、帰れるね……って待って!

「スーツケースは?」
「残念だけど置いていきます」
「それは、誰かに伝えたの?」

 震える指でLINEの文字を打った。 
 当然のように誰にも伝えていなかった。それって、現地のスタッフも私も困るでしょうが。そんなことどうでもいいのか!
 
 二度とやるなと言ったのに、今日は空港で寝るというSさんに、飛行機に乗る前に必ず家族に連絡するように伝えた。不審者と間違えられて連れていかれたら、ワンチャン、連絡が途絶えたところを手掛かりに家族が外務省に連絡できるかもしれない。
 
 どうにもならなかったから、どうにかするしかなかった、と言うSさん。
 
 どうにもならんのは必然だった事を伝えた。だってここは国外で、Sさんは英語もスペイン語も話せず、なんなら日本語もちょびっと通じない。
 そしてどうにもならなかった一番の理由は多分ここなのだけれど、「誰にも助けを求められなかった」こと。そう、家族にさえ、あの子は助けを求められなかった。
 セーフティーネットを綺麗に何にも張らないで、彼女がスペイン国内で知っている唯一の日本人の私と、ブルゴスで会うチャンスも潰してしまった。
 一人歓喜に湧くゴールの街で野宿……。想像すると悲しくなってくる。

「あほんだらだよ、本当」

 
 ほんっと、あほんだら。
 イレギュラーな行動を取って困りまくるSさん。そして、カミーノに安易にSさんを誘ってしまった私こそが最低のあほんだら。
 
 可哀想なのは、何の罪もないスーツケース。
 

・多国籍晩餐会(大体同じ?年齢層バージョン)

 
 ブラジルからの二度目のカミーノのご夫妻、フィリピンの女性、ネザーランドのマリンカさんとご飯を食べた。中々これが美味しくて、内容は、パスタ入りのサラダ(生野菜は貴重)とニンニクペーストを付けて食べるパン、でっかい鶏肉とチョコレートアイス。

「ネザーランドの人に会うのは初めてよ!」
「本当だね、色んな国の人に会うなあ」

 夫妻は穏やかな方達で、2日目の雨が酷かったと言っていた。私達が雨に遭ったのは1日目だから、多分1日早い出発だった人達だ。

「ズビリまでの坂道で泣きそうになっちゃったのよ!」

 とは奥さんの言葉。
 ズビリまでの坂はアリゲーターの背中みたいな岩があった場所だから、確かに雨だと泣きたくなる。

「どこだっけな、山の中を歩いてる時に、妻がね、何かの歌が聴こえるって言ってたんだ。でも僕には聞こえなくて、空耳(天使の歌)だよって言ったんだけどね」
「そしたら、山の真ん中で車が見えて……ほら食べ物売ってる人、たまにいるじゃない? その人が歌ってたの」
「その頃には僕にも歌が聴こえたな」

 夫妻の英語は完璧で、すごく聴き取りやすい。ブラジルってポルトガル語のはずなのに。

「で、少し話してさ、歌ってた人に名前をきいたんだよ。そしたらなんて言ったと思う? アンジェラだって!」

 奥さんびっくりして泣いたらしい。
 ブラジルの人は更に感情豊かな気がする。

 私が体験した美味しいご飯と楽しい会話。
 一方で空港でご飯も食べずに寝ているかもしれないSさん。

 あまりにもあんまりなコントラストに、胸が苦しくなった夜だった。


せめて、美味しかったアイスの写真を
最後にアップしておきます。


「さあ、次は何が起きるのかしら?」

 というカリマさんの口癖を呟いておやすみなさい!


次の話


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