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あらびはなしを知ってください 第四話【ゆーち】
たっくぁいむっくぁい
・主婦 安里早希さん 女性
大学生時代に付き合い始めた夫と結婚して10年目になる安里さんは、中古の一軒家を購入した。
ローンの支払いなど今後の不安もあったが、二人とも仕事が安定してきたし、夫はとても優しく、共働きで働く二人の稼ぎを合わせれば生活に大きな支障が出るわけでもない。
子供ができる前に、生活の拠点を安定させたいと二人で相談して購入に至ったのだ。
家に住み始めてから数カ月ほど経った頃、妙なことが起こるようになった。
家に一人しかいないのに、四つん這いの影のようなものを見る。
コップや皿などが、勝手に移動していることがある。
扉をカリカリと引っ掻く音がする。
テレビを見ていると肩を叩かれ、振り向くが誰もいない。
気のせいだと思い込もうとしていたが、これだけ妙なことが続くと、さすがに無理がある。
それに、安里さん夫婦としては少し苛つくところがあった。
「どうせなら、こんなありきたりな怪異は辞めてよ」
この家で起きている現象が【よく怪談などで聞くようなありきたりな現象】ということに安里さんは怒りを覚えていたという。
夫も安里さんも【ちゅーばー(気が強い)】であり、多少の怪異など恐れていなかったのだ。
しかし、うとぅるさ (怖がる) しないとはいえ何度もこういった現象が起きていると、鬱陶しいし面倒くさい。
互いの両親に相談してみると
「ヒヌカンを作ってないからだろ」
と言われた。
とりあえず両親からヒヌカンのやり方を教えてもらい、ウコール(香炉)を台所に置いたのだが、全く効果が無い。
妙な出来事は頻度を増し、酷くなるばかりであった。
そしてその日を境に、夜中に足を触られるような、何かが触れてくるような感覚を覚えるようになり、眠れないことが多くなった。
夫にその話をすると
「俺もそのせいで眠れないことが増えたんだ」
と言う。
そして二人共、足を触られたときに獣の臭いを感じていることも共通していることが分かった。
多少のことなら問題ない。四つん這いの黒い影が目の端を横切るとか、妙な物音がするだとか、そういったレベルのものは気にしなければ良いだけのことである。
ただこのように実際に自分達の生活に影響があるようなものは勘弁してもらいたい。
そう思った安里さんは、何か良い方法はないかと再度両親に相談してみたのだが
「ヒヌカンにちゃんと、てぃーうさー(手を合わせて拝む)してないからだよ」
どちらの両親もそう言っていた。
ヒヌカンにはしっかりと手を合わせているし、教えられた通りにしていることを訴えると、今度は
「お墓参りしてないからだろう。ウガミが足りないんじゃない?」
と言う。
そういわれても、お盆、シーミー(清明祭)にはしっかりとお墓に行っている。
もう何かを言い返す気力もなく、両親は当てにしないことにした。
ヒヌカンに改めて手を合わせ、互いの祖父母家にあるトートーメーに丁寧にウガミをした。
その夜、布団で横になっていると足を撫でられるようような感覚がある。
(あぁまたか)
と足の方に目をやると、そこには人影があった。
驚いて声を上げると、その影は身を乗り出し安里さんの上に覆いかぶさってきた。
そこにいたのは、夫であった。
「ごめん、ごめん」
と、悪戯っぽく笑う夫を見て、物凄く愛おしい気持ちが湧いてきた安里さんは、そのまま夫を受け入れ、久々の夜を過ごした。
それから、怪異がピタリと止まった。
更にしばらくして、安里さんの妊娠が判明した。
安里さんの祖母はその知らせを聞いて
「わらばーぐぁー(子供)のおかげだね。良かったさ」
と優しく微笑んでいた。
数か月後、安里さんは無事元気な男の子を出産し、今もその家で何事もなく暮らしているのだという。
「この出来事以降、不思議なことや奇妙なことがあっても両親に相談することは辞めました。だって全部、神事をやっていない、で終わらせるんですから」
怪異が起こった原因、止まった原因についてヒヌカンが関係しているのかは全く分からないという。
・看護師 綾さん 女性
平御香(ヒラウコー)というものがある。一般的にイメージされる線香とは違い、六本の線香が板状にくっついており、それを割って使うのだ。
看護師として働く綾さんは、幼い頃に父を亡くしており、高校を卒業するまでは母と一緒に父方の祖父母家で生活していた。
祖父母家は古いがとても広く、お盆や正月などには親戚一同が集まる。
畳間には大きく立派な仏壇が置かれ、祖父は常々
「お盆や正月が近くなると亡くなった人もここにあつまるんだ」
と言っていた。
お盆の前日、畳間を掃除していた綾さんは仏壇を見て祖父の言葉を思い出し
(お父さんも帰ってきているのかな)
と思った。
生前の父は綾さんのことを溺愛していたそうで、そんな父のことが綾さんも大好きだったそうなのだが、もう父の顔や姿は記憶に残っていない。
そんな父のことを想い、線香をあげることにした。
ヒラウコーを手にとったとき
「仏壇には必ずヒラウコーを█本に分けて立てなさい」
と何度も祖父が言っていたことを思い出した。
しかし何本と言っていたのかよく思い出せない。
気持ちを込めていればまあ良いか、と綾さんはヒラウコーを適当に分けると、火を付け仏壇に立て、父を想い手を合わせた。
ゆっくりと目を開けると、視界の隅に何かがいた。
真っ黒で、大人ほどの大きさをした何かが、仏壇の方を向き四つん這いになっている。
線香の煙と共に、ぷぅんと嫌な獣臭が鼻をつく。
驚いた綾さんが動けずにいると、その黒いものは小刻みに震え、薄くなって視界から消えていった。
仏壇に目をやると、さっき火を付けたばかりのヒラウコーが既に燃え尽きて灰になっており、崩れることなく立っている。
なぜか母や祖父母に怒られてしまうと思い、急いで灰を崩し、窓を開け部屋の中に漂っていた線香の煙と獣臭を外へ追い出した。
お盆当日。
集まった親戚一同で仏壇に線香をあげるという習わしのため、皆で畳間に集まっていた。
昨日のこともあり、綾さんは畳間にいくのが嫌だったが、渋々仏壇の前に正座した。
祖父が仏壇に向け、方言で何かを呟く。そして、三本に分けたヒラウコーを皆に配った。
それを見て、自分が昨日仏壇に立てたヒラウコーが四本だったことを思い出した。
社会人になってからは仕事も忙しくなり、盆や正月に祖父母家へ行くことは無いという。
会社員 宮城正一さん 男性
今は会社員として働く宮城さんが小学生の頃。
学校からの帰り道にサトウキビ畑があった。
このサトウキビ畑を通り抜けると家までの近道になるのだが、人の畑なので他人が勝手に通ることは勿論許されない。
畑のあちらこちらには【進入禁止】 【通るな】と張り紙や看板が設置されていた。
だがサトウキビは三m程の高さがあり、身を隠すことも容易い。
禁止されているにも関わらず、宮城さんは隠れながらこの畑を通り抜けることが多々あった。
その日は曇りで、夕方だというのに辺りはすでに薄暗くなっていた。
雨が降り始める前に帰りたいと思った宮城さんは、サトウキビ畑を通り家路を急いでいた。
人に見られないよう身を隠しながら早足で歩いていると、がしゃっがしゃっ、と荒々しく草をかき分けるような音が遠くから聞こえてきた。
(やばい、誰かいるのか)
緊張が走り、動きを止める。
ゆっくりと音のする方向を確認すると、何やら黒く細長い影が見え隠れしていた。その影はサトウキビ畑から飛びたすほどの勢いで跳ねまわっている。
宮城さんは何故かその影が
「自分を探している」
と感じた。
その影の方からは、何となく獣の臭いが漂ってくる気がする。
動悸を抑え、影に見つからないように急いで畑から出ようと歩みを進める。
だがどれだけ進んでも畑から出られる気配が無い。
こんなに広い畑だったっけ、こんなに歩くことあったっけ。
辺りも薄暗い中、サトウキビで囲まれて自分がどこを歩いているのかも分からない。
その間も音はずっと聞こえ続けており、黒い影が跳ね回っているのが視界の端にチラチラ見える。
それはまるで、見つけた宮城さんを追ってきているかのようにも感じた。
辺り一面に漂う、獣のような異臭が徐々に強くなってくる。
恐怖に耐えきれなくなり、ついに大声で泣いてしまった。
不意に肩を叩かれ、頭を小突かれる。
見るとそこには畑の主であろう作業服を着たおじさんが立っており
「ふらー!(馬鹿)だから勝手に入るなって書いているだろう!」
と怒鳴られた。
いつの間にか影は消え去り、辺りに漂っていた獣臭は消え去っていた。
それでも宮城さんは泣きじゃくっていたが、おじさんが付き添ってくれ、無事に畑を出ることができた。
「やなわらばー(悪い子供)、寄り道しないでちゃんと家に帰れよ」
別れ際、おじさんは優しい笑みを浮かべて飴玉をくれた。
後日、おじさんが畑にいるのを見かけた宮城さんは、お礼を言いながらあの日見たものについて尋ねてみた。
「あれはサトウキビだよ。たまに変なサトウキビもいるさ」
おじさんはそう言ってポケットから取り出した飴玉を宮城さんに手渡し、笑っていた。
「サトウキビはよ、あったー(あいつら)の大好物だから」
全て同じ地区、同じ年の出来事である。
【沖縄県██市██町の方々から取材】
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