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あらびはなしを知ってください 第三話【みーち】


いーみりしぇーみり


・あんまーくーとぅ【お母さんだけよ】

 子供はか弱い。
 夜になると、外には有象無象のマジムン (魔物)が徘徊する。
 マジムンは子供と目が合うと、そのマブイを取ってしまうのだという。
 無防備のまま外に出てしまい、それらに襲われると大変なことになるであろう。

 どうしても子供を連れて、夜に外出しないといけないときに母は言うのだ。

「あんまーくーとぅー、あんまーくーとぅー(母さんだけよ、母さんだけよ)」

 そして自身の口に人差し指をつけ、その指を子供のおでこに当てる。
 地域によって、それはマース(塩)であったり、二本指であったりと、細かな違いがある。
 どの地域でも共通しているのは、子供とマジムンの目を合わせないようにしている、ということだろう。
 純粋な子供は、大人に見えないモノを分け隔てなく見てしまうのだ。



██市在住 宮里千佳さん 女性

 小学生くらいでしたかね。小学一年生か二年生くらいだったと思います。
 両親は共働きで忙しかったものですから、学校が終わって家に帰っても、私は一人だったんですよ。

 やっぱり寂しかったです。
 ご飯は準備してくれていたのでお腹を空かせることはありませんでしたが、一人で食べるのは何だかつまらないし。
 両親が帰ってくるのが、大体夜の九時頃。私が学校から家に帰ってくるのが大体昼の三時以降だったと思います。

 今みたいに児童デイなんてものも無かったし、内気だったんで放課後に遊ぶ友達もいなかったものですから、家に帰って一人ゲームしたり、漫画を読んで両親が帰ってくるのを待っていました。

 たしか夏休みを終えたあたりからだったと思います。
 夕方の六時頃になると、すごい恐怖を感じるようになってきたんです。
 その時間にリビングに居ることが物凄く怖くて怖くて。
 六時前になると寝室の布団に飛び込んで、じぃっと息を殺していたんです。

 そのうちだんだんと怖い気持ちが消えてくるのでリビングに戻るのですが、別に変わったところもないのでまたゲームを再開したり、漫画を読み始めたりテレビを見たりしていました。

 両親にそのことを言うのですが、どうも私が寂しさから恐怖を感じていると思ったようで
「そんなときはあんまーくーとぅーしておけば大丈夫よ」
と言ってくるだけでした。
 なんじゃそれ、と子供ながらに思っていましたよ。

 あの日、いつものようにリビングで漫画を読んでいたのですが、そのまま寝てしまったんですね。

 そしたら、急に全身為肌が立つように怖くなって。
 心臓を鷲鯛みされているような、本当にそんな感じで。
 時計をみたら針は六時を指していて。ヤバいと思いました。
 余りの怖さに泣き叫びたいんですが、声なんて出ないし、涙も出ないんです。怖すぎて身体がいうことを聞かないんですよ。

 かっ、かっ、って嗚咽を漏らしながら、どうにか呼吸することで精一杯でした。
 このままリビングに居たら危ない気がして、どうにか移動しようと必死に床を這いずり回っていたんです。

 そしたら掃き出し窓に、見えたんですよ。顔。

 なんか白くて、ぼおっとした男性の顔、掃き出し窓の上から逆さまに顔を覗かせてくるんです。ひょこひょこと、出たり引っ込んだりしてて。
 それに逆さまになったら普通、髪の毛とか下に垂れるじゃないですか。
 でもこの顔は、そのままなんです。重力ってのを感じないといいますか。
 目は濁っていて、意志だとか、そんなものを何も感じない目をしていて。
 その顔を見ているうちに、窓の鍵が閉まっていないことに気が付きました。
 でも、どうしようもないんです。身体も動かないし。

 ひょこひょこ逆さまに出たり引っ込んだりしながら、こちらを見てくる顔と目が合ったまま動くことができず、途方もない時間が過ぎたように感じました。
 目を離せば中に入ってくるかもしれないし、この恐怖感の中、両親はいつまでも帰ってこないのではないのではないか、と思っていたんです。

 限界に近かった私は、必死に祈り続けていました。あんまーくーとぅー、あんまーくーとぅーって。

 そしたら、いつの間にかその掃き出し窓の顔は無くなっていていました。
 急いで窓の鍵を閉め、カーテンで窓を見えなくして、目を瞑りました。
 怖くて、怖くて。

 で、気が付いたら両親が私の肩を揺らしながら名前を呼んでいました。
 どうやら両親が帰ってきたとき、私はリビングで寝てしまっていたようです。
 中々起きなかったようで、心配した両親が謝ってきたのを覚えています。
 それからは、両親はどうにか仕事の調整をしたようで、学校から帰ると父と母、どちらかが必ず家に居るようになり、一人で過ごす時間は無くなりました。

 一人でいる時間がなくなったからなのか、あの恐怖感を覚えることはなくなっていったんです。

 あれは何だったのかと考えることもあります。

 両親が言うには、あの日近所で自殺者が発見され、ちょっとした騒ぎになっていたようで。
 その自殺した人は、病気がちでずっと家に引きこもっていた方だったみたいです。
 もしかしたら──って、言っていました。

 すいません。あまり上手く話すことが出来なくて。とりあえずそんな体験しましたよって話です。
 あんまーくーとぅーって、本当に効くんですね。

 来年大学生になる宮里さんは両親の元を離れ、初めての一人暮らしを始めるそうだ。



「あんまーくーとぅーってその状況じゃ意味無いでしょ。目が合ってるし」

後日、この話を聞いた弟はそう言っていた。
 
「その顔とは別に、恐怖を感じさせてたものが いたんじゃない?」

 
 宮里さんの体験したあの恐怖が、すでに終わったものであることを祈っている。


【沖縄県██町██の居酒屋にて取材】







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