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あらびはなしを知ってください 第二話【たーち】

ゆくしむにー


・マブイ【魂】
 沖縄が好きな人であれば、一度は聞いたことがあるかと思う。沖縄の怪談に欠かせないもの。それがマブイである。
 マブイは、ふとした拍子に【落ちる】のだ。
 心から嬉しくて飛び上がるほど喜んだとき、この世の終わりかと思うほど悲しく辛いとき、口から心臓が飛び出すのではないかというほど驚き慄いたときなど……。
 感情が一気に揺れ動くとき、マブイは身体から落ちてしまう。
 一番イメージしやすいのは交通事故であろう。
車に轢かれそうになったとき、驚きすぎて心臓がぎりりと音を立て、内臓が圧縮されすぎて潰れないかというような気持ちになり、全身が逆立つような感覚になると思う。
 それが、あなたのマブイなのだ。

 マブイが落ちたからといって、すぐに命が無くなるだとかそういったことはない。
 マブイ(魂)とぬち(命)は別の存在だからだ。
 ただ「すぐに」では無いだけで、マブイを落としたままにしていると、遅かれ早かれ命を落とすという。
 マブイを落とした人物には、ある共通した症状がある。
代表的なものが
・ぼーっとしている
・食欲がなくなる
・感情表現が乏しくなる
といった症状だ。

 あなたの身の回りにそのような人がいるのなら、その人はマブイを落としているのかもしれない。
 マブイを落とした人は、
【マブイグミ】
をしなければならない。
 やり方を知っている人がいれば、その人にお願いしても構わないし、知らなければ近所のユタややり方を知っている人に頼んでも良い。ただ、方法を間違えなければ良いだけだ。
 マブイグミとは、簡単にいえば魂を汲む、落ちた魂を身体に戻すことである。
 マブイを落としたであろう場所の近くにある、ウガンジュ(拝所)や、家で祀っているヒノカン(火の神)にヒラウコー(平線香)を立て、手を合わせて言う。
「マブヤーマブヤー、うーてぃくーよー(魂よ、魂よ、おりてきなさい)」
 この文言に関しては、人によって様々なのだが、大体どこもこんな感じだと思っている。
 そして捧げものをして、マブイをその場に呼び込み、身体に戻すのだ。
 場合によっては、マブイグミをしなくても、自身でマブイが返ってくる場合もあるのだという。
 そんなマブイはチューバーマブイ(強い魂)と呼ばれるそうだ。
 細かな手順は色々あるが、とりあえずマブイグミというものがある、と知ってくれればそれで良い。

 沖縄にはこうしたマブイ文化が、今も根付いている。

 


・会社員 新崎博さん 男性

 沖縄県██市にある、空き家の話を聞いた。

 その家には
『空き家なのに誰かがいる』
という噂があるのだ。
 近所の方がいうには、家の近くを通ると夜中に動物が吠えているような声が聞こえる、ドタドタと足音や物音が聞こえる、といったことがあるらしい。

 現在この家は、██不動産の職員である新崎さんが管理している。
 以前その家に住んでいたのは、父、母、娘の三人家族であった。新崎さんはその家の父と一緒に仕事をしたこともあったそうだ。
 その家族は、数年前に娘が亡くなってしまい、父もすでに病で亡くなってしまっている。高齢の母は現在介護施設に入所しているとのことだった。
 現在、家を売りに出してはいるが、買い手がつかない。
 この妙な噂が広まっているせいで、家が売れないのではないかと考えた新崎さんは、噂の真偽を確かめるべく、リビングにカメラを設置することにした。
 一週間後、カメラを回収し映像を確認する。

 一日目、特に何も変化はない。時折、虫がカメラの前を通り過ぎるだけである。
 二日目、三日目、と特に侵入者の姿や、何かの怪異が映るわけでもない。
 結局最後まで何も映ることはなかった。
 何も映らなかったのだ。
 カメラを設置した直後と、回収したときに映るはずの、新崎さんの姿さえも。
 カメラは、部屋の風景をただ、ただ映しているだけであった。

「それに、画面には何も映っていないんですけれど、ずーっと音が鳴っていたんです。何かテープを早回ししたみたいな、きゅるきゅるきゅるって甲高い音」

 この家には本当に何かがいる──新崎さんは怖くなり、地域で有名なユタや霊能者に助けを求めた。
 しかし皆、口を揃えて言うのだ。

「あぬやーや、ヒヌカンねーんぐとぅ、ちゅーじゅくあたがとーさ。(あの家は、火の神がないから強くあたがっている)どうにもならんよ」

 簡単に説明すると、ヒヌカン(火の神)とは、沖縄の家を守ってくれる神様のことで、よく台所に祀られている。
 主に女性が関わる神様なのだが、それがいないという。
 確かに、その家の台所には綺麗なヒヌカンは祀られていない。そのせいで、家は強く【あたがっている】というのだ。
 しかし新崎さんが見る限りでは、ヒヌカンのようなもの、は台所にしっかりと祀られているのである。

 それでも、ユタ達に断られてしまったらどうしようもない。新崎さんはとりあえず家の四隅に盛塩と酒を置き、サンと呼ばれる草で作った魔除けの道具を部屋の隅々に置いた。
 そして、神社で買ってきた御札を家中に貼ったのである。
 するとピタリと噂が消えたのだ。
「どうも、夜に聞こえる足音や叫び声は消えたらしいんです。近所の人も新崎さんすごいね、って」
 ただ音が消えた代わりに、夜になると部屋の窓から何かが外を覗くようになってしまった。
 今は近所の人々に見られないように、部屋の窓に売出中の張り紙や新聞紙を貼ることで隠している。
 
 新崎さんの見たその何かは、ありえないほどに真っ白い人間のように見えたのだという。

「噂は消えたのだし、このまま売れたら良いんだけど流石にあんなのがいると、こっちも心配で売れないよね」

 それがいなくなったら、家は潰して更地にする予定なのだという。


 実際にその家を見てみたのだが、外観はなんら不気味な感じなどするわけではない、どこにでもよくありそうな普通の家だった。
 確かに窓にはポスターなどが貼られている。
 それでも綺麗だし、この値段なら買う人もたくさんいそうだなと思ったが、未だに購入予定者はいないという。
 
 私はこの話を聞いて、ヒヌカンを祀っていなかったから妙なものが家に入り込んで家族を崩壊させてしまったのかな、と考えた。
 ヒヌカンというのもは、それほどに沖縄の人々にとって大切なものである。
 ヒヌカンを祀らなかった家族が何かに魅入られてしまい、バラバラになったのかな、と弟も言っていた。
 ただ、ヒヌカン関係の怪異を聞いたことがあるのだが、祀らないからといって家族を崩壊させるような話は聞いたことがない。私達が知らないだけなのかもしれないが。
 結局のところ、ユタもそう言っているのだし、ヒヌカンが原因でこの家と家族が妙な怪異に掴まってしまのかなと、そう捉えていたのだが──。

 あるとき、私はこんな話を耳にした。
「マブイグミを失敗すると、大変なことになる。ある家族がマブイグミを失敗し、崩壊した」

 以前、ある家族の長女がマブイを落としてしまい、ぼーっとしたり食欲不振になって弱っていたそうだ。
 その地域のユタがマブイグミをしたのだが、失敗してしまい、マブイではなく別のものを呼び込んでしまったのだという。
 その長女は気が触れて、家族も体調を崩したりと良くないことが続き、バラバラになってしまったそうだ。

 そしてその同時期に、弟がこんな話を持ってきた。
 あるヤナトゥチ(忌み地)があった。その忌み地は、昔からのヤナムン(嫌なもの)を捨てたり、グソー(あの世)に繋がっていると言われたりして、地元の人から嫌がられていた。
 しかし、土地の開発などが進み、街の発展のためにもどうにかこのヤナトゥチを使えるようにしたい。そこで、街の人々はやってはいけない、危険な行為をしてしまったのだという。
 それは、ある一人の人物に忌み事を全てなじきて(擦り付けて)、無かったことにするというものであった。
 現在、この土地は大きな商業施設の一角となっている。

 この話は二つとも、前述した空き家からほど近い地域での出来事だった。
 話を入手した状況や、経緯、その他の事柄から、私と弟はこれらの話に関連性があるのでは?と疑問に感じた私達は、二人であらゆるツテを使い様々な話を集める中で、ある可能性に行き着いた。


 ある家族の長女がマブイを落としてしまい、弱ってしまっていた。
 両親はどうにか子供を救いたい。だが自分達ではマブイグミをすることができないため、あるユタに依頼することにした。
 それが、間違いであった。
 そのユタは、ある悩みを抱えていた。ヤナトゥチについてである。
 どうにかその地を綺麗にしなければならないのだが、ユタはどうしようも出来ずに困っていた。
 何もできないとなれば、自身のユタとしての地位が揺らいでしまうかもしれない。皆から失望されてしまうかもしれない。
 ユタも人間である。本来こんな感情を持ってはいけないのだが、全員が全員、完璧というわけではないのだ。
 そのユタは、その子を連れてそのヤナトゥチに行き、やってはいけないマブイグミを、危険なマブイグミをしてしまった。

 そして、その地は綺麗になることができたのだ。街も豊かに発展することができた。
 ある、ひとつの家族を犠牲にして。


 これは私と弟の行き着いた、一つの可能性である。集めた情報も正確だとは言えないし、これが確かだとは言わない。私達兄弟のただの妄想、考えすぎ、都合よくストーリーを作ってしまっただけ、ということもある。

 あの空き家。
 マブイグミを失敗した家族がそこに住んでいただとか、関係あっただとか、そういった正確な情報は知ることも出来なかったし、取材した範囲では聞くことも無かった。だれも言いたがらなかった。

 ただ、もし、私達の予想がそうだとして、可能性が本当だったとしたら。
 自身の本来の居場所に戻るため、家に帰っても誰もいない。
 家から出たいのに出れない。盛り塩やサン、御札で、更に家に縛り付けられてしまう。
 そして、今はもう窓から外を覗くことしかできない。

 あの空き家にいるのは、犠牲になり行き場をなくした長女本来のマブイなのかもしれない──と、そう考えてしまうのである。

【沖縄県██市██にて取材】


※特定を避けるため一部内容のボカシを入れています。
※あくまで正確な情報、事実ではなく、可能性の提示だということに留意してください。
※空き家は現在も存在しています。
※場所を気付いた方がいても、ご迷惑をかけたくないため、拡散や特定はしないようによろしくお願いいたします。





第0話


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