見出し画像

あらびはなしを知ってください 第一話【てぃーち】

うとぅるさむん


・ウガンジュ【拝所】
・会社員 宮城龍斗さん 男性

 もう亡くなってしまった祖父(宮城清光さん)は昔から親戚の方や地域の方々に、色々と変な相談をされる人でして。
 でも、ユタ(霊媒師)ではないんです。
 祖父は幽霊が見えるわけでもなければ、お祓いなんてことも出来ません。ただ、色んなことを知ってるだけなんです。知識が豊富ってだけ。
 昔からの習わしや、しきたり、ウガミ(祈願)ごとの手順など、そういった知識がすごかったんですね。
 隣に住むおじさんからヤックァン(金玉)が腫れたと相談されたら裏庭の黒木に小便させたり、親戚のおばさんから家にトービーラー(油虫)が大量発生していると相談されたら、お墓に線香をあげさせにいったりと、そんな感じのことを教えていました。
 みんな祖父には感謝していましたよ。そういった困りごとが解決したとして、それが本当に祖父の助言を聞いたからなのかは分かりませんけれど。

 私が小学生の頃、祖父と庭で遊んでいるときに、男の人が訪ねてきたんですね。少し痩せ型でひょろっとしている作業着を着た中年の男性。
 祖父はその人を見て、少し嫌そうな顔をしていました。
 その人が祖父に言ったんです。
「すいません。清光さん。どこのユタも駄目です。やっぱり外れないですか?」
 祖父は、私の方にちらっと目をやると、厳しい表情で顔を背けながらその男性に言ったんです。
「わんはユタやあらんぐとぅ(自分はユタじゃないから)あたがりむんはどうしようもないさ。ごめんね」
 男性はその言葉を聞いて、そうですか、と残念そうな顔で呟くと、そのまま後ろを向いて帰っていったんです。

 ええと、見間違いかもしれませんよ。幼い頃の記憶ですから。
 見えたんです。こちらに背を向けて帰っていく男性の足元に、お婆さんとお爺さんが纏わりついているのが。それも、なんといいますか、普通の人の形じゃないんです。
 なんだかネバネバしたような汁を光らせた、身体の細長いお爺さんとお婆さんが、ポケットに入れてぐちゃぐちゃになったイヤホンみたいに、その男性の足に、絡みついているんです。
 猫がじゃれてくるように、楽しくて仕方ないって感じで足元に身体を擦りつけ、絡みつきながら、とても嬉しそうに笑顔でその男性を見上げているんですよ。

 とても怖くて、気持ち悪くて。大泣きして叫びながら家の中に逃げ込んで、家事をしていた母に飛びつきました。
 驚いて困惑している母に、後からゆっくりと家に入ってきた祖父が言ったんですね。
「新里の兄さんよ。あれ、よーみいっちょーん。どうしようもないさ。相当怒らしてある」
 それを聞いて、母が暗い顔をしたのを覚えています。
「おじーには龍斗が何を見たのか分からんけど、いふーなもん(変なもの)見たらこんなしてしっかり怖がるんだよ。あれたちが怒っているときは何しても聞いてくれんからね。あたがりむんには関わらないのが一番だよ」

 怯える私の頭を撫でながら、祖父は優しく笑ってくれました。

 で、中学生くらいになってから母に聞いたんですけれど、あの男性、新里さんという人。
 詳しくは分からないのですが、どうも土地やらなんやらの利権関係でいざこざがあって、勝手にウガンジュ(拝所)を弄って、物置きにしたり、ゴミ置き場にしたりと、色々と変なことをしてしまったようなんです。まあ小さなウガンジュだから、皆から強く何か言われることもないと思っていたのかもしれません。
 色々とユタの所やお祓いができる人の所などを回ってみたのですが、ウガンジュに変なことをした人っていう噂が広まっていて相手にされず、祖父を頼ってきたらしいです。
 
 その人、今も生きているんですが、病気で手足も満足に動かすこともできずに、ボロボロの古い家でどうにか暮らしているそうですよ。病院にも通えず、結構酷い状態らしいです。

 母を含め周りの人はみんな言っていました。
「ウガンジュにあんな仕打ちするんだから恨まれたんだよ。神様は相当怒っているよ。仕方ないさ」って。


 宮城さんの祖父が言っていたという【あたがりむん】という言葉が分からず、ネットなどで調べてみても分からない。宮城さんも、宮城さんの周りの人もどんな意味なのか知らないのだという。
 そして【よーみいっちょーさ】。
 これは【弱みに入っている、弱っている】といったニュアンスの言葉だと分かった。
 新里さんの言った言葉【外れない】。
 この言葉から推測するに、ウガンジュを雑に扱ってしまった新里さんは、何かしらの祟りをうけてしまい、取り憑かれてしまった可能性がある。
 沖縄ではお祓いや除霊をすることを【外す、外した】と表現する人が多いからだ。
 宮城さんの祖父もユタでは無いし、お祓いはできない。【外す】ことはできなかったのだ。
 結局助けることはできず、新里さんは弱っていったのではないかと、私はそう感じた。
 
 弟は話を聞いて思い当たるものがあるようだった。
「あたがるって言葉。俺も似たようなやつを聞いたことがあるんだけど、関係あるかもしれん」
 【あたがる】という言葉は、【当たる、当てられる】という意味かもしれないという。
 そして沖縄では、【当たる、あてられる】という言葉は、憑かれる、何かの因果に影響される、といったニュアンスで使われることがあるそうなのだ。
 もしかすると【あたがりむん】とは【当てられた人】つまり、取り憑かれた人、ということなのかもしれない──と、弟は一生懸命に考え込んでいたが、結局答えは分からなかった。

「まあ、この話が本当にウガンジュの祟りなのかは結局分からないし、知りようが無いんですけれどね。ただ、大事にしなければいけないウガンジュを、雑に扱ってしまったから仕方ないって終わらせて、皆でその人を見捨てていることが嫌だなと思ったんです。でも自分が関わってしまうのも嫌だし。それで地元を離れたんですよ。
私は祖父の言いつけをしっかり守る、うとぅるさむん(怖がり)ですから」

宮城さんはそう言って笑っていた。

「そもそも皆はウガンジュに祟られただ、何だって言いますけど、私が見たアレが本当にウガンジュと関係していたのかは分からないですからね。だって、もしそうだとしたらあんなに嬉しそうに笑うことないと思うんです」

【沖縄県██郡██町喫茶店にて取材】








この記事が参加している募集

ご覧頂きありがとうございます♪皆さんが少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです! これからもねこ科たぬきをよろしくお願いします♫