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奇譚 煙い

仕事を終え、疲れた身体を引き摺りながら帰宅した私の元へ、友人のCから電話が届いた。
煙草に火をつけ、面倒くさがりながらもスマホを耳に当てる。
「お疲れ様!是非聞いてほしい話があるんだ…」


大学時代、同じサークルに川田という奴がいたんだ。
そいつとは物凄く仲が良い、というわけでは無かったんだけど、何人かで食事をしたり、一緒に呑みに行ったりするぐらいの仲でさ。
卒業してからは全く連絡を取り合う事も無かったんだけど、最近連絡があったんだ。

「C、久々だな。ちょっと会えないか?」

懐かしさもあって、後日予定を合わせて居酒屋に呑みに行くことになったんだ。

「すまんな、予定も合わせてもらって。元気か?」
居酒屋で久々に再開した川田は、何故だが酷くやつれてて、小さく見えた。
すぐに思ったよ。何か悩み事とか、困った事があるんだろうなって。
しばらく酒を呑み交わし、料理を一通り楽しんだところで、
「大分疲れてるみたいだな。何かあったのか?」
と水を向けてみたんだ。
「…そうなんだ。ちょっと妙なことがあってな…」
ここからは、川田が話してくれた内容なんだけど。


川田は大学を卒業後、実家の事業を引き継ぐ為に地元へ帰ったそうだ。
両親が経営している会社は、地元では昔から続く、名の知れた会社で、地元では知らない人はいないほどの会社だった。
事業を引き継ぐともなるとプレッシャーも凄かったが、それでも仕事を学び、毎日汗水流して働いていた。
ある日、出勤すると宛名の無い封筒が机に置いてある。
中を見ると、何やら小さなお守り袋のような物が見えた。
なんだ?と思い両親へ話をすると、二人は一気に青ざめた顔をして、
「捨ててこい!今すぐ!」
と川田を外へ押し出した。
「捨ててから来てくれ」
と言い捨てるとそのまま去ってしまった。
困った川田はそのお守り袋を近くの川に投げ捨ててた。
会社に戻ると、両親が何とも言えない、寂しそうな表情で川田を見て言った。
「お疲れさん。」
その翌日から川田は自宅待機しておけ、と会社命令をされた。給料は出るし、とにかく出社するな、と。
「何がなんだか分からないんだけど、その日以降毎月大金が振り込まれててさ、会社に聞いても大丈夫、としか言わないし気持ち悪くてさ…」



おれからすりゃあ、毎日汗水流して働かずに大金を貰えるなんて羨ましい限りで、川田が何で悩んでるのか全く分からなかったんだけど。
簡単に言えば理由ってのが欲しかったみたいなんだ。あのお守りはなんだ、なんで出社しないんだ、とかさ。川田からすれば大丈夫で済む話じゃないんだよな。全く説明が無いんだもの。
それから色々と話をしていたんだけど、おれ途中で気付いたんだ。
なんだか煙たいんだよ。最初は店の料理の煙とか、タバコの煙だとか思ってたけど。
そんなのとはまたちょっと違う感じなんだ。言葉には出来ないんだけど。
なんだか川田が、煙たいんだ。靄がかってるというか。
タバコなんか吸ってないし、熱々の料理を食べてるわけでもないんだけど、何か纏わりついてるんだ。
なんだかさ、何故か分からないんだけど絶対にその事を本人に言っちゃいけない気がして。
何だか居心地が悪くなってその日はすぐにお開きにしたんだ。
「今日はありがとう、またな」
駅に向かって歩く川田の周りは物凄く煙たくて。明らかに店の中よりも煙たくなってるんだ。
その姿を見ながら何故か、ああ、川田とはもう会えないんだな、って涙が出てきちゃって。本当に何故か分からないんだけどその時は寂しさとか遣る瀬無さで頭が一杯になってさ。
んで、ここからなんだけど。
おれお前以外の人にもこの話をしたんだ。で、話してる時に気がついたんだけど、川田の顔がどうしても思い出せないんだ。
あの日の煙みたいに靄がかってどうしても浮かばないんだ。
昔の写真を見ても、煙くて煙くてどれが川田なのか分からないんだ。ほんの最近会ったばっかりのはずなのに。
それにさ、何だか川田ってどんな奴だったのか分からなくなってるんだよ、おれ。
あいつが男だったのか、女だったのか、痩せてたのか太ってたのかも。
大学の同級生に連絡してみても、皆覚えてないんだよ。
お前なら分かるかなと思ってさ。
な、覚えてるか?


私が知らない、と答えると、Cは寂しそうな声で
「そうか…」
と電話を終えた。

Cとは大学もサークルも同じで、ずっとつるんでいたのだが、川田なんて奴は知らないし居なかったはず。
Cは誰の話をしているんだ?
別の誰かの話なんじゃないのか?
そもそも本当の話なのか?
私を怖がらせようとイタズラしてるんじゃ…。
色々と考えようとするが、何だか頭が靄がかったようで考えが纏まらない。
もう面倒くさいし良いか…。
とタバコの煙を胸一杯に吸い込み、吐き出す。部屋に広がる煙を見ながら、
あっ!!
と何かを思い出す。しかし何を思い出そうとしていたのか、何を思い出したのか、煙と共に、全て消えていく。
靄靄とした気持ちを抱えながら、私は明日の仕事に備えるため眠りについた。


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