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あらびはなしを知ってください 第五話【いちち】
ここまで紹介した話は、ほんの一部に過ぎない。
とりあえず沖縄では今も独特な風習やしきたりが残っており、それに関連する怪異も根付いているのだという事を理解して頂けたと思う。
そこを理解して頂ければ、日本全国どこにいたとしても、沖縄、古くは琉球に伝わる怪の一端に触れることができるのだ。
あらびはなし①
・ヒロシさん 男性
その公園は高台にあり、近くには学校がある。別に古くからある公園という訳ではない。昔はただの空き地であったと聞いている。区画整理やら開発やらで、その空き地を公園にしただけだ。
日課の散歩を終えたヒロシさんがその公園でのんびりしているとき、目の前にある木が妙に目に付いた。
その木から伸びる、一本の枝が折れかかっている。自身の太腿ほどはありそうな、まあまあに太い枝だ。
その枝はすでに自重を支えることは出来ず折れ曲がり、かろうじで木に引っ付いている。折れ落ちるのも時間の問題であろう。
ヒロシさんがその木を眺めていると、木の後ろ、少し離れたところに影がいた。真っ黒い、墨のような人影。
その人影は、女性だと感じた。なぜそう感じたのかは分からない。実際に見えているのはただの黒い人影。晴れ渡り、陽が強く差すこの真昼間にはふさわしくない真っ黒な影。
その頭部が、傾いていく。少しづつ、少しづつ、こちらを向いたまま真横に。
遠くから聞こえる車の音も、空を飛ぶ飛行機の音も、少なくなっていく。
『女性』の頭部は既に九十度近くまで傾いており、小刻みに震えてながら更に傾いていく。
きいいんとした耳鳴りのような激しく甲高い音で脳が満たされていく。
耳を防いでも音は脳みその中で暴れまわっている。これは叫び声だと、そう感じた。
『女性』の頭部がほぼ逆さまにまで傾いたとき
ぱきっ
乾いた枝が折れたような爽やかな音が響き、首から折れた頭が地面に落ちた。
「はああああああああ!!」
直後、大きなため息のような低く濁った大声が聞こえたかと思うと、黒い人影は消え失せていた。
しばらく呆然としていたが、つい今しがたの出来事がなんだったのか確かめようと、影の居た場所へ足を運ぼうとしたとき
ごきいいっ
と、目の前の枝が折れて垂れ下がった。先ほど折れかかっていた枝とは別の、しっかりとした枝。
気味が悪く、そのまま公園を後にする。
「ごききィいいいいーーーー」
背後から、ぷぅんと漂う獣のような臭いと枝が折れた音を真似しているような声が聞こえた気がしたが、家に帰るまで後ろを振り返ることはなかった。
【沖縄県██市 ██公園前飲食店にて取材】
私と弟は、信じて欲しいから一度そこに行ってほしいとヒロシさんにお願いされて、その公園に行ってみた。
普通の住宅街にある公園で、別に何か出そうな雰囲気があるだとか、そんなことは全く無い。
その地域の方々に似たような体験をした人がいるか聞いてみるも、この公園で怪異に遭遇した人はいないようだった。
「見ろよ。これ」
弟が指差す場所に目をやると、一本の木があった。立派な幹から伸びている枝が途中で不自然に途切れている部分がある。
「話にあった木って、これなのかな」
弟は少し不安そうな顔をしていた。誰かから怪談を聞いたり、妙な噂の広まっている場所などに直接行ったことのある人なら分かると思う。
誰かが体験した話。真偽の分からない噂話。普通ならであうことのないような怪異。
耳にするだけではなく、実際にその場所に行ったときにこうして話に出てきたモノの一旦に触れると、話のなかにだけしか存在していなかった怪異というものが妙に形を帯びて迫ってくる。
リアリティというものを五感で感じ取ることができるのだ。
この木がそうであるのなら、ヒロシさんが見たという人影はあの辺りか──。
木の向こう側に目をやるも、特に気になるようなものも無いし、嫌な雰囲気がするだとか、そんなこともない。ただの普通の公園である。
ヒロシさんが体験したときと同じように、青空が広がり、太陽が照り輝いている穏やかな昼間。
ヒロシさんの話が改めて脳裏を駆け巡り、背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
別になにか得ることもなさそうなので、公園を後にしようとしたとき
「ごきィいいいいーー」
後ろを振り向く。
「いや、こんな話だったなぁって」
振り向いた先では弟が、いたずらっぽく笑っていた。
そしてそれから何日もたたないうちに、弟が奇妙な話を耳にした。
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