【書きかけの設定】還元されつつある白と黒の世界のディストピア、その2

その生物は地球が黒い雲に覆われる以前から存在していたらしい。
古い文献に書いてある。
私は"甲冑"に乗り込み、地上に出る。
彼らを観察しにいく。
暗闇のなか、ライトに照らされた白い肉塊がぼんやりあらわれる。
ライトを水平に動かすとその白い肉塊が広範囲に無秩序に連なっているのがわかる。
まるで巨大な穴あきチーズが大地を覆っているようにも見える。
また大きくなっている。
私は以前観察したときに撮影した画像と見比べた。
地表を覆いつくしている毒ガスを餌としている嫌気性のバクテリアがいる。
白い肉塊はそのバクテリアを体内に住まわせて、バクテリアの呼吸による副産物を栄養源として生きている。
分類群として、彼らは動物だ。
動物といっても動かない。
従属栄養生物として、その子孫として、動物だ。
光合成もしない。
おそらくは珊瑚のように小さな個体が群体を作っている。
おそらく、というのは顕微鏡で見ても個体の区別がつかなかったためだ。
白くて嫌気性のバクテリアをたっぷり含んだ細胞と、細胞の合間を流れる真っ赤な体液(貧酸素の環境に住む動物は体液に大量のヘモグロビンを持ちやすい)、それだけ。
消化管や血管、神経も筋肉もない。
バクテリアを飼ってるだけ、酸素を消費するだけ、硬めの豆腐のような感触の、ただ大きくなっていくだけのタンパク質の塊。
それが彼らだ。
もしかしたらもっと原始的で細胞単位で個体なのかもしれない。
もしくは一個の個体、なのか。
その昔、ハオリムシという深海性の生物がいたという。
環形動物門のゴカイの分類に近かったようだ。
白くて細長い体の先端にほうきのような赤い鰓をヒラヒラさせていたという。
ハオリムシは深海の硫化ガスを栄養源とするバクテリアを体の中に飼っていた。
まるで"彼ら"だ。
消化管などの器官をまったく持たなかったことも共通している。
"彼ら"は水生ではなく陸生だし、細長い体ではない、おそらくは収斂進化だろう。
ここであなた方も気になってきたと思うが、彼らは果たしてどんな生き物から進化してきたのだろうか?
そして彼らの繁栄は、この黒雲と毒ガスと冷たくない雪の世界に関係があるとして、原因なのか、結果なのか、考えたりはしないか?
さて、そろそろ"彼ら"というのも不便になってきた。
なにか、名前をつけねばならない。

体がフワッと浮く感じがして、逆さまになり、やがて比較的長い自由落下、背中から後頭部をしたたかに打った。
"甲冑"で戦闘状態になったときの死亡原因第一位は高所からの落下だそうだ。
いざ自分の身に起こるとなるほどなと思わされると同時に、案外と自分はつまらない人間なのだなとも思わされる。
背骨が折れてるだろう、他の骨もおそらくは。
それと内臓もいけないことになっている。
今までにない痛みが体の奥の方から脳味噌にヤバいぜヤバいぜとうるさく語りかけてくる。
一緒に前線にいた仲間は交戦中で、どんなにうまくいってもあと15分は俺のもとへ来れない。
助からないだろう。
もう楽になるしかない。
そう思うと気が楽になった。
"甲冑"は仰向けで、モニターはブツブツ途切れながら真っ黒な空と雪だけを映していた。

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