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(ラジオドラマ脚本)極楽温泉へようこそ!

(ラジオドラマ脚本)
   極楽温泉へようこそ!



登場人物

 コウジ(27) 零細IT企業経営者

 タカコ(25) コウジの妻

 番頭 (49) 温泉旅館『極楽荘』番頭

 その他



◯稲荷山温泉駅・ホーム

   車輪を軋ませ入ってくる列車。ブレーキ音に続いて、ドアが開く。

アナウンス「稲荷山温泉、稲荷山温泉、終点でございます。本日雪のため、足もと大変滑りやすくなっております、お気をつけください」


◯同・前の路上

   ガヤガヤと集まってくる観光客を案内する、極楽荘の番頭(49)。

番頭「いらっしゃいませ、ようこそ稲荷山温泉へ! ワタクシ、当温泉地でも老舗中の老舗旅館『極楽荘』の番頭でございます。当旅館へお越しのお客様は、どうぞこちらの超豪華マイクロバスにお乗りくださいませ! え? 車内が狭いでございますか? 大丈夫大丈夫、30人くらいは余裕でお乗りいただけますよ。それ以上乗れましたらギネスに申請いたしますのでレッツトライでございます。美しいお嬢様ならワタクシの膝の上、そうでない方は補助席、トランクルーム、どちらも貴賓席となっておりますからね、どうぞグイグイ押し合ってお乗りくださいませ!(語りかける)いやあ、お陰様で今シーズンは大繁盛でございます。いえね、有名な旅行サイトに当温泉の記事が載りまして、なんでも、この稲荷山温泉につかれば大いに癒やされる、それどころか死人も生き返る、なんて大げさに紹介されたもんですから、それをお読みになったヒマな、いえいえ、ステキな都会からのお客様が来るわ来るわ。こんな寂れた雪山の温泉地、例年なら湯治のお客様が数人お見えになる程度だったのに、今年は大忙しで、嬉しい悲鳴でございますよ。ああ、でも、ひとつ気がかりなのは…ここだけの話、その記事が少々悪ノリで、このあたりの雪山がまるで心中の…」

   やってきたコウジ(27)とタカコ(25)、番頭の話を遮って、

コウジ「あの、すみません」

番頭「あ、はいはい、ご予約のお客様で? これまたお若いお二人様、新婚旅行でございますか? どうぞマイクロバスに」

タカコ「いえ、道をお聞きしたいんですけど」

コウジ「このサイトに載ってる、雪山の中ってどういけば…?」

番頭「ああ、これこれ、このサイトでございますよ。山の中でございますか? それならそこのドン突き、通行止めのロープが張ってありますでしょ? あれが林道の入口。そこを抜ければもう道なき山の中でございますとも。いや、でもあんなところ、地元の者でも寄り付きませんよ、なんたって何にもない山の中、それに突然吹雪いたりしたら前も見えないし危なくってしょうがない。さあ、そんなことよりマイクロバスにお早く…。ありゃ、もう満員ですかね、どうしましょう。皆様、もっとお詰めくださーい! あれあれ? 先程のお客様、どちらへいかれました? おやおや、もう歩いて行かれましたか。都会の方はせっかちでございますねえ…。ええと、どこまでお話しましたっけ? ああ、そうそう、ここだけの話、そのサイトが悪ノリで、このあたりの雪山がまるで心中の名所みたいに書いたもんですから大弱りですよ。『美しい姿で凍死できる、絶好の心中ポイント、ワラワラ』だなんてヒドイもんです。まあそんな冗談を真に受けて本当に心中に来る人なんかいるはずありませんがね。そういえば昔はこの雪山にイタズラ好きなキツネがいたとかで、山に入った者をからかったりしたそうですが、今じゃそのキツネも当地の守り神ですよ。その先に祀ってあるお稲荷様の祠、あそこに美味しいものでもお供えしておけば、命だって救ってもらえるとかもらえないとか。まあそんなことより、マイクロバスのお客様、もっとお詰めくださいませ、あと十人はお乗りいただきますですよ! いらしゃいませー!」


◯山道

   ザクザクと雪を踏みしめて歩いてゆく、コウジとタカコ。

コウジ「寒くないかい、タカちゃん?」

タカコ「ええ、あなたと一緒なら、何も辛くはないわ、コウちゃん」

コウジ「もう林道を抜けたみたいだよ」

タカコ「うれしいわ。もうすぐ私たち、極楽にいけるのね」

   ひたすら歩いてゆく二人。強い風が吹き抜ける。

コウジ「なんだか吹雪いてきたな」

タカコ「ねえ、コウちゃん、もうこの辺でいいんじゃない? ずいぶん歩いたと思うけど?」

コウジ「ダメダメ。まだ中腹にも来てないって。こんなところで心中したって、すぐに見つかっちゃうよ。春まで誰にも見つからないような山の奥でって、約束したじゃん」

   さらに強い風がゴウッと吹き抜ける。

タカコ「いや、でも私、寒いんだけど」

コウジ「寒いのはしょうがないだろ、雪山なんだから」

タカコ「それにおなかもすいてきたし」

コウジ「だから、しょうがないだろ、我慢しろよ」

タカコ「もう疲れちゃった! 休憩する!」

コウジ「何座り込んでんだよ、ほら、早く立って。心中するんだから、頑張れよ」

タカコ「やだ! もう、こんな寒くっちゃ死んでらんない! ああ、こんなに寒いんだったら、先月買った毛皮のコート着てくればよかった!」

コウジ「いや、そのコートはちょっと…ダメなんだ」

タカコ「何がダメなのよ? まさか、コウちゃん?」

コウジ「ごめん、この前売っちゃった」

タカコ「信じられない。あれも売っちゃったの? なんなのよ、この甲斐性なし!」

コウジ「しょうがないだろ、おまえの携帯代払ったんだぞ! ほかの支払いだってヤバイのに、おまえが携帯だけは止めたくないって言うから!」

タカコ「当たり前でしょ! 携帯が止まったりしたら、サトコにもリサコにもバカにされるじゃない!」

コウジ「大体おまえがそんな調子で見栄張って使いまくるから、貯金もあっという間になくなったんだろ! いつまでお嬢様のつもりなんだよ!」

タカコ「あんただっていい加減なもんじゃない。なによ、ITの起業家だなんて、仕事さっぱりなくせに口先ばっかり。アタシ知ってんのよ、仕事だっていって、夜中にパソコンで金髪のオネーチャンの裸ばっかり見てるでしょ! このヘンタイ!」

コウジ「うるさい! おまえに北欧女性の美しさがわかってたまるか! やっぱり女性はフィンランドがいいんだよ!」

   タカコ、コウジをバシバシとどつき回し、

タカコ「ふざけんなよ、バカバカ! フィンランドでもアルゼンチンでも勝手にしろ!」

コウジ「痛い! やめて、タカちゃん、とにかくごめんなさい! ちなみにアルゼンチンは北欧じゃないよ、南米だよ! 南米もいいよ!」

タカコ「もういいわ! ちょっと何か買ってきてよ、おなかすいた!」

コウジ「何かって言われても、どこにも店なんかないよ」

タカコ「どういうことよ! 心中の名所だって書いてあったのに、屋台も出てないわけ? 信じらんない。バカじゃない?」

コウジ「いやあ、たぶん、シーズンオフじゃないかな?」

タカコ「ああ、もういい! ほら、もうここでいいから、とっとと心中するよ、まったく!」

コウジ「わかったよ。じゃあ、心中しよう」

タカコ「で? 心中って、どうすればいいの?」

コウジ「いや、俺もよく知らないけど…(バシバシどつかれて)痛い! ごめんなさい! あ、そうだほら、ドラマなんかでやってるじゃん、『寝るんじゃない、寝たら死ぬぞ!』って。寝ればいいんだよ、寝れば」

タカコ「いや、マジでバカじゃない? こんな寒くっちゃ寝れるわけないっしょ。普通はあったかいところで眠くなるもんなのよ、そんなのもわかんない? ほんと、使えないわ」

コウジ「うう…。ごめんなさい。でも、しょうがないだろ」

タカコ「ああもう! 寒くって死んでらんないし、おなかすいて死にそうだし、最低!」

コウジ「だから、しょうがないだろ、怒んなよ」

タカコ「…ちょっと、コウちゃん」

コウジ「なんだよ?」

タカコ「その上着のポケットの中、何か入ってる?」

コウジ「いや、これは…」

タカコ「出しなさい!」

コウジ「いや、あの…はい」

タカコ「豚まんじゃん! 一個だけ? 信じらんない、自分の分だけ?」

コウジ「駅の売店で、一個だけあったんだよ。いや、もちろん独り占めなんかしないって。半分ずつにしようと思って…」

タカコ「じゃあアタシの分! 早く!」

コウジ「わっかたよ、ほら、半分コな。(バシバシどつかれて)痛い! なぜ? どうして?」

タカコ「(どつき続けて)そっちのほうが大きい! そっちがアタシの分!」

コウジ「ああああああ、豚まんが!」

タカコ「バカ! アタシの分、落としちゃった!」

コウジ「転がっていく! そっちは崖だ!」

タカコ「いやあああ! アタシの豚まん半分が、転がり落ちていく! 雪だるまに! 雪だるまになってゆくわ! アタシの豚まん半分があああ!」

コウジ「タカちゃん、しっかり! 気をしっかり持って!」

タカコ「チキショウ。(鼻をすすり)まあいいわ、そっちの半分ちょうだい」

コウジ「え?」

タカコ「え、じゃないでしょ、あんた男なんだから我慢しなさい!」

コウジ「いや、そうじゃなくて、なくなったんだよ、豚まん。確かに手に持ってたのに、いつの間にか消えちゃった。(ドスッと殴られる鈍い音)ううッ…! みぞおちに、ナイスパンチ…」

タカコ「いつの間にか? 消えちゃった? てへ? あらそう、どこに行っちゃったのかしらねえ。もう一発お見舞いしたら、その貧弱な胃袋から出てきてくれるかしら、ああん?」

コウジ「(うめきつつ)いや本当に手から消えたんだよ、突然…」

タカコ「(ため息をつき)もういいわ、座ろう、コウちゃん」

コウジ「ごめんなさい、もううずくまってます」

タカコ「じゃあ私も隣に座るね。よいしょ。…ねえコウちゃん、どうして私と結婚したの?」

コウジ「どうしてって?」

タカコ「私たち、違いすぎるじゃない。性格も、育ってきた環境も」

コウジ「タカちゃんこそ、なんで俺を選んだんだ? 周りに男はたくさんいたのに」

タカコ「あんなの、全然ダメよ。みんなバカばっかりだったもん。…ねえ、私たちが付き合う前、一緒に動画観たの覚えてる? ほら、レッサーパンダが二本足でピーンて立ち上がったって動画」

コウジ「ああ…覚えてる、もちろん」

タカコ「あのときコウちゃん、教えてくれたでしょ? 中にちっちゃいオッチャンが入ってるんだよって」

コウジ「我ながらつまんないこと言っちゃったよ、反省してる」

タカコ「あのとき私、コウちゃんって物知りなんだ、頭いいんだなあって、好きになっちゃった」

コウジ「(つぶやき)ちょっとまって。信じたってこと? マジか?」

タカコ「で? コウちゃんはなんで私と?」

コウジ「…実は俺も、あのときなんだ。動画でレッサーパンダが立ち上がったとき。タカちゃん、レッサーパンダ見て『ラスカルだー!』て叫んだだろ? 俺、嬉しくなったんだよ。だってタカちゃんは美人だしお金持ちのお嬢さんだし、俺みたいな貧乏人とは違う人だって思ってたのに、俺とおんなじもの見て、おんなじこと感じてる、おんなじ人間なんだってわかってさ。そしたらタカちゃんのことが急に身近に思えてきて、もっともっと近くにいてほしくなって…。でもタカちゃん、ラスカルはアライグマだよ、レッサーパンダじゃなくて。まあ、アライグマもレッサーパンダも、近い種類の動物なんだけどね。いや、これはホントにホント。頭いいだろ、俺。ね、タカちゃん? タカちゃん…? なんだよ、返事しないと思ったら、座ったまま寝ちまってるよ。しょうがないなあ、いつまでも子供みたいなんだから。タカちゃん、ほら起きなって、こんなところで寝たら風邪ひくよ。タカちゃん、タカちゃん…! なんで起きないんだよ? おい、起きろよ、起きろって! 体、冷たい…。なんで? なんで冷たくなってるの、タカちゃん? いやだよ、おい、目を開けてくれよ! 起きてくれよ! しっかりしろ! 誰か…! 誰か来てください! 助けて、誰か! 助けて!(ただ風が吹き抜ける)…タカちゃん、誰も来てくれないよ。誰も助けてくれないよ。俺たち、もうダメだよ。もう…しょうがないよ。(さらに強い風が吹き抜ける)…いや、しょうがないわけじゃない。しょうがなくなんてない! 俺たちふたり、せっかく出会えて一緒に過ごしてきたのに、こんなふうに終わってたまるか! タカちゃん! 誰にも助けてもらわなくていい! 俺が…俺がおまえを助けるぞ! 持ち上げるから、ほら、つかまって! ううッ、重いぞ、ダイエットしろよ! うりゃー!(ドドドーッと雪崩の音が聞こえてくる)なんだ? 雪崩? うわ、巻き込まれ…! うわー!」

   雪崩の音が大きく響き渡る。


◯露天風呂

   ザバーン! と風呂に落ちるコウジとタカコ。

   コウジ、バシャッと顔を出し、

コウジ「え? 温泉? 露天風呂か? 落ちてきたのか? あれ? どこから落ちてきたんだ? なんなんだ?」

   タカコもザバッと顔を出し、

タカコ「ああ、極楽極楽」

コウジ「タカちゃん、大丈夫か!」

タカコ「温泉って生き返るわあ」

コウジ「やった! 文字通り、生き返ったよ!」

   番頭がやってきて、

番頭「あららら、どなたか露天風呂におつかりかと来てみれば、先程のお二人様じゃないですか。温泉好きなのは結構でございますが、いやはやそれにしても、服も脱がないままおつかりとは、都会のお方はまったくもってせっかちでございますねえ」

コウジ「あの…ここは?」

番頭「ここはって…? ずいぶん変わったお客様だ、知らずにつかってらっしゃるとは。こちらは当地稲荷山温泉におきましても老舗中の老舗旅館、ワタクシが番頭を務めております極楽荘の、自慢の露天風呂でございますよ」

タカコ「でも私たち、さっきまで雪山にいたんですけど?」

番頭「何をご冗談を。キツネにでも化かされましたか、お客様方。そういえば、そこのお稲荷様の祠に、豚まんが半分だけお供えしてありましたが、ずいぶん変わった方もいるもんだと思ったら、さてはそれもお客さま方ですね」

タカコ「豚まんが半分?」

コウジ「きっと俺の手から消えた豚まんだ。キツネが持っていったのか…? じゃあ、助けてくれたのも…」

番頭「まあ、当地のお稲荷様は霊験あらたか、お供えが気に入れば命も救ってくれるとかくれないとか。お客様方、何かいいことありますですよ。とりあえず、お着替えをお持ちいたしましょう」

コウジ「本当に助かったんだ、俺たち…」

タカコ「コウちゃん、ありがと」

コウジ「え? 何が?」

タカコ「私、ちゃんと聞こえてたよ。『俺がおまえを助けるぞ!』って叫んだでしょ」

コウジ「そうか、なんだ、意識はあったのか」

タカコ「うん、だから…『ダイエットしろ!』てのも聞こえたんだけど!」

   と、コウジをバシャバシャとどつき回す。

コウジ「痛い! やめて! 痛いけど! けど! タカちゃん、大好きだよ! これからも一緒に、頑張って生きよう!」

タカコ「(どつき回しながら)当たり前でしょ! もう死ぬのはこりごり!」

番頭「やれやれ、なんだかよくわかりませんが、楽しそうでなによりでございますよ。(語りかける)頑張っていらっしゃる皆様、皆様も死ぬ気で頑張っちゃいけませんよ。本当に死んじゃったらオシマイですからね。生きて楽しむためにだけ、一生懸命レッツトライでございますよ。そしてちょっと疲れたら、どうぞこちらでお体をお休めになってくださいませ。こちらは稲荷山温泉、老舗中の老舗旅館、極楽荘でございます! いらっしゃいませー!」


  (終わり)



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