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【R15短編小説】死んだ彼女にそっくりなAV女優を見つけた

             あ

 彼女を亡くしてから3年間、俺は廃人だった。
 あの人の存在を知るまでは――













             な

 3年前のあの日、俺の彼女は死んだ。

 彼女はうっかり者だった。だから死んでしまったのだ。

「一発芸やりまーす!」

 これが彼女の最後の言葉だった。それ以降は、断末魔だった。俺はそれを正座で見ていた。

 直後彼女は透明な液体の入った2つのビーカーを両手に持ち、両耳に流し込んだ。

「うがああああああああ! まちがっ、うがああああああああ!」

 彼女はそう叫んで、左耳を押さえながら俺の方に走ってきた。

「だずげ⋯⋯っ! うぐゃあがゃああああああああ!」

 俺の肩を揺さぶりながら必死に何かを訴える彼女。あまりの迫力に怯えていると、膝の上に何かが落ちた。

 耳だった。

 慌てた俺は肩を掴む腕を振り払い、立ち上がって彼女と距離を取った。

 べと、という音を立てて彼女の耳がフローリングの床に落ちた。と同時に、右の太腿に激痛が走った。
 痛む箇所かしょに目をやると、履いていたズボンに穴が空き、皮膚が焼けただれていた。

「まちがっあっあっ⋯⋯ぶへぇっ!」

 彼女の口から何かが吐き出され、立っている俺の足元へ飛んできた。

「はひはっはっはぁ! はふへへぇ!」

 叫び狂う彼女の口内に目をやると、そこにあるはずの肉がなく、ただれたりんごのような赤黒さだけが広がっていた。

「はっ! はふっ! はふっ! はふへへぇ!」

 出来たてのタコ焼きを頬張っているかのような呻き声はだんだんと小さくなっていき、声が出なくなった頃に彼女は倒れた。

 救急車を呼んだのはそれからだった。頭が真っ白になっていたからだ。
 病院に運ばれた彼女は、間もなく息を引き取った。












             こ

 彼女との出会いは、新卒で就職した小さなグリーンピース農家だった。
 従業員60万人の中からたまたま俺と彼女の2人は同じ配属先になり、いつのまにか恋に落ちていた。

 彼女はその頃からドジでうっかり者だった。

 出荷作業中に全てのグリーンピースにスプレーを吹きつけて青色にしてしまったり、弾丸と間違えて拳銃にねじ込んでしまったり、自分の鼻と間違えて隣に座っていた専務の鼻をほじったりと、社内でも無二の存在だった。












             ん

 数日前に俺は、ある1本の動画を見つけた。

 女子高生2人が風呂に入っていて、そのうちの1人が盗撮魔、というものだった。
 さすがにこれはフィクションだが、女子高生らしい会話をしているということもあり、妙にリアリティが感じられた。

 その投稿者の動画にハマった俺は、同じ風呂盗撮シリーズの動画を漁り始めた。

 そして、見つけた。

 彼女だ! と思った。叫びそうになった。

 もしかして、彼女が過去にアダルトビデオに出演していたのではないか? そんな考えが一瞬頭をよぎったが、次のシーンで全くの人違いであると分かった。

 湯船から出た女性の乳房が亡くなった彼女のものより、ひと回りもふた回りも大きかったのだ。

 俺はすぐに調べた。
 商品ページを隅々まで確認し、画像検索をし、海外の違法アップロードサイトのコメント欄まで確認した。

 そして、あのコメントを見つけた。

『name?』

『It's "穴根太 屁屁蛾" (Behimosu Anakonda)』

 穴根太あなこんだ 屁屁蛾べひもす
 名前を検索してみると、そこそこ売れている女優だということが分かった。
 また、1ヶ月後に撮影会をするということも知った。運命だと思った。俺は迷わず、すぐに応募をした。












             だ

「大丈夫ですかー? お兄さーん? 緊張してます?」

「えぇ、ちょっと屁屁蛾さんが可愛すぎて狼狽うろたえてます」

「えー嬉し〜! モ〜スモスモスモス!」

 笑い方が少し独特だったけれど、優しくて可愛くて、まさに彼女と接しているような気分だった。

「お兄さーん!」

 撮影会終了後、部屋の隅っこで壁の方を向いてゴボウの真似をしていたところに、屁屁蛾さんが話しかけてくれた。

「お兄さん、お名前なんて言うんですかー?」

桃筆おしりペン ペンです!」

 俺は壁に顔をつけたまま答えた。彼女を直視出来なかったからだ。

「おしりペンっていう苗字なんですかぁ〜? かわい〜! モースモスモスモス!」

「はい、26年間おしりペンでやらせていただいております」

「ペンっていうお名前なんですかぁ〜? おもしろ〜い! モースモスモスモス!」

「はい、26年間ペンをやっております」

 相変わらず俺は壁に向かって話していた。

「もーお兄さんせっかく来たんだから向き合って話しましょ〜よ〜」

 背中に彼女のTカップの胸が当たった。その時背中に亡くなった彼女の温もりを感じた。

「あっ、やっとこっち向いてくれた〜、モスモス」

 ニコニコしている屁屁蛾べひもすさんの笑顔は近くで見ても彼女に瓜二つだった。
 感極まった俺は、その場で泣いてしまった。

「えっ、大丈夫? やっぱり恥ずかしかった?」

 どこまでも優しい。彼女だ。この人は彼女の生まれ変わりなんだ。年齢的に有り得ないことだが、この時の俺は本気でそう思っていた。

「大丈夫です、ちょっとすれば落ち着きますから」

 それにしても、この人はなぜ俺ばかりにかまってくれるのだろうか。やはり彼女の生まれ変わりだからだろうか。

「ゆっくりでいいですよ〜。実はお兄さん、1年ぶりの新規さんなんですっごく嬉しくて、積極的に話しかけすぎちゃいました。ご迷惑じゃなかったですか⋯⋯?」

 なるほど、だから俺にばかり話しかけてくれるのか。それにしても優しい。他人のことを第一に考えているような人なんだろうなぁ。
 ただ、なんでいきなり敬語になったんだろう。距離取られたのか?

「とんでもないですよ、嬉しいです。嬉しすぎて出た涙なんです」

「えー嬉し〜! お兄さん、なんか優しそうですよね! モス!」

 そういえば、さっき名前教えたのに呼んでくれないんだ。なんか悲しい。モス! はお昼にモスバーガーに行きたい人みたいで可愛い。

「ねーねーお兄さん、その服カッコイイですね! どこで買ったんですかー?」

 今日は屁屁蛾さんに会うために一張羅を着てきたのだ。

「チャンニョニョスのちゅう爆発で買いました」

「チャニョ爆っていったら最低でも1着100万はするじゃないですか! ひょえー!」

「月給1億のところで1年半働いていましたので、貯金は超あるんです」

 グリーンピース農家は儲かるのだ。

「えーすご〜い! お兄さん、連絡先交換しません?」

「いいんですか!?」

「もっちろーん! モスモスモス!」












             べ

 次に会ったのは、撮影現場だった。

 屁屁蛾さんからメールが来て、『穴根太あなこんだ 屁屁蛾べひもすとエッチしたい男性大募集! アナコンダ VS 1000人 〜アナコンダの穴と1000本の太根ぶっとこん〜』というビデオに出られることになったのだ。

 1日で撮影を終え、1000人とエッチをした屁屁蛾さんは疲れているにもかかわらず、俺のことを気にかけてくれた。

「お兄さん来てくれてたんだぁーっ! 」

 そう言いながら壁を舐めている俺に近づいてくる屁屁蛾さん。「来てくれてたんだ」ってことは俺とエッチしたことに気づいていないのだろうか。それもそうだよな、1000人だもんな。少し悲しかったが、仕方がないと自分に言い聞かせた。

「ねえお兄さん、私のこと好き?」

「えっ!?」

 突然聞かれたので動揺してしまった。

「あっごめんね! 急にびっくりしたよね! あの、この前も来てくれたから、と思って! ごめんね! モースモスモス!」

 なぜか屁屁蛾さんも動揺していた。
 2回も来たらそりゃ好かれてるって思うよな。どうなんだろう。俺は、この人のことが好きなのだろうか。

「実は、彼女に似てるんです。だから、来たんです」

「えっ、私がってこと!? 彼女いるのに撮影来てて大丈夫⋯⋯?」

「彼女は3年前に亡くなりました」

「あ⋯⋯」

 彼女は暗い顔をして下を向いた。
 しばらくして、俺の方を見た。

「私、お兄さんのことが好きです! 結婚してください!」

「ええーっ!」

 突然の逆プロポーズに頭が真っ白になった。
 結婚はともかく、俺たちは付き合うことになった。












             ひ

 まるで彼女と過ごしているようだった。

 彼女と同じ匂いがした。

 彼女と同じ温もりがあった。

 彼女との時間を取り戻させてくれた。

 半年が経った頃、彼女は突然消えた。
 今、俺の手元には30円しか残っていない。

 金目当てなのは分かっていた。
 でも、もう1度だけ彼女と過ごしたかったのだ。願いを叶えてくれた彼女には、いくら使っても惜しくはなかった。

 半年という短い時間だったが、俺にはかけがえのない大切な思い出になった。この思い出があれば俺はこれからも強く生きていける。そう思った。
 だから屁屁蛾さんには感謝している。

ペンーっ! 降りて来なさーい! 年金事務所から手紙来てるわよー! 親も見ろって書いてあるから一緒に見るわよー!」

 俺はこの数ヶ月の間、国民年金を払っていなかった。

「あんたねぇ、いつまでもムギャピョリスちゃんのそっくりさんに貢いでないで、ちゃんと働きなさいよ」

 もう貢げないんだよなぁ。

「そもそもさ、ムギャピョリスちゃんに似てるっていっても同一人物なわけじゃないんだから、あんなの気休めだわよ」

 うるさい。

「ていうか、なんか気持ち悪いのよねぇ。未練があるのは分かるけど、よく似た人を新しい恋人にするなんて信じられないわ」

 うるさい。

「あーだこーだアップルアップル」

 うるさいうるさい。

「わっしょいわっしょいマッスルマッスル」

 うるさいうるさいうるさいうるさい。

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい






 うるさい。












             も

 気がつくと俺は尻を出した状態で母親の顔の上に座っていた。

 そうだ、頭にきた俺は生尻なまじりで母の鼻と口を力いっぱい挟み、窒息死させたんだ。

 かーちゃんを殺しちまった。今まで女手ひとつで育ててくれた、世界でたった1人の母親を今、息子である俺の手で、いや、俺の尻で殺してしまった。

 生きる希望をなくした俺はその日、殺人鬼になることをケツ意した。

 こんな救いのない世界なんて壊れてしまえばいいと思った。どいつもこいつも死ねばいいと思ったのだ。

 それから俺はかーちゃんを殺したのと同じ方法で近所の人間を殺して回った。

 いつしか俺は『おけつの殺人鬼』と呼ばれるようになり、毎日のようにテレビで報道された。

 そして、ついに捕まった。
 元水泳選手の家に忍び込み、いつもと同じようにそいつを生尻で絞め殺した――はずだった。

 ヤツは俺の尻の筋肉が悲鳴を上げても息を止め続けていた。やがて俺が疲れて尻をはなすと、ヤツはすぐに警察に通報した。

 そして数分後、駆けつけた警官により取り押さえられ、尻に手錠をかけられた。












             す

「まさか君が来てくれるなんて思ってもみなかったよ」

「私だってあなたが殺人鬼になるなんて思いもしなかったわよ。モスモス⋯⋯」

「今さら何しに来たんだい?」

 金を取られたことは怒っていない。
 一緒にいられなくなったことが辛かったんだ。あの時俺は強がってはいたが、とても辛かった。でも、前を向かなきゃいけないと思った。だから忘れることにした。

 なのに! なぜ目の前に屁屁蛾べひもすさんが!

「ずっと隠してたことがあったの」

「隠してたこと⋯⋯?」

「実は、私の本名は『メギャピョリス』っていうの」

 メギャピョリス⋯⋯!?

「もしかして、ムギャピョリスの関係者なのか!?」

 名前まで似てるなんて⋯⋯

「ムギャピョリスは、私のお姉ちゃんなの」

「双子だったのか!」

「5つ子よ」

 5つ子!!!!!

「てことは同じ顔でお乳バルンバルンの女性があと3人この世にいるってこと?」

「いや、あと3人は男よ」

「S* *t!!!」

 しまった、汚い言葉を使ってしまった。

「で、今日会いに来たのはそれだけの用事かい?」

「そうよ、言い忘れてたなって思って。じゃあね」

「えっ」

「じゃあね」

「はい」

 もうひと展開あると思って心の準備してたのに、肩透かし食らっちまった。マジで言い忘れてて言いに来ただけだったんだ。

 当然だが、その後俺は刑務所から出ることなく生涯を終えた。

 俺の人生ってなんだったんだろうなぁ。

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