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【狂い昔話・常】ムキ坊はムキムキ歩いた

 今回はあまり狂っていないので、日常の『常』を入れました。



 むかしむかしあるところに、ムキぼうという少年がおったそうな。ムキ坊はそれはそれはムキムキであった。

 ムキ坊はムキムキ歩いていた。隣には筋骨隆々のおばあちゃん。そう、ムキ坊はおばあちゃん子なのである。(おばあちゃん子というと「おばあちゃん子ちゃん」という女の子の名前みたいだが、そうではない。おばあちゃんのことが大好きでいつもくっついている子どものことである)

 おばあちゃんの名前はムキばあというらしい。名前なので、当然生まれた時からムキ婆である。

 2人はいつものように近所の道をムキムキ歩いていた。今日の最高気温は44℃、天気は晴れ。散歩にうってつけの日和だろう。

 真っ白の雲が青い空を泳いでいる。こうして空を見上げるのも乙なものだ。文字のような形の雲がある。よく目を凝らして見てみると『女将』と読める。実にいい日だ。

「ちょっと参っていこうかね」

「いいね」

 おばあちゃんの言葉にいいねを押すムキ坊。2人は脇道に入り、奥にあるお寺へと歩いていく。

「おばあちゃん、喉渇いた」

「そこの自販機で何か買おうかね」

 お寺の入口にはチェリオの自動販売機が置いてあった。このチェリオはほとんどの商品が100円と気軽に買いやすい値段に設定されているので、いつもサッカー小僧どもがたむろしている。

「うーん」

 左上から順番にドリンクを見ていくムキ坊。水、お茶、アップルティー、サイダー⋯⋯

 中には150円や200円、500円なんてものもある。500円のドリンクは缶で、250mlしか入っていない。なかなか攻めたドリンクである。

 ムキ坊はある2つのジュースで迷っていた。レインボーウォーターといういろんな味のするジュースと、キャラメルポップコーンの炭酸ジュースだ。どちらも斬新な商品なのでそそられる。

「いつまでも迷ってるなら両方買いな」

「やったー! ありがとうおばあちゃん!」

 おばあちゃんはムキ坊に200円渡した。100円玉を入れ、レインボーウォーターのボタンに手を伸ばすムキ坊。

「お前はもう死んでいる」

 ボタンから指を離す時にこう言うとジュースが美味しくなるのだ。ムキ坊は気づいていない。初めて飲む飲み物なので、美味しくなっているのかどうかを知る術がないということに。

 レインボーウォーターを取り出し、もう1枚の100円玉を入れ、ボタンを押すムキ坊。

「この指を離した3秒後にお前は死ぬ」

 自販機は炭酸キャラメルポップコーンを吐き出すと死んでしまった。さっそく炭酸キャラメルポップコーンを飲み始めるムキ坊。

「なるほど、確かにキャラメルポップコーンだ。美味いかと言われれば微妙なところだが、決して不味くはない、けれどもあまり量を飲める味ではないな、甘すぎる⋯⋯」

 炭キャポをおばあちゃんに手渡し、レインボーウォーターの蓋を開ける。フルーティーな香りがする。

「うん、美味い! 甘さも多少控えめで、果汁が入っていないにも関わらずここまでフルーティーな味を再現出来るとは! 素晴らしい! リピ確!」

 フルーティーフルーティー言っているが、本当にフルーティーなのだ。ぶどうの味がする気もするし、りんごの味がする気もするし、美味しいフルーツが集まるパーティーに来た気分だ。

 って、パーティーの参加者の味の感想を語るなんて下ネタ極まりないな。失礼した。そういう意図はなかったんだ。許してくれ。許して! 靴舐めますから許してください!!!

 あ、なんかお寿司みたいな味しますね。美味しいです! 醤油ありませんかー! なんつって! 靴まで美味しいなんて、貴方様はなんと素晴らしいお方なのでしょう! こんなに素晴らしい貴方様でしたら人を殺めるなんて愚かなことはきっとなさらないでしょう! そうですよね!

 パァーン!

 寺に1発の銃声が響いた。ムキ坊が作者を撃ったのだ。額とこめかみと胸と腿と肘から血を流し倒れる私。
 正直銃弾など1ミリも効いていないのだが、30分前に崖から3回飛び降りるロケがあったので瀕死状態なのだ。

「地獄で詫びろ」

 そう言って拳銃を向けるムキ坊。私が最後に見た光景だった。

 ちなみに私は例の500円のジュースを買ったことがある。好奇心によるものだ。コップに注いでみると、色はりんごジュースに近く、匂いは甘ったるいりんごのようだった。青りんごかも?

 飲んでみるとシャンプーみたいな味がして美味しかった。他と同じく100円だったらたまに買ったかもなぁ、というくらい。さすがに500円はもう出せないと思った。氷入れたコップでも1杯ちょっとしかないんだぞ。

「昔はこのあたりに練炭屋があってねぇ」

 死んだ自販機の横のベンチに座り、寺の外を見つめながら言うおばあちゃん。

「練炭って自殺以外に使えるの?」

 ムキ坊が聞いている。確かに私も気になる。さすがに自殺だけなわけないけど、聞いたことないな。でも、自殺用品なんてあるわけないもんな。

「七輪とか、そうやないか?」

「おばあちゃん、それ木炭じゃない?」

「知らん」

 2人はベンチに座ってしばらく景色を眺めていた。こういう時間もいい思い出になるのだ。

「おい、場所空けろや」

 寺の隣の建物から黒い服を来た男女がぞろぞろと出てきた。ベンチを占領したいようだ。

「ほう⋯⋯このムキムキコンビにそんな口をきくなんて、なかなか肝が据わってるねぇ」

 ムキ坊は嬉しそうに言った。

「やっちまぇ」

 リーダーらしき男が指示をすると、後ろの男女がこちらに尻を向けて迫ってきた。

「ふん、そんなものか」

 ムキ坊とおばあちゃんは両手をメロイックサインの形にし、前へ突き出した。(メタルのハンドサイン)

 向かってきていた8つの尻に彼らの指が刺さる。片手に2人ずつ、2人で8人の人間を仕留めることが出来た。指に男女を刺したままリーダーの元へムキムキと近づく2人。

「ん? 近くで見たらこれ⋯⋯喪服か?」

 ムキ坊が左手の小指に刺さっている女の服を見て言った。葬式があったのだろうか。指に刺さっている人達がなにやらボソボソ言っているので耳を傾けてみる。

「おばあちゃん⋯⋯」
「しくしく⋯⋯」
「まだ69歳なのにしくしく」
「むにゃむにゃzzZ」

 どうやら彼らのおばあちゃんの葬式をやっていたようだ。

「かわいそうだし、やめようかねぇ」

 おばあちゃんのひと言で、リーダー殺しはナシになった。指に8人刺したまま本堂へ向かう2人。

「それにしても、9人しか来ないなんて少ないねぇ」

「あ、おばあちゃんアレ」

 ムキ坊が指さす先を見ると、そこには『家族葬開催中!』という横断幕を掲げた小屋があった。なるほど、だから人数が少なかったのか。

 参拝を終えた2人は、帰りにうなぎを食べて帰ることにした。おばあちゃんが今日は奮発しようと言ったのだ。

 うなぎ屋に着くと、外には長蛇の列が出来ていた。1時間は待たなければ入れないだろう。しかし、それでも食べたいほどここのうなぎは美味いのだ。

「待とうか」

「うん」

 2人はじっと立って待っていた。徐々に目が三角になるおばあちゃん。ムキ坊が気を遣い始める。目が三角になればなるほど、怒っているという合図なのだ。

「フンフンフンフン」

 おばあちゃんの息が荒くなる。目が正三角形になっている。まだギリギリ大丈夫だ。底辺長めの二等辺三角形になったらアウトである。

「この人たち、こんなに並んでまで食べたいのかねぇ。よっぽど暇なんだねぇ」

 周りの客の悪口を言い始めるおばあちゃん。機嫌が悪いのだろう。

「すみません、気が立ってるみたいで」

 ムキ坊が前後の客に土下座をする。44℃の昼間のコンクリートは中々の高温であった。

「2名様でお待ちの六木むき様〜」

 呼ばれた瞬間におばあちゃんの目がいつもの星型に戻った。よかった、最終形態まで行かなくて。

 店内の客が食べているうなぎ全てに唾を吐きながら案内された席へ向かうおばあちゃん。

「ちょっと恥ずかしいからやめてよ!」

 ムキ坊は我慢の限界だった。

「歯向かうのか?」

「いや⋯⋯」

 おばあちゃんの圧に言葉が出ないムキ坊。いくつになってもやはりおばあちゃん子なのである。

 2人ともひつまぶしの大盛りを注文し、30秒で完食した。伝票を見てみると、7400円。やはりうなぎはそれなりの値段がするものである。

「じゃあムキ坊、払っといてな」

「えっ」

 ムキ坊はまだ小学1年生。7400円なんて持っているはずがない。

「そんなお金ないよ!」

「チェリオ奢ってあげたじゃないの! これでムキ坊がうなぎを奢ってくれれば1対1だよ!」

 謎の理論でゴリ押ししようとするおばあちゃん。1対1て、200円と7400円だぞ。ここは作者である私の出番か?

「あっ!」

 ムキ坊の腕に蜂がとまった。

「ラッキー!」

 ムキ坊は蜂を捕まえ、真っ2つに切って1つずつ自分とおばあちゃんの空になったひつまぶしの器に入れた。

「ちょっと店員さーん!」

 店員を呼ぶムキ坊。

「はい、いかがなさいましたか?」

「僕たちの料理に半分ずつ蜂が入ってたんですけど、これSNSで拡散してもいいですか?」

「えっ⋯⋯それは困りますけど、今入れてましたよね」

 全て見られていたようだ。

「うるせぇ!」

 パァーン!

 ムキ坊は店員の頭を拳銃で撃ち抜いた。頭と胸と肘と膝と腿とへそから血を流し倒れる店員。
 実は弾丸など全く効いていないのだが、彼は先日東京タワーから10回飛び降りるロケをしていたせいで体にガタが来ていたのだ。

「逮捕だーっ!」バンバンバン!

 拳銃を乱射しながら目のつながった警官が入ってきた。目玉焼き×2みたいな目だ。

 ムキ坊は捕まってしまった。

「老い先短いこのばばを置いてどこへ行かなならんのじゃあ!」

 おばあちゃんはムキ坊の背中に向かって叫んでいた。ムキ坊は懲役10年。出所した頃にはおばあちゃんは骨になっているかもしれない。

 ムキ坊は獄中で小説を書いた。彼の書いた『ムキムキポーズのムキ坊主、逮捕逮捕の終身刑』は1ヶ月で100万部売れ、瞬く間に人気者となった。終身刑じゃないのに。

 10年後ムキ坊が出所すると、おばあちゃんの遺骨を持ったファンたちが押し寄せた。

「お待ち申しておりました!」

 皆膝をついてムキ坊に頭を下げている。

「さぁ行こうか」

「はっ!」

 ファンを引き連れて刑務所を出るムキ坊。少なくとも500人はいるだろう。

 その後ムキ坊は宗教団体『ムキムキ会』を立ち上げ、徐々に信者を増やしていった。6000年が経った頃、ムキムキ会は世界最大の宗教となっていた。ジジイになったムキ坊も満足そうな顔をしている。めでたしめでたし。


 狂い昔話はハッピーエンド多いなぁ。ていうかこれ、ほぼ私の日記なんだよねぇ。

 あとなんか、投獄されるの多いな。

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