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【全17話一挙公開!】お餅大好きミッチョンコの大冒険

1.おっす! 俺はお餅大好きミッチョンコ! 気軽にミッチョンコって呼んでくれ!

「うめーっ! なんでこんなに美味いんだっ! 誰かちゃんと説明しろーっ! この美味さの原理を説明しろーーーーーっ!!!!」

 おっす! 俺はお餅大好きミッチョンコ! 気軽にミッチョンコって呼んでくれ! って言ってる場合じゃねぇんだよ! 餅が美味すぎてやべーんだよ! じゃあな!

「こらミッチョンコ! 夜中の2時に大声出してんじゃないわよ! その餅もろとも荒挽き肉にすんぞ! あら、ビキニくん? じゃないよ! 荒挽き肉だよ!」

「⋯⋯すいやしぇん」

 かーちゃんに怒られたので餅食いは一旦中断だ。せっかくアガって来てたのになぁ。あらビキニくんってなんだよ。親父ギャグかよ。

「早く寝るのよ」

「あいよ!!!!」

「うるせぇ!!!! じゃあな! ちゃんと寝ろよ! ⋯⋯あーうっせうっせうっせうっせうっせうっせうっせうっせうっせうっせ」

 そう言いながら階段を降りていくかーちゃん。部屋出たあともうっせうっせ言ってたな。

 あー、もう2分以上も餅を摂取してない。どうしよう、死ぬかもしれん。餅食べないと体の奥底から爆発の気配がして眠れないどころか日常生活もままならないんだよな。
 かーちゃんのいびきが聞こえてくるまで餅のエロ画像でも見て待つか。

 あ〜こんなに伸びちゃってぇ。良いねぇ。砂糖醤油もベッタベタに塗りたくられて、黒ギャルみたいな褐色肌になっちゃってぇ。

 こっちの画像も良いねぇ。海苔で隠れてるせいで全部は見えないんだけど、その見えないってのがまたそそるんだよね!

 あらあら、網に乗せられちゃってまぁ。あーでも、やっぱ拷問系はちょっと見るの辛いな。他の見よ。

 えっ!? 中にチョコを入れちゃうの!? エッッッッろ! そんなことしていいの? 逮捕されない? えっっっっっロ!

 えっ! それを焼くの!? 俺が拷問系嫌いなの知っててやってんのか貴様ーっ! 焼くんじゃねーっ!

 こっちはお汁粉だ。あんこと煮られてとろっとろになったお餅、えっちだね〜。動画見たくなってきたな。ちょっとだけ見ちゃうか。

『餅マニア必見! あんなとこからこんなとこまで全部見せちゃうよスペシャル!』

 ヘッドホンをつけて⋯⋯

 最大音量にして⋯⋯っと。

『ペッタン ペッタン ペッタン』

 ここから見せてくれるのか! 手返し上手だなこの人、すげぇ! にしてもけっこう毛深いな、白い腕毛がめっちゃ生えてる。もしかしておじいさんなのか? おじいさんがこんなレベルの手返しをしてるのか?

『ペッタン ペッタン ペッタン』

 カメラが遠ざかり、餅をついている2人の全身が映った。まさかのウサギ。ウサギが餅をついている動画だったんだ。最高じゃねぇか!

『お餅がつけたので、餅とり粉をまぶしていきまーす!』

 杵きねでついていたほうのウサギが机に粉を撒いている。そして、そこに手返しをしていたウサギが餅を運ぶ。

『あっつあっつあっつあっつあっつあっつホイっ!』

「ウッヒョウッヒョウッヒョウッヒョウッヒョウッヒョッヒョーイ!」

 思わず叫んでしまった。ババアはどうせ寝てるだろうし、大丈夫だろう。

『棒でコロコロして、お餅を平べったくしていきまーす!』

 いいねっ! いいねっ!

『っとその前に〜、粉のついてないアッツアツの部分をつまみ食い〜っ! う〜んおいしぃ〜!』

「アーーーーーーーーッ! ンマソーーーーッ! ダッ! 俺も食べたくなってきたああああああああ!」

「うるせぇ! 何時だと思ってんだ! 3時だぞ! はよ寝ろハゲ!」

「すいやしぇん⋯⋯」

「うるせぇ!!!! じゃあな!!!!」

 かーちゃん怖ぇ⋯⋯

 怒るんじゃなくて、耳栓して寝ればいいやんね。そうすれば俺もかーちゃんも平和に夜を過ごせるのに。

 さて、餅のつまみ食いを見てしまったからには餅を食べぬ訳にはいかぬだろう。食べよ。

 あ、お茶あと少ししかないな。冷蔵庫から持ってこよ。かーちゃんにバレないように、抜き足、差し足、忍び足で⋯⋯っと。

 電気もつけない方がいいな。とりあえず冷蔵庫を開けよう。
 ⋯⋯ん? ペットボトルの飲み物が1個もない。買ってないんかな。

 仕方がないので冷蔵庫を閉めると、扉に張り紙があるのに気がついた。

『夜中に餅を食べるつもりだったんだろ! 飲み物なんてねーよ! 夜だけ水道も止めてやったわ! ざまみろ! 母より』

 ムッキーーーーーッ! 腹立っつー! いいよ、飲み物なしで食ってやらぁ! 見とけよ! いや、見ないで! こっそり食うわ!

 2階の自分の部屋に戻った俺は椅子に座り、机に置かれた餅と向き合った。餅がこっち向いてるのかどうかは分からないから、向き合ったって言わないかもしれないね。

 少しずつ食べれば喉に詰まったりなんかしないんだよ。ゆーっくり食べようじゃないの。夜は長いんだしさ。

 さ、いただきますよっと。

 パク⋯⋯

「うめーっ! なんでこんなに美味いんだっ! 誰かちゃんと説明しろーっ! この美味さの原理を説明しろーーーーーっ!!!!」

 美味すぎる! こんなん何個でもバクバクいけるわ! うめー! うめすぎー! うーめん!

 うっ! 詰まった詰まった! 飲みもん飲みもん⋯⋯ああーっ!

「うるさいねぇ! ⋯⋯ってミッチョンコ! どうしたの!」

「モゴモゴモゴモゴ! (餅が喉に詰まった!)」

 上手く言葉にならない!

「どこか苦しいの? どうしたの? 救急車呼ぶ? 大丈夫? 何か言ってよミッチョンコーッ!」

 やばい、苦しい、もうダメだ。

「モゴモゴモゴモゴモゴモゴ⋯⋯(お母さん、今までお世話になりました⋯⋯)」

 こうして俺の17年の人生は幕を閉じた。




 はずだった。

 気がつくと、俺は見知らぬ場所にいた。どうやら死んではいないようだ。

 周りに見えるのは、大きな山と小さな小屋と、中くらいのおじさん。とりあえずおじさんにここがどこか聞いてみよう。

「モゴモゴモゴ! (ここはどこですか!)」

 えっ!?

 俺、喋れてないやん! まだ餅詰まってんの? じゃあなんで生きてんの? そういえば、俺今呼吸してない⋯⋯

 やっぱ死んでるんだ。

 おじさんは不思議そうな顔でこちらを見ている。ごめんな、モゴモゴ言ってるだけじゃ分かんないよな。

 不思議そうな顔をしながらも、おじさんは口を開いた。

「モゴモゴモゴ、モゴモゴ」

 お前もなのかよ!!!!!!!

2.こいつ1人目に出会うキャラとして出しちゃダメな奴だろ

「モゴモゴモゴモゴモゴ! (あなたも俺と同じなんですか!)」

 やはり言葉にならない。おじさんは相変わらず不思議そうな顔をしている。お前も同じだろうが。

『しょうがないな、ボクが代わりに喋ってあげるよ』

 どこかから声が聞こえた。辺りを見渡してみたが、誰の姿もなかった。ただ、おじさんが驚いたような表情をしているだけだった。ということはおじさんにも今の声は聞こえたんだな。

『どこ探してんのさ、ボクはここだよ! 君の喉にいるよ!』

 喉に!? 喉っていったら⋯⋯餅!? 餅が喋ってんの!? ちょっと待てよ、この声よく聞いてみると俺の声に似てないか?

『その通り! ボクが君の喉を振動させて声を出してるからね!』

 その通り! って、俺の心の声が聞こえているのか!?

『そうみたいだね! ボクもびっくりだよ! でもそれよりびっくりなのが、ボクが餅になったことだよ!』

「モゴモゴモゴ!」

 おじさんが何か言っている。おじさんの方を見ると、手に大きなスケッチブックを持っていた。

『喋れるのか⋯⋯?』

 と書いてある。

 喋れないけど、なぜか喉の餅が代わりに喋ってくれるんですって言って伝わるかな。分かんないよな。俺も訳分かんないし。

『ボクはこの子の喉に餅として転生したようなんだ。ボクには意思があるから、振動させて声を出すことが出来るみたい。ただ、この場から動けないから多分ボク一生このままだ。ここ死ぬほど臭い』

 おじさんが驚いた顔でスケッチブックに文字を書いている。

『めっちゃ喋るやん』

 おじさん、あんな迫真の顔でそれ書いてたんかよ。

 ちょっと待ってくれ。俺の口の中って死ぬほど臭いの? けっこうショックなんだけど⋯⋯

 そういえばこの餅、転生して餅になったって言ったな。もしかして元は人間だったのか? 人間が餅になるって、どんな気持ちなんだろう⋯⋯動けないってどんな気持ちなんだろう⋯⋯

『いや、元はビッグマックだったから、動けないのには慣れてるよ。ただ、ハンバーガーの王様であるこのボクがこんな餅に成り下がるなんてめちゃくちゃ悲しい』

 ビッグマック!?

 ビッグマックが転生して餅になっただと!?

 そもそもビッグマックってどうやって意思宿ってるの? 餅はまだ1個体って感じだから分かるけどさ。いや普通に考えたら分かんないけど、ビッグマックよりは分かるからさ。

 ビッグマックってバンズとパティとピクルスとレタスとチーズとソースと⋯⋯いろいろ入ってるよね! あと胡麻とか! それで1個のハンバーガーとしての人格があるのおかしいだろ! ノーマルハンバーガーの倍以上の大きさで真ん中にもバンズがあるのに!

『すげー突っ込むやん。ボクがそんなこと知るわけないでしょ。君は自分になぜ意思があるのかって説明出来る? 人格って細かく言うとなんなの? 説明出来る? ん? ん? ねえ?』

 この餅めっちゃ詰めてくるやん。苦手なタイプや。怖い。

 確かに説明出来ないな。そういうものとして受け入れるしかなさそうだ。

「モ⋯⋯モゴ⋯⋯モモ⋯⋯」

 おじさんがこちらを見ながら涙を流している。⋯⋯モモ?

 おじさんはまたスケッチブックになにやら書くと、俺たちに見せてきた。

『こんなに人が喋っているのを聞くのは何十年ぶりだろうか』

 !?

 もしかして、この世界には声がないのか!?

 なぁ餅、代弁してくれないか? おじさんにこの世界のことを詳しく聞いてくれ。

『あのさ、ボク餅じゃなくてビッグマックなんだけど』

 いや、でも餅じゃん。

『君、名前は?』

 ミッチョンコだけど?

『ボクは君のことなんて呼べばいい? 餅つまらせ男とかでいい?』

 えっ、普通にミッチョンコって呼んでくれればいいじゃん。

『そういうことだよ。変な世界に変な姿で転生してもボクはボクなんだ。誇り高きビッグマックなんだ』

 確かに。納得させられてしまった。全くもってその通りだ。完全にあなたが正しい。

 ということで、俺はこの餅をビッグマックと呼ぶことになった。
 元の世界で餅を見て「ビッグマックだ!」って言ってる奴がいたら頭がおかしくなったのか、お金がなさすぎて幻覚が見えるようになったのかと疑うけど、今回は正当な手続きを踏んで餅がビッグマックになったので変な目で見ないでほしい。

 そういえばこいつ、自分がビッグマックであることにすごい自信を持ってるな。餅に成り下がったとか言ってたし。ていうか、こいつ餅のことバカにしてるよな? この俺の前で餅をバカにしていいと思ってんのか?

『思ってるよ』

 あ? なんだこいつ。ぶっ殺したろうか!

『殺せるもんなら殺してみな。君は餅を殺すことが出来るのか? 餅大好き人間なんだろ?』

 ハッ! そうだ! こいつは名前はビッグマックだけど、餅なんだ! こいつを殺すことは俺には出来ない! クソ⋯⋯!

 んで、早くこの世界のことを聞いてくれよ。ビッグマック。

『ほいきた!』

 ビッグマックって呼んだら機嫌良くなるのね。

『おじさん、おじさん以外の人はどんな感じなんですか?この近くに村とかあるんですか?』

 おじさんは筆を走らせた。

『まず私について質問して欲しい』

 こいつめんどくせえな。

『おじさんは何者なんですか?』

 もしかしたらすごい人だったりするのかな。こういうのって最初に出会った人がけっこう重要なキャラだったりするし。

『私は30年前にこんにゃくゼリーを喉に詰まらせて死んで、気がついたらこの世界にいたんだ。こんにゃくゼリーが詰まったままでね。んでまぁ30年間適当に暮らしてきたよ』

 自分のこと聞けって言っといてなんなんだこの情報のしょぼさは。別にこんなの聞かなくてもストーリー進むだろ。こんにゃくゼリーってそんな昔からあったのかよ。

『で、他の人はどうなんですか? 村とかあるんですか?』

 ビッグマック、ちゃんと仕事してくれるやん。理詰めが怖いだけで、悪い人ではないのかもしれないな。いや、人じゃないか。

『全員何かしら喉に詰まってて、会話は筆談でしか出来ないんだ。村は知らん。この世界では食べ物も飲み物も摂取しなくても生きていけるから、私はこの辺でウロウロしてるだけなんだ』

 こいつ1人目に出会うキャラとして出しちゃダメなやつだろ。せっかく30年もここにいるのにただこの辺をウロウロしてただけって、しょうもなさすぎるだろこいつ。

『恐らく喋ることが出来るのはこの世界で君だけだ。どうかその力を平和のために使ってはくれないだろうか⋯⋯!』

『この世界の平和を脅かすような魔王か何かがいるってことですか?』

『いや、別にいないけど。まぁ今も平和っちゃ平和だね。君が珍しかったからそれっぽいセリフを言いたくなっただけだよ』

 俺要らなくね? おじさんとビッグマックが普通に会話してるだけじゃん。俺要らんよな。

 それにしても、何も食べなくても30年生きられるなんて、この世界はどうなってんだ⋯⋯
 見た感じ植物とかも生えてないし、もしかしから食べ物もないんじゃないか? だとしたら、餅もないのか? もうずっと餅を食べられないのか!? そんなの⋯⋯俺⋯⋯生きていけないよーーーーー!!!! うわああーーーん!!

3.じじいの家のにおい

 ああ⋯⋯餅がない世界なんて⋯⋯こんな世界要らねぇよ⋯⋯生きてらんねぇよ⋯⋯

『ねぇミッチョンコ』

 なんだ餅。

『ビッグマックだよ』

 なんだビッグマック。

『ボクが存在してるんだし、この世に餅がないってことはないんじゃないかな』

 確かに! ハンバーガーはないかもしれないけど、餅は探せばあるのかもしれない! この頭の良さは敵になると怖いけど、味方だと頼もしいな!

『これからどうする? とりあえずこの世界を回ってみる? 多分ボクたちは元の世界には戻れないと思うから、この世界で生きていくしかないよね』

 そうだな、完全に死んだもんな。
 この平凡なおじさんと話してるのもそろそろ飽きたし、出発しようか。

『おじさん、いろいろありがとう! じゃあねー!』

「モゴモゴー!」

 おじさんは手を振って見送ってくれた。

 前の話までは敬語で喋ってたのに、いきなりタメ口になるからびっくりしたよ、ビッグマック。

『もう2度と会わないだろうし、最後くらいタメ口でいいかなって思って』

 こいつ、腹にけっこう黒いものを持ってるな。

 おじさんと別れた俺はとりあえず適当な方向に向かった。今の時間も分からないが、太陽がある方に歩いていく。

『なんも見えないね。人もいないね。村あるのかなぁ』

「モゴッ⋯⋯」

 そうだ、喋れないんだった。心で思うことしか出来ないんだった。

 あのおじさんの話の通りなら他にも何かしらが喉に詰まった人がいるはずだから、気長に探そうよ。そこに餅もあればいいけどなぁ。

『君の頭は餅のことばっかだね』

 そうだな、生前も餅のことしか考えてなかったからなぁ。テストも解答欄に「餅」って書いてたせいで毎回0点だったし、告白してくれた女子にも「餅」って言って断っちゃったし、餅が好きすぎて周りを振り回しちゃってたなぁ。1回死んでみてようやく分かったよ。

 でもなぁ、こんなに近くに餅があるのに食べられないなんて、つらすぎるよなぁ。

『まさに絵に描いた餅だね』

 その通り。

 それから数時間歩いた。時計がないので正確な時間は分からないが、けっこう歩いたと思う。

『暇だね。しりとりする?』

 いいね、じゃあ俺からで「餅」ね!

『ちんちん』

 終わった。こいつがやろうって言ったんだよな。誘っといて2手目で終わらすなんてことあるか? どこかおかしいんじゃないか? 頭のネジが外れてるに違いない。
 ていうか、こいつ頭ないよな。どの器官で物事を考えてるんだろうか。そもそも器官なんてないか。

『うるさいな、その話はこの前しただろ? 君に意思が宿ってる理由を説明出来るのかって』

 そりゃ脳みそがあるからでしょ。餅もハンバーガーも脳みそなんてないんだから、考えられる頭があるのはやっぱりおかしいよ。

『それが間違ってるんだよ。脳みそがないと思考出来ないっていうのは人間が勝手に決めつけたことじゃないか。宇宙は広いんだよ。脳みそ以外の器官で思考してる生き物もきっといるはずさ』

 でもハンバーガーも餅も地球の食べ物じゃん。少なくとも地球ではありえない話だろ。

『地球? なにそれ、星の名前?』

 えっ。こいつ地球出身じゃないの? ビッグマックってあのビッグマックじゃないの? だとしたら他の星の人間(?)にパクられたってこと?

『じょーだんじょーだん。すぐ本気にするんだから君は〜』

 ビッグマックりした。間違えた、ビックリした。地球出身じゃないから脳みそ以外で思考出来るって考えになったのかと思ったよ。

 そんな会話をしているうちに、村に着いた。
 あんじゃん、村。普通にあんじゃん。

 村と呼ぶのを躊躇うほどの豪邸が1つある。村長の家かもしれないな。行ってみよう。

「モゴモゴモゴモゴ!」

「モゴモゴゴゴゴゴ!」

 村長の家の前まで来たところで、門番に止められてしまった。槍を持った2人組だ。

『怪しいものじゃないよ、中に入れてくれないか』

「!?」
「モゴッ!?」

 2人はビッグマックの言葉を聞くと槍を置き、俺たちに向かってひざまずいた。どうやら中に入れてくれるようだ。

 2人は立ち上がり、中まで案内してくれた。
 扉を開けて中に入ると、おじいさんの家! という感じのにおいがした。

「モゴゴゴーーー!?」

 奥に座っていた髭モジャの老人がこちらを見て叫んだ。

「⋯⋯モ」

 と思ったら落ち着いたようだ。恐らく俺の後ろにいる2人の門番を見て俺が侵入者ではないことを理解したのだろう。

 老人はスケッチブックを取り出し、何か書き始めた。

『あなたが勇者様ですか!』

 そう書かれたスケッチブックを私に見せた。

『どういうことですか?』

 ビッグマックの声を聞いた老人は驚きを隠せない様子だった。恐らく彼も何十年と人の声を聞いていなかったのだろう。ビッグマックの声って言っても俺の声なんだけどな。

『50年前にこの村に現れた予言師が、「50年後に声を出すことの出来る者が村を訪れる。それが勇者だ」という予言を残していったんです! あなたが勇者様なのですね!』

 老人は興奮した様子でまた書き始めた。

『まさか本物の勇者様にお会いすることが出来るとは! なんと光栄なことでしょう!』

 さっぱり分からないが、やはり俺は特別な人間なのだろう。

『いや、ミッチョンコは普通の人間だと思うよ。ボクが特殊なだけで』

 確かに。ビッグマックのお陰で勇者扱いだ。

 それにしても、あのおじさんはこの世界には魔王なんていないって言ってたけど、嘘だったんだな。この老人は勇者である俺を50年も待ってたんだもんな。いいよ、世界救ってやろうじゃないの。

『で、勇者として何をすればいいですか? 』

『いや、予言師が勇者が現れるって言っただけで、特に何をするとかはないです。ただ勇者が来るよ、珍しい人が来るよっていう予言ですね。まさか本当に来るとは思っていなかったので興奮してしまいました』

 なんそれ。魔王いないのかよ。魔王いないのに勇者って名乗っていいのか?

 特に魔王を倒す訳ではないにしろ、俺と出会えたことがよほど嬉しかったようで、今日はこの豪邸に泊めてもらうことになった。

4.ビッチョンコ・モッチンコ!?!?!?

『さあどうぞ勇者様、お酒とお寿司の写真ですぞ〜』

 村長はスケッチブックを片手に寿司と酒の写真を見せてきた。なんなの? この世界の食事ってこうなの? 使い回し出来るじゃん。

『手話とかやらないんですか?』

 お、ビッグマック、良い質問じゃん!

『出来るものがおらんのじゃ⋯⋯教材もないし』

 なるほど。

『いやぁ今日は本当に良い日じゃ! フォッフォッフォ!』

 笑い声も書くんだ。

『勇者様、今は旅の途中ですかな?』

『ええ、そうですよ』

『実はうちの娘が、勇者様が現れたら絶対について行く! と言っておるんですよ。それが娘の昔からの夢でしての、どうかお願い出来ませんかの』

 え、娘!? ⋯⋯逆にいいの? えへへ、えへへ⋯⋯バラ色の人生の始まりやぁ⋯⋯

『娘は我らビッチョンコ家一の秀才なんです。何かとお役に立てると思います』

 お前の苗字ビッチョンコなのかよ。びっちょびちょみたい。うちのばーちゃんも雨に濡れた時に言ってた気がする。そういえば俺の名前に似てるな。1字違いやんけ。

『おーい、娘や〜』

 村長が呼んでいるが、誰も来ない。当然だ、スケッチブックに書いているだけなのだから。

『村長さん面白いですね』

『フォッフォッフォ』

 ビッグマックと村長が意気投合している。今のボケだったのか。⋯⋯やっぱ俺要らんよな。

「モゴモゴモゴ〜⋯⋯モゴ!?」

 寝間着姿でボサボサ頭のおばさんが部屋に入ってきた。こちらを見て驚いている様子だ。

『あ、驚かせちゃってすみません。お邪魔してます』

「モゴ! モゴモゴ!?」

 おばさんはビッグマックの声を聞いてさらに驚いている。

 とんとん、と肩を叩かれた。村長がスケッチブックをこちらに向けている。

『娘です』

 えっ!?

 ⋯⋯あ、そうか、村長の娘だもんな。若いはずないよな。なに期待してたんだ俺は! クソっ! クソ⋯⋯っ!

『ドンマイ』

 ビッグマックが慰めてくれた。

『あなたが勇者様ですか!』

 おばさんが村長のスケッチブックとマジックをひったくって、そう書いた。

 またこのくだりか。

『そうです、ボクが勇者です!』

 俺マジで何も考えなくていいから、そのうち腑抜けになりそうだな。こわい。

『お目にかかれて光栄です! 村長の娘のモッチンコと申します! よろしくお願いします!』

 モッチンコ!?

 女なのに名前にチンコが入ってるの!?

 いや男でも入ってたらおかしいけども!

 てかこいつフルネームだとビッチョンコ・モッチンコってこと!? やばない? やばすぎない? そんな名前大丈夫なのか? 大丈夫ってなんの話だ? いったいなんの話をしてるんだ俺は!!!!!!!!

『お餅みたいで可愛い名前ですね』

 ビッグマックは紳士だな。そうか、言われてみれば確かに餅みたいな名前だな。チンコだけど。

 そういえば村長さんはなんて名前なんだろう。気にならない? ビッグマック。

『村長さんのお名前はなんとおっしゃるんですか?』

『フォッフォッフォ』

 は?

 え、もしかしてこれが名前?

『けっこうみんな驚くんですがの、UFOというんです』

 よかった、フォッフォッフォはただ笑ってただけだったんだ。そうだよな、さっきも何回かフォッフォッフォって言ってたもんな。もし名前だったら怖すぎるもんな。

 んで名前UFOなのかよ!!!

 お前なに人なんだよ! フルネームだとビッチョンコ・UFOじゃねーか! 今日ビッチョンコ・モッチンコよりヤバい名前聞く予定なかったから心臓とかがビックリしてるよ!

『喉の餅もビックリしてるよ』

 人生で初めて聞いた言葉だ。いや、モッチンコとかも初めて聞いたけどさ。そうか、この世界は喉の餅もビックリするような世界なのか。気を引き締めていかないとな。

 そういえば今俺人生って言ったけど、これって人生って言っていいのかな? 1回死んでよく分からん世界に飛ばされてるのに、人生って名前でいいの? これ。

『いいよ』

 いいみたいです。ありがとうビッグマック。

『ということで、モッチンコを頼みますぞ。今日はゆっくりお休みになってくだされ』

「モゴモゴ」

 そうだ、喋れないんだった。慣れないなぁ。

『ありがとうございます』

 気が利くやん、餅。

『君がモゴモゴ言ってる間はボク喋れないからさ、こういうお礼とかのタイミングは黙ってていいよ。ボクもバカじゃないから挨拶くらいは出来るんだよ』

 挨拶出来ない奴はバカだと言いたいのか。全くもってその通りだと思います。これからは黙っておきます!

『聞き分けがいいね』

 はい!

『そっちの部屋を使ってくだされ。それでは、おやすみなさい』

「モゴ」

 あ間違えた。

『おやすみなさい』

 ごめん、咄嗟に言っちゃった。

『いいよいいよ。咄嗟に挨拶が出るのはいい事だと思うよ。でもこれから一生こうだから、慣れていこうね』

 一生こう、か⋯⋯

 そう考えるとなんか怖くなってきたな。

 その夜俺は枕を濡らして寝た。

5.強襲! 口付け! 仲間割れ!

「うめーっ! なんでこんなに美味いんだっ! 誰かちゃんと説明しろーっ! この美味さの原理を説明しろーーーーーっ!!!!」

 おっす! 俺はお餅大好きミッチョンコ! 気軽にミッチョンコって呼んでくれ! って言ってる場合じゃねぇんだよ! 餅が美味すぎてやべーんだよ! じゃあな!

「こらミッチョンコ! 夜中の2時に大声出してんじゃないわよ!」




「モゴーーーーーーッ!」

 ⋯⋯なんだ夢か。夢にまで見るなんて、俺は本当にスーパー餅きなんだなぁ。

 でも、昨日は1個も餅を食べていないのに禁断症状が出なかったな。何も食べなくても生きていける体だからか? だとしたら俺はそのうち餅という存在を忘れてしまうんじゃないか⋯⋯?

『ボクが存在してる限り大丈夫だと思うよ』

 そうか、喉に餅詰まってんだもんな。良かった。ありがとうビッグマック、安心したよ。

 おしっこしたいな。何も飲んでないのにおしっこはしたくなるんだな。本当に変な世界だ。

『場所分かる?』

 分かんない。

『じゃあとりあえず村長の部屋に行って聞いてみる?』

 いや、起こすのも悪いから、自分で探そう。

『そうだね』

 ☆♡☆10分後♡☆♡

 やばいやばいやばいやばい漏れる漏れる漏れる漏れる!

『こんだけ探して無いんなら無いんじゃない?』

 そんなわけあるか! だとしたらビッチョンコ一族はどこでしっこしてんだよ!

『しない⋯⋯とか?』

 ふざけてるだろ!

『いや、干からびてないのがその証拠だと思うんだ。もし何も飲まずにおしっこだけ出るような体だったらいつか水分がなくなってしまうだろ?』

 え⋯⋯じゃあ俺は近いうちにカラカラになって死ぬってこと?

『分かんない、もしかしたらおしっこをしても水分が抜けないような体質なのかもしれないし。なんたって呼吸や飲食をしなくても生きていられる体だからね。今更何があっても驚きはしないよ』

 やばいマジで漏れる! どうしようビッグマック! 知恵を貸してくれ〜!

『最終手段だ! 外に出て立ちション!』

 その手があったか! ありがとう!

 俺はすぐに外に出た。さすがに敷地内でするのは気が引けるので、とりあえず門を出よう。

 こんな夜中でも門番は立っていた。邪魔だな。門は開けられるけど、あいつらにどいてもらわないと。

『すいませ〜ん、ちょっと通してもらっていいですかね』

 門番たちは微動だにしない。
 無視してやがんのかコラ。俺は無視されるのが1番嫌なんだよ。

 俺は門番の肩を叩いてみた。

 反応がない。

 おい!

 揺さぶってみた。すると、門番はそのまま倒れてしまった。腹が切り裂かれて、緑色の血が出ている。死んでいるのか⋯⋯?

 ていうか、この世界の人間は血が緑なのか。俺も緑なのか? めっちゃヤなんだけど。いや、そんなこと言ってる場合じゃない! 侵入者だ! 村長に知らせに行かないと!

 ドガーン!

 後ろからもんのすごい音がした。多分村長の家が爆発した。爆発してなかったとしてもだいぶやばいことになってると思う。どうする? このまま逃げてしまおうか? ビッグマック、どうすればいい?

『泊めてもらった恩も忘れて逃げ出すようなやつだったのか、君は』

 泊めてもらったって言っても、いま夜中だからまだはんまりくらいだよ。

『見損なったよ』

 分かったよ! 家に行けばいいんだろ! 行くよ!
 家を見てみると、屋根にでっかい穴が空いていた。村長やモッチンコは無事だろうか。
 そう思った時だった。

 屋根の穴から人の3倍はありそうなサイズの化け物が這い出てきた。背中には大きな翼が生えている。なのに這い出てきた。飛ぶには狭かったのかな。

 人間ではありえないほどの筋肉、体中に走る稲妻のような模様。そして、鋭い爪の生えた両腕。正直中二心ちゅうにごころをくすぐる見た目をしている。

 ちょっと待てよ? 右手に何か持ってるぞ? あれは⋯⋯

 モッチンコだ! あいつ、モッチンコを攫っていく気か!

 化け物は俺の存在に気付いたようで、こちらを見て口を開いた。何本もの鋭い牙がぎらりと光る。

「モゴモゴモゴ」

 お前もかよ!!!

 化け物まで何か詰まってんのかよ! いったい何食べたんだよお前。あんなすごい歯があるのに詰まるなんて、相当なものを食べたんだな。スーパーもちもっち餅とか。そんなものないけど。

「モゴモ」

 そう言うと化け物は翼を広げ、飛び去っていった。モッチンコが攫われた。

 そうだ! 村長は無事か!

『村長ーっ! 村長ーっ!』

 ビッグマックは必死に村長の名前を呼んだ。あ、名前はUFOだわ。必死に肩書きを叫んだ。

「モ⋯⋯モゴモ⋯⋯」

 瓦礫の下から声が聞こえた。そこに村長がいる!

 俺は瓦礫を1個ずつどかした。乳酸が溜まって腕が上がらなくなってきた頃に村長の顔が見えた。頭から黄色い血を流している。緑じゃないのかよ。じゃあの門番は何者なんだよ。それとも村長がおかしいのか?

「モゴ⋯⋯! モゴゴゴゴ! モゴゴゴゴ!」

 必死に何かを言おうとしている。しかし、スケッチブックもペンもどこにあるか分からない。机には塩と胡椒と醤油とシナモンシュガーしかない。⋯⋯醤油こぼれてるやん。

「モゴ⋯⋯! モゴ⋯⋯ッ!」

 涙を流しながら必死に訴える村長。だんだんと顔色も悪くなっていっている。クソっ、どうすれば⋯⋯!

『一か八か、やってみるか⋯⋯』

 ビッグマックが言った。

『胡椒を手に持って』

 えっ? おい、どういうつもりだ! ふざけてる場合じゃないぞ!

『いいから言う通りにして! 時間がない!』

 分かった、信じてみるよ!

 俺は胡椒を手に持った。

『村長とキスして!』

 ふざけてるだろ!

『早く!』

 はい!

 俺は指で村長の顎をクイッと持ち上げ、唇を奪った。

「モゴッ!? モゴモゴ!?」

 村長は目を見開いている。パニックになっているんだろうな。俺も意味が分からない。

『胡椒を鼻にいっぱいかけて!』

 くしゃみをさせたいのだろうか。呼吸もしていないのにくしゃみなど出るのだろうか。
 とりあえず言う通りにした。

「モ⋯⋯モ⋯⋯モッゴションッ!」

 思いっきり出た。その衝撃で喉の餅が村長の口の中に飛んでいった。そしてその勢いで村長の耳から血が噴き出た。紫色だった。それはおかしいだろ。人によって色が違うのはまだ許せるけど、頭と耳で違うのはダメだろ。

『ミッチョンコ! 成功だ! 村長の意思が感じ取れる! 今から通訳するよ!』

「なんだって!?」

 あ、声が出た! 久しぶりの混じりっけなしの俺の声だ! なんか泣けてきた!

『おお⋯⋯これは奇跡⋯⋯!』

 村長が驚いている。

『ワシはもうじき死ぬじゃろう⋯⋯どうか、どうか娘を救ってくれんかの⋯⋯』

 1つ気になったことがあった。

「村長、この世界は平和で、魔王みたいなのはいないって言ってませんでした?」

『ああ、いなかった。初めてなんじゃ、あんなのが現れたのは⋯⋯ただ』

 ただ?

『50年前に現れた予言師様が言ったのじゃ、「50年後の勇者が現れた日の夜に魔王が現れ、あなたの娘さんを攫っていくでしょう」と!』

「なんでもっと早く言わなかったんですか!」

『まさか本当に来るとは思っていなかったんじゃ⋯⋯』

 初めて俺を見た時と同じこと言ってる。俺が現れたんだからその日の夜の予言も信じろよ。まさかじゃないだろ。予測できただろ。

『娘を⋯⋯頼⋯⋯みましたぞ⋯⋯』

 そう言い残し、村長は力尽きた。

『ミッチョンコ!』

 死んだはずの村長が喋った。

「生きてるんですか!」

『いや、声帯を震わせて喋ってるだけだよ』

 なんだビッグマックか。

『早く取り出して定位置に戻してよ』

 えっ?

「なんで? 俺としては普通に喋れた方がいいんだけど」

『それだとボクが乾いて死んじゃうだろ』

「餅って乾くと死ぬの?」

『なんか死ぬ気がする。ボクの直感がそう言ってる』

 んー⋯⋯

『何悩んでるんだよ、早くしてよ』

 村長の喉に詰まった餅を取り出して、自分の喉に押し込むって、想像しただけで吐きそうになるんだけど。

『1人で旅出来るの? 君バカなんだから、ボクがいないと何も出来ないだろ? 早くしてよ』

 なんか腹立つなこいつ。こんなやついなくても大丈夫な気がしてきた。喋れるだけで勇者扱いされるんだ、1人でもやっていけるだろう。よし、そうしよ。

「悪いけど、ビッグマックはここに置いてくよ。連れて行ってもあんまりメリットなさそうだし、なんかムカつくし」

『ちょっと待ってよ! 村長が干からびたらボクも死んじゃうんだよ! 待ってよミッチョンコ! ねぇーっ! おーい! この野郎! 呪ってやるからなぁ! 死ねぇーっ!』

 聞こえないふりをして俺は村長の家を出た。

6.チンコの息子がカッチンコって大丈夫ですかこの番組は! 大丈夫なんですか!!!!

 さて、どうしようか。村長にモッチンコを助けてくれって頼まれたけど、あんな5メートルくらいある爪と牙がやばい化け物に勝てるわけないし、餅を探す旅にでも出ようか。存在そのものを忘れてしまう前に。

 よし、そうと決まったら田んぼがある場所まで冒険だ! 出発んぬ!

 村を出ようと歩いていると、ちょうど入口あたりにスケッチブックを持って立っている人が見えた。ヒッチハイクか?

 あの人を避けて外に出たいけど、他に道がないんだよな。仕方ない、目を合わせないようにして素通りするか。抜き足、差し足、忍⋯⋯

「モゴモゴ!」

 話しかけられた! クソっ!

 筋骨隆々の20歳くらいのオラオラ系のイケメンが立っていた。なんだこいつ、完璧超人か?

「なんですか」

 スケッチブックを見ろと言わんばかりにこちらに向けている。

『勇者様、お初にお目にかかります。わたくし村1番の力持ち、チカラモッチンコと申します。先ほどモッチンコさんが攫われたのを見ました。実はわたくし、モッチンコさんに好意を抱いておりまして、あなたと一緒に魔王をやっつけに行きたいのです』

 ちょっと待て、いっぺんにそんな言われてもツッコミが追いつかないよ。

 まずなんなんだその口調は。マッチョのオラオラ系のイケメンの口調じゃないだろ。ギャップ萌えってやつを狙ってんのか? ドスケベ野郎が。

 あと名前やばくない? チカラモッチンコって。力持ちな奴がチカラモッチンコって名前の物語めっちゃ嫌いなんだけど。そのまんますぎるんだよ。生まれた時からマッチョになるって決まってたんか? なあ。

 んでさ、昨日モッチンコって名前初めて聞いて「名前にチンコ入ってんの!?」って驚いたけどさ、まさかモッチンコが名前に入ってる奴がいるなんて想像もしてなかったよね。

 んでお前あのボサボサ髪のおばさん好きなのかよ。どういう趣味してんだよ。

 心の中で全部突っ込んでしまった。とりあえず1番言いたいことだけ言わせてもらうか。

「チカラモッチンコって名前自分でどう思ってます? モッチンコって入ってますけど」

 チカラモッチンコはとんでもなくすごい勢いでペンを走らせた。村1番の筋肉だからこそなせる技なのだろう。

『チカラモッチンコは苗字です。名前はチンコです』

 名前はチンコです!?

 そんな名前アリなの!? 直球じゃん! 親の顔が見てみたいわ! とりあえず日本人ではないな、こんな名前役所が許すはずがない。

 チカラモッチンコ・チンコ⋯⋯とんでもない名前だ⋯⋯

 もしモッチンコと結婚したらモッチンコはチカラモッチンコ・モッチンコになるのか。チカラモッチンコ・モッチンコとチカラモッチンコ・チンコの夫婦⋯⋯

 そういえばこいつモッチンコを助けに行きたいって言ったよな。あんな化け物と戦う気か? 攫われたのを見たって言ってたし、魔王の怖さは知ってるよな。

「勝てると思ってるんですか」

『分かりませんし、正直怖いです。でも、わたくしは彼女を助けたいんです! どうか一緒に行かせてください! お願いします!』

 そもそも俺が魔王退治に向かってるっていう前提なのね。

 ⋯⋯はぁ、参ったよ。こんな純愛見せられちゃあなぁ。こんな一途に1人の女性ひとを思ってるんだ。無下には出来ないよな。

「分かりました、一緒に行きましょう」

「モゴゴゴゴ!」

 チカラモッチンコは喜んでいる。

「モゴゴ⋯⋯」

 ん? 彼の足元に子どもが。隠れてたのか?

「この子は?」

『息子のカッチンコです』

 息子いんの!?

 しかも名前カッチンコなの!? チンコの息子がカッチンコって大丈夫ですかこの番組は! 大丈夫なんですか!!!!

『あっちにいるのが妻です』

 チンコ(長いので以降下の名前で呼ぶ。あ、長いって言っちゃった。名前が長いって話ね)がボロい家の前に立っている女性を指さしてスケッチブックを見せた。女性はこちらに向かって会釈をした。俺も返した。

 こいつやりたい放題だな。一瞬でも感動した俺がバカだったわ。

『実はわたくし、スリルのあることが大好きでして、モッチンコさんと不倫するつもりなんですよ。もちろん妻には内緒ですよ』

 チンコはすぐにそのページを破り、グシャグシャに丸めて捨てた。

 女性がスケッチブックを片手にこちらに近づいてきた。

『彼の覚悟は本物です。誰よりも正義感が強い人なんです。どうか連れて行ってあげてください。私からもどうか、お願いします!』

 スケッチブックを掲げたまま頭を下げた。

 奥さんが不憫でならない。バラしてやろうかとも思ったが、それでは奥さんが悲しむことになる。かといってこそこそ不倫させるのも気が引ける。俺はどうすればいいんだ、こんな時にビッグマックがいたらなぁ⋯⋯って何考えてんだ! あいつはダメだ、俺をバカにしたんだ!

『さぁ行きましょう、勇者様(嫁にバラしたら殺すからな。絶対に何も言うなよ)』

「はい、行きましょうか⋯⋯」

 魔王は怖いし、1人目の仲間も怖い最低野郎だし、最悪なんだが。どうしよう、頭がパンクしちゃうよ⋯⋯

 こうして俺達は村を出た。

7.カラフル出血! ベッチャベチャの餅!

『そういえば勇者様』

 チンコを見せてきた。間違えた。チンコがスケッチブックを見せてきた。

「なんですか? あと、ミッチョンコでいいですよ」

『なぁミッチョンコ、お前って何が出来るの? 俺は村1番の力持ちゴリマッチョだから戦闘力高いけど』

 勇者様って呼ばれるのが嫌だったから名前を教えただけなのに、なんでいきなり馴れ馴れしくなるんだよ。「お前」って言うなよ。

 あとなんなの? 「何が出来るの?」って質問。バカにしてんの? なんでどいつもこいつも俺のことバカにするの?

 俺に出来ること⋯⋯

 あれ、俺って何が出来るんだっけ。

『特技とかあんの?』

 くっそムカつくわ。普通にオラオラ系やん。

 特技かぁ。

「特に目立ったことはしてこなかったからなぁ」

『全く?』

「いやまぁ悪目立ちはしてたかもしんないけど⋯⋯」

 うん、めっちゃ悪目立ちしてたわ。

『なに? 喧嘩が強いとか? センコー殴ったとか? もしかしてヤンキーなの? お前』

「いや、餅が好きすぎて、そのせいでいつも周りを巻き込んでトラブルになって」

『なんだよそれ、酷すぎるだろ。そんなエピソード聞いて喜ぶヤツがいると思ってんのかよ。本当に勇者なのかよお前』

 どうしよう、泣きそう。まだ村出てから5分も経ってないのに。つらい⋯⋯

 こんなん絶対ずっと嫌な気分で旅することになるやん。なんでこんな怖いお兄さんと旅せなかんのよ。こんなんブラック企業じゃんよ⋯⋯

 この村に来るまでは楽しかったのに。しりとりしたり、しょうもない話したり。ビッグマック⋯⋯

 よし、引き返してビッグマックを連れていこう! 善は急げ思い立ったが吉日電光石火森羅万象雲湖朕鎮なので俺は村長の家に行くことにした。

「モゴモゴ!」

 腕を掴まれてしまった。行かせないつもりか。

『どこ行くんだ』

 こっわ!

「村長の家に忘れ物をしたので取りに行くんです」

『何を忘れたんだ』

 取り調べかよ。

「餅です」

『嘘つけ! この世界に食べ物はないんだよ! どんだけ餅好きなんだよ!』

「ほんとだもん! 嘘じゃないもん!!」

『トトロかよ』

 メイだろ。

 ていうか、こいつこの世界に食べ物ないって言った? じゃあ餅もないの? そんなことって⋯⋯

 俺は絶望した。餅が食べられないなら生きている理由がなくなってしまう。こいつを信じるわけじゃないけど、嘘を言っているという根拠もない。

『仕方ねぇなぁ、じゃあ俺も一緒に行く。もし嘘だったらお前の目玉をえぐり出して食ってやるからな! 覚悟しとけ!』

 もうお前が魔王だろ。

 もしかして魔王が人間の姿に化けてるとか? 勇者である俺を警戒して、ずっとそばで見てる作戦とか?

 もう何もかも信じられないよ。なんで目ん玉えぐり出されなきゃならないんだよ⋯⋯んもう。

 チンコの愚痴を聞きながら村長の家に向かった。相変わらず門番はカラフルな血を流して倒れていた。

『さぁ、餅はどこにあるんだ』

「ここです」

 そう言って俺は村長の口を開け、指を突っ込んだ。

『えっ』

 こんだけでも1ページ使うんだよな、こいつら。スケッチブック何個あっても足りんだろ。そういえばスケッチブックは誰が作ってるんだろうか。どうやって流通してるんだ?

 あった。

 超くさい。どうしよう、チョー臭い。

『本当だ、餅だ⋯⋯』

 チンコは言葉を失っている。失ってはないか、普通に書いてるもんな。

 これを飲み込めばいいんだけど、んー。どうするか。
 そうだ、シナモンシュガーかけてみよ。村長の口臭が消えるくらいかけよ。どうせ使う人もいないんだし、全部かけちゃうか。

『お前、それ食うつもりなのかよ⋯⋯人の口から出てきたベッチャベチャの餅を』

 さっきまで威勢の良かったチンコが俺に怯えて小さくなっている。ざまみろ。調子に乗ってるからこうなるんだよ。

 さて、いただくかね、噛まずに飲み込めば詰まるだろう。シナモンシュガー増し増しビッグマック、いただきます!

「ムエッフエッフエッフ!」

「モゴッ!?」

 信じられないくらいむせた。餅がどっかに飛んでいってしまった。

「エッフエッフエッフオゲオゲオエ〜」

 あかん、シナモンシュガーが喉に張り付いて、あかん、あかん、やばい、飲み物飲まんと咳が止まらん!

 ちょっと待てよ? さっきチンコなんか言ったよな。「モゴッ!?」って言ってたよな。もしかして⋯⋯

『せっかく寝てたのに粉まみれにされて吹き飛ばされて、ボクは今誰の喉にいるんだ! んもう!』

 チンコの口から発せられた言葉だった。むせて吹っ飛んでった餅はチンコの口にスポッて入っちゃったのか。

「モゴモゴ!?!?」

 チンコは驚いている。そりゃそうだよな、声が出たんだもんな。でもその餅俺のだから。

「ビッグマック、さっきはごめん、お前がいなくなって初めて気づいたよ。俺は1人じゃダメみたいだ」

『いや、ボクのほうこそごめん。バカとか言っちゃって』

「てことなんでチンコさん、その餅返してください」

『⋯⋯えっ!?』

 チンコは驚いている。いや、ビッグマックか? これどっちが驚いてるのか分かんないな。

『こいつ、ヤダねって言ってるよ! ボクを返す気ないみたいだ! どうしようミッチョンコ!』

 マジかよ⋯⋯

 どこまでも邪魔ばっかりしやがる⋯⋯チンコめ⋯⋯チンコという名前のものに対してここまで憎悪を抱いたのは初めてだ。クソが。

『お前は腰抜けだからいつ逃げるか分からないから、ボクを人質として取っておくって言ってるよ。ボクは通訳係だって⋯⋯トホホ』

「どこまでも汚い奴め!」

 チンコの太い腕が俺の頭を掴んだ。痛い。

『次なんか言ったらぶっ殺すって⋯⋯』

 なんてこった!

『早く行こうかだって。あ、いちいち「だって」って言うなって怒られた⋯⋯これから「だって」は外すけど、ボクの言葉じゃないってことは覚えておいてね。ボクはもう君に酷いことは言わないから』

 早くモッチンコを助けてこいつと別れないと! そんな理由で力がみなぎってきた。今の俺なら魔王も倒せる気がする。行くしかない!

8.ちんちんの生えたカツ丼

『そういえばミッチョンコ、あれからおしっこはしたの? あ、これはボクの言葉ね』

 忘れてた!

「完っっっ全に忘れてた! 早くしないと! 早くどっかでしっこしないと漏れるよおおおおお!!!!」

『いやおかしいだろ。そういうもんじゃないだろ』

 これどっちが喋ってるんだ?

『お前、ションベンが出る体なのか⋯⋯?』

 これはチンコだな。こんなこと言われたの初めてだよ。普通はションベンが出ない体のほうがビックリされるからな。

「やっぱりこの世界の人はおしっこしないんですね」

『いや、100人に1人くらいはする』

 じゃあまあまあ珍しいんだな。他の99人との違いはなんなんだろうか。

「公衆トイレとかないんですかね」

『みんなその辺にしてるよ、基本水だからな』

 あ、水なんだ。てか、水って概念もあるんだねこの世界。よかった。じゃあその辺で立ちションしよ。

 ジョボジョボジョボジョボジョボ⋯⋯

 水じゃない。なんかピンク色なんだけど、もしかして血尿? 薄い血尿か?

 チンコが覗いてきた。チンコが俺のチンコを見ている。って言ったら多分ぶっ殺されるよな。言わないでおこう。

『お前それって⋯⋯』

 チンコが驚いた様子で言った。

「なんですか?」

『ちょっとこのコップに入れてみてくれ』

 そう言って紙コップを差し出した。基本的に飲み物がない世界なのになぜ紙コップがあるんだ。どういう世界なんだここは。検尿みたいだな。

『ゴクゴク、グビグビグビ⋯⋯っぷは!』

 飲んだ!? 大丈夫かビッグマック!

『やっぱりそうだ! おいミッチョンコ! お前のションベンすげーぞ! 伝説の有害物質「健康ナルナール」だ! 1滴で人間1人殺せるんだ! お前すげーよ!』

 そう言ってチンコはぶっ倒れた。やっぱりってことは最初から見当がついてたんだろ。なんでそれをグビグビ飲めるんだよ。致死量の何倍だよ。

『ミッチョンコ、救出してくれ〜』

 あ、ビッグマック。

「ビッグマックに1滴でもおしっこがついてたら俺死ぬらしいけど、ついてる?」

『フグは自分の毒で死なないっていうし、大丈夫じゃない?』

 俺はフグじゃないんだけどな⋯⋯

 まあいいか、チンコが死んで機嫌もいいし、飲み込んでやるよ。
 俺はチンコの喉ちんこのあたりに詰まっていたビッグマックをつまんで取り出した。

「真まっピンクなんだけど、マジでこれ大丈夫なの?」

 ってこの状態じゃ返事出来ないか。フグの話を信じて飲んでみるか。ゴクン。

『完☆全★復☆活!』

 景気のいいビッグマックの声が辺りに響いた。俺の声なんだけどね。めっちゃ嬉しそうやん。なんか俺まで元気出てきたわ。

『久しぶりのミッチョンコの喉だからねぇ。やっぱここが1番落ち着くわぁ⋯⋯』

 久しぶりって言ってもそんな何時間も経ってないけどね。でも喜んでもらえて良かった。ビッグマック昨日は俺の喉死ぬほど臭いって言ってたから自信失ってたんだよ。

『いや、死ぬほど臭いよ』

 死ぬほど臭いんだ。

『んで、どうするの? 魔王倒しに行くつもり?』

 いや、それはチンコに脅されてただけだから。モッチンコには申し訳ないけど、俺は命をかけてまで戦う気になれないよ。村長にも数時間泊めてもらっただけだからそこまで恩もないし、魔王を避けながら餅探しかなぁ。

『そうだね、それがいい』

 ねぇビッグマック、このしっこどうしよう。

『1滴で人殺せる伝説の有害物質なんだし、護身用に持っといたら? 適当な入れ物に入れて』

 だよね。

 そういえば説明してなかったけど、この世界の地面はほとんどゴムみたいな素材で出来ている。村長の家の床は畳だった。日本だねぇ。

 なのでさっきのしっこは床でまん丸の巨大水滴になってるよ。村に戻って入れ物もらってくるか。村人は半分以上死んだみたいだから、その人たちの家から拝借しよう。

 なんか村出たり入ったりしてばっかだな。それがなんだって話かもだけど。なんかそうだなって思って。

 村は相変わらず半壊滅状態。1軒1軒あたってみるか。よし、ここは死んでる。紙コップがあるくらいだし、水筒もあるはずだよな⋯⋯あった! 1軒目で手に入るなんて運がいいぜ!

 しっこの場所に戻ると、半分くらい減っていた。

『ミッチョンコ、これやばいんじゃない?』

 なにが? どのみちこの水筒には全部入らないし、いいんじゃない?

『きっと誰かが持っていったんだよ! どこかで大量虐殺が起こるかもしれない!』

 ええっ!? 確かに! 俺のせいで人がいっぱい死ぬなんてやだよ!

『でもどうしようもないよね。監視カメラとかがあるわけでもないし、誰が持っていったかなんて分かんないし』

 それもそうだな。気にせず行くか。

 俺は歩いた。ひたすら歩いた。数時間は歩いた。腹が減らない。喉も乾かない。足は疲れる。

『しりとりしない?』

 どうせ2手目で終わらせるだろ。やんないよ。

『ゴリラ!』

 やるのね。ラね、ラ⋯⋯ランゲルハンス島。

『ウンコ!』

 ちゃんと続けてるやん。コ⋯⋯コーンスターチ。

『ちんちん!』

 終わった。

 分かった、こいつは2手目で終わらせようとしてくる奴なんじゃなくて、「ち」が来たら「ちんちん」って言う奴なんだな。肝に銘じとこ。

『いかにも』

 カッコよくないことでカッコつけんなし。

『〜〜し、って言葉遣いなんかめっちゃアホに見える。いつもそうなの?』

 なんだと! 言葉遣いをバカにされるのがどれだけこたえるか分かってて言ってんのか!

『だってなんかキモいんだもん。中学生みたい』

 お前さ、忘れてない?

『何を?』

 俺はいつでもお前をつまみ出してその辺に捨てられるんだぞ。生きるも死ぬも意のままだ。つまり俺はお前にとっての神なんだよ。

『なんでそんなひどいこと言うの⋯⋯?』

 声が震えている。ざまみろ。

『女の子いじめて楽しい?』

 女の子?

『え? 今更?』

 えっ。

 ビッグマック時代から? メスのビッグマックだったの?

『メスのビッグマックっていうか、ビッグマックは全部メスだよ』

 あ、そうなの。

 てことは、ビッグマックはボクっ娘!?

 萌え〜〜〜〜〜〜っ!

 ってタイプじゃないんよ、俺は。

『知ってるよ。告白されて「餅」って言って振った人間だもんね』

 そもそもお前は餅なんだから、男でも女でも変わらないだろ。

『ちゃんと心は乙女ですぅー! この餅もちんちんついてないからメスでしょ』

 そうそう、これもだよ。しりとりの時もだけど、なんですぐちんちんって言うんだよ。そんな女子いないだろ。
 ていうか、そのちんちんついてなかったらメス理論はダメだろ。ハンバーガーや餅に限らず、全ての食べ物についてるはずがないんだから。
 なんなら食べ物以外でも基本ついてないもん。ちんちんの生えたカツ丼とか学校とかあったら超怖ぇじゃん。

 よってお前は女ではない! ちんちん言い過ぎ!

『それはボーイッシュなボクっ娘だからなのだよ』

 語尾がなのだよになった。ボーイッシュのボクっ娘でもしりとりでちんちん! なんて言わんぞ。

 そんなやり取りをしていると、遠くに村のようなものが見えてきた。さっきのビッチョンコ村より大きそうだ。

9.革命教団ハナクソを滅ぼせ!

 村の入口に看板が立ててあった。

『北村』

 北村っていう村なんだ。人の苗字みたい。いや、さっきのビッチョンコ村も人の苗字だったし、実際にそうかもしれないな。

 あれ、横に小さく「村」って書いてある。てことは、北村村? 北村さんが村長の村? そんな名前の村があっていいのか? まぁ実際にあるんだからしょうがないか。

 さて、ここに餅はあるだろうか。そこにいるおじいさんに聞いてみよう。

『おじいさん、この村にお餅はありますか?』

「モホッ!? モホモホモホ!」

 モホっていうパターンもあるのか。

 あ、よく見たらこのおじいさん歯が1本もないわ。だからモホモホって言ってんだな。

『きみ、喋れるのかね!』

 おじいさんがスケッチブックを見せてきた。このやり取りそろそろ飽きてきたな。

『うるせぇジジイ! あばよ!』

 ビッグマックが気を利かせてくれた。ちょっと乱暴だけど、まあ助けてくれたんだしいいか。ありがとう。

 あっちの若い女性に聞いてみよう。

『すみません、この村にお餅はありますか?』

「モホッ!? モホモホ!?」

 お前もなのかよ。モホ村に改名しろよ。20代くらいに見えるけど、この歳で歯全部ないのかよ。歯磨いてないのか? あれ、でも食べ物食べないから磨かなくていいのでは? じゃあなんで歯が抜けるんだ? なんだこいつら。

『喋れるんですか!? ⋯⋯あなた、旅のお方ですね。私たちを助けていただけませんか?』

 必死に俺にすがりついてくる女性。いったい何があったのだろうか。そしてなぜ誰も質問に答えてくれないのだろうか。餅あるかって聞いてんだろうが。

『何があったんです?』

 ビッグマックが聞いている。

『実は村長の北村さんがある組織に誘拐されていまして、今はそいつらがこの村を支配しているんです!』

 涙を浮かべ始める女性。

『ある組織と言いますと?』

『革命教団ハナクソ、という組織です』

 おいおい、児童館の遊びに付き合ってるんじゃねーんだぞ! 平均年齢6、7歳の集団か? まったく、こっちはそんな話聞いてる暇ないっつーの。

『ハナクソというのは「歯をなくそう」という意味だそうで、彼らは「どうせ喋れないし食べれないんだから歯なんて全部引っこ抜いてしまおう」という思想を持っているんです。それで私たちの歯も⋯⋯』

 だからみんな歯がないのか。児童館みたいな名前に反してやってることが怖すぎるよ。

『なるほど、分かりました。ご協力しましょう』

 ちょっと、勝手に承諾するなよ! そんなヤバそうな集団と戦うなんて無理だよ!

『ボク達には健康ナルナールがあるじゃないか! それに、目の前でこんなに泣かれたら断れないよ』

 優しいんだな、ビッグマックは。

『あと、もし歯を抜かれたとしてもボクが痛いわけじゃないしね』

 最低だった。

『ありがとうございます! 自己紹介が遅れてすみません、私、ウンチンコと申します!』

 やっぱ児童館じゃねーか! お前の親は小学1年生か? マジでなんなんだよその名前。ヤバい集団に歯を全部抜かれた可哀想なキャラの名前じゃねーだろ。

『どうされました?』

 自覚なしなんだ。どういう環境で育つとこんな風になるんだよ。うちの親がどれだけまともだったか痛感するよ。

『ミッチョンコって名前も大概だぞ』

 お前は私の味方じゃないのか、ビッグマックよ。

『早速行くか! あのでっかい建物が多分そうだよね!』

『そうです! お願いします!』

 すごい、こんな変な世界にもああいう図書館みたいな立派な建物があるんだ。

 さてどうするか。俺のしっこを飲ませるにはどうしたらいいのだろうか。1人1人捕まえて飲ませるくらいしか思いつかないんだけど、どう?

『ワインに混入させよう』

 ワイン? この世界って基本的に飲み物ないんじゃないの?

『いや、あそこ見てみ』

 おじさんがトラックから酒瓶やらジュースやらを降ろしている。飲み物どころかトラックもあんのかよ。さっきの村はなんだったんだよ。

 俺はウンチンコから借りた教団の服を着て潜入した。ソムリエがあくびをした隙を狙ってしっこを飲ませた。するとしばらくして倒れた。

 なるほど、すぐには死なないんだな。10秒はかかるようだ。覚えておかねば。

『君今サラッと人殺ししたけど、なんも思わないの?』

 いや、お前が引き受けたんじゃん。俺は仕方がなくやってるだけだよ。そりゃ心は痛むけど、人の歯を抜いて回ってる奴らなんだから死んで当然だろ。

『なんかこわ』

 ひどい。

 さて、ワインボトル1本に何滴くらい入れればいいんだろうか。適当に50滴くらい入れておけば大丈夫か。多いくらいだよな。よし。

 コンコンコン

「モホホ」

 ドアを叩いたら中から返事が聞こえた。多分「入れ」って言ってるんだよなこれ。

 17人の男女が机を囲んで座っている。16人が横で、1人がお誕生日席に座っている。恐らくこいつがハナクソ教団の教祖だろう。

 机にグラスを置いて回り、その後ワインを注いでゆく。

『う〜んなんと芳醇な香り』

『ワインは赤に限りますなぁ』

 俺のしっこそんな良い匂いなんだ。

『早く飲みましょうよ』

 皆スケッチブックで会話している。タブレットのある村とかないんかな。

『さぁ、乾杯しましょうか』

 17個のグラスをぶつけ合い、「チン」と鳴らす。

『あ、こぼしちゃった。手が濡れちゃったなぁ』

 教祖がスケッチブックに書いた。よく見てみると、全員こぼしている。どういうことだ? 毒が入っていると見破られたのか?

『ウンチンコから聞いているよ。村に侵入者が入ったとね。フフフ⋯⋯』

 教祖が自慢げに書いた。

 ウンチンコだと!?

 俺は騙されていたのか? あの涙は演技だったっていうのか? 俺は今からこいつらに歯を抜かれてしまうのか? やだよ⋯⋯やだ! やだぁーっ!

『そうか、よく考えてみたらそうだ! 被害者であるウンチンコが教団の服を持っているのはおかしい! 最初からグルだったんだ!』

 ホンマや⋯⋯

 じゃあもうダメやん⋯⋯

 歯全部抜かれるやん⋯⋯

 諦めかけたその時だった。

「モッ⋯⋯!」

 えっ?

「モモッ⋯⋯!」

 教徒達が次々に倒れていく。

『どうしたお前たち! ⋯⋯モホッ!?」

 遂には教祖もその場に倒れた。どういうことだ? 俺は助かったのか⋯⋯?

『もしかして健康ナルナールって触るだけでもアウトなの?』

 え? そゆこと?

 怖すぎるだろ俺のしっこ。

 1滴で1人死ぬって聞いたら誰でも飲ませるものだと思っちゃうじゃん。触れるだけで死ぬなんて思わないじゃん。
 てことは、水鉄砲を手に入れたら最強なんじゃないか? 俺。

『そうなるね。強すぎる』

 お誕生日席に座っていた教祖を蹴り飛すと、地下に繋がる階段を見つけた。お前こんな不安定なとこに椅子置いて座ってたのかよ。

 地下に村長がいると考えた俺は階段を下った。

10.魔王『きゅんっ♡』

 階段をくだると、おじいさんと少女が椅子に縛りつけられているのが目に入った。

『大丈夫ですか!』

「モホ!?」

 やっぱ全員びっくりするんだな。1人もいないのかな、喋れる人。

 縄を解いて地上に連れていくと、2人ともとても驚いた表情を見せた。
 おじいさんが落ちていたスケッチブックに何か書いている。

『あなたが1人でこれを?』

『はい』

『ということは、あなたが勇者様!』

 勇者様ってことはもしかして⋯⋯

『実は50年前に現れた予言師様が「50年後、ビッチョンコ村で用を済ませた勇者がこの村に訪れ、村の危機を救うでしょう」と仰っていたんです』

 なんなんだよその予言。おい予言師! お前これ読んでるだろ! 予言がピンポイントすぎるんだよ! 絶対読んでるだろ!

『まさか本当に勇者様が来てくださるとは思ってもいませんでした。ビックリしましたよ。ありがとうございます⋯⋯』

 照れるなぁ。

『実はあの、恐縮なのですが⋯⋯』

『なんです?』

 なんだろう。

『予言の話をたまに娘に聞かせるといつも「もし来てくれたらあたし、勇者様のお嫁さんになる!」と言っておったんです。もし良かったら娘をもらってくれんかの⋯⋯』

 そう書くと村長は隣の少女を見た。

 もしかしてその子が娘? 中学生くらいに見えるけど、けっこう可愛いけど、お嫁さんにもらっていいの? あんなことやこんなことしていいの?

『何考えてんの! 最ッ低!』

 えっ、今の妄想全部見えてたの?

『うん、映像として全部流れてきた』

 言葉だけじゃないのか⋯⋯ごめんなさい⋯⋯
 あんなドスケベな妄想を見られてしまったなんて⋯⋯顔から火が出そうだ。

『で、娘はどこですかの?』

 村長、何言ってんの? 目腐ってんの?

『隣の子じゃないんですか?』

 ビッグマックが聞いた。

『いやいやいや、どう見ても孫でしょ。ワシ76歳ですぞ。この子は孫のマユゲちゃん』

 そう⋯⋯だよね。あ、でも!

『さっき娘を貰ってほしいって仰った時にその子のことを見てた気がするんですけど』

 先に言われた。さすがビッグマック。

『母親があなたと旅に出ることになったら寂しがるのではないかと思って顔を見たんです』

 なんだ。

 あーあ、またおばちゃんか。綺麗な人だといいけどなぁ。

『とりあえず娘を探しましょう』

 村長がスケッチブックを見せた。そうだな、とりあえず探すか。

 部屋を1個1個チェックしていると、さっきのワインの部屋の倍くらいの大きさの部屋を見つけた。そこに村長の娘さんがいた。旦那さんもいた。

「モゴ」

 オバタリアンみたいな見た目の村長の娘さんが旦那さんを見て顎でクイッとやって目配せした。ハズレです。

 旦那さんがスケッチブックになにか書いている。

『なんか用?』

 は? 助けに来てやったんだが?

『助けに来たんじゃろうが!』

 村長が怒りの表情で娘にスケッチブックを見せた。

『囚われてたわけじゃないのよ? 教団のみんなは私の美貌にメロメロで、私の言うことはなんでも聞いちゃういい子たちだったのよ? 実際にほら、ダーリンは縛られてないでしょ?』

 確かに。

 いや、確かにじゃないよ! 村長とお前の娘が地下に幽閉されてたぞ!
 ていうか、なんで旦那が代弁してるの? テレパシーでも使えるの?

『どういうことなんじゃ⋯⋯ワシらはどうでもいいということなのか!』

『親父は臭いし、マユゲがいるとダーリンとイチャイチャ出来ないし、このほうが楽だったからねぇ』

 こいつ⋯⋯

『あんた最低だよ!』

 ビッグマックがキレた。オバタリアンはハッとした顔をしている。

『もしかして勇者様!?』

 旦那のそのテレパシーの精度はなんなんだ。なんでオバタリアンは自分で書かないんだ。怠惰がすぎるぞ。

『私をお嫁にもらってくれませんか?』

 旦那よ、お前どういう気持ちでそれ書いてるんだ。俺めっちゃ嫌なんだけど、この人。なんでこんなやつに結婚を迫られなきゃならんのだよ。旦那の目の前で不倫しようとするやつなんか嫌に決まってるだろうが。

 ドゴーン!

 突然の轟音とともに屋敷全体が揺れた。この展開ってもしかして⋯⋯

『村長さん、予言師の人ってあれ以外何か言ってませんでした?』

 ビッグマックも同じこと思ってたんだ。

『ああ、「50年後勇者がこの村を救ったあと魔王があなたの娘を攫いに来るでしょう」とも言っておられましたぞ。まさかとは思いますがの』

 こいつ、ビッチョンコ村の村長の兄弟か何かか? 同じすぎるだろ。

『まさかじゃないですよ! 今の音、多分魔王ですよ!』

『ええ!?』

 村長が驚いている。お前らバカだろ。

『こら、人にバカとか言わないの』

 お母さんかよ。

『ビッグマックだよ』

 ドガーン!

 壁をぶち破って魔王が現れた。今回はスケッチブックを持っている。魔王が持つと小さいな。一生懸命なにやら書いている。

『また会ったな』

 あ、普通に挨拶された。

『何しに来たんだ』

 ビッグマック、あんまり刺激しないでね? 多分俺なんてひと捻りだろうから。ていうか黙ってふちっこのほうで座ってようよ。

『良い女がいると聞いたんでな』

 良い女? マユゲちゃんのことか? いや、予言の話だとこのオバタリアンか! こいつ熟女好きなのか?

『魔王よ、お前は熟女好きなのか!』

 ちょっと! 刺激するなって!

『悪いか?』

 ほら、怒ってるやん!

『ええやん』

 は? どうしたビッグマック? 趣味悪いとか言い出すのかと思ったけど。

『いやそんなこと言うわけないじゃん。女性はいくつになっても女性に見られたいものなの。そんな女性に相性が良いのが熟女好きってわけよ』

 そうなの? 全然分からんのだけど。だって俺のかーちゃんくらいの歳だぜ? 無理だろ。

『ええこと言うやん』

 お前はもうちょっと魔王っぽい言葉遣いを覚えろよ。

『何勝手に話してんのよ。それはお互いが愛し合ってる場合でしょ? 私は勇者様以外眼中にないの、とっとと帰んなさいよ魔王』

 このおばさん無敵か? こいつ5メートルあるんだぞ?

『きゅんっ♡』

 おい魔王!

『ますます気に入った』

 魔王はおばさんをいとも簡単に捕まえてみせた。

「モゴモゴ! モゴ!」

 おばさんが暴れている。そういえばこいつは歯あるんだな。

『さらばだ』

 片手におばさんを持っているせいで書きにくかったのか、ギリギリ読めるレベルの汚い字で魔王とさよならした。
 旦那以外魔王を止めようとしなかった。それだけ人望がなかったのだ。自業自得である。

 それにしても魔王はおばさんハーレムでも作ろうとしているんだろうか。なんだかんだ魔王優しそうだし、あの人たちにとってもいいんじゃないか? ていうかあの2人が解き放たれたら真っ先に俺に被害が及ぶんだよな。

 さて、一件落着したし帰るかな!

11.主人公にとりあえずで人殺しをさせるなよ

『勇者様、ありがとうございました。お気を付けて』

 村長達に送り出された俺達は「お礼の品とかないんだ」と思いながら屋敷を出た。

『結局あの子最後まで喋らなかったね。お孫ちゃん』

 スケッチブックがなかったからじゃないの?

『違うと思うよ。だってあの子、ボク達が帰る時に村長のスケッチブックに「勇者様の目が怖かった」って書いてたもん』

 えっ⋯⋯

 お前目見えるの?

『そこ!? ⋯⋯うん、確かに、なんか見えるわ。なんでだろ。目が見えぬ代わりに心が開いた! ってやつ?』

 シュウじゃん。南斗白鷺拳の。

『それにしても男の人ってすごいね。初対面の女子中学生相手にあそこまで生々しい妄想をするんだね。あの子の歯がないことをいいことにあんな妄想を⋯⋯正直引いたよ』

 ごめんなさい⋯⋯

「モホモ!」

 突然目の前に女性が現れた。こいつ、ウンチンコじゃねーか!

『救ってくれると信じていました。ありがとうございます!』

 そうスケッチブックに書かれていた。お前俺を嵌めただろ。嘘書いてんじゃねーよ。

『あなた、教団のメンバーだったんですね』

 そうだそうだ、言ってやれビッグマック!

『脅されていたんです。すみません⋯⋯』

 ウンチンコは涙を流しながらスケッチブックを見せた。本当なのだろうか。1度騙された相手だ、完全に信用するわけにはいかないよな⋯⋯

『とりあえず殺しとけば? まだ健康ナルナールはたくさんあるんだし』

 なんてこと言うんだ。主人公にとりあえずで人殺しをさせるなよ。

『でもこいつ、後々村のみんなに何かするつもりかもしれないよ? そうなったらどうする? こいつを殺さなかったせいで何十人何百人と死んだらどうする?』

 どうしたんだよビッグマック、なんか怖いよ⋯⋯

 でもまぁ、他のメンバーはみんな死んだんだし、この人1人くらい放っておいても大丈夫なんじゃない?

『君がそう思うなら、それでいいよ』

 なんか突き放されてる気がする。

『君の妄想がドS過ぎたからいけないんだよ。ボク失望したもん。さすがにアレはないよ』

 そんなに言わなくてもいいじゃん。実際に何かしたわけでもないんだし。

『お嫁さんに貰ってたら実際にしてたんじゃないの? アレを』

 うるさい! とりあえず次の村に向かうよ!

12.実は魔王は12歳!

 さて、北村村から徒歩2分。その距離約150メートル。次の村に到着した。この村にも当然のように看板が立っているのだが⋯⋯

『魔王ファン村って書いてあるね、大丈夫かな?』

 そう、恐らくここは魔王のファン達が集う村なのだろう。確かに魔王はカッコイイ。フォルムも強さも男の憧れだ。
 しかし、奴は人を連れ去る悪の権化。どこに連れ帰って何をしているのかは分からないが、村長の娘ばかりを狙っている大の熟女好きである。

 村長の娘たちはなぜか俺に惚れているので、そのうち俺も魔王に敵意を向けられるのではないかとヒヤヒヤしている。
 そんな時は伝説の有害物質である俺のおしっこ「健康ナルナール」を使って魔王を殺すしかない。出来るかは分からないが、やらなければならない時が来たらやらざるを得ないだろう。

 それにしても、自分の体から伝説の有害物質が出るというのはあまり気分の良いものではないな。1滴で人1人殺せてしまうのだ。しかも飲ませる必要はなく、肌に触れるだけでも死ぬ。ヤバすぎる。

『村に入るの?』

 入ろう。恐らくここに魔王はいない。俺が魔王なら自分の村に「魔王ファン村」なんて名前つけないからな。

『確かに。今日は冴えてるね、ミッチョンコ。餅バカのくせに』

 餅バカのくせには余計だよ。

 さて、この村に餅の情報はあるだろうか。お邪魔しますよ〜。

 早速人を見つけた。鉢巻きをした法被はっぴのおじさんだ。耳の上のところに鉛筆を引っ掛けている。大工だろうか。

「モゴ!?」

 あ、こっちに気付いた。

『旅のお方ですか?』

 あ、その鉛筆で書くんだね。

『はい、旅をしております。突然ですが、この村にお餅ってありますか?』

『しゃ、喋ったぁ!』

 このくだりは絶対あるのね。そろそろ飽きてきたよな。大工のおじさんは目をまん丸にしてこちらを見ている。

 そんなおじさんを見てか、周りから村人がぞろぞろと集まってきた。皆スケッチブックになにやら書いている。そんないっぺんに見せられても対応しきれんぞ。

『魔王様の身長はピッタリ5メートル!』

 はぁ!?

 この村の奴も餅の質問無視すんの!? もしかして餅の質問ってこの世界ではタブーなのか? ていうかなんでいきなり魔王の身長なんだよ。誰が測ったんだよ。
 別の男がスケッチブックをこちらに向けた。

『年齢は12歳!』

 魔王がってこと? あいつ12歳なの? 子どもじゃん! なのにあんなデカくて強いの? しかも熟女ばっかり狙うし。おねショタってやつ? いや、おばショタか⋯⋯

 もしかして猫とか犬みたいに人間とは歳の取り方が違うパターンとか? さすがに12歳であれはないもんな。

『住所は○○○の○○の○○○!』

 なんなのこいつら! なんで魔王の話ばっかするんだよ! そもそもなんで住所知ってんだよ!

『体重は3トン!』

 めっちゃ重いやん!

『弱点は鼻と目玉と金玉!』

 人間と同じやん。ねぇ、いつまで続くのこれ。

『知らないよ』

 ビッグマックも諦めてるやん。

『健康ナルナール6滴で倒せる!』

 マジ!? そんなこと教えてくれるの!?

『誰が1番でしたか!』

 どゆこと? なに?

 ちょっとビッグマック聞いてみてよ。

『1番ってなんの話ですか?』

『今の聞いて誰が1番魔王様のファンに相応しいと思いました?』

 あ、そういうことなのか! さっきからやってるこれは魔王のこと知ってますよアピールだったのか! ここに立ち寄った旅人は毎回こんなことされてんのかな。

『ミッチョンコ、誰が良かったと思う? とりあえずボクは弱点と健康ナルナールの致死量教えたやつはファン失格だと思うけど』

 確かに。

『いやいやちょっと待ってくださいよ! そんなつもりで弱点を教えたんじゃありません! あれは魔王様は弱点を知られたところで誰にも負けないんだぞ、という自信の表れなんです!』

 なるほど、そういうことか。良いファンじゃないか。

『それに健康ナルナールなんてただの伝説で、多分この世には存在していないから教えても平気なんですよ!』

 持ってますって言ったらこいつらに引っ捕らえられるかな。

『間違いなく危険人物認定されるだろうからね』

 まさか魔王にも効くとは⋯⋯しかも6滴。俺って実は最強なんじゃないか?

『さぁ旅のお人! 1番は誰ですか!』

 住所の人だな。魔王を避けて旅が出来るからこの情報は嬉しかったんだ。

『ミッチョンコ、それってファンかどうかってあんまり関係なくない?』

 いいのいいの、真剣に審査する義理なんてないんだから。ただ立ち寄っただけでいきなりこんだけの人に囲まれてスケッチブック見せられて、なんで真面目にやんなきゃならないのさ。

『せやな。まさしく正論やな』

 ということで通訳お願い。

『住所の方です』

『やったーっ!』

 喜んでる喜んでる。

『異議あり!』
『私も!』
『異議あり!』

 審判にケチつけるのアリなのかよ。

『住所なんて誰でも書けるわ!』
『そうだそうだ! 俺の方が相応しい!』
『いや俺だ!』
『私よ!』

 みんな自分のことしか考えてないじゃないか! そんなんなら初めから審査してほしいなんて言うなよな! 他の旅人にもこういうことをしてるんだろうか。めっちゃ腹立つなこいつら。今作で1番見苦しい人達だ。

『ミッチョンコ、この村ムカつくわ。早く出よ』

 そうだな、こんな村に長居しちゃダメだ。どんどん人類に絶望してしまう。早く出よう。

 ⋯⋯この村にも村長の娘がいるんだろうか。

『いたとしたら何?』

 いや、また魔王に攫われるのかなって思って。また屋敷の屋根に穴が空くのかなって思って。

『もしそうだとしてもボクらには関係ないだろ。君さ、ボクと一緒にこの世界に来てからほんの少ししか寝てないだろ? そろそろ休まなきゃダメだよ』

 ビッグマック⋯⋯俺のことを心配してくれてるのか。ありがとう。

『君が死んだらボクも干からびて死んじゃうんだからね、ちゃんと自覚持ってよね!』

 そういう理由なのね。分かった分かった、すぐに村から出ますよ。村長の娘も知りません。
 村人が2回戦を始めようとしていたが、無視して村を出た。

13.『マッチョンピ、君との婚約を破棄する!』


 魔王ファン村を出た俺は、ビッグマックに言われた通り休むことにした。確かにほとんど寝ていなかったからな。

 俺は意識を「暴れミッチョンコモード」に切り替え、道端で横になった。毛が一切なくなった状態の羊を数える。そうすると、滑らかに夢の世界に入ることが出来るのだ。

 これで朝起きたら次の村に着いているという寸法だ。

『ちょっと待って、工程飛んでない?』

 何が?

『次の村に着く理屈が分かんないよ』

 ああ、それね。それは「暴れミッチョンコモード」の効果だよ。暴れミッチョンコモードに設定して寝ると、寝てる間に大暴れして大移動するんだ。

『なんて物騒なモードなんだ』

 そうだな、物騒といえば物騒だ。暴れミッチョンコモードのせいで何回か捕まってるからな。

『何やったんだよ』

 無意識に餅を強盗したらしい。

『ゴリゴリの悪人じゃねーか。そんなふうになるくらいなら普通に寝て、起きてから次の村に向かえばいいじゃん。時間もあるんだし』

 作者が道中を書くのがめんどくさくなってきたって言ってるんだよ。俺の意思ではどうしようもないんだよ。

『ならしょうがない』

 そんなわけで、俺は暴れミッチョンコモードでひん剥かれた羊を数えた。
 目を覚ますと、大きな村の前にいた。やはりここにも看板がある。

『婚約破棄村』

 何でもありなんだな、この世界は。ちょっと覗いてみるか。公衆トイレあるかな。朝起きるとおしっこしたくなるんだよな。

 少し歩くと、広場のようなところで3人の男女が言い争って(書き争って)いるのを発見した。
 マントを羽織り、王冠を被った若いイケメン。そのイケメンにベッタリとくっつく目つきの悪い、性格の悪そうなおばさん。そして、まるで絵本から出て来たかのように可愛らしい、まさにお姫様! という感じの若い女性。

 劇でも始まるのか?

『マッチョンピ、君との婚約を破棄する!』

 当然のようにスケッチブックでの筆談。お姫様みたいな子は驚いた表情をしている。

『王子! なぜなのですか! 結婚式は2時間後ですよ!?』

 この人王子なのか。結婚式の2時間前に婚約破棄ってすごいな。普通2時間前って式場にいるよな。こんな人気のない広場にいないよな。俺が見てるのってバレてるのかな。

 婚約破棄婚約破棄って、元の世界で生きてた頃からもう何百回とその文字見せられてるけどさ、そろそろ公式な文書で婚約しようぜ。
 めちゃくちゃ大事なことなんだからさ、口約束で婚約成立じゃなくて、公式な文書にサインして初めて婚約成立っていうふうに法律で定めろよ。ちゃんと定めないから婚約破棄が横行するんだぞ、君たちの世界で。

『彼女が僕と結婚してくれると言ったんだ。だから君との婚約を破棄した。ただそれだけのことだよ』

 俺だったら絶対こっちの子の方が良いけどな。だってあっちおばさんじゃん。この子にめっちゃガン飛ばしてるし。絶対悪いやつだよそいつ。考え直せよ王子。

『そうよ〜ん、王子は貧乏人のあなたを捨てて、村長の娘である私を選んだのぉ〜』

 げ、こいつ村長の娘なのかよ。俺が喋れるって分かったらまた惚れられるんだろうか。そろそろ飽きてきたぞ、それも。予言師が昔言ったんです、とかももういらんからな。

 そういえば、村長とか村長の娘とかがいるのに、それとは別に王子がいるんだな。これは変ではないのか? 国があって、この人はそこの王子で、その国の中にある村の村長がこのおばさんの親ってこと?

 ややこしいな。諦めよう。もうなんでもいいわ。関わりたくないからさっさとどっか行こ。

『マッチョンピ、貧乏人は貧乏人らしい態度を取りなさい。あなたごときが不服を言ってはダメなのよ? お金持ちの私が王子と結婚するって言ってるんだから、あなたはただそれを黙って受け入れるの。分かった?』

 ひどいおばさんだ。自分の親が金持ちだからってその金で王子を釣って結婚だなんて。王子も王子だよ。2時間後の結婚式を突然中止にしようだなんて。
 なんでよりにもよってあんな性格の悪いおばさんなんだよ。お前王子だから金あるんじゃないのか? 金銭欲が無限なのか?

『分かったら返事! 負け犬はさっさと消えなさいよ! ああ汚らわしい! 早く私の前からいなくなってちょうだい!』

 マジなんなんこいつ。あの子が可哀想過ぎるよ。こんな悪役令嬢悪役令嬢した人間がいていいのかよ。

『おいお前!』

 ビッグマックが口を開いた。俺の口だけどね。
 ついにビッグマックの堪忍袋の緒が切れたようだ。ジャギのようなセリフを言っている(おいお前、俺の名をいってみろ!)。
 おばさんはビッグマックの声を聞いて驚いたようで、こちらを向いてぽかんとしている。

『自分が何言ってるか分かってる? 無関係なボクでも有り得ないくらい腹が立ってるよ。ホントお前は最低な人間だよ! ハッキリ言って異常だよ! 異常!』

 おばさんがスケッチブックになにやら書いている。

『あなたが勇者様ですね! まさか本当に現れるとは! お待ち申しておりました! しかも、私の名前をご存知なのですね! 私、あなたと結婚します! これからよろしくお願いします!』

 ⋯⋯うん。1つずつ突っ込んでいこう。

 まず、俺が勇者だと思われていること。十中八九予言師の仕業だろう。全部の村に言って回っているのだろうか。

 2つ目。「まさか本当に現れるとは!」なのか、「お待ち申しておりました!」なのかどっちなんだ。勇者の存在を信じていなかったのに待ってたっていうのはおかしくないか? 矛盾してないか?

 そして3つ目! 俺はお前の名前なんて知らんわ! 会ったこともないし聞いたこともない! もし知ってたとしても嫌いだろうから名前なんて呼ばんわ!

 んで最後! なんでお前らは俺と結婚だったり旅だったりしたがるんだよ! 見ず知らずの俺の何に惹かれたんだよ! お前らの3分の1の年齢なんだぞ俺は! こっちの身にもなってみろ!

『めっちゃ吐き出したね』

 うん、だってあいつやばいもん。完全におかしいもん。代弁しといてくれ。

『やっぱりお前異常だな!』

 そういえばビッグマックが人のことを「お前」って呼んでるの初めて聞いたかも。それだけ腹が立ってるんだな。初めてじゃないかもしれんけど。ていうかそもそもまだ出会ってから2日くらいしか経ってないからな。

『やっぱりって、もしかして勇者様も私を探してらしたの? うふふ』

 なんでこんな話が噛み合わないの? こいつバカなの?

『異常さん、僕は?』

『王子、あなたとの婚約を破棄します!』

『えぇーっ!』

 王子が振られた!?

 てか、王子今このおばさんのこと「異常さん」って呼んでなかった? そんなあだ名で呼んで大丈夫なのか? ビッグマック、これどういうこと?

『異常さんって呼ばれてるんですか』

 落ち着きを取り戻したビッグマックが聞いた。

『ええ、私の名前が安久谷暮あくやくれ 異常いじょうなので、基本的に異常さんとか異常ちゃんって呼ばれてますね。でも勇者様は呼び捨てでしたね! 男らしくってますます惚れちゃいます!』

 名前があくやくれいじょうなんだ。あくやく れいじょう。じゃなくて、あくやくれ いじょう。なんだね。キモ。

 さっきからビッグマックが怒ってお前は異常だ! って言いまくってたのもただのワイルドな呼び捨てだと思ってキュンとしてたってわけか。腹立つな。

『僕も振られたから、残り物同士くっつこうか』

 王子があの子にスケッチブックを向けている。

『しね』

 あの子やっぱ怒ってたんだ。そりゃ怒るよな。王子もフットワーク軽すぎなんだよ。
 んでさ、なんで2文字で1ページ使っちゃうかな。スケッチブックもったいなくない? 貧乏なんじゃなかったの? ちゃんと裏も使ってるか?

『勇者様ぁ〜ん! 凛々しいお顔ですこと〜っ! もっと近くで見せてぇ〜ん!』

 このおばさんなんとかならないかな。どっかに縛り付けたり出来ないだろうか。早くこの村から出ていきたいし、このおばさんについてきて欲しくないし。方法をさがさないと⋯⋯

 こんなことを考えていると、突然広場に雷が落ちた。雲ひとつない快晴だったはずなのに、なぜ雷が。音のした方を見てみても、誰もいない。

『ミッチョンコ! あっちだよ!』

 喉の中で左の方に暴れられた気がしたので左を見ると、おばさんの頭が魔王にガッチリと掴まれていた。

『まずは胃袋を掴め! って言うけど、魔王はとにかく頭を掴むんだね』

 ビッグマックが独り言を言っている。

『独り言じゃないよ! 君が共感してくれないから独り言になっちゃうんじゃないか!』

 こちらで言い争っている間に、魔王はスケッチブックに長文を書き上げた。

『またまた会ったな。お前いつも見てるだけで助けようとしないけど、本当に勇者なのか? 俺の力にビビっているというよりかは、俺が女の子達を連れて行こうとしていることに興味を持っていないように見えるんだが』

 村長達が勝手にそう呼んでるだけなんだよなぁ。俺は勇者じゃなくてただのミッチョンコだよ。
 興味を持っていないわけじゃないよ。むしろ逆だ。興味津々だよ。だって連れ去ってくれないと俺が困るんだもん。連れ去ってくれてありがとうっていつも感謝してるよ。

『魔王にはいつも感謝してるよ』

 ビッグマック、そこだけ通訳するのね。

『俺お前に何かしたっけ』

 魔王は異常の頭部を鷲掴みにしたまま考え込んでいる。
 ビッグマック、詳しく言ってあげて。

『いやね、どの村の村長の娘もさ、ボクを見るとすぐに勇者様勇者様、結婚してください旅に連れて行ってくださいってうるさいから、魔王が連れ去ってくれて助かってるんだよ』

『そうなの? じゃあ俺たちはウィンウィンの関係なんだな!』

『そゆこと!』

 魔王は異常の頭部を鷲掴みにしたまま考え込んでいる。

 おい、今考え込むタイミングじゃないだろ。そんな流れじゃなかっただろ。もしかしてお前もボケ担当だったのか?

『ということは、お前を捕らえて連れ帰って「勇者がいますよ〜」って宣伝すれば村長の娘たちが集まってくるんじゃないか?』

 お前今そんなこと考えてたのかよ。俺主人公ぞ? ミッチョンコぞ? お前に連れ去られるわけにはいかんのよ。分かってるだろ?

『善は急げだ。お前も頭を鷲掴みにして連れ帰ってやろう』

 善じゃねーだろ。なんで鷲掴み限定なんだよ。鷲掴みフェチかよ変態が。

『大人しく捕まるとでも思ってるのか? お前ごときに捕えられる勇者ではないわ!』

 ビッグマックが挑発している。なんでそんなことするんだ。

『たまにはカッコつけたいじゃん』

 大変なの俺なんだぞ。

『ごめん』

 いいよ。

『フン、言うじゃないか。力づくで連れ帰ってくれるわ!』

 こんな急に魔王とバトルすることになるなんて思ってなかったよ! でも俺には健康ナルナールがある! 見てろよ魔王! 次話でお前はダンゴムシみたいにまん丸になって死ぬんだ! 覚悟しとけや!

14.しっこのコーティング!

 いざ魔王と対峙してみると、改めてその大きさに圧倒される。家より余裕で大きい。

『さぁ⋯⋯死ぬがいい!』

 魔王はスケッチブックを掲げながらこちらへ走り出した。

 死ぬがいいってなに!? 俺殺されるの!? 連れ帰って客寄せパンダにするんじゃなかったの!?

 俺はバトル漫画の主人公のごとく、魔王の攻撃を華麗に躱した。

 はずだった。

 右足の一部が5センチほどえぐられている。

『ミッチョンコ!』

 ビッグマックが心配してくれているが俺はそれどころじゃなかった。今までに味わったことのない痛み。そして恐怖。

 よく考えたら今まで俺は魔王はおろか、一般人とすら戦ったことがなかったのだ。なので、俺が今までにした怪我といえば餅と一緒に炙ってちんちんを火傷したくらいだった。

 足を押さえてしゃがみ込んでいると、魔王が嬉しそうな表情でスケッチブックを見せてきた。

『オワタ\(^o^)/』

 腹立っつ!!!! 手書きの顔文字腹立っつ!!!!

『フフフ⋯⋯次で終わりだ』

 終わってたまるか!

 怒りで痛みが薄れてきた俺はすぐに立ち上がり、ポケットから水筒を取り出した。健康ナルナールをぶっかけてやるのだ。

 魔王の方を見る。いない。

 どこ行きやがっ⋯⋯ううっ!

 腹に鋭い痛みが走ったと同時に、目の前に魔王が現れた。魔王の巨大な爪が腹に刺さっている。腹からは虹色の血が流れている。

『ミッチョンコ!』

 ビッグマック、さっきから俺の名前を呼ぶだけのキャラになっちまってるよ⋯⋯

 それにしても痛い。これ、多分死ぬやつだ⋯⋯

 せっかく異世界転生したってのに数日でまた死んじまうなんて。しかもこんな惨い死に方で⋯⋯

 でもな、俺はタダじゃ死なねぇぞ。この健康ナルナールでお前を道連れにしてやる!

 俺は水筒の蓋を開け、魔王に近づけた。

「モゴッ!?」

 そう言って魔王は水筒を掴んだ。
 くそ、そう上手くはいかないか⋯⋯

『このピンク色の液体はもしや⋯⋯!』

 魔王は驚いた表情で俺を見た。

『なぜお前がこれを持っている! この世界最強の毒薬を⋯⋯!』

 そうか、知ってんのか。ならもう無理だな。勝てねぇわ。俺は魔王に傷1つ付けることも出来ずに死んでいくんだ。

『お前、他になにか隠し持ってないだろうな』

 魔王は俺の着ていた真っ赤なドレスとTバックをビリビリに破り、辺りに投げ捨てた。

『こ、これは⋯⋯!』

 魔王は俺の股間に釘付けになっている。

『まさか、こんなことって⋯⋯』

 さっき王子に婚約破棄されてまた求婚されたマッチョンピも見ている。

『どういうことだ!』

 王子も動揺を隠せないでいる。

 くそ、誰にも見られたくなかったのに⋯⋯

『なんでちんちんがタコさんウインナーになってるのよ!』

 村長の娘が俺にスケッチブックを向けている。

 チッ。

 ちんちんがタコさんウインナーだったらダメなのかよ。そんなに珍しいか! タコさんちんちんが!

『説明しろ』

 魔王が腹の爪をグリグリしながら書いた。
 こんな辱めってあるかよ。

『早く言え!』

 痛い!

 魔王め、容赦ないな。そんなに知りたいのかよ。別に誰のちんちんが8又だろうがお前には何の関係もないことだろうがよ。なんでわざわざ説明しなきゃならんのだ。
 でもお腹痛いからビッグマック、通訳頼むわ。

『分かった』

 それからビッグマックに俺の過去を教えた。そのまま伝えてもらうように頼んだ。

『俺は昔、いじめられていたんだ』

 魔王を含めた全員が憐れみの表情に変わった。お前らもしかして優しいやつらなのか?

『中学2年のある日、俺は担任の女教師に裸にひん剥かれ、ちんちんの先に泡立て器を押し当てられた。担任はそのまま体重を乗せて⋯⋯ということだ』

 皆涙を流しながら聞いている。

『その1ヶ月後、やっと出血が止まった俺の8又ちんちんをさらなる悲劇が襲った。過去に俺が振った女子が、俺を無理やり家に連れ込み、2人で餅を食べようと言って炙り始めたんだ』

 皆床に手と膝をついている。魔王はポケットからハンカチを取り出している。

『餅大好き人間の俺は夢中になってバクバク食べていたんだが、彼女がその隙を狙って俺を縛ったんだ。そしてちんちんを炙られた。それでこんなクルンクルンの8又になっちまったんだ』

 皆わんわんと泣いている。悔しそうに地面を殴る者もいた。魔王は鼻水まで垂らしている。

『お前は立派な男だ!』

 魔王が俺の肩を叩いた。

『だから立派に死ね! これはお前が飲め!』

 魔王は健康ナルナールの入った水筒を俺の口にあて、流し込んだ。俺はもう終わりか。ナルナールで殺された人ってこんな気分だったんだろうか。あっま。ガムシロ飲んでるみたい。あっま。あっまぁ⋯⋯

 ん?

 なんだこれ、なんか力が漲ってきたぞ?

 腹や足の痛みが引いていく⋯⋯

『どうだ? 気分は』

 魔王が悪い顔で聞いている。俺の表情を見ているようだ。

 ビッグマック、なんでか分かんないけど全回復したぞ! 今の気分を魔王に教えてやってくれ!

『フフ、最高だよ!』

『なに!? どういうことだ!』

 俺は水筒に残っていたしっこを頭から被った。全身しっこでコーティングだ! しっこーティング!

『どうだ魔王! これでお前は俺に触れられない!』

『フン、舐めるなよ勇者! 触れずにお前を殺す方法なぞ山ほどあるわ!』

 魔王はビームを出してきた。

 おいおいそんなの聞いてないよ! ビームは反則だろ! また絶体絶命かよ!

 しかし、しっこーティングでテカテカになっていた俺の体は、魔王のビームを反射した。

「モッ!?」

 反射したビームは作中1番可哀想で可愛いキャラであるマッチョンピに直撃し、彼女は炭になった。

『ビームが効かねぇとはな⋯⋯ならばこれはどうだ!』

 魔王は羽根を使ってこちらに飛んできた。肉弾戦をするつもりなのか? 血迷ったか魔王め!

『はぁーっ!』

 俺の目の前でピタリと止まった魔王はスケッチブックに掛け声を書き、複雑な動きを始めた。手で魔法陣を描いているようだ。

 あ、もうダメだ。

 もう漏れる。

 村に入った時から我慢してたからもう限界だ。

 俺は目の前の魔王に構わず放尿した。8又のちんちんからシャワーのようにしっこが放たれる。

「モゴ!? モゴーーーーッ!」

 魔王が悲鳴を上げた。俺のしっこがかかったからビックリしたのだろうか。
 そういえば俺のしっこ、健康ナルナールだったな。これ魔王死ぬんじゃね?

 結局、魔王はすぐに溶けて死んだ。

 人が死んだのにしっこをしている訳にはいかないので、俺はしっこを止めた。というのは建前で、本当は魔王の悲鳴にビックリして止まってしまったのだ。

『ねぇミッチョンコ。今まで殺したやつって死ぬ時溶けてなかったよね』

 そうだな。魔王と人間とでは違うんじゃないの?

『そういえばミッチョンコ、健康ナルナールって名前の意味がやっと分かったね』

 名前の意味?

『本人が飲むと万能薬になるから健康ナルナールって名前なんじゃないかな』

 あ、だからさっき全回復したのか。

 さて⋯⋯

 自分が連れていかれない為に戦った結果、村長の娘を守ったことになってしまったが、どうしたものか。

 ドゴーン!

 後ろから雷が落ちたような音が聞こえた。雲もないのに、なんなんだ。音のした方を見てみると。体長50メートルくらいの化け物が立っていた。

『魔王を倒すとは中々やるな。我は魔王2号。美熟女を求めてやってきた』

 おいおい勘弁してくれよ。大きさ10倍はさすがにひどいだろ。どうやって倒せばいいんだよこんなの。

『お前なんで裸なんだ。あとちんちんすごいな』

 なんでこんな50メートルの化け物にまで気にされなきゃいけないんだ。いじめの記憶の象徴のこんなちんちん、すぐにでも忘れたいのに。

 魔王2号は村長の娘の頭部を掴み、持ち上げた。

 ⋯⋯こいつの足にしっこかけたらどうなるんだろ。ちょっとやってみるか。ジョボジョボ。

あったか⋯⋯って何してんだ! お前は犬か! ってピンク!? もしかしてこれって、うぐうああああああああああ!』

 魔王2号は蒸発して死んだ。スケッチブックに書いてる暇があるなら避けるとかもがくとかしろよな。

『勇者様! 2度も助けていただいてありがとうございます! 私と婚約してください!』

 やっぱりこうなるのか。めんどくさいな⋯⋯

 ドゴーン!

 もう勘弁してよ。魔王3号? もうしっこ残ってないよ⋯⋯

「モゴモゴ!」

 知らない声が聞こえたかと思うと、目の前にいたはずの村長の娘が消えていた。この一瞬で連れ去ったというのか!?

 広場に取り残された俺と王子。

『どうしてくれるんだよ! 金持ちの娘と結婚出来るチャンスだったのに!』

 スケッチブックに書き殴られた王子の文字。お前さっきそこの炭とよりを戻したんじゃなかったのか。こいつすっげーコロコロ変わるやん。炭→村長の娘→炭→村長の娘、じゃん。最低だなこいつ。

『一緒に魔王3号を倒しに行こう』

 王子が無理難題を突きつけてきた。魔王3号って名前なのかどうかまだ判明してないだろ。
 それに3人目のあいつは2人目までとはわけが違った。俺はあいつの姿を見ることが出来なかった。それほどのスピードだったんだ。

 なぁビッグマック、どう思う? あんなやつに勝てるわけないよな? 今回は俺の身が危なかったから戦っただけで、わざわざ人を助けるなんて嫌だよな?

『そうだね、王子を無視して次の村へ行こう』

 ということになったので、俺は広場から離れようとした。しかし、王子が俺の腕を掴んだ。

『逃げるな。もし僕に協力してくれないのなら、この国の全戦力でお前を叩き潰す』

 そういえばこいつ王子だったな。別に俺と一緒に行かなくても、国の軍で魔王を倒しに行けばいいじゃないか。

 でも俺は言いなりになるしかなかった。だって怖ぇんだもん。なんで俺の仲間になる人ってみんなこうなの?

15.恐怖! 真っ黄ションベンしりとりりんご男の巻!

 あー、王子怖いなぁ。なんで俺の仲間ってみんな俺を脅迫するんだろう。こんなの仲間じゃないだろ。早めに死んでくれないかなぁ。

 そんなことを考えていると、遠くの方に何か光るものが見えた。よく見るとそれは金ピカに光っている。もしかして金?

『心の目で見てるけど、多分あれ村だよ。金ピカの村』

 金ピカの村!? ていうかすごいなビッグマック! そんな特技が! 南斗白鷺拳のシュウみたいだな! って話前もしたな。ってことは心の目で見るやつも今回が初めてじゃないってことか。忘れてたわ。

『それってミッチョンコの心情? それとも作者?』

 ⋯⋯知らんし。

 王子が俺の肩を叩いた。金ピカ村なら見えてるよ。

『おい、アレ! アレなんだ?』

 だから見えてるっつーの。自分が発見したみたいに言うなよ。とは言いつつも王子の指さす方を見てみる。

 スケッチブックを持った全裸のおじさんが立っている。なんだアレ。こわ。

『助けてくれ』

 近くに行くと、おじさんが助けを求めていることが分かった。でもこんな裸のおじさんに関わって大丈夫か? 罠の可能性はないか?

『悪い奴らに身ぐるみ剥がされた後なのかもしれない! 助けるぞ!』

 王子は私以外には良い奴なんだな。あとは金に目が眩んだ時か。大丈夫かな、こんな変なおじさん助けて。

『ボクもちょっと怪しいと思うな。この前のウンチンコみたいにスパイかもしれない』

『とりあえず話だけでも聞いてみようじゃないか』

 王子がそういうので仕方なく2人揃っておじさんのところに行った。

 ちょうどおじさんの真ん前まで行ったと同時におじさんがちんちんを構え、放尿した。俺たちは避ける暇もなく小便まみれにされてしまった。

 おしっこといえば健康ナルナールを思い浮かべてしまうが、あれは伝説のおしっこで、滅多に出ないものだ。これは黄色いので恐らく大丈夫だろう。

『ミッチョンコはナルナール食らっても回復するだけだから気にしなくてもいいんじゃないの?』

 そうかもしれないけど、他人のナルナールは効くかもしれないだろ?

『なるほど。んでさ、なんでおしっこかけられたのにそんな平然としてられるの?』

 餅にかけられた訳じゃないからな。そんな怒るようなことでもないよ。そう、平然といえば、このおじさんの胸に「平等!!」って書いてあるんだけど。

『平等主義者なんじゃない?』

 ふーん。あ、そういえば王子はどうなったんだろ。高貴なお方だから見ず知らずのおじさんのおしっこなんて耐えられないんじゃないか? ショックで死んでんじゃねーの? ははっ。

 隣を見ると、王子が力なく横たわっていた。もしかして、死んでる? どういうこと? 本当にショックで死んだの?

『ははははは! 残念だが王子は死んだ! 俺のションベンによってな!』

 何!? 真っ黄ションベンだと!?

 驚いてみたけど、なんだよそれ。普通のおしっこじゃないのか。風邪気味の日の。んでなんで俺は死なないんだ。

 そういえば、こいつが王子だって知ってるみたいだな、こいつ。何者かからの刺客か?

『ミッチョンコ今日冴えてるね』

 おじさんに詳しく聞いてみてくれ。

『おじさん、なぜあなたはこいつが王子だと見破ったんだ!』

『そんなの簡単さ。王冠被ってるからだよ』

『王様かもしれないだろ』

『王様はもっと歳とってて貫禄ある顔してるだろ』

『王様が早くに亡くなったら子どもが王様になることもあるぞ』

 ビッグマックの理詰めに観念したおじさんが筆を走らせた(口を開いた、に同じ)。

『正直に言うよ。俺は王子という人種が大嫌いな平等主義者なんだ』

 なるほど、だから平等って書いてあるのか。マジックで。

『それで何の偶然か、ここに転生した時に王子をションベンで殺せる力を授かったんだ。俺のションベンの正式名称は「王子シヌシーヌ」というらしい』

 王子シヌシーヌって健康ナルナールに似てるな。それにしても、俺以外に転生者がいたのか。

『転生者にはそれぞれ力が与えられるみたいだね。アニメとかでよく聞く「スキル」ってやつかな?』

 スキルって名乗るのもなぁ。おしっこだしなぁ。おしっこが武器の主人公ってなんかカッコ悪いからなぁ。

『この流れでいくと主人公どころか全員おしっこが武器の可能性もあるね』

『俺を仲間にしろ』

 おじさんがスケッチブックを見せている。

『ダメだ!』

 え、ビッグマック、勝手に断らないでよ。

『え? こいつと旅したいの? ダメって即答すればいいと思ったんだけど。なんで初対面でいきなりおしっこかけてきたおじさんを仲間にしようとしてるの?』

 なんでって、俺を助けてくれただろ。王子という脅威を消し去ってくれた。あいつと旅する未来を考えたらこいつなんて可愛いもんだよ。精神にかかる負担が違う。

『そこまで言うなら分かったよ。⋯⋯おじさん、仲間にしてあげるよ』

『よっしゃあ!』

 おじさんがめちゃくちゃ喜んでいる。俺も転生者に出会えて嬉しいぞ。

『ちょっと眠いから仮眠とるね』

 ビッグマックも眠ることってあるんだな。おやすみ。

 ♥☆♡30分後♥☆♡

 やっぱアニキつえぇなあ。こんなに「る」攻めをしてくるなんて。

『⋯⋯おはよう。ミッチョンコ、アニキって誰? また仲間増えたの?』

 いやアニキはアニキだろ。この人以外いないだろ。

『おう相棒! 早く次やろうぜ!』

 望むところだ! アニキは「りんご」か。俺はゴライアスオオツノハナムグリで行くか。

『ミッチョンコ、ボクが寝てた30分の間にこのおじさんと仲良くなりすぎじゃない?』

 アニキはめっちゃ話しやすくて楽しい人なんだ! 俺ももう惚れ込んじゃってね、弟子にしてくれって言ったら(書いたら)「相棒でいいじゃねぇか」って! アニキかっけーっ!

『ほら、お前の番だぞ。「りんご」の「ご」だ』

 お! 今度は「ご」攻めかぁ! やっぱ強ぇやアニキ!

『いやミッチョンコ、それはおかしいでしょ。りんご→ゴライアスオオツノハナムグリ→りんご、じゃん。おじさん同じの2回言ってるじゃん。いいの?』

 おじさんじゃなくてアニキだよ! それにアニキは同じ単語を2回使うなんてズルはしないよ! アニキに謝れ!

『えっ、どうしちゃったの? まぁそんなに言うなら謝るけど⋯⋯すいやしぇん』

 さて、「ご」⋯⋯だな。「こ」でもいいのかな。いや、とりあえずは「ご」で行くか。

 よし、「ゴスロリ」だ!

『りんご』

 アニキ強すぎるだろ!

『いやおかしいでしょ。でももうボクは放っておくことにするよ。どうせ聞いてもらえないから』

 何拗ねてんだよビッグマック! 明るく行こうぜ!

『ゴキブリ!』

『りんご』

『ゴム草履!』

『りんご』

『ゴムまり!』

『りんご』

『御祝儀!』

『りんご』

『御成敗式目!』

『りんご』

『五箇条の御誓文!』

『りんご』

『ごはん!』

『りんご』

『ゴブリン!』

『りんご』

 アニキやばすぎるだろ。もう降参するしかない⋯⋯

『はは、中々のもんだったぞ相棒よ。あと少しで俺も追いつかれちまうなぁ』

『そ、そうですか! ありがとうございますアニキ!』

『ミッチョンコがスケッチブックに書いて会話するなんて⋯⋯なんか複雑だなぁ。結局このおじさんりんごしか言わなかったな』

 こらビッグマック! おじさんじゃなくてアニキだよ!

 というやり取りをしていたらあっという間についた。看板には「金ピカ村」と書かれている。よし、入ろう!

16.ちんちんぶらぶらソーセージ!

『金ピカ村に入る前に、健康ナルナールを俺に渡してくれないか?』

 なるほど、護身用だね! さっすがアニキ!

『こんなやつに渡しちゃって大丈夫なの? ミッチョンコは大丈夫だけど、こいつその辺の人殺しまくったりしそうじゃない?』

 アニキのことを「こいつ」呼ばわりか! 見損なったぞビッグマック! しっかり礼儀を学んでこい!

『はいどうぞ』

『そっちのも、全部渡してくれないか?』

『ほら、やっぱ危ないよ! こんなやつに渡しちゃダメだ!』

 うるさいなぁビッグマックは! アニキが間違ったこと言うわけないんだから、大人しく渡せばいいんだよ! はいどうぞ、アニキ!

『じゃあ行こうか』

『うん!』

 俺とアニキは金ピカ村に足を踏み入れた。

『いや、こいつ全裸だけど大丈夫? 村人に怒られたり通報されたりしない? ミッチョンコもとばっちりを食うかもよ?』

 いや、服着てるじゃん。よく見てみろよ。全裸で村に入ってくわけないだろ。

『いや、心の目でちゃんと見てるけど、こいつ普通に全裸だよ!』

 うるさいな! じゃあ直接アニキに聞いてみるよ!

『アニキ、服着てますよね!』

『一体いつから――――

 俺が服を着ていると錯覚していた?』

 なん⋯⋯だと!?

 はっ! こいつ、よく見たら裸じゃねーか! なんかさっきまで仲良くしてた記憶があるけど、なんでこんな全裸の変態と仲良くしてたんだ俺は!

『ミッチョンコ! 目が覚めたのか!』

 ごめんビッグマック、俺、お前にひどいこと言ってたかもしれない⋯⋯!

『ひどいことっていうか、意味分かんないこと言ってたよ。しりとりも理不尽な負け方してるのに何も思ってなさそうだったし』

 そうだったのか⋯⋯

 こいつ、一体何者なんだ!?

『俺の能力が王子シヌシーヌだという話、あれは嘘だ』

 なんだと!?

『俺のちんちんが有する本当の能力は「完全催眠」、発動条件はこのちんちんぶらぶらソーセージを相手に見せることだ』

 ちんちんぶらぶらソーセージだと!? 何年ぶりだこの言葉! 小学2年生ぶりだぞ!

『死ね!』

 ちんぶらおじさんは俺に健康ナルナールをぶっかけた。そうか、このおじさんはあの戦場にいなかったから知らないんだな。俺にナルナールが聞かないことを。

『なぜ死なない! ⋯⋯こうなったら!』

 おじさんはちんちんをぶらぶら揺らし始めた。催眠術のようにゆっくりと。見るわけないだろ。バカじゃねーんだよ。

 俺はおしっこをひっかけておじさんを殺した。短い間だったが世話になったな。

『背中に魔王の手下って書いてあったよ』

 そうなのか、なんでそんなご丁寧に⋯⋯

 結局俺にちゃんとした仲間は出来ないんだな。ずっと1人で旅をする運命なんだ。シクシク。

『ボクがいるじゃないか!』

 ⋯⋯そうだな、ごめん。1番大事な相棒を忘れてたよ。

『忘れてたのかよ』

 いや、忘れてたわけじゃないけど、旅をする仲間としてカウントしてなかった。2人で1つみたいな所あるじゃん、俺たち。

『確かにそうだね』

 さて、そろそろ金ピカ村にお邪魔しましょうかね! 行くぞビッグマック!

『行こーっぜっっっ!』

17.ピンクションベンの雨

 金ピカ村は本当に金ピカだった。看板から家から地面から、全てが完全に金ピカだった。串カツの玉家のトイレみたいだった。

『旅のお方ですか?』

 金ピカの人間が金ピカのスケッチブックに更に金ピカな文字を書いてみせた。

『ええ、お餅を探していまして』

『えっ、あなた今喋りましたね!?』

 またこのくだりか⋯⋯

『お餅ならありますよ』

 えっ?

『マジですか?』

 ビッグマックも思わず聞き返した。まさかそんな簡単にありますよって言われるとは思わなかった。

『マジですよ。お酒もありますよ』

 俺17歳なんだけど。あ、でもこの世界ではお酒が飲める年齢かもしれないな。
 食べたいなぁ。

『お餅を食べさせてもらうことって出来ますか?』

『じゃあ私の家でご馳走しますよ。ついてきてください』

 この金ピカ人間を信用していいのだろうか。ちょっと上手く行きすぎてないか?

『どうする? ミッチョンコ』

 餅食べたいから行くよ。

『餅も金ピカだったらどうする?』

 味さえ良ければ文句は言わないよ。

『分かった。ならとりあえず行ってみよう』

 俺は金ピカ人間の後ろをついて行った。金ピカなことを除けば普通の家だが、金ピカなことがすごいインパクトだから普通に見えない。

『1分時間をください。準備しますね〜』

 1分で!?

『1分で餅が出来るわけないよ! 罠だよ! 逃げようよ!』

 大丈夫大丈夫、もし罠でも健康ナルナールで応戦するから。

『お待たせしました〜』

 金ピカ人間の手には金ピカのお餅が乗ったお皿があった。テンション上がるぅ!

『これつけて食べてください』

 金ピカの液体。なんだろうか。

『これ、砂糖醤油です』

 いいね!

 金ピカの餅を1つ手に取り、眺めてみる。

 長かったなぁ。何日ぶりの餅だろうか。なんだか涙が出てきちゃったよ。

『お熱いうちにどうぞ』

 では、いただきます。パクッ。

 ンマ! ちゃんと餅の味だ!

『これもどうぞ』

 金ピカのカードを差し出してきた。スーパーレアかな?

『海苔です』

 海苔も金ピカなのかよ。

 海苔を巻いて砂糖醤油をつけて食べてみる。ンマい。

『これもどうぞ〜』

 コップに入った黄金色の液体。しっこじゃないだろうな。

 恐る恐る飲んでみると、口の中がんあああああああ! ってなった。喉が熱い。なんだこれ。

『大丈夫かミッチョンコ! 貴様、飲み物に何を入れた! 喉が熱いって言ってるぞ!』

『それ、お酒です。美味しいでしょ』

 あ、これお酒なのか。確かに美味しいかも。

『ささ、どうぞどうぞ』

 それから10杯飲んだ。初めてなのにウイスキーをストレートで2リットル飲むなんてすごいですねって言われたよ。

『ミッチョンコ、大丈夫? 酔ってる?』

 分からんけどなんか視界がぐわんぐわんしてるよ。これが酔ってるってことなのかな?

『そうだよ、それが酔ってるってことなんだよ!』

 どうしよう、めっちゃおしっこしたい。お酒飲むとおしっこしたくなるの?

『なるよ! 42度のウイスキー2リットル飲んでやっとおしっこしたくなる人初めて見たよ! ここまでの間に20回はトイレ行くはずだもん普通は。ていうか普通はこんなにウイスキー飲めないし』

 めっちゃ喋るやん。意識はあるからそんなに酔っ払ってないと思うんだけどな⋯⋯ん!?

 やばい、急に尿意が増してきた! 膀胱が爆発するかも! どうしようビッグマック!

『そんな急に来るか!? もしかしたらさっきまで麻痺してたんじゃない? 酔っ払いすぎて』

 知らんけどやばいのよもう漏れそうっていうか本当に爆発しそうどうしようマジでどうしよう大丈夫かなもう死ぬのかなやばいおしっこしたいやばいやばい!

『もうその辺でしなよ!』

 その辺でしたらこの金ピカの人に迷惑かけちゃうだろ!

『ナルナールで殺せばええやん!』

 ひどすぎるだろ! あー漏れるぅ! 漏れるぅぅぅうううううううう眠っ。すぴー、すぴー⋯⋯

『えっ? そんな急に寝ることある?』

 ⋯⋯⋯⋯

『えっ、マジ寝!? ミッチョンコ、ちゃんと布団着て寝ないと風邪ひいちゃうよ! ていうか絶対おもらししちゃうよ! ってもう出てるし上に向かって出てるし! 勢いやばっ! 屋根突き破ってんじゃん! ミッチョンコどんな体してんだよ! ミッチョンコーーーーッ!』












 その日、世界中にピンクションベンの雨が降った。人々は死に絶え、ミッチョンコだけが生き残った。腹も減らず、喉も乾かないこの世界で彼はこれからも独りで生きてゆくのだった。

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