普通の世界で、普通に努力して、普通に夢を叶える
生きづらさが一つのテーマになり、フィクションの世界では「鬱っぽさ」が流行っている。なんて暗い世の中なんだろう。
本当に診断を受けた当事者の方には失礼を承知で言えば、「HSP」「ADHD」のレッテルに一種憧れのような安心感を抱く若者が増えているように見えるし、それはきっと「理由のないただの無能」ではないという証明に己の存在価値を見出すからなのではないかと思っている。私って繊細、と堂々といえるその図太さに拍手。数年前にセクシャルマイノリティであるAセクシャルを名乗っていた友達は