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「オタク・岡村拓海④」

 軽く食べられるうどん屋を選んで昼食をとり、僕たちはまた会場へと戻ってきた。また長い列を並び、どうでもいい荷物検査をし会場へと入った。握手会は第2部が終わったくらいで、会場にいる人も昼食を食べに行こうと会場を出ようとしているところだった。そんななか、会場内であることがアナウンスがされた。

「第1部、第2部を欠席していた堀田灯理ですが、第3部以降の握手会に参加します」
僕は堀田さんと握手できることに安心した。死ぬ前にこれで心置きなく話しができる。アナウンスが終わり僕とさくまは喜んだ。そして会場にも「出席してくれてよかった」という声が広まった。アナウンスも終わり、先ほどまでの会場の雰囲気に戻った時だった。メンバーが休憩をしている別室から会場へ堀田さんがやってきた。現れたのは堀田さんだけで、僕は遠巻きでその姿を確認していた。そして、目立つ場所まで歩いてきた堀田さんがマイクを持って話し始めた。

「会場にいる皆さん。本日は握手会に来てくださり、誠にありがとうございます。そして、第1部、第2部を欠席してしまい申し訳ございませんでした。そして、私からもう一つ、皆さんにお伝えしなければならないことがございます」堀田さんは、少し話しを止め、意を決したように続けて話した。
「私、堀田灯理は本日をもってこのグループを卒業します」
突然の出来事に、会場は驚愕の声と、困惑した表情をする人で溢れかえった。

 その一言を残し、堀田さんは会場の奥へと戻って行った。会場には「なんでやめちゃうの!」「急すぎて気持ちの整理がつかない」などと、急な引退発表に騒然とした。僕もさくまも、あまりの出来事にお互い言葉を失った。このあと、どんな顔をして会えばいいんだ。どんな言葉をかけてあげればいいんだ。僕は悩んだ。第2部の休憩時間も終わり、第3部握手会が始まろうとしていた。ハルトとさくまとと共に、握手レーン前まで向かった。堀田さんの握手レーン前は、先ほどの卒業発表で話題になっていた。
「急に辞めるなんて。しかも今日辞めるなんてありえないだろ」
「この先の握手券も買っちゃってるし、お金もったいないことしたなぁ…」
「自分勝手すぎるだろ。急に辞めるとか」
「もしかして、彼氏でもできちゃったか」
僕は聞くに堪えないことばかりを耳にした。この人たちは、堀田さんを応援してきたんじゃないのか。自分勝手すぎるじゃないか。最後の最後まで応援するのが筋ってもんじゃないのか。「お前たちは間違っている!」と言ってやりたかったけど、そんな勇気もなかった。
「おい!それでも堀田さんのファンかよ!推しメンのことは、何があっても最後まで応援してやれよ!」。隣にいたさくまが突然大声で叫んだ。僕が言えなかったことをあっさりと言いのけたさくまに対し、周りにいた人たちは一斉にさくまのほうを向いて、「なんだこいつ。気持ち悪いな」と言われていたが、堂々とした態度で仁王立ちをしていた。
「さくま、よくあそこであんなこと言えたな」
「言ってやりましたよ。だって腹立つじゃないですか、あんなこと言われたら」
僕の気持ちを代弁してくれたさくまが、少しかっこよく見えた。
「おう、さくまお前またバカやったみたいだな」
ハルトがさくまの肩をポンポン叩いては、上機嫌でニヤニヤしている。
「バカじゃないです、大事な推しメンを守っただけです!」とさくまは自信満々に答える。
「わかったわかった。じゃあ、タクとさくまは堀田ちゃんレーンだな。俺、ほかのとこ行くわ。あとで感想よろしくなー」とハルトは言ってその場で別れた。
僕とさくまはどちらが先に行くか、それとも連番するか。話し合いの結果、別々で行くこととなり、さくまが先に列に並んだ。

「あっ、そういえば」
一つ忘れていたことがあった。僕の後ろにいる黒服3人集だ。さっきから僕の視界にはちらちら映っているのだが、相変わらず周りの人には目をつけられない。アイドルに会わせてやると言った手前、この人たちに堀田さんと話しているところを見られるのは正直嫌だった。
だが3人の顔を見ると、初めてきたアイドルイベントの現場に興味津々。楽しそうにしているのがよくわかる。堀田さんはこれが最後の握手会だし、僕はこれが人生最後の握手なのに、そんなにウキウキされると若干腹が立つ。僕はもう一度聞いてみることにした。
「あの、アイドル見たいんですよね?」
「見たいに決まってるだろう!」と言いたげに興奮している様子をアピールする3人を見て仕方ないと思い、僕は心が折れた。
「じゃあ僕の後についてきてくださいね」と言い、僕はさくまと少し感覚を空けて握手列へと並ぶことにした。財布から免許証を出し、受付にいる女性に渡して身分確認も終わり、さらに奥の列へと並んだ。
「何を話そうかな」。なぜ堀田さんが卒業するのか。正直なところその理由が思いつかない。しかし、このことに関して触れてはいけないような気もするし。どうすればいいかわからないまま、 一人、また一人と握手をし終わった人の様子を見ていた。深刻そうな顔をしている人もいれば、堀田さんが卒業することで悲しくなり、泣いている女の子もいた。僕の番が少しずつ近づいてきて、あと2人というところでようやく堀田さんの顔が見えたが、笑顔だけど心から笑っているようには見えなかった。人気が波に乗ってきたにも関わらず卒業してしまうなんて、やはり普通に考えて卒業する理由が見当たらない。本人の事情なら仕方のないことだが、どうしても気になってしまう。次が僕の番だ。後ろを振り向き、黒服3人集がいることを確認した。
「気にすることはない、僕と堀田さんだけの時間だ」。そう言い聞かせ、ついに自分が握手をする番となった。

「あかりさん、こんにちは」
「ああ、タクくん。おはよう」
元気のない堀田さんの返答に動揺してしまう。だけどそれだけではない僕だけがわかる“ある違和感”を覚えた。堀田さんの後ろに黒服を来た3人が立っている。「黒服3人集…?」そう思っていると、僕の後ろにいる黒服のおじさんが肩を叩いてきた。「俺、あの黒服集団知ってる」と言いたげに指を差している。嫌な予感がした。そんなはずがないと現実から目をそむけようとしたが、僕は気になって堀田さんの腕を見た。
「そんな…」
僕は愕然とした。左腕に黒い腕時計をしていることに。僕の表情を見た堀田さんは察したかのように、話し始めた。
「タク君と一緒みたい。その後ろにいる黒服の人。私にも見えてるよ」
僕は確信した。

「堀田灯理は、今日死ぬんだ」

                             →⑤へ続く


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