「婚約者・齋藤春香⑮」
翌日。結婚式まで、あと2日。天気は雨だった。
私は彼の車に乗り、一緒に出社をしていた。
「今日、お昼一緒に食べに行かない?」
「うん、いいけど」
「じゃあ、12時ごろ。会社を出たところで待ち合わせましょ」
「わかった」
私はここで真実を聞くことに決めていた。この胸のモヤモヤを取り払うためにも。助手席から見る外の風景は、どんよりとしていて私の気持ちと同じくらい沈んだ空の色をしていた。
「なんだか嫌な予感がする
この空を見ると不安な気持ちになるし、どんどん悪い方へと私を導いているような気がしてならない。
「春香着いたぞ」
「うん、ありがとう」
私は車を降りて、オフィスへと向かった。いつも通りに更衣室へ行き着替え、いつも通りに自分のデスクにつく。そして出社する先輩方に挨拶をして、自分の仕事を始める。
「齋藤さんおはよう。ってあれ?なんかいつもと違って元気ないわね」
そう声をかけてくれたのは深澤さんだった。
「そうですか?」
「そんな気がして。なんか良くないことでもあった?」
「全然そんな。何もないですよ」
「ならいいけど。齋藤さん、良くないことがあると早まった行動にでちゃいそうだから」
「そんなことしないですよ」
私は普段の行動していたはずなのに、どこかぎこちなくて、落ち着かない様子や表情が明らかに表に出ていたのだろう。そして、それは自分でもよくわかった。私は気持ちを落ち着かせるため、深呼吸をしてから午前中の業務が始めることにした。
時刻は12時。
私は、予定通り会社の前で彼が来るのを待った。辺りを見渡せば、昼休憩で昼食に向かう人ばかりだ。彼がどこからやって来るのかキョロキョロしていると、遠くから私に向かって手を振っている人が目に付いた。
「圭吾さんだ」彼は小走りでこちらに向かってきた。
「お待たせ。珍しいな、春香がお昼一緒に行こうって言うなんて」
「たまにはね」
「そっか。じゃあ行こっか」
「うん」
彼と一緒に、私が行きつけのカフェレストランへと向かった。
「いらっしゃいませ。お客様、2名でよろしかったでしょうか」
「はい」
「では、こちらの席へどうぞ」
案内された席について、すぐに私たちに2人分の水とおしぼりが、テーブルに運ばれた。
「えーっと何がいいかな・・・」彼がメニューを見ている姿を、私はまじまじと見ていた。いつも通りの彼だ。でもこれから私が話す内容次第では、人が変わるかもしれない。それが少し怖かった。
それぞれ注文するものが決まり私はコーヒーを、彼ははランチセットを頼んだ。
「春香はコーヒーだけでいいのか?」心配そうに彼は聞いてきた。
「いいの、私はこれで」そうだ、私は昼食を食べに来たわけではないのだから。
「圭吾さん、最近、出張続きで大変だったわね」
「ああ、先方との会議が立て続けに入ってな。一緒にいる時間が少なくて、申し訳なかった。こんな大事な時期なのに」
「忙しいのはわかってる。だから私は平気」
「次から忙しくても、なるべく家に帰るようにするよ」
「うん、ありがとう」
少しの沈黙があり、私は意を決して話しを切り出した。
「それでね、圭吾さん。一つ聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
「私に隠してることがあるんじゃない?」
「隠してることって?」
「私に言ってないことがあるんじゃないかなーと思って」
「隠し事なんてしてないよ」
なかなか口を割らない圭吾さんに、私は核心をつく一言を言った。
「松田梨奈さん。以前、◯◯会社の契約会議で、同席していた女性」
彼は一瞬顔色を変えた。ように見えたのだが、それが確かかわからなかった。
「私が聞きたいこと、わかるよね?」
私が真剣な表情で見つめていると、先ほどのポーカーフェイスはなくなり、次第に顔色が悪くなり、少し冷や汗をかいているように見えた。
「松田さんと何があったんじゃないかなと思って」
しばらく沈黙が続いたが、彼はようやく話し始めた。
「最初は、出来心だったんだ。向こうから、一緒にご飯行こうって連絡が来たんだ」
「俺も、仕事の付き合いとして、その誘いに答えたんだ。でも、次第にその回数も増えていって…」
信じていた人に裏切られたということが、ショックで仕方ない。
「ホテルに行ったって話しも、本当なの?」
「ああ、行ったよ」
私は、もう自分の感情を抑えられなかった。最後まで聞いてやる。聞き出してやる。すると、今度は彼が私に対して不満があるように話し始めた。
「彼女は春香と違って、春香にはないものばかり持っていた」
「私にはないもの?」
「そうだ。頭も良いし、仕事もできる。美人で俺の仕事の話しや、悩みまで。全部受け入れてくれる。僕にぴったりの完璧な女性だったよ」
私が到底敵わないことを認める彼の言葉が、今までかけられてきた言葉の中で、一番心をえぐられるような思いがあった。もしかしたら自分が悪かった部分があったのかもしれない。だけど、今は自分を責めるほどの言葉が何一つ見つからなかった。彼が松本さんと何度もあって私に言えないことをたくさんしてきた。それだけで彼が罪深く見えて、彼のことをずっと信じてきた私は決して悪くなんかない。そう思えた。
そして彼から、急な言葉を告げられた。
「もう、俺たち別れないか?」
私は言葉を失った。一瞬何を言ってるのか理解ができなかった。理解が追いつかなかった。彼の言葉に対し、ただ絶望するしかなかった。もうこの人にかける言葉はない。私が知っている星野圭吾さんはもういないのだ。言いようのない感情がこみ上げてきて、私は右手にあった水が入ったコップを手に持ち、彼に思いっきりかけた。
「今までありがとう。さようなら」
私は最後の言葉を告げ、鞄を持って外へ飛び出した。
→⑯に続く
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