「婚約者・齋藤春香⑳【完結】」
満足するまでお寿司を食べた。本当に来てよかった。坂本君ももう食べられないようだ。店員にお会計をお願いし、レジへと向かった。
「合計で10800円になります」
2人でこんなに食べたのかと目を丸くした。さすがに全部奢ってもらうには申し訳なくなった。
「すみません、カード一括でお願いします」
私はクレジットカードを店員に渡した。
「いいって。ここは俺が払うから」
「今回は私に払わせて。美味しいウニもたくさん食べれたお礼として」
「でも…」
「次、もし来る機会があったら、坂本君にお会計任せるわ」
「齋藤…」
私はクレジットカードの暗証番号を打ち会計を済ませた。店を出るとあたりは仕事終わりのサラリーマンがたくさんいた。時刻は21時半。私に残された時間は2時間ちょっと。もう少しで自分は死ぬ。
「齋藤、家まで送ろっか」
「ううん、一人で帰るから平気」
私に帰る場所などない。もうこの世の人間ではなくなるのだ。
「そっか。じゃあ、駅まで一緒に行こうか」
私たちは駅へと歩き出した。2日間一緒にいて楽しかった。好きな男性と過ごすとは、本来こういうことだったのかもしれない。無意味だが、私は気になったことを聞くことにした。
「坂本君って、今、好きな人とかいないの?」
「うーん、いないなぁ。やっぱ今は恋愛より仕事っていうか」
「そっかー、まっ私を見習って恋愛しなよ」
「いやー、でも齋藤は反面教師だしなぁ…」
「あっ、今の一言傷ついた。私、傷ついちゃったなー」
もう私が結婚できなかったことは、イジってもいいほどに私たちの間では笑い話になっていた。私が一生付いていくと決めた人も、もはやこれっぽっちの思いもなくなっていた。
「あの・・・もう結婚話しはイジってもいいの?一か八かで冗談で言ったつもりなんだけど」と彼は少し戸惑いながら話しを切り出した。
「もういいのよ、終わったことは笑い飛ばしたほうがいいし。むしろそのほうが明るくいられるかな」
「齋藤、切り替え早いな。早すぎるぞ」
「まあもう気にすることでもないし」。もう死んじゃうからねと心の中でボソッとつぶやき、私は「ハハハ」と笑いながらあっけらかんとした。
腕時計を見ると、私に残された時間はあとわずかだった。思い残すことなく死ぬためにも、やり残したことがないか頭の中で整理をする。
「そういえば」
彼の初恋をした人は誰だったのだろう。私には関係のないことだろうけど、私にとっての初恋は彼だ。だから・・・、というのも変だけど、最後くらいお互いの立場を一緒にするためにも、彼の初恋の人を知っておきたかった。
「あっ」
言うか言わないか悩んでるうちに駅に着いてしまった。これで彼に会うのも最後だ。私は結局聞けずじまいで、彼と別れることに決めた。
「坂本君、今日はありがとう」
「いえいえ、こちらこそ」
「また、いつか会えるかな?」
「その時は連絡くれれば」
「うん、ありがとう」
「それとさっき言ったことだけど、もしうちの会社で働きたいって思ったら連絡してくれていいからな」
「考えとくね」
「わかった。その時は、俺からも話してみるよ」
「うん」
「じゃあ、またな齋藤」
「じゃあね、坂本君」
最後の挨拶を告げ、改札口の前で別れた。と言っても自分が戻るべき方向は、彼の最寄駅と同じ。星野さんのマンションへと戻らなければならない。私は坂本君と会わないよう、様子を見ながら電車に乗ることに。一度、改札を通り帰ったふりをしたが、時間をおいて本来乗るべき電車へと乗った。
しばらくして、私はまたこの駅に戻ってきた。そして、私の帰りを待っていたかのように、改札の前には黒服3人集が立っていた。
「ありがとう」私は黒服3人集にお礼を言った。もう一度、生きるチャンスをくれた、初恋の会うことができた。これもこの3人のおかげだ。
黒服3人集は「どういたしまして」と言いたげな雰囲気を出していた。一人が、腕時計を見るよう、ジェスチャーをした。時刻は23時半だった。そして、もう一人がマンションの前まで戻るよう促した。そろそろ時間のようだ。私は、マンションへと向かった。
マンションまでの道のり。私は黒服3人集の質問をした。
「今まで、私みたいな不幸な女性の命を延長させたことはあるの?」
すると、黒服のおじさんが携帯を出し、何やら文章を作り始めた。文章を書き終えメールを送信したと思いきや、私の携帯に着信がきた。それは「黒服」という名前からのメールだった。おじさんが打っていたのはこれだったのか。
「ってか、なんで私の連絡先知ってるの!?」
あたふたする黒服おじさん。この人はいったいなんなんだ。気を取り直して、私はメール文を読んだ。
「今までいろんな女性を見てきたが、こんなに情緒不安定な人はいなかった」
「なによ、それ!!」
私が一発殴ってやろうかと思った瞬間に、また携帯の着信が。「暴力反対!」とおじさんからのメールが再び送られてくる。「ここまで予測済みだったのか」と思ったが、喋ったほうが手っ取り早いのにとも思ってしまった。
「命の恩人として、見逃してあげるわ」
ホッとした様子を見せるおじさん。その後ろで「危ないぞ、この女」と怯えている屈強な外国人2人。見かけ倒しとは、まさにこのことである。
そうこうしているうちにマンションに着いた。腕時計を見ると、残りの時間はあと10分だった。私は、マンションの近くにあるベンチに腰掛け、その時が来るまで待つことにした。今日は、いい天気だ。空を見上げると、星が綺麗に見える。星の数ほど男はいるとはよく言ったものだ。
「いい男じゃなきゃ、ダメなもんはダメなのよ!」
私は光輝く星に向かって言った、その時だった。携帯の着信音が鳴った。
「坂本君からのメール?なんだろう」
私はメール文の内容を確認するため携帯のロックを解除し、メール文に書かれてい文に目を通した。
「齋藤、今日は楽しかった!ありがとうな。それで、齋藤といるときに言い忘れてたんだけど、実は俺、齋藤のことが好きだったんだ。小学3年のころから、中学卒業するまで。初恋の人だったんだ。高校からは別々の学校に行ったから離れたけど。昨日は5年ぶりに会って。いろいろ思い出しちゃってさ。齋藤が良ければだけどさ。また、ご飯とか行こうな。ごめん、それだけだ!じゃあまたな!」
気づかなかった。まさか坂本君が私のことが好きだったなんて。そして、お互いが初恋の相手だったなんて。私は、涙が止まらなかった。最後の最後で、こんなことを告げられるなんて。すると黒服のおじさんが、私にハンカチを渡してくれた。そのハンカチを受け取り、私は涙を拭いた。
「私は、幸せ者だ」
坂本君には悪いけど、私はもうすぐ死んでしまう。会えないのは辛いが、本音を聞けただけで満足だった。私はすぐにメールの返事を打った。
「送信っと」
メールを返信した私の心はすがすがしい気持ちだった。すると、黒服3人集が「そろそろ時間だ」と言いたげに、死んだ場所へ移動するよう催促した。
「はいはい、行けばいいんでしょ」
私はベンチから立ち上がると、自分の死に場所へ向かった。到着すると、その場所には自分が倒れこんだ形で、白線が引かれていた。おそらく、このとおりに横たわっていればいいのだろう。私はその場所に横たわった。腕時計を見ると23時59分。残す時間は1分を切っていた。
「おっ、齋藤から返信だ」
携帯のロックを解除し、僕は齋藤からの返事を見た。
「2日間本当にお世話になりました。いろいろ迷惑かけてごめんね。そして最後になっちゃうけど、坂本君は、私の初恋の人でした」
私は目をつぶり、この2日間のことを思い出した。
「ああ、あのとき告白していればなー。まぁいっか」
その瞬間、腕時計からの『ピピピピ』というアラーム音が聞こえた。私は薄れゆく意識の中で、自然と笑顔になっていった。
→第3話「オタク・岡村拓海」の物語
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