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「婚約者・齋藤春香⑩」

 彼の車に乗って、家まで送ってもらった。
「じゃあ齋藤、また明日な」
「はい!今日はありがとうございました」
私は挨拶をし、車を降りた。そして、彼の車が見えなくなるまで手を振って送り出した。そして、玄関の前まで行き、鞄から鍵を取り出した。
「いやちょっと待った。これは本当に現実で起きたことなのだろうか」
 自分に起こっていることが夢ではないか半信半疑だったので、もう一度確認するために頬をつねった。
「痛い痛い・・・ってことはやっぱり夢じゃないんだ」
 人生で一番嬉しい瞬間ってこのことを言うのかもしれない。さっきからずっとにやけっぱなしの私は家の鍵を開けて、リビングの電気をつけ、私はベッドにダイブした。フカフカ柔らかい感触は、まるで天国にいるかのごとく、いつもより気持ち良く感じた。
 私は彼が言ってくれた言葉を、もう一度、脳内で再生をしては足と手をじたばたさせて悶えていた。嬉しい、嬉しすぎる。こんなことがあってもいいのか。
「星野さん、いつにもなく真剣な顔をしていたけど。でもその後のホッとした顔が可愛かったな」ふと、そんなことを思い出して、これから彼と過ごすことを次々と想像した。しかし、その気持ちだけが先走ってしまい、それから就寝するのに2時間以上もかかった。

 翌日。緊張しながら出社した。
彼が出社してくるのが、気が気ではなかった。
「おはよう」と星野さんが、オフィスにいる先輩方に挨拶をしていた。
「齋藤、おはよう」
「は…はい!おはようございます」
 バッと勢い良く立ち上がり、ぎこちなく挨拶をした私を見た彼は、面白そうに笑っていた。これが大人の余裕というやつなのだろうか。昨日あんなことがあったのに、彼は普段と同じような雰囲気でデスクへとついた。それに引き換え、私は心臓をドキドキさせたまま急いで席についた。今日は珍しく、一日彼が会社にいる日ということもあり、私はいつも以上に彼を見てしまって、午前中の仕事が全くといっていいほど進まなかった。

 昼休みになり、私は深澤さんに声をかけた。
「深澤さん、お昼一緒に行きませんか?」
「あら、珍しいわね。齋藤さんから声かけるなんて」
「そのたまにはいいじゃないですか」と私は笑ってその場をごまかした。
「じゃあ、そこまで言うなら行ってあげてもいいかな〜」と冗談交じりに言う彼女は相変わらずだ。会社を出た私たちはいつも行くパスタ屋に入り、席について、お互いの注文を済ませた。
「かしこまりました」と注文を承ると、店員は厨房へ向かっていった。料理が来るまでの時間、またいつもの雑談タイムが始まった。というか、私は話しがしたくて仕方がなかった。

「星野さん、私に用があって、ご飯誘ったんじゃない?」と開口一番に言い始めたのは彼女の方だった。
「さすが深澤さん、鋭いですね」
「星野さんは単純だからね。そりゃわかるわよ。で、何があったのよ」
話し始めようとした私だが、急にモジモジし出して、話すのを渋ってしまった。
「もう、そんなモジモジしてないで」と彼女が急かしてくる。
「絶対に他の人には言わないでくださいね」
「言わないわよ」
私は意を決して話し始めた。
「その、実は…星野さんに告白をしまして」
「えっ!!告白したの!?」と周りにも聞こえるくらいの声量で返事をした。
「ちょっと、深澤さん声が大きいです!」
このことが周りの人に聞かれたくなかったのか、反射的にヒソヒソ声で、しかし慌てた口調で彼女に注意をした。
「そりゃ声も大きくなるわよ。で、どうだったの!」
「それが、何とOKもらえたんです」
「ウソ!?やったじゃない!さすが齋藤さん、可愛い顔してやることしっかりやるじゃないの」
楽しそうに話す彼女を見て、私はようやく落ち着くことができた。
「それで朝から緊張しちゃって。午前中は仕事が全く手につかなかったです」
「だから、いつもより彼のこと気にしてたのね」
「えっ!わかりますか?」
「まぁいつものことだからあれだけど、まさかそんなことがあったとは」
彼女は感心したかのように、腕組みをしてうんうん頷いていた。
「良かったじゃない。これで念願叶ったわけだし」
「でも、まだ始まったばかりですから…。この先が不安で」
「星野さんのことだから、ちゃんと考えてくれるとは思うけどな」
「その…このまま、結婚までしちゃいますかね…?」
「結婚か。話しが飛躍しすぎてるけど、それは齋藤さん次第よ。星野さんのこと離さないようにしないと」
「私で大丈夫なんでしょうか…」
私は自信なく言った。もしかしたら別の本命の人がいて、私は遊びだけの人でと考えてしまっていたのだ。
「そんなんじゃ、他の女に奪われるわよ」
「でも…」
 自分に好きな人ができたときはいつもこうだ。告白された日は幸せな気持ちでいっぱいになるが、次の日から卑屈になってしまう。自分の悪い癖だというのはわかっているが、どうにも直らない。
「大丈夫よ。また、何かあったら相談してね」と彼女は優しく声をかけてくれる。だから彼女には相談ができたのかな。「ありがとうございます」とお礼を言ったところで、ちょうど頼んでいたパスタが運ばれてきた。
「はい、じゃあこの話しは終わり。パスタくらい明るい気持ちで食べましょ」
「そうですね!」私たちは、明るい気持ちでパスタを食べ始めたのであった。

 昼食も食べ終わり、オフィスへと戻った。彼女に話しを聞いてもらったこともあり、午後からの仕事は普段通り、落ち着いて進めることができた。一つ変わったことといえば、星野さんが急な用件で外出をして終日戻ってこないということであった。
「今日もご飯行けるか聞こうと思ってたのに」
 少し残念な気持ちにもなったが、彼は自分の仕事を頑張っているのだ。私も頑張らなければ。私は、その後も定時まで黙々と仕事を進めた。

 定時となり、各々が帰り仕度を始めていた。
「ふー、なんとか終わったー」
私も今日やるべきことが終わり、帰り仕度を始めようとした。
「齋藤さん、今日は一緒に帰らない?」声をかけてくれたのは深澤さんだった。「はい!」私は元気良く返事をし、彼女と更衣室で着替えて、途中まで一緒に帰ることにした。

「齋藤さん、星野さんくらいになると、他の女に言い寄られることもあるから、注意するのよ」
「頑張ります…としか言いようがありません…」
彼女は不安がっている私を心配して一緒に帰ろうと声をかけてくれたのだろう。
「じゃあ、私はここで。お疲れ様〜」
「お疲れ様でした。それと、ありがとうございます」
「お礼なんていいのよ。私は齋藤さんの恋がうまくいけばいいと思ってるおせっかいさんよ」彼女は「フフフ」と笑っている。
「おせっかいだなんて、そんな・・・」私は首を左右に振って、そんなことないよーアピールをした。
「じゃあ、また明日もおせっかいさせてよ」
「もう、深澤さんわざと言ってるでしょ!」ふくれっ面になる私に対し、「もしかしてバレちゃった?」ととぼけている彼女。
「じゃあ、もう私帰りますよ!」
「まあまあ、そんな怒らない怒らないで」
「大丈夫です、怒ってませんから」
このやりとりが、どうにも楽しくて笑ってしまう。
「じゃあ、また明日ね」
「はい、また明日」と言い、私たちは別々の電車に乗るために駅の改札で別れた。

 この言葉通り、私はこれから幾度となく彼女に相談をしては、彼との恋愛を進めていった。彼女のアドバイスは本当にすごいなといつも感心しながら、彼に対して実践を繰り返してきた。そのどれもが成功をしては、彼の心を掴んでいるような感覚があった。
 そして、私と彼との生活が順調に進み、時は流れて気づけば私は社会人2年目となっていた。

                             →⑪に続く


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