「オタク・岡村拓海⑤」
1回目の握手が終わり、剥がしの人に立ち退くよう肩を押された。
「また後で来ます」という言葉を残し、レーンをあとにした。なぜ堀田さんが今日卒業すると言った理由は、僕だけにしかわからないことだ。事の重大さに気づき、僕は黒服3人集に聞いた。
「一度死んだ人が、もう一度生き返ることはないのか!なんとかならないのか!」
黒服3人集はどうすることもできないと言いたげな表情で、うつむいているだけだった。
「どうして、こんなところで堀田さんが死ななきゃならないんだよ!」
見えない人間と話している僕は周囲の人たちから不思議そうな目で見られていた。こんなところでは話しができないと思い、僕は逃げるようにその場から離れた。
「あんたたちなら、誰かが死ぬことを見逃してくれることとかできないのか?」と、僕はもう一度助かる方法がないか黒服3人集に聞いた。しかし、3人とも首を振ってどうしようもできないことを、態度だけで示した。僕はこの行き場のない気持ちをどこにもぶつけられず、ただただ握りこぶしを作るしかできず悔やんだ。
「タクさん、どうでしたか?」少し離れたところからさくまの声が聞こえた。
「うん…やっぱ落ち込んでたよ堀田さん」僕は複雑な気持ちで返事をした。
「僕も同じ感じでした。だから、卒業しないでくださいって言ったら、今まで私のこと応援してくれてありがとうって。もうそればっかしか言わないんです」
最後まで応援してくれたファンに対して優しい堀田さんには、いつも自分のことよりも相手のことを考えてくれる。今回も気を遣わせないようにと、何を言われても真摯に謝っているのだと悟った。大げさかもしれないが、僕とさくまにとっての本当に心の支えで感謝の気持ちでいっぱいだった。少なくとも、堀田さんが卒業することに対してさくまは何も言わずに受け入れ、その後も応援していくんだろうなと思った。何も知らないほうがいい。ここで話してしまったら、それこそ抱えきれないほどの悲しみがさくまを重くのしかかることだろう。
「さくま、この部の券まだ余ってるだろ。一緒に行こう、堀田さんのところへ」
「はい!悲しんでないで、僕たちで元気づけてやりましょう!」
僕とさくまはもう一度、堀田さんのレーンへ戻ることにした。
次は僕が先に握手に行き、さくまが時間を空けて列に並んだ。僕は堀田さんに聞きたいことを一生懸命になって考えた。「もしかしたらなぜ死んだのか僕には話してくれるかもしれない」。そんなことを思いながら、少しずつ堀田さんへと近づいていき、そして僕の番がやってきた。
「堀田さん、さっきはびっくりしました」
「まさか、タク君も死んじゃってるなんて」
「どうして、堀田さんは」
「朝の電車事故があったでしょ。それに乗ってたの」
「それ、僕も一緒です…」
「えっ、嘘…」
「本当です。同じ電車に乗ってたみたいですね」
「そうみたい。でもタク君と同じ電車乗ってたとか嫌だなー」
「なんかすみません」
「冗談だよ!」と笑いながら答える堀田さん。なんでこんなに明るく振舞えるのだろう。明日死ぬってわかってるのに、どうしてそこまで強く生きられるのだろう。僕は「またあとで来ます」と言い、レーンから出た。僕はさくまが出てくるのを待つことにした。
しばらく待っているとまたも暗い顔をしたままこちらへやってくるさくまに、僕は声をかけた。
「どうしたんだよ、そんな暗い顔して」
「どうしても、堀田さんが卒業するのが、受け止められなくて」
「さっきまでネタやって笑かして帰ってくるって意気込んでたのに・・・」
「そうですけど…いざ目の前にしたら、また頭の中真っ白になっちゃって」
「堀田さんレーンであんなにバカやって、ネタができるのはさくまだけじゃん。ここで元気無くしてどうするんだよ。最後まで元気に見送ってあげようぜ」と、自分なりに励ましの言葉をかけたが、さくまは無言になりいろいろ考えこんでしまった。
「・・・タクさん、そうですよね。僕なんてネタやってなんぼですよね」
パッと明るくなったさくまの表情を見て、いつも通りに戻ったのがわかった。しかし、残された握手券の枚数はお互いわずかだ。一度、握手待機ゾーンから出て、僕たちは最後の握手で何を話そうか考えた。
第3次握手会が終わり、第4次握手会の準備が進められた。堀田さんが握手をするのが、これで最後になる。僕は堀田さんのレーンへ向かった。レーンにはすでにたくさんの人が並んでいた。そして、握手が終わった人を見ていると、泣きそうな表情をしている人や、心惜しい感じの顔をしている人がたくさんいた。僕も列に並ぶことにした。手持ちの握手券は12枚。話す内容は決めてある。まずは1回目の握手。
「また来ました」
「おっ、タクがきた。ありがとう」
「昨日のテレビ見ましたよ。相変わらず絵が下手でしたね」
「下手って言わないでよ!あれでも頑張ったほうなんだからね」
「さすが、画伯って言われるだけはありますね」
「それ、絶対褒めてないでしょ!」
「バレちゃいましたか?」
「ほら、やっぱバカにしてるじゃん!」
いじられているのはわかりつつも、笑顔で返してくれる堀田さん。僕は時間になりレーンを出た。そしてすぐ列に並び、ループし始めた。次の握手へと向かった。
「堀田さん、アイドルをやっていて一番楽しかった瞬間って、なんでしたか?」
「うーん…いろいろあるんだけど」
「やっぱ、選抜復帰したときかな!」
「ああ、あのとき」
僕はその瞬間を思い出していた。それは今年の春だ。堀田さんは選抜から一度だけ外れた時があった。その時はひどく落ち込んでいたのを覚えている。ブログでも一時期は落ち込んだ内容が多く元気がない日が続いていた。しかし、次第に選抜から外れての活動をするなかで自分の目標や自分にしかできないことを見つけ、新たな一面や心の強さなどが身についていった。
その後、8か月後の冬のシングルから選抜復帰。発表があったその日にブログがアップされ、堀田さんにいつもの元気が戻った瞬間でもあり、これまでの経験を生かして選抜での活動を頑張っていきたいと意気込んでいた。
「僕もあの時は嬉しかったです」
「だからね、私アイドルであることが大好きなんだなって。たくさんの人の前に出て、たくさん笑顔になってもらう。応援してきてくれた人に感謝しないとなって」
こういう心優しいところが好きで、僕は堀田さんのことをこれまでずっと応援してこれたのだと思う。
「僕なんて堀田さんに感謝しきれないほど、たくさん笑顔になることができました」
「いやいや私なんて」
「じゃあ堀田さん、次が最後の握手になります」
「わかった。待ってるね」
僕は肩を叩かれレーンから出るように促された。レーンを出ると先に握手を終えていたさくまが立っていた。その表情は今にも泣きそうだ。
「タクさん、僕、次が最後の握手なんです。好きです告白してきますよ」
「俺も、次で最後の握手にしようかなって思ってるんだけど」
「最後、連番しませんか?」
「じゃあ、その様子を後ろから見てようかな」
「いいですよ。最後、バシッと決めてきます!」
第4部握手会の時間もそろそろ終わる。堀田さんが握手会に参加するのも時間が迫ってきた。僕たちはその時間がやってきてほしくないと、強く願った。
→⑥に続く
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