「婚約者・齋藤春香⑨」
今日行くレストランに着いた私たちは、店員さんに席を案内されていた。イタリアンのお店で、そこは私には見合わないくらいの高級感とおしゃれな雰囲気。他のお客さんもお偉いさんばかりに見えた。席はすべてが個室だったので、「何なら芸能人がいるのではないか?」と思わせるほどの隠れ家的要素もあり、私は少し肩身が狭く感じた。
「すみません」
彼が声をかけ、それに気づいた店員さんがやってきた。
「このコース料理をお願いします」
「かしこまりました」
注文をし終えると、軽く会釈をした店員さんは厨房へと向かっていった。料理が来るまでの時間、しばし待つこととなった。
「今日の会議。松田さんって方、すごい美人な方でしたね」
「自分が初めて会う前から聞かされてたよ。若くて美人で、仕事のできる女性がいるって」
「星野さん。松田さんみたいな方って、女性としてどう思いますか?」
「どうって?」
「仕事をしていくうちに、もし仮に好きになってしまって・・・」
「うーん、そうだな。難しい話しだな・・・」と言うと、彼は腕組みをして考え始めた。
「あっ、いや、すみません。変な質問して」
私は両手を体の前に出し、「ストップ!」みたいなジェスチャーをしていた。こんな質問、絶対変に思われてしまうだろう。だけど、もし自分ではなく他の人を選ぶのなら。どんな基準があって、どんな人が理想なのか。彼のことが好きだからこそ、気になってしまった。
「齋藤、話したいことがあるんだ」
「なんですか?」
彼がいつになくぎこちない雰囲気で話している。私は何のことだかさっぱりわからないまま、彼の話しを聞いていた。
「俺はその、齋藤と一緒に仕事ができて楽しいんだけど…。女性としても、頼りにしているんだ」
「あっ、ありがとうございます」
彼からの言葉に心臓が痛い。このドキドキしている音が聞こえてしまうくらい緊張して、背筋も急にピンと伸びてしまっている。
「つまりだな、その…好きなんだ齋藤のことが」
「えっ!?」
衝撃的な一言に、私はパニックになった。
「少しずつでもいい。ちょっと考えてもらえないか」
私も星野さんのことが好きだ。しかし、いざ「好きだ」と言われると、嬉しいというより動揺のほうが大きかった。これは本当に現実なのか?何か騙されてはいないか?ここ最近、恋愛をしなさすぎて昔の感覚が取り戻せない。昔ならもっと自分をアピールできたし、駆け引きだって少しは上手いと思っていた。だけど、大人になって初めての恋愛は、子どものような気持ちの恋とは違うことに、ようやく気付かされた。私は意を決して話し始めた。
「実は、私も星野さんが好きなんです」
「えっ?」
「私が入社したときから面倒を見てくれて。今では、一緒に仕事をさせてもらえて」
「私がパワハラで辛かった時。星野さんのおかげで環境も変わって。星野さんは、心の支えでした」
「齋藤…」
「だから、私も星野さんのことが好きです」
少しの沈黙が続いた後、彼が話し始めた。
「俺と付き合ってくれないか?」
私が待ち望んでいた言葉をようやく聞くことができた。「嬉しい」という一言では表せないほどの気持ちがこみ上げてきた。
「はい、お願いします」
「そうか。良かった。ほんとに良かった」
半ば涙目になっていた私に、彼がハンカチを貸してくれた。先ほどの神妙な面持ちから、今は笑顔でいる彼の顔を見た私もホッと安心していた。
「ああ緊張した。今までで一番緊張したよ。大事な取引より緊張した」
「もう、何言ってるんですか」私もさっきまでの緊張が緩み、笑顔になって答えた。
「おまたせいたしました」
頼んでいたコース料理がテーブルに運ばれてきた。
「じゃあ、今日はお祝いだな」
「はい!」
お互いが笑顔になりながら、このあとの食事を楽しんだ。どの料理もすべて美味しく感じ、この先もきっとこんな幸せな時間が続くのだろう。私は今、誰よりも幸せな人間であることを噛みしめるのであった。
→⑩に続く
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