タイトルロゴ

「婚約者・齋藤春香⑧」

 時刻は21時。私たちは食事を終えてお店を出た。
1階のエントランスには、私たちと同じような、ここで食事をしていた人たちが歩いていた。
「車出してくるから、ちょっと待ってて。着いたら連絡するから」
「わかりました」
「そっか、連絡するから、電話番号教えてほしいな」
「えっと、今から番号言いますので、そこにかけていただければ・・・」
「わかった」と言うと、彼はスマホを取り出し私の携帯番号を打ち込んだ。
「じゃあ、着いたら連絡するから」
「お願いします」
そう言うと、ホテルを出て地下の駐車場へと向かっていった。何気ない感じで会話をしていたが、彼に連絡先を教えたことに対し、私はドキドキしていた。勝手ながら、彼との距離が縮んだと勘違いをしており、ニヤニヤが止まらないでいた。
「これがきっかけで仲良くなって、ご飯とかも一緒に行く回数が増えて・・・」と妄想が膨らむばかり。浮かれまくっている私は、彼からの電話が来るのを今か今かと待っていると、見知らぬ番号から電話がきた。
「彼からの電話だ!」私はすぐ電話に出た。
「もしもし、今、入口近くまで来たよ」
「わかりました、すぐ向かいます!」
私は小走りでホテルを出て、彼の車のもとへ向かった。

ホテルから私の家まで運転すること40分。今日は寝落ちせず、家に着くことができた。
「ほい、着いたよ」
「今日はご馳走さまでした。本当にありがとうございました」
「こちらこそありがとう。ごめんな、急にサシで付き合わせて、気を遣わせちゃったかな」
「全然大丈夫です、そんな謝らないでください」
そう、私は全然大丈夫なのだ。むしろ、こんなに楽しい時間が与えられ、私だけがこうしてご飯に誘ってもらえたこということが、本当に嬉しかった。
「その、あれだ。これから仕事を頑張っていく仲間としての激励みたいなものだな。これから、宜しく頼むな!」
「はい!でも、わからないこともあると思うので、その時は教えていただけると大変助かります」
「ああ、何でも聞いてくれ」
彼の言葉が、頼もしく感じ、明日からも頑張ろうと思えた。これからも彼とは仕事上の関係として続いていく。それでいい。私ができることをやり遂げていこう。
「じゃあ、また明日」
「また明日な」
 
 私は挨拶をし、車から降りて彼を見送った。車がどんどん遠くなっていくのを確認した私は、その場で深呼吸をしてから帰宅をした。リビングの電気を付け、鞄をテーブルの上に置き、そのままドサッとベッドに倒れこんだ。私は先ほどの食事であった出来事や会話を思い返し、ここから恋に発展するかどうかの確立を、頭の中であれこれ計算してみた。
「うーん、やっぱダメ。私なんかに恋をするなんてあり得ない」
導き出された恋が叶う確立は、ほぼ0%だった。どう頑張っても、恋が成就するイメージがわかないまま、私はお風呂に入り、明日の仕度を済ませ、さっさと寝ることにした。

 翌日。星野さんが話していた新たな企画の打ち合わせのため、会議室に呼ばれた。そこには私と彼を含めた8人が出席しており、今回この8人で企画を進めていくことが説明された。以前から彼が話しを進めていたもので、同じ職種の企業と共同して進められている新たな商品開発、また売り出し方の戦略を話し合ってきたものだった。
 ようやく本格的に始動するということで、彼だけではなく、この企画を進めるにあたり能力の長けた人選がされたというわけだ。私の仕事内容は、先方の企業へ足を運んで、会議の手伝いや資料作り。議事録を書いてまとめることが命ぜられた。
「齋藤。今日の14時から会議があるから一緒に来てくれないか。挨拶も済ませておきたいからな」
「わかりました。準備しておきます」
「じゃあ、各々の仕事に取り掛かってくれ。何かあったらすぐ俺に連絡してくれ」
彼の一言で会議が終わり、各自、自分のデスクに戻り仕事を始めた。私も自分の仕事をしながら、14時からの会議に向けての準備を始めた。

 時刻は13時半。
私と彼は企業へと向かうため、電車に乗って移動をしていた。
「星野さん、一ついいですか?」
「どうした?」
「私、こういうの初めてなので、なんか緊張しちゃって」
「そっか。資料作りとか議事録とか任せちゃうけど、ちゃんと俺が目を通してから会議はするし、落ち着いて自分のやるべきことをやってくれたら大丈夫だよ」
「わかりました・・・」
「まっ、こういうのも経験あるのみ。慣れるよう頑張ろうな」
「はい!」
 不思議と頑張れる気がするのは、自分が必要とされていることがわかったからだろうか。彼の言葉で気合いが入った私は、その勢いのまま目的地まで向かった。

 先方の企業に到着し、私たちは受付の前まで来ていた。
「14時からの打ち合わせで、星野と言います。営業部長の松田様にお繋ぎできますでしょうか」
「かしこまりました。少々おまちください」
受付嬢の方が内線で松田さんという方に連絡をし始めた。
「はい、はい。かしこまりました。ご案内致します」連絡がついたのだろう、通話をやめ、私たちのほうを向いて会議室への案内を始めた。
「こちら左手のエレベーターから、14階へと上がっていただき、B会議室までお願いできますでしょうか?」
「わかりました。B会議室ですね」
「それと、こちら入行証となります。お帰りの際、受付にお申し付けください」
2人分の入行証が渡され、案内の通り、私たちはB会議室まで向かった。

 会議室で待つこと数分。先方の担当者が3人やって来た。
「松田さん、お世話になっております。本日も宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します。お隣の方は?」
「本日から、企画に参加します齋藤です。お願いします!」
「こちらこそ宜しく。一緒に頑張っていきましょうね。えーっと、名刺名刺と・・・」とスーツの内ポケットから名刺入れを出すと、私に名刺を手渡した。
「松田梨奈さん」見た目は、星野さんと同じくらいの年で美人だった。髪型は黒髪ロングのストレート。落ち着いた印象と、漠然としたイメージだが、話し方や立ち振る舞いを見るに“仕事のできる女”という雰囲気が伝わった。また、優しくて気さくな雰囲気もあり、さっきまで緊張していた気持ちも少し和らいだ。私も鞄から名刺入れを出し、彼女と名刺交換をすると、今回の議題が始まった。

 会議は滞りなく進み、1時間ほどで終了した。
「本日は、お時間ありがとうございました」
「では、次の会議の日程を確認しましょうか」と彼女が言うと、手帳を開き、スケジュールを確認した。
「来週の15時からでよろしいでしょうか?」
「大丈夫です。じゃあ、この時間で」
「では、また。後ほど確認のメールなどお送りしますので、宜しくお願いします」
「わかりました。では、失礼します」
私たちは挨拶をし、会社を後にした。

「はぁ、緊張しました。何度も社内の会議に出席してますが、外営業の会議はまた違いますね」
先ほどまでの緊張感から解放され、言葉に出てしまった。
「お疲れ様。まあ、齋藤なら大丈夫。慣れてくるからさ」
「ありがとうございます」
彼の優しい言葉に、つい笑みがこぼれた。
「齋藤、これから会社戻って今日のこともう一度整理するけど、それ終わったらご飯行かないか?」
「えっ!?いいんですか?」
意外すぎる言葉に、私は目を見開きながらバッと彼のほうに顔を向けて答えた。
「齋藤さえよければだけど」
「ぜひ、お願いしたいです!」
「そっか、良かった。じゃあ会社戻って、もうひと頑張りして仕事終わらせようか」と彼は笑顔で答えてくれた。
「はい!」
私も嬉しくなり、笑顔で応えた。

 帰社をしてからは、私は今日の議事録と、それとは別で自分のやるべき仕事を始めた。たいした量の仕事ではなかったため、2時間後には仕事を終えたころには、時刻は19時になろうとしていた。
「星野さん、私のほうは終わりました」
「おっ、早いな。俺ももう少ししたら終わるから、先に帰り仕度しててくれないか」
「わかりました。先に着替えてきます」
私はデスク周りを整理し、着替えをするために更衣室へと向かった。
しかし、昨日、今日とご飯に誘ってくれるなんてと、私は楽しみで仕方なかった。「もしかしたら、もしかするかもしれない」と逸る気持ちを抑えつつも、私はテンション高めで着替えをし、化粧も直してからオフィスへ向かった。

「齋藤、待たせてごめん。俺も今終わったところだ」
彼は鞄に資料などを入れ、帰り仕度をしていているところだった。
「もう出るけど、準備はいいか?」
「はい。私は大丈夫です」
「よし、じゃあ行こうか」
 私たちはオフィスを出てから彼の車に乗り、今日行くお店まで。それまで仕事の話しや、たわいもない会話をしながらお店まで向かったのであった。

                             →⑨に続く


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?