「婚約者・斎藤春香⑭」
彼が帰ってくるまで、私はテレビを見ながら待つことにした。今やっている番組は、昔の恋人についての話しを出演者が各々話しており、その中には「二股をかけながら生活を送っていた」という衝撃発言をする大物女優もいて、他の出演者や観覧客の「えー!?」と驚く声が上がっていた。私は二股ができるほど器用な女でもないからきっとすぐにバレてしまうだろう。逆にそれを見抜く力も持っていないだろう。
「圭吾さん・・・」
最近の自分は本当に良くない。事あるごとに彼が他の女性と浮気をしているのではないかと疑心暗鬼になってしまう。結婚が近くなるとこういう考え方になってしまうのだろうか。結婚をした後もこんなことを考えてしまうのだろうか。
「こんなこと考えるの、圭吾さんに失礼だよ」と心の中で唱えるも、心の片隅ではモヤモヤした気持ちが残ったままだった。
「ただいまー」彼が帰ってきた。私は玄関へ向かい、彼を迎え入れた。
「おかえりなさい。お仕事お疲れ様でした」
「ありがとう。ごめんね、待たせちゃって」
「いいのいいの。お仕事頑張ってるんだから謝ることなんてないよ」
「いや、ごめんな」
「そんなことより、ご飯出来てるから食べて食べて」
私は彼の後ろに回り込み、リビングまで早く行ってほしくて背中を押した。
「おっ、今日はハンバーグか。美味しそうだな」
「今日は奮発してお肉100%のハンバーグにしてみました~」
自慢げに答えた私を見た彼は笑顔になっていた。
「ちょっと待ってて。着替えてくるから」
「はーい」
彼が着替えてくるまで私は茶碗にご飯をよそい、飲み物を用意した。早く彼に食べてもらいたい。その一心だった私は鼻歌交じりに仕度をした。
寝室から着替えてきた彼がリビングに入ると席について手を合わせた。「圭吾さん、今日も一日お疲れ様でした」
「春香もお疲れ様。じゃあ…」
「いただきます」
私たちは揃っていただきますをし、ご飯を食べ始めた。
「うん。うんうん」彼はハンバーグを一口食べるなり、頷きながら味わっている。
「どう?久しぶりの味じゃないかしら」私は自信ありな感じで聞いた。
「うん、美味しいよ!さすが春香」
「良かった」
「まああれだな、ソースが手作りだと、なお良しって感じだな」
「ん、なんでバレたの」
「いやそんな気がしてさ」
「わかった、じゃあ今度はソースも手作りにしてもっと美味しいって思ってもらえるものにするんだから」
私は少しムキになって答えると、彼はハハハと笑って「冗談だった。十分美味しく作れてるからそのままでいいよ」とフォローをしてきたが、私も頑固なところがあるので引くに引けないでいた。
「いいや、絶対作る!美味しいやつ」
「わかった。じゃあ楽しみにしてるよ」
その後も美味しそうに食べる彼だったが、ふとこんなことを言った。
「でもあれだな。こうやってご飯を食べるのもいいな」
「えっ?」
「いや、最近仕事で忙しかったし、まともに春香のことかまってあげられなかったからさ」
この一言で、私は救われた気持ちになっていた。忙しくても私のことを考えてくれる彼のことがもっと好きになった。そして、その姿が愛おしく見えた。
「圭吾さんが浮気なんて。そんなことない」
「ん?何か言ったか?」
「ううん、何でもない!」
私は笑顔で返すと、そのままご飯を食べ進めた。
晩ご飯も食べ終わり、私は食器洗いを始めた。
「春香、悪いけど先にお風呂入るね」
「わかった。ゆっくり疲れをとってね」
「うん、ありがとう」
そう言うと、彼はお風呂場へと向かった。私は洗い物を始めようとテーブルに置かれているお皿を台所まで運ぼうとした時だった。テーブルに置かれていた彼の携帯が鳴った。その一瞬に“ある言葉”が脳裏をよぎった。
「松田さんと繋がりがあるかもしれないって話しなんだけど・・・」
洗い物をしようとした手を止め、彼の携帯を手に取った。
「圭吾さんを信じるためには、こうするしかない」
私は目をつぶりながら携帯の電源ボタンを押した。電源をつけてから恐る恐る、ゆっくりと目を開けると携帯の通知欄にはこう書かれていた。
「昨晩は、ありがとうございました。次はいつ会えますか?」
それは、松田さんからのメールだった。私はこの事実に頭が真っ白になり、言葉を失った。昨晩は彼は出張にいっていたはずだ。彼女と会うことなんてあり得ない。
「まさか、出張なんて嘘なんじゃ…」
いやそんなことはない。だって彼がやりとりをしていた会社の担当者と連絡していたのを私は見ていたし、出張先でもらったであろう書類などが出張先から戻ってきた彼のデスクに置いてあったことも見ている。それに、彼が仕事を放り出してまで女性に会うような人でもないのは私が一番知っている。だから仮に考えられるのは、本当は昨日のうちに出張先から戻ってきて、こっそり松田さんと会っていたということだ。
「そんなことない。絶対にないよ・・・」
私は携帯を元の場所に戻して、洗い物の続きを始めた。しかし、足はすくんでしまい、手の震えが止まらなかった。自分の知らないところで他の女性との付き合いがある彼を許せないという怒りよりも、今起きていることがいまだに信じられないという気持ちのほうが大きかった。
それに、まだ決まったわけじゃない。これは何かの間違えだ。私は考えないように必死になったけど、やはりそれができないまま、彼がお風呂から上がってくるのを待つこととなった。
「春香、お風呂上がったぞ」
彼がお風呂から戻ってきたのだが、いつも通りの柔らかい彼の表情を見て一瞬動揺してしまった。
「そんなはずじゃない」と彼に対しての疑いの目がバレていないだろうか。私は彼から目線をそらしながら「じゃあ、私もお風呂入っちゃおうかな」と平静を装いながら答えた。
「春香もゆっくりお風呂入って、疲れとって、また明日からも頑張ろう」
「うん、ありがと」
その言葉は優しくて温かくて、とても安心する一言だった。今まで彼の言葉、行動に支えられてきたのだ。私は、気になって一つ質問をした。たぶん、今聞かないと、この先聞けないような気がしたからだ。
「圭吾さん、私のこと愛してる?」
私はそらした目線を戻して、彼の目をたた一点に見つめた。
「ああ、愛してるよ」
彼の言葉も目も心も。全てが真剣そのものだった。これを疑うなんて、私がどうかしている。
「ありがとう。私も圭吾さんのこと愛してるから」
私は安心したように答えて、仕事の疲れと心の疲れを癒すため、ゆっくりと休みをとり、この日を終えた。
→⑮に続く
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