【小説】寄る辺ない夜、寝ないで。

「──YOU LOSE──」

 ディスプレイに映し出された英字は、アタシに無慈悲に現実を突きつける。何もそんな太字で煌々と光りながら、英語で言わなくてもいいじゃんかよ。なんで英語なの?日本が戦争でアメリカに負けたから?
 目の前にはさっきまでアタシに操作されてたプレイヤーキャラが、どこの誰とも知らない対戦相手の銃弾に撃ち抜かれてみっともなくくたばっていた。
「使えねーな!お前は何のために生まれてきたんだよ!」
 自分が操作して死なせたゲームのキャラにマジギレするアタシの大声は、ゴミで埋もれたアタシ一人の部屋に大きく響いた。
 マトモな人たちは明日もせっせと社会に貢献する英気を養うために眠っているド深夜。この部屋の外の空気は静寂で満ちている。アタシは構わず自分勝手に大声を張り上げる。こんなド深夜でも、たまには暴走族のバイクのエンジン音や、それを追いかけるパトカーのサイレン、頭のおかしいオッサンの奇声が近所のどこかから聞こえる時もある、頭のおかしい女の奇声が一つ増えたって許されるだろう。
「こんな時間にアタシなんかとオンライン対戦やってる時点で勝とうが負けようがお前も負け組なんだよ!」
 金切り声を上げてヒステリーを起こし近くのゴミ袋を蹴飛ばす。
 世の中は上手く回らなくても、上手く回す奴らがいる。アタシたちみたいな現実で誰とも上手く繋がれない人間をインターネットで繋げて、弱肉強食ごっこを味わわせてくれるオンラインゲーム対戦。こんな有難いシステムを産み出して運営する、頭のいいゲーム会社の皆さんのエサになることが、アタシに出来る数少ない社会貢献だ。
「人生はゲームだ」とか誰かが言う。人生というゲームの世界でも、こんな時間にゲームやってるわけわかんないダメ人間にすらゲームで呆気なくヤラレてるアタシが、現実という、より高度なゲームで負け続けて、ステージの外まで吹っ飛ばされてるのも必然ということだろうか。
 だいたいこの対戦相手は寝なくていいのだろうか?それともアタシをブッ殺した後は、現実で誰かをブッ殺す予定があって、今から丑の刻参りでもするために、青色1号やら赤色2号やら黄色4号やら、戦隊ものヒーローみたいな名前の身体に悪い添加物が入った炭酸飲料を飲んだりしながら、わざわざ起きていたんだろうか。
 人工的な甘味と共に、勝利の快感を口いっぱいに味わいながら。

「チッ……」舌打ちを合図にゲームを止めて、体育座りでうなだれる。体育は大嫌いだったのに、体育座りは大人になってもよくするので、その度に嫌なことを思い出すきっかけはどこにでも転がってるものだな、とか思う。
 ふと横を向くと、テレビが真っ黒な鏡のようになっていて、中にアタシがいた。
 なんだか自分の姿を見せられるのが当て付けみたいで不快なので、テレビを点けてアタシを消す。
 キラキラとした番組セットの中で、芸人たちが声を張り上げ風俗の話なんかしながら、能天気な顔した女性客たちの笑いをとっている。
 一般人とは比べ物にならない額を稼いで、一般人とは比べ物にならない綺麗な女優を抱いて、そのうえ一回数万円取られる風俗にまで通っている芸人たち。
 この消化しきれないほどの娯楽に溢れた世の中で、わざわざ今時テレビなんて観てるオッサンオバサンなんて、日々食べるものにも困窮してる負け組の情報弱者じゃないのか?そんな視聴者が、こんな恵まれた芸人たちの幸せのお裾分けみたいな、上辺だけの自虐ネタで笑えるのだろうか。
 なんて、浅い分析をしてから、すぐにそれが偏見だと気付く。
 アタシは日々重い体を引き摺って働いてるオッサンオバサンでもないし、ゲームして親や社会に暴言吐いてるだけで飯にありつけてるクソニートの女なのに、今テレビを観てる。
 芸人だって、テレビ番組の中で台本に沿って楽しく振る舞ってるだけだし、そのうえ編集されて番組になっている。
 能天気そうな女性客だって帰りの電車では死んだ目をしているかもしれないし、芸人のストーカーなのかもしれない。
 普段テレビで明るく振る舞ってる姿からは想像出来ないような辛い顔で涙ながらに裏事情を訴えた芸人が世間を騒がせたのはついこの間だ。
 事務所に食い物にされて日々困窮している事を笑い無しで訴えた若手芸人たちが沢山出てきて、ネットも毎日大騒ぎだった。
 みんなそんなにテレビ観てたんだ、テレビなんてオワコンで誰も観てないって言ってたくせに。

 アタシのテレビの見方なんて、それこそ上辺だけの偏見まみれだ。
 いくら稼いだって、綺麗な女優抱いたって、アタシみたいなクソ女とか、わけわかんない奴らに毎日毎日ネットで叩かれたり、街で絡まれたらやってらんない気持ちにもなるだろう。
 このクソつまんない世の中で人前で話せる面白いエピソードを見つける生活続けるなんて常人に出来ることじゃない。そういう苦労なんて普段は想像もしない。
 本当の事なんか何も関係ない。
 その人の事情なんかどうでもいい。
 お決まりの理屈並べて、知ったような口利いて、見下して、羨んで、憧れて、他人を全部自分の都合で調節しといて、自分だけは他人に全部ちゃんと理解してほしいって被害者ぶって泣くんだ。

 テレビを消して、無意識にスマートフォンをいじって「あ、まただ」と気付く。
 朝もあれから同じミスを何回もした。
 いや、起きたのは朝じゃないか。

 パンパンに詰まったゴミ袋の上に寝転がりながら、目を閉じる。
今日一日を思い出す。

 起きたのは夕方だった。というか、起き上がったのが夕方だった。目が覚めたのはもっと前だったけど、現実を始めるのが嫌で、ずっと目を閉じてくたばっていたら夕方だったのだ。だから目が覚めた正確な時間なんて知らない。

「寒っっっ…………!」
 布団から出ると部屋は冷えきっていた。最近急激に冷え込んでいるのを感じる。
 暖房を点けると、乾いた風が吹きつける。肌も髪も喉も、この古い低品質な暖房のせいで異常に乾いてボロボロだ。新しい暖房を買って設置したいけど、ニートでゴミが散乱した部屋に住んでいるアタシには、この冬中に達成するのは困難な目標だった。

 歯を磨くのがめんどくさくて、枕元に置いていた昨日飲みかけのペットボトルのお茶を飲んで口の中の不快感を誤魔化した。何も誤魔化せてない誤魔化し方が、アタシが人生で覚えた生き方そのままだ。
 部屋の前には昼ごはんだったのだろう食事が置かれていた。母親がいつも置いていく食事。何かの実験で部屋に閉じ込められるサルですら、バナナを貰うのにボタンを押すくらいのことはするだろうに、アタシは寝ているだけで餌を貰えるんだからありがたいことだ。
 雑に食事をとった後は、不規則な食事で急に血糖値が上がったのか眠くなった。だけど眠れる感じでもないので、いつも通りSNSを開くと、いつもとは違うメッセージが表示された。


「このアカウントは凍結されています」


 一瞬ギョッとしたけど、すぐに悟った。
「ああ、ついにこの瞬間が来たか」と。


 いつかこうなる事は、馬鹿なアタシにも理解っていた。
 SNSは腐った空間で、自分の腐臭を気にせず居られる居場所だったけど、最近は健全化の波が来てどんどんSNSに「合った」奴等は追い出された。目指すべき理想のSNSに「合わない」から。
 バンドマンがメジャーになる時に、それまで「使い込んで」きたメンヘラ女たちを捨ててクリーンなイメージを作り直すように、タイミングを見て要らないモノを切り捨てることが、社会に適合してステップアップするための必須条件なのだろう。
 それを人は「成長」って呼ぶんだよね。

 思えばSNSの思い出なんてろくなもんじゃなかった。
 凍結される原因だって、心当たりが有りすぎて、逆に何が原因なのか判らない始末だ。


「辛い、死にたい」って男の呟きが流れてきて「弱音吐く男さんキモいなあ、死ねばいいのに。男なんて生理もないくせに何が辛いんだよ」ってリプライしてやったら「女は楽でいいよな」とか返してきてムカついて、そいつと何時間もレスバトルしてた事があったな。最終的にブロックかまされて逃げられたけど。
 どーせ「無職まんこさんに粘着されたw」とかアタシとのやりとりスクショして、クソつまんないフォロワーに見せびらかして自己肯定してたんだろうな。
 アイツもアタシも死ねばいいよ。でも地獄で顔会わせたらそれこそ地獄だな、とか思う。
 弱い男って本当にキライで、生理的に無理だ。男のくせに弱い時点で、存在価値が皆無だし。

 だいぶ前にお母さんに言われて、職業訓練に行かされたことがあった。ただでさえ嫌だったのに、周りがニートの男ばっかで耐えられなかった。低収入の男すらキライなのに、無収入のニートなんて。こいつらとアタシが同列に扱われるのが社会なのかって思うと、悔しくて堪らなかった。アタシがそいつらと同じ、存在価値の無い人間だって周りから思われてることが怖かった。
 だから職業訓練は一日で辞めてしまった。


 SNSでエッチな自撮りを上げていいね集めるのにもハマった。いいねの数が増えてく時は自分の価値が上がってくみたいで楽しいし、カラダも少し火照るけど、数字が伸びなくなってきたら、死んだ動物の体温みたいにどんどん心が冷たくなっていく。
 本当はみんなアタシの味方じゃない、滑稽だって弱いやつだって嗤ってるのも理解ってて、マンコ使えればそれでいいんでしょ。なんなら取り外して量産して「オナホにしてどうぞ」って配ってもいいくらい。
 そういえばAV女優のマンコ再現したオナホってあるよね、人間ってすごい。すごい馬鹿。
 SNSには「女性を性的にモノ化するな」とか「ボディラインを強調するのは性の商品化だ」とか大真面目に叫んでる人たちがいて、それってすごいと思う。
 アタシもそういう不満がないわけじゃないけど。
 だからといって「人間」としての「中身」で勝負なんて世界になったら、アタシなんてそれこそ何の価値もない。他人に張り合える個性なんてアタシには無いし、死にもの狂いの努力なんて出来ない。
 アタシの人格に価値があるなんて微塵も思えないし、自立できる気も、する気もさらさら無い。
 性的にモノと扱われた方が存在意義がある分ずっとマシだ。


 部屋にはSNSの宣伝に釣られて買ったメンヘラグッズが溢れている。服や缶バッヂやトートバッグやステッカーやスマホケースやアクリルスタンド……と、いつの間にか山のように増えて部屋のゴミと混在していた。
大物から小物まで、安易に心の闇をネタにしたインスタントな個性が商品化されて流通する。
 孤独に共感するなんて矛盾したバカをターゲットにしたジョークグッズにサブカルなんて大層な大義名分を与えて、それのどこに社会や時代へのカウンター性があるのだろう。
 メンヘラグッズで商売する奴らは、みんな人の心の痛みも、病気も、金を生むための養分だと思ってる。そんなことわかってるけどメンヘラグッズを集めて身に着ける。そうすれば社会の中でなんとなく「こういうキャラです」ってアピール出来て、それなりにコミュニティに属して帰属意識が満たされる。「自分は馬鹿だって理解ってる馬鹿です」って予防線を張れる。何者かに成れてる気がして安心する。たとえそれが「精神に異常があって社会に適合出来なかった負け組です」って意味であっても。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」って言ったのは誰だっけ?
 センスあると思うよ。性格悪いけど。


 いつ頃からか「死にたい」とか呟くと、自殺防止相談センターみたいなところの電話番号が表示されるようになった。
「こんな仕事して楽しいですか?」って言ってやろうと思って電話をかけてみたけど、繋がらなかった。それだけ辛くて死にたい人が溢れているってことなんだ。きっとアタシはその中で一番の不幸のヒロインには成れないし、どんなに心を病んだって、特別な存在でも何でもない。無数にいる自殺志願者の一人でしかない。

 SNSに救いが無いから、現実に救いがあるなんてコトも無くて。「死にたい時は誰か身近な人に相談すればいい」なんて一般論はこの部屋に溢れるゴミ同然の無価値なモノだ。
 産まれる前に死ぬ赤ん坊って本当に不幸かな?一番純粋な時に死ねて勝ち組なんじゃないかな?
 それを言うなら産まれない方が幸せか。精子レースで負けた精子とか、マンコに出されず、ティッシュに出されて死んだ精子が勝ち組なのかもしれない。

 そんなことお母さんに言ってもどうしようもなかった。
「そうやって何でも親のせいにしないで。お母さんを責めないで。アンタの言ってること聞いてたらこっちが死にたくなる」
そう拒絶されるばかりで。そういう態度が、あー「似てる」なって思った。
 お母さんがそういう人間じゃなくて、アタシもアタシじゃなくて「尊敬する人物は両親です!」とかニッコリ笑顔で言えちゃう人間だったら、みんな幸せだったのにね。
 マトモな人だけ子供産む世の中なら良かったのに。マトモな人は子供産まない世の中になっちゃった。日本はもう終わりだよ、なんて。何も考えてないけど、どこかで聞き齧った政治の真似事みたいなことを考えたりして。


 人生って何なんだろう。
「人生は死ぬまでの暇潰し」って誰かがよく言っている。アタシはその言葉がキライだ。
 こんなに辛い暇潰しが生きるってことなら早く殺してくれ。
「人生は死ぬまでの暇潰し」って言ってる奴を馬鹿にする奴がキライだ。ツマラナイことをツマラナイって言うだけで、面白くなったと勘違いする奴らがキライ。
 そんなことにツッコんでる時点で結局アタシもその輪の一部になってしまう構造もキライ。
 何より、かつてはそんなツマラナイ言葉に肝銘を受けていた、人生に対する辛さが浅かったアタシ。
 そのツマラナイ言葉に対するツッコミにドキッとしたりした、単純なアタシがキライでキライで。
 SNSなんてそんなコトの繰り返しだった。


 凍結されて清々する。
 SNSは頭が働いてなくても、無意識にエネルギーを使わず見れるので、無限に時間も人生も食い潰してくれた。
 なのに激しく負の感情を揺さぶる効果があって、常に刺激に満ちていた。
 そこに巣食うアカウントたちも、人間性なんて捨てて、誰かの傷口に大量に沸く蛆虫そのものだ。SNSに食い潰されながら誰かをSNSで食い潰す多重構造。そしてそれに気づきつつ参加する蛆虫の一匹がアタシだった。
 それでも────。
 辛くないなんて嘘だった。清々するなんて強がりだった。どんなに腐ったコミュニティでも、「社会」から「外された」ことに変わりない。
 友達のグループから外されて学校に行かなくなった時も、バイトをクビになって引きこもった時も、いつもいつも「アタシに合わない奴らから離れられて良かった」って、自分に言い聞かせて開き直ってみせたけど、未練も、悔しさも、承認されなかった痛みも、消えなかった。
 どんなに他人を嫌っても見下しても、人は一人では生きていけない。褒められたいし認められたいし、蛆虫の集団から外されたって、何も出来ない一匹の蛆虫になった現実を突き付けられるだけだ。だったら蛆虫であることを忘れて人間をやっている気分になれるSNSに居たかった。アタシに他に居場所なんてないんだから。
 それでも異議申し立てやらサブアカウントを利用せずに、諦めて全部消した。それは何の役にも立たないプライドでもあったし、アカウントが凍結されたことで「お前はこの世界にいてはいけない有害な廃棄物だ」と改めて突き付けられたことのショックで、みっともなく足掻く気力すら根刮ぎ奪われたからだ。

 気付けば、現実社会からログアウトして随分な年月が経った。
 ログインするためのパスワードはもう忘れてしまっている。


 社会のことを考えると、子供の頃に遊園地でコーヒーカップに入れられて、ぐるぐる回された記憶が蘇る。
「降ろして!」って叫んでも降ろしてもらえなかった。
「ちゃんとハンドルを回しなさい!」って怒られた。
 その光景を端から見て、能天気に笑う人々。その人たちには、さぞかしメルヘンな光景が映っていたのだろう。
 コーヒーカップはコーヒーを入れる物だ。コーヒーカップに異物である人間を入れて回すなんて悪趣味なアトラクション、誰が考えたんだろう。
 社会はアタシにとってはコーヒーカップで、どんなに適した環境じゃなくても、降ろしてもらえないから耐えるしかない。気持ち悪くても、ハンドルを回さないと怒られる。そこから降りられたとしても、今度は誰からも見てもらえない、コーヒーカップから零れた雫に価値は無いから。



 SNSや社会に対する苛立ちから目を背けたくて、気を紛らすためにゲームしてみたけど、気付いたらブッ殺されて、キレて暴れてゴミの上でゴミみたいな一日を思い返している。

 なんかいっつもこんな感じだな。支離滅裂っていうか。

 この前リスカした時とかもそう。
 感情的になってリスカして暴れたのに、なんかどっか冷静で。
「こう切ったらおもしろいかな?」とか「スマホとか鏡は壊したら流石に後で困るか……」みたいに考えてた。これって「メタ認知」とか「客観的視点」とか言うんだろうか?そういう見方持ってたら精神的に安定して人生上手くいくはずだと思うんだけど、全然そんなことないな。
 いっつも発狂してしばらくすると賢者モードになってきて「何してたんだろう」って全てが馬鹿らしくなって、こんな事しても特別になんか成れないのに、もっと辛い想いしても頑張って乗り越えてる人も居るのにって自分のダメさを再確認する。何度再確認してもまるで生かされることのない再確認を。

 アタシが複製できたらいいのに。そしたら色んな殺し方してやる。アタシの嫌いなトコ全部指摘してボコボコに殴って、ズタズタに引き裂いて、ぎゅっと抱きしめて「よくがんばったね、辛かったね、愛してるよ」って言ってあげるのにな。
 カラダもココロも一つしかないって不便だ。使い分け利かない、使い捨てできない。

 
 ひたすらツマンナイ今日やツマンナイ人生を振り返って考えこんでいたら、いつの間にかかなり時間が経っている。
 アタシはパンツを脱いでオナニーを始める。ムズカシイことを考えず、とにかくキモチ良クなりたかった。
 オナニーは好きだ。オナニーって、どんな人間にも許された権利だと思う。辛い現実から逃げて、自由になって安心できる時間。
「自慰行為」って言い方もスキ。よく悪い比喩で使われるけど、自分で自分を慰めるって救いだと思うし、言葉の響きが日本語らしい美しさを感じて、なんか安心感がある。
「オナニー」って雑で下品な言い方もスキなんだけど。

 気の済むまで自慰行為に耽っていたら、朝になってしまった。
 近所の小学生の女の子が登校する、元気な声が聞こえる。
「こんな大人にはなるなよ」
なんて、マトモに大人に成れなかったくせに、心の中で声をかけながら、なんだか痙攣する体を引き摺って、ゴミの中から精神科で処方された睡眠薬を探し出して、その辺にあったミネラルウォーターで流し込んだ。
 布団を被ると、なんだか異臭がする。いつからシーツ替えてないんだっけ。女なのに臭いなんて本当に終わってるな、と笑うしかない。目が覚めたらいい匂いのする、可愛い女の子になっていたい。制汗剤のCMに出てくる、イケメンの先輩に恋してる、可愛くて純粋で爽やかな女子高生みたいな。みんなに愛されて、みんなを愛せる女の子。
 そんなちゃんとした人間になれますようにと祈りながら、微睡みの中へ落ちていく。意識が溶けていくのと同時に、すでに観飽きた悪夢のローディングは始まっていた。


(終)


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