純粋すぎて危ないと言われた動機と自己紹介
はじめまして。NAKOCHIです。
17年間勤めた市役所で働くのを辞めると決めたら
不思議なことにタロットを勉強するきっかけがやってきて
タロットリーダーになろうと思っています。
3月末で退職をすることを決めているので、
公務員として働くのも、残り3か月。
最近あった人に、退職予定を報告するとき、
家庭の事情で…と理由を言い濁すけれど、
この人には言えると感じる人にはこの話をしていました。
ただ、「は?」「へ?」「ん?」という反応が100%
私もなぜその流れになったのか、不思議だから無理もない
「理解してもらえるように言語化がんばるぞー!」
と、それらしい立派な理由をつけてなぜタロットをやるのかを説明しようと頑張ろうとした時もありました。
社会福祉士と社会保険労務士の資格を持っているから、
相談者と面談するときに
その2つの資格を活かしやすくなる、とか。
福祉事務所で今働いているので、
Well-beingとタロットには深い関連があるといえるし、
その文脈で話すと理由として言いやすくなるな、とか。
でも、私の今の行動を支える本心は
「ただ、好き」という気持ち。
特別な能力があるから発揮したいとか、ない
困った人を助けるられるし役に立つとか、ない
習ったばかりでお金をもらって人にセッションを提供する経験もないし
収入源として期待できるとか、ない
言葉になる前にある
人の実存から醸し出されるもの
いのちの動いているエネルギーのようなもの
それが、ただただ好きでしかない。
こうした自分の本心を表現したときに
知人に何気なく言われた
「純粋すぎて危険だよ」と言われた言葉から、
私の表現が危ないから周りに心配かける
という思い込みの枠を
私自身が勝手に握って(自分も危険だと思っているから勝手に)
枠からはずれなくなってました。
これからの収入や生活の安定のあてもないけど、
正直、恐いけど、
それ以上に、好きの気持ちだけで燃えている
これが挑戦したい理由だって
本当は堂々と表現したい …!!!
自己表現に求める私自身の矛盾する気持ちも感じながら
今の私の段階は
自己イメージや抑圧している枠を外して、
本来の自分に還っていく望みや純粋性を出して
表現することの躊躇を超えることで、
だからこそ、自分の中で溢れてくる言葉を
表現することに許可することを決めました。
変化よりも安定志向でいようと思っていた私が
今のタイミングで変化を決めたからこそ、
自分の内側の内圧を高めるように溢れてくる言葉の回路が太くなることで
たくさんの人と言葉や気づきを共有できるようになりたいです。
よろしくお願いします。