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円安は止められない

日銀の国債買い入れ

日本では日銀が大量の国債を買い入れた。だが国債を買い入れたすべての中央銀行は今、大きな損失を抱えている。

コロナ後の現金給付が物価を高騰させて以来、世界各国で金利が上がっている。債券にとって金利上昇は価格下落を意味するので、それは債券の価格が下がっているということである。

その影響を受けた経済主体はたくさんある。まず一番の問題は、金利が上がったことでこれまで利払いがほとんどなかった莫大な政府債務に多額の利払いが発生していることである。

金利がゼロならば、政府債務がGDPの100%あろうが200%あろうが利払いは発生しない。しかし紙幣印刷はいずれエスカレートしてインフレを引き起こすのが歴史を見ればいつものことである。

他には、国債価格が下落したので当然ながら国債の保有者が被害を被った。アメリカでは去年、大きな地方銀行がいくつも倒産した。

だが誰よりも多くの国債を持っている主体を忘れていないだろうか。それは中央銀行である。先進国の多くの中央銀行は量的緩和で国債を買い入れたので、大量の国債を保有している。

5月、日銀は国債の下落による損失が9兆円となったことを報告した。だが日本では長期金利はまだ1%までしか上がっておらず、金利が更に上がっている欧米では中央銀行の損失補填が問題となっている。


中央銀行の損失拡大

例えばドイツの中央銀行であるドイツ連邦銀行は、ドイツ政府が自行に保有する預金への利払いを2023年10月以降停止した。中央銀行の損失縮小が目的と推測される。

変な話だが、中央銀行にはお金がない。インフレ政策でインフレが起こってしまったために、世界中で利上げによって金利が上がったからである。

なぜ中央銀行の利上げで中央銀行が損失を被るのか。まず第一の理由は、世界で多くの中央銀行が量的緩和によって大量の証券を保有しているが、その保有証券の価格が自分の利上げによって下がっているからである。そしてシリコンバレー銀行は保有国債の価格下落が一因で破綻した。

だが多くの中央銀行も大量の国債を保有しており、そして自分の利上げによって国債の価格は下がっている。それが中央銀行の含み損を生んでいる。

もう1つの理由は、中央銀行内の口座に対する利払いが利上げによって増えたからである。今回のドイツ連邦銀行が食い止めたがっているのは、こちらの損失の方である。そもそもドイツ連邦銀行の損失は以前から市場で話題になっていた。

2023年6月には、ドイツ連邦銀行が保有する債券の価格下落によって政府による損失補填が必要になる可能性についてFinancial Timesが報じ、ドイツ連邦銀行が否定する騒ぎとなっていた。ドイツ連邦銀行はそれを否定はしていたものの、今回の利払い停止で実質的にそれを認めたようなものである。


ドイツ連邦銀行の利払い停止

政府は中央銀行内に口座を持っている。それが口座であるからには通常金利が支払われる。このドイツ連邦銀行の事例ではその金利は3.65%となっていたが、これが0%になるということである。

現状では中央銀行が政府に対して払っている利払いを停止するのだから、実質的には政府から中央銀行への資本移転が行われたも同然である。

だが結局、赤字だらけの政府の資金源は中央銀行の紙幣印刷なのだから、政府と中央銀行の間のやり取りに何の意味があるのかと思った読者がいたとすれば、それは正しい。

これが例えばドイツ連邦銀行が市中銀行への利払いを停止するとなれば大問題である。今回それがそれほどには問題にならないのは、実質的に政府と中央銀行が同じようなものだからである。


利払い停止の金融市場への影響

ではこの利払い停止は意味のないニュースなのか? それがそうでもないのが金融市場の難しいところである。

何故かと言えば、この利払い停止のニュースでドイツ国債の金利が下がったからである。

7月末時点でこの政府の口座にはおよそ540億ユーロの預金があったが、この預金への利払いが停止された場合、この口座にあった資金は金利を求めて国債市場へ向かうだろう。国債には金利が付くからである。

国債市場に資金が流れ込むことを予想した債券市場は、金利低下で反応したのである。

つまり、中央銀行から政府に対する資金移転という一見意味のなさそうな動きが、金融市場に対しては緩和として作用したのである。

よく考えれば当たり前のことである。預金口座の金利がゼロになったことで資金が国債や他の証券にシフトするというのは、通常の利下げや量的緩和の仕組みと同じである。そもそも3.65%あった金利が0%に下げられたのだから、それは利下げである。

ヨーロッパはまだインフレを抑えられていない。そもそもユーロ圏は様々な国があり、ある国のインフレを抑えようとすれば別の国には過度な引き締めとなってしまうという共通通貨の致命的な問題がある。

補填すれば、実質的には中央銀行が自分で自分の損失を補填することになるので量的緩和(紙幣印刷)になってしまう。しかしそうすればインフレが悪化する。


日本の金利はどうなるか?

日本経済はこれからどうなるのか。

日銀は金利をより高くする必要がある。日本の実質金利がアメリカの実質金利と似た状態にならない理由があるだろうか?

もしそうなれば、日銀も損失を抱えた他の中央銀行と肩を並べることになる。だがそうなれば日本の方が問題が大きいだろう。日銀はFed(連邦準備制度)よりも抱えている国債が多い。

更に、アメリカは今GDP比122%の政府債務に5%の利払いが発生しようとしているが、日本の政府債務はその倍近い217%であり、アメリカと同じ金利水準になれば政府の利払いも当然その倍近くになる。

もし実質金利が-1%から2%になり、3%も変化したらどうなるだろうか? それは憂慮すべき事態である。なぜなら実質金利は多くのことに影響を与えるからである。

例えば株式市場もその1つである。インフレによって実質金利が上がったのは、アメリカで2022年に実際に起きた。当時の実質金利とS&P500は次のようになっている。

実質金利とS&P500

実質金利はおよそ2.5%上がった。そして株式は25%の下落である。誰も気にしていないが、日銀が同じように利上げしなければならなくなれば、日本株にも同じ状況が再現する可能性は高い。

そして日本もその状況に遠くはないのかもしれない。アメリカでは金利は5%だが、日本ではGDP比で政府債務がアメリカの2倍近くあるので、金利が2.5%まで上がるだけでアメリカと同じ状況になってしまう。


結論

金利上昇による問題はあまりに数が多い。政府債務への多額の利払い、国債保有による損失、株式市場の下落、そして実体経済の景気後退である。

だが、それは歴史を振り返ればいつものことなのである。緩和政策がいずれエスカレートしてインフレと金利上昇を引き起こすことは既定路線である。歴史上何度も起こってきたことを、今を生きる世代が単純に経験していない世代だからである。

デフレからインフレへの過渡期には、いつも紙幣印刷を擁護する人々が現れる。そしてインフレとともに消えてゆく。それすらも歴史上の情緒ある風物詩なのである。

それはもはや避けられない。だから投資家にできることは、こうした紙幣印刷の馬鹿騒ぎから身を守ることである。1970年代の物価高騰時代には、それは貴金属だった。


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